吹雪達の渾身の攻撃により、全身を両用砲で包んだ完全防御の態勢をとった防空巡棲姫だが、身を守るためとはいえ、周囲が一切見えなくなるというのは落ち度だった。その瞬間にコロラドが白鯨を展開し、艤装で両用砲だらけになった防空巡棲姫を一口で丸呑みしてしまった。
「これで終わらせるわよ!」
そして、全力で噛み潰す。コロラドの白鯨は、そう呼ばれていても深海棲艦の艤装。本来の鯨とは構造がまるで違う。特に口の中は何重にも重なる歯が生えており、噛み潰すと同時に磨り潰すことも可能。咬合力も当然ながら膂力と比べるまでもなく強く、艤装如きならば一瞬でスクラップにするくらいの力を持つ。
そして、コロラドはここまで来てもまだ警戒を続けている。全力で噛んだところで、あのふざけた力を持つ防空巡棲姫だ。最悪、球体の艤装も破壊出来ない可能性があるのだ。そうなってしまったら為す術が無くなる。
「私の全力、ここで使って──っ!?」
しかし、白鯨の内部で質量が膨れ上がっていることがわかる。球体の艤装だけではない。防空巡棲姫も泥鯨を展開しようとしているのだ。
自身の艤装のせいで周囲が確認出来なくなったとしても、白鯨に呑み込まれる瞬間は流石にわかる。そこで咄嗟に繰り出したのが、やはり泥鯨。吹雪の魚雷の時もそうだったが、咄嗟に防御として使うのはやはり巨大な艤装のようである。
先程は艦載機による空爆も回避しなくてはならなかったために両用砲を増やす方向に持っていったが、白鯨の内部ならその心配もない。単純に質量さえあれば、この咬合力もどうにか出来ると考えたようた。
「その程度で、どうにか出来ると思うんじゃないわよ!」
あちらが狙っているのは、白鯨の内部崩壊。内側から巨大な質量が拡がれば、自ずと爆発する。泥鯨と白鯨と同じ大きさなのだから、完全に展開出来てしまえば、勝つのは確実に泥鯨。
当然、コロラドも負けない。そんなことさせるかと、それこそ何もかもを破壊するかのように全力で押し潰す。展開にもほんの少しだが時間はかかるし、何よりそれほど巨大な艤装を展開するためにはそれなりの空間が必要。それを最も把握しているのはコロラド本人だ。
その甲斐があり、泥鯨が構築される前に歯がそれを磨り潰し、防空巡棲姫の艤装に届く。展開中にそれを邪魔したことで、まともな展開を防ぐことが出来た。
防空巡棲姫の声は全く聞こえない。この展開を予測しているのかどうかはわからない。
「
そのまま球体の艤装まで破壊しようと、全ての力を白鯨の顎に込めて、力強く噛み締めた。最初は飴玉を頬張っているように口をモゴモゴさせていたが、それも何かを捉えた瞬間に止まり、そのままグッと両顎が閉じる。
ゴギンという鈍い音。確実にあの球体の艤装を破壊した音。それでもコロラドは止めない。本当に命を奪うまでは、力を緩めることはない。
「……っ」
やはりというか、これで死ぬような存在では無かった。白鯨の中で何度も何度も衝撃が走る。その度にドンと爆音が鳴り響き、爆撃が揺れ動いた。
内側で砲撃を放っているのは、見るまでもなく明らかだった。その一発一発がとんでもない火力であり、磨り潰そうとしている歯を1本ずつ破壊していた。持ち主であるコロラドには艤装のダメージがわかるため、ここまでやっても完全に噛み潰せていないことが痛いほどわかる。
「Fuck! これでもまだダメなの……!?」
コロラドは当然殺すつもりでこの攻撃を繰り出した。それなのに、それでも命を奪うに至らない。
白鯨内部から聞こえてくる爆音は、その間隔が早まっていき、ついには白鯨自身がその衝撃で強引に口を開けられてしまった。その隙をついて、防空巡棲姫が中から飛び出してくる。
同時に口内に激しい砲撃を撃ち込まれ、そのせいで内部から爆発。単純なダメージによって白鯨は自身の存在を維持出来なくなって、その場から消え去った。
「……酷い目に遭った」
