春雨達が拠点で別個体と戦っている中、そちらに敵を向かわせないように残った者達は懸命に戦っていた。
群れとして現れているイロハ級は、ただ数が多いだけなのですぐに斃せるようにはなっているのだが、数が多いために逆に厄介。
そして、それの中心に立つことになっていた防空巡棲姫はさらに厄介。その目は黒幕の目として考えれば、本気を出したらその情報が黒幕側に行ってしまい、今の戦いが余計に厳しいものになり得るため、今は抑えている状態。
それ故に、既に情報として行っているであろう者達は全力で、最も渡してはいけないであろうデータを持っている吹雪だけは、あの全力を出すことなく攻撃を続ける。
近接戦闘までこなす吹雪ではあるものの、防空巡棲姫の凄まじい力にかなり苦戦している。全力を出してもトントンくらいかむしろ自分が劣るのではと目測で判断していた。
「厄介極まりないなぁ……武蔵さんが何人も入っていると、あそこまでになっちゃうのか」
苦戦していても、まだ表情は崩さない吹雪。勝利のためにはまず観察。この場で初めて出てきた敵に対しては、まずその情報を確実に自分のモノにしていくのがこれまでの定石。未知の敵だから混乱するのなら、既知の敵と照らし合わせていくのが手っ取り早い。
これまでの情報と、大将の秘書艦としての圧倒的な知識を組み合わせて、防空巡棲姫に対しての勝ち目を考えていく。そのため、まずは
そうなると、今のままでは勝ち目がないと思わせるくらいに圧倒する必要が出てくるだろう。それが出来るのは──、
「一斉射!」
「おうさ! 大和!」
「ええ、行くわ!」
やはり武蔵と大和。ここにいる者の中でも随一の火力を誇る2人がかりの渾身の砲撃は、当たれば確実に死へと至らしめることが出来る。
しかし、艤装による防御でその一斉射すらも弾き飛ばしてしまう程に硬い。一応軽巡洋艦であるはずなのだが、混じっている複数体の武蔵の力を全て膂力と耐久力に割り振っているように思えた。
「ここまで無傷だとプライドが傷付けられるようだな!」
「そんなこと言いながら何で笑っていられるの……」
一斉射が効かない相手を見て、大和はギリッと歯軋りをするものの、武蔵は強大な敵を相手にしても笑顔を絶やさない。
この絶望的な戦いの中でも、
「ハッハハ、それは決まっている。私よりも強い者が目の前にいるんだ。つまり、まだ私には上があるということに他ならない。伸び代が見つかったんだぞ。喜んで然るべきだろう!」
吹雪という頂点を知っているからこそ、その狂気すら感じる力を求める心は燃え続けたまま。そこに吹雪以外にも強い者がいるとわかったならば、その炎はより燃え上がるという。
根っからの戦闘狂である武蔵には、強者との戦いにより血が滾ることが一番の喜び。それにより一度は慢心したが、それも制御されたことにより、純粋に戦いを楽しむ者となっていた。
そして、最強と称えられても自らを鍛え上げるのを怠らない武蔵に、そんな相手を見せてしまったら、笑顔を見せてもおかしくない。
大和にもその気持ちはわかる。わかってしまう。演習の時に武蔵と全力でのぶつかり合いをしたことで、強者との戦いで昂揚した自分を思い出せる。
やはり姉妹。そういうところは似た者同士である。
「だから頭痛の種が無くならないんですがね……」
武蔵のそんな声が聞こえていたことで苦笑する吹雪。頭痛の種かもしれないが、慢心を無くした武蔵はあんな性格でも非常に頼りになる。
無茶苦茶なことを言うしするが、仲間のことを信頼しているからこそ実行しているに過ぎない。そして、本当に無茶なことをする相手は吹雪だけという徹底ぶりである。
「アンタも苦労してるのね。でも、楽しそうに見えるのは気のせいかしら?」
コロラドも吹雪と共に防空巡棲姫に対して砲撃を繰り出している。白鯨は防空巡棲姫が泥鯨を繰り出すまで温存する作戦。白鯨で押し潰そうとしても、逆にあのスペックを残したまま泥鯨で迎撃され、他の者達が手を出しづらくなってしまうのがよろしくない。
白鯨はこの戦場の中でも屈指の力ではあるのだが、多用するのは戦場をただ荒らすだけになる可能性もある。いくら合同演習の時にさんざん見せたとしても、実戦に組み込むのは少々難しい。
また、敵が白鯨で押し込むことが出来そうな相手ならば、容赦なく繰り出していただろう。ただでさえ春雨細胞の活性化によって力が漲る状態。今ならばスタミナの消費のことを考える必要も無いくらいである。
しかし、対等と言えるほどの泥鯨が出せるというのがわかっているのだから、他に合わせた方がいいだろう。
確実に勝つ戦いより、絶対に負けない戦いを狙う。命あっての物種。無理して突っ込んで返り討ちでは目も当てられない。
「そう見えますか。いや、まぁ、苦痛ではないですよ。アレがうちの武蔵さんですし。むしろこの戦いで焦った表情を見せたりしたら、その方が心配になります」
「へぇ、じゃあ結構認めているのね」
「勿論。仲間ですから」
薄く笑みを浮かべる吹雪に、コロラドは肩を竦めた。頭痛の種なんて言いながらも、そうあることを楽しんでいるような姿は、吹雪もまた武蔵と似た者同士なのだろうと思っていた。
それがコロラドと叢雲の関係性に似ているようにも考えたが、同じにしたくないと首を横に振ってその考えを掻き消した。
吹雪は防空巡棲姫との戦いをメインにした指示だが、同じようにこの盤面を見ながら的確な指示をしているのが島風である。
持ち前のスピードを遺憾なく発揮し、時には自ら矢面に躍り出て、時には仲間との協力で確実に数を減らす。防空巡棲姫との戦いにも手を出しつつ、周囲のイロハ級を減らすことにも尽力。
「雷、そっち頼んだよ!」
「りょーかい! イロハ級なら何体相手でも行けるから!」
「あはは、頼もしいね。頼りにしてる!」
比較的小粒が多いところに駆逐艦を回しつつ、大型が多いところには自ら赴き、川内や鹿島と連携を取る。千歳と千代田は現状潜水艦相手を徹底しているため、空爆が微妙ではあるのだが、うまく出来そうなタイミングがあれば、それも見逃さずに空襲指示。
吹雪が大ボスとの戦いに集中出来るように、島風は敵の1体も春雨達の跡を追わせないように大局を見据える役目を担った。
狭いが圧倒的な力を持つ者と戦うか、広いがまだ対処しようがある敵の群れを処理するか、どちらが楽かなんてことは一概にして言えた話ではない。とはいえ、吹雪ほどの実力者が相手をしても厳しいのならば、そこに集中してもらった方がいい。
島風もまた、戦局を俯瞰することが出来る者。自分の役割をすぐに把握し、即実行する。速さに自信があるものとして、判断の速さも周りが認める程。
「潜水艦減ってる!?」
「多少は減ってるわ。半分そっちに回す!」
「防空巡棲姫の方には回さずにイロハ級の処理だけに使って!」
千歳と千代田に少しだけ余裕が出来たのも見逃さない。島風自身も簡易ソナーで海中を確認しながら動き回っているため、敵の接近にはいち早く反応出来る。全域の海中を把握しているわけではないにしろ、艦載機の微妙な動きの変化に反応して、即座に声をかけていた。
そのタイミングが絶妙であり、千歳と千代田にもそうだが、誰にも隙を与えない。思考を研ぎ澄まし、確実に現状を有利に持っていく方向へ導く。
「っ、泥人形……っ」
イロハ級だけでも数の多さで厄介極まりないのだが、合間合間に現れる泥人形にも手を焼いている。幸いなことにイロハ級の融合によってしか生まれないため、そうなる前に処理すれば大丈夫なのだが、戦場が広いためどうしても漏れが出てしまう。