そういう防空巡棲姫だが、流石に無傷というわけではなかった。全身は血まみれであり、身体中を修復せんと泥すらも溢れ出ている。やはり艤装のみならず、本体もある程度の修復が可能な様子。そうで無ければ、身体のことを無視した瞬間加速なんてするわけがない。
わかりやすくダメージがあったのは、その片脚。噛み潰されかけた際と、白鯨の口内から脱出するために無理をしたか、明らかに折れていた。さらには片腕は、先程の艤装を噛み潰した時に巻き込まれたか、もう動かないだろうと思えるくらいにプランと垂れ下がっている。
ここまで負傷すればすぐには治らない。だがこれも、時間をかければ元通りとなってしまう。押し込むのなら今しかない。
「Sorry, 斃し切れなかったわ……」
コロラドはここで限界が訪れる。防空巡棲姫を噛み潰すために全力を出し尽くしてしまい、その状態で白鯨を対処されてしまったため、ここで立ち上がれなくなった。
白鯨を何度も展開し、今回は破壊によって消されているのだから、いくら春雨細胞の活性化があったとて、コロラド自身の消耗が激しくても仕方ない。むしろ、激しい消耗だけで済んでいるのだから、コロラドにとっても最善の幕引き。
「充分だ。本当によくやってくれた。あとは任せてくれ!」
ここまで押し込んでくれたのだから、あとは艦娘だけでもどうにか出来る。慢心ではなく確信。
コロラドで無ければ押し込めなかった強固な装甲をここまで粉砕してくれたのだ。ここで動かなければ、コロラドの覚悟が無駄になる。
即座に動き出したのが武蔵。損傷した状態ならば、艦娘最強の火力も通せるはず。
「手柄を攫うようで悪いが、今しか無いのでな。大和!」
「ええ、私もそろそろ限界に近いわ。ここで決着を!」
「全弾撃ち尽くせ! 惜しみなく、出し切れぇ!」
これがこの戦い最後の一斉射となるだろう。これまでも何度も何度も放ち続け、武蔵も大和も残弾は残り僅か。限界ギリギリ、ガス欠寸前。それでも、コロラドが倒れるまで戦い続けていたのだから、自分達も同じようにやらない理由がない。
だが、防空巡棲姫にも意地があった。ここまでされても、自身の使命は失われていない。黒幕に歯向かう者を足止めし、ここで始末するという使命は、防空巡棲姫の中で消えずに残り続けている。
死んでもこの場に止め続ける。そのためなら命を捨てても構わない。いや、むしろ防空巡棲姫の中では
故に、ここまでの重傷を負っていても、本来と違わずに反撃に出る。破損した艤装を再展開し、両用砲も当然のように出現。一斉射にぶつけるカタチで、防空巡棲姫のありったけを放ち始めた。
「くぉ……っ!?」
「まだここまで出せるの……!?」
防空巡棲姫の砲撃は、たった1人でも一斉射と対等。むしろ、威力だけで言えば防空巡棲姫の方に軍配が上がるほど。代わりに、負傷した身体で撃てば撃つほど、身体が耐えられなくなっていく。
コロラドにやられた傷から血が溢れ、泥による修復が間に合わなくなる。その戦い方はあまりにも痛々しく、撃つのに躊躇いを覚えてしまうほどだ。
だが、武蔵はそれでも容赦しなかった。自分がその砲撃の矢面に立ち、その威力により傷を負っても、真正面から防空巡棲姫とぶつかり合う。
「くくく、アッハハハ! その意気や良し! 命を賭して我々とやり合おうとは、貴様にも信念があるのだろうよ! それがいくら歪んでいようと、一途な思いには変わりあるまい! ならば、全力でぶつけてこい!」
武蔵の身体も所々から血が流れ始める。流れ弾が当たっているわけではない。そんなものが当たったら、流血では済まない。これは互いの弾同士がぶつかり合い、粉砕し、その破片が身体を掠めているのだ。
そんな状態でも、武蔵は一歩も引かない。血塗れになろうとも、防空巡棲姫との戦いに愉しさを感じてしまったため、これを全力で満喫しなければならないと誰よりも前に立つ。
「武蔵、無茶は……!」
「構わん! 奴は奴なりの在り方があるのだろう。ならば、最期までその通りに生かしてやるだけだ! 奴が本望かは知らんが!」