さらに、この場所から龍驤が決戦へと向かっていることもそれに拍車をかけていた。RJシステムの効果範囲外となったことにより、泥の弱体化が薄れてしまっている。結果として、イロハ級すらも硬くなっているのだ。そんな状態だと、泥人形の生成は今までよりも妨害出来なくなってしまうのは当然のこと。
しかし、艦娘は成長する。相手が強くなろうが、その場その場で対応の仕方が身につくおかげで、善戦は続いていた。硬いなら柔らかい部分を狙えばいい。速いなら動いた先を先読みすればいい。
そしてそれに最も適応が早かったのは、やはり島風。そして、それと近しいか、むしろそれ以上の成長速度を見せていたのは、大塚鎮守府が誇る最強の
「大丈夫です島風さん、カバーします!」
「さっすが鹿島姉ちゃんだ! 慣れるのはっやーい!」
「いち早く理解し、それを伝えるのが、練習巡洋艦の務めですから!」
鹿島の鞭が唸り、生成された直後の泥人形に巻きつく。如何に力を持とうが、その行動を起こす前に捕らえてしまえば、脅威は未然に防ぐことが出来る。
故に、島風以上に鹿島はこの戦場で泥人形の生成を見張っていた。無論、イロハ級の処理はしているのだが、撃ち漏らしを把握することを優先していた。
「相手が泥人形なら、一切の容赦は必要ありませんしね」
拘束している泥人形の頭に向けて、躊躇なく主砲を押しつけて放った。水風船のように破裂し、そのまま形が崩れていく。泥人形の急所は、ヒト型なだけあってわかりやすい。
そもそも鞭を首に巻き付けて斬首するような戦術までこなすのだから、容赦も何もあったものじゃないのだが。
「うわぁ、本当に容赦ない」
「ここを乗り切るためには容赦なんて必要ありませんからね。艦娘でも深海棲艦でもない、ましてや味方になることが絶対にないよくわからない生物相手には尚更です」
「でも、任せられるよ。泥人形はお願い!」
「了解です。島風さんも頑張って!」
「おうっ! 踏ん張りどころーっ!」
島風がさらにスピードを上げていく。やらねばならないことはやれているのなら、それを維持し続けることが大事。そのためにも、今以上の力を発揮してより良い方向へと向かわせる。
「っりゃあああああっ!」
周囲のことを気にする必要が無くなったおかげで、何も考えず全力で戦いに挑めるというもの。
比叡も何も顧みずに刀剣を振り回し、防空巡棲姫に向かう。しかし、やはり艤装に傷をつけることすらできない。
「重くない」
冷静に弾き飛ばし、殆どゼロ距離で比叡に向けて砲撃。
「やられるかぁぁぁ!」
それをこの距離だというのに斬り払う比叡。それと同時に片方の刀剣を艤装にしまい、主砲へと変形させて放つ。武蔵達より威力は低くとも、この距離ならばある程度の効果が見られるかもしれない。
しかし、何も全てを真正面から受け止めるわけではない。島風の泥人形の力も取り入れている防空巡棲姫は、それを瞬時に回避に使い、比叡の真横へと移動。
「速くない」
そして、まともに蹴りを入れる。相変わらずの横っ腹だが、比叡はその衝撃で倒れることは無かった。
「させなぁい!」
「こちらのセリフ」
またも刀剣を薙ぎ払う比叡。対する防空巡棲姫も、何処からか取り出した刀を振るった。泥人形の力を全て使えるなら、伊勢と日向を混ぜられた大鳳の力──斬撃を仕掛けてきても何もおかしいことはない。
「っくぅぅ……っ!」
刀と刀が弾き合い、その衝撃で互いに間合いを取ることに。一筋縄ではいかないが、ここまで力を持っている上にあまりにも万能すぎるとなると、戦いも消耗させられるだけになってくる。
あまりにも強い防空巡棲姫に苦戦させられる。これを乗り越える手段を見つけ出すのは誰になるのか。