ニィッと笑みを浮かべて、武蔵の砲撃はさらに激しくなった。本当に全てを出し尽くして。
本来ならば戻るための燃料は残すものであるのだが、武蔵はそれも完全に無視した。仲間を守るため、敵を斃すため、全てを出し尽くしたコロラドの戦い方に
その気迫は、防空巡棲姫にも伝わった。
「……なんで」
混ざり合いすぎて自己認識すら出来なくなった防空巡棲姫が、明らかに表情を変えた。最初に発現した感情は、
撃っても撃っても真正面から受け止めようとし、こんな状況で笑顔すら見せ、危機的状況を楽しむ武蔵のことが、心底恐ろしかった。血塗れの笑顔は、その恐怖に拍車をかける。
それを知ったことによって、先程のコロラドにも恐怖を感じる。今でこそ消耗しすぎて立ち上がれないほどになっているコロラドだが、そうなるまで力を出し続けた信念が怖い。
「なんで」
その恐怖は、防空巡棲姫にも強く影響を与える。砲撃が乱れる。視界がブレる。武蔵に対して目を向けられない。
「今!」
「行けーっ!」
そのタイミングで仕掛けたのは千歳と千代田である。激しい砲撃が飛び交う中に向かえるのは、空の戦力。拮抗を崩すのは2つ目の戦力。
そしてそれはどうしても防空巡棲姫に反応をさせる。先程から何度もあった、防空艦の
ただでさえ今、武蔵から目を逸らした瞬間だったため、その艦載機の存在は嫌というほど目に入った。
「はっ、すまんな。こちらも義理と人情を見せている余裕なんてない。卑怯と罵られても、私は受け入れよう。だが、これは命の奪い合いだ。貴様も周りにイロハ級を置いているのだからどっこいどっこいだろう」
その隙を見逃すほど武蔵は甘くない。一斉射をより集中させ、防空巡棲姫を圧倒する。そして、自身の傷も顧みずに放ち続けたことで、その砲撃は防空巡棲姫に届いた。
「……っ」
まずいと感じたようで、砲撃よりも防御を優先した防空巡棲姫は、艤装を重ねることで一斉射から耐える。衝撃で血が撒き散らされ、脚を負傷しているためにその場に身体を留めておくことが出来ず、宙に投げ出される。
「追撃!」
さらにここで注意を引きつけた艦載機達が爆撃の態勢。この状況ならば当てられるとした。
しかし、防空巡棲姫はまだ諦めていない。いや、諦めるという感情は未だになく、使命を全うするために艦載機に向けて当たり前の動き──対空砲火を放つ。姿勢が定まらなくとも、そこは防空艦、とんでもない精度で艦載機に向けて両用砲を向けた。
「でしょうね。貴女は防空艦だもの。でも、空母の仕事は空襲だけじゃないの」
「こっちを見てくれただけで良し。あくまでも後方から援護するのが空母の役割だもんね、千歳お姉」
「ええ、防空艦相手でも出来る仕事はあるわね」
この瞬間、戦場の、防空巡棲姫の行動を支配しているのは千歳と千代田だ。完璧なタイミングで艦載機を操り、他の者が攻撃出来る隙を作る。
自分達がトドメを刺そうだなんて考えていない。周りに手柄を渡しても全く苦では無い。この戦いを勝利に導くことが出来ればいい。
「隙だらけになりましたね」
対空砲火をするということは、やはり下は見えなくなる。そこに飛び込んでいたのは吹雪。
背中から強烈な蹴りを入れ、対空砲火すらも邪魔をし、さらに追撃の砲撃。艤装を展開する暇すら与えず、負傷した脚を狙ったことで、着水もままならない状態にしつつ、トドメのために構える比叡の方へ。
「美味しいところを貰ってごめんなさい! でも、今回は確実に、斬ります!」
1本の刀剣を両手で握って待ち構えていた比叡は、飛んでくる防空巡棲姫を見据えて目を見開く。
防空巡棲姫も簡単にやられて堪るかと言わんばかりに比叡に向けて艤装を展開し、両用砲から砲撃を放つ。だが、ここまでの負傷が効いているため、まともな照準が定まらなかった。
故に、掠りはしたものの、比叡はそこから避けることなく防空巡棲姫と対峙出来る。
そして、
「チェェェストォォォ!」
戦場に響き渡る咆哮と共に、一振り。その一太刀は、負傷によって脆くなった艤装ごと、防空巡棲姫を叩き斬った。