空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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解放

「チェェェストォォォ!」

 

 戦場に響き渡る咆哮と共に、比叡が刀剣を一振り。その一太刀は、負傷によって脆くなった艤装ごと、防空巡棲姫を叩き斬った。

 その一撃は確実に防空巡棲姫に致命傷を与えている。その感覚も掌にしっかり残っている。艤装だけでなく、肉体を斬る感触は、嫌というほどにわかってしまう。

 

「手応えはあったけど……っ」

 

 ただし、バッサリというわけにはいかなかった。寸前も寸前で身を捩ったのがわかった。それにより、比叡が斬ったのはもう動かなくなっている片腕。それを刎ね飛ばしたにすぎなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という咄嗟の判断をしたらしい。

 失われた腕はその場で霧散。二度と治らないというのを如実に表していた。

 

「……」

 

 無言で失われた腕を見る防空巡棲姫。そこからは当たり前だが血が流れ落ち、そのままにしていれば間違いなく死に至る。痛みを感じないとしても、命は刻一刻と削られている。

 こうなってしまえば自己修復ももう間に合わないだろう。時間経過で修復が無ければ、それはもう死に向かって時間をかけて歩いていくだけ。結果的にそれは、黒幕からの使命を果たせないということになる。

 

「まだ」

 

 武蔵の気迫によって芽生えた恐怖が呼び水となり、防空巡棲姫の中に感情が1つ、また1つと生まれていく。根幹には傀儡として生み出されたことによる、黒幕への忠誠心が強く根付いているため、現状に持って行かれた『悔しさ』、ここまでされたことに対しての『怒り』、そして、この敵に勝ちたいという『渇望』が、一気に目覚めた。

 

 多くの魂が混じったことで自己認識が出来なくなり、感情が失われていたが、感情が完全に無くなったわけではない。それも認識出来なくなっていただけだ。

 それが芽生えていったのなら、もうそれは人形ではなく、1人の黒幕に忠誠を誓う部下。手に負えなくなることがすぐにわかる。

 

「まだ……!」

 

 その声に、感情が乗った。失われた腕を震わせ、グッと力を入れると、身体中の傷から血を撒き散らせつつ、さらに泥が噴出した。

 その泥が防空巡棲姫の身体を包んでいく。明らかに繭となりつつある動き。泥の溢れ方からして、これは確実にまずい行動。

 

 施設を襲撃した欧州姫達が揃って実行した、命を燃やす最後の進化。命を燃やす覚悟をしたその時、体内に植え付けられた卵を孵化し、そのまま繭と化す。そこから孵った時には負っていた傷は全て完治し、タイムアウトのその時まで暴れ続けるだけになる。

 死ぬことがわかっているのだから、命を燃やすのも躊躇がない。だが、既にここまで傷を負ってしまっているからか、あまり傷を負っていない状態で感情的に命すら燃やそうとした欧州姫とは少々違い、繭と化する速度は少々遅い。あちらは実行した瞬間に身体が包まれたが、防空巡棲姫はじわりじわりと身体を包んでいく。代わりに、その間も回避行動は止めるつもりはないようだ。

 

「させるかぁ!」

 

 最も近い位置にいる比叡が容赦なく斬撃を放つ。砲撃よりも早く繰り出せることを比叡は自身で理解しているため、これがまずい状況とわかった途端に直感的に手が出た。

 

「っ……!」

 

 比叡の一撃は、繭化しながらもまだ動ける防空巡棲姫が刀を展開して食い止めた。ここまでしてもまだ、比叡の斬撃を片手で止められるくらいに力が残っている。

 その時の防空巡棲姫の表情は、今までの無表情から一転、明らかにやられて堪るかという感情が乗っている食いしばったもの。

 

 命を捨てた者の底力が、そこに集約されていた。傀儡であるが故に、自分の命は勘定に入れていない。だが、死んでしまったら使命を全う出来ない。

 故に、最後の命を使()()()()()。それで使命が全う出来るなら、それで別に構わない。むしろ、そんな考えすらないかもしれない。命が尽きかけたから発動したとも考えられる。そんな悲痛な覚悟が見て取れた。

 

「千代田、爆撃!」

「了解!」

 

 そこへ千歳と千代田が空襲を重ねる。比叡が危険な状態になるかもしれないが、なりふり構っていられなかった。

 比叡も察したようで、鍔迫り合いをしていたところをすぐに離れる。

 

「させ……ない!」

 

 しかし、やはり繭化の途中でも防空艦は防空艦。艦載機には無類の強さを持ち、即座に両用砲を展開。真上に向かって乱射した。丁寧で精度が高い対空砲火なんてまるで考えていないものの、それで爆撃が抑えられるのなら良しとしていた。

 本能的に気付いているのだろう。繭となってしまえば、もう敵の攻撃は効かない。そして、孵化をしてしまえば、命尽きるまでにここにいる者達を殲滅出来るだろうと。

 故に、今の防空巡棲姫は、自分の身を守ることに徹底していた。自分を維持し続けることが、延いてはこの戦いを勝利に導くことだと確信して。

 

「島風ちゃん!」

 

 ここで吹雪は機転を利かせた。泥が身体を包み込むのに時間がかかるということは、まだどうにかする時間があるということだ。ならば、素早く動ける者が早急に終わらせる。自分も動き、島風も動けば、最悪なところに行く前に終わらせることが出来るはずだ。

 

「おうっ!」

 

 この周囲を走り回ってイロハ級を処理し続けていた島風だが、吹雪の声に即反応して防空巡棲姫の状況を確認。そして、瞬時に次にやらねばならないことを理解する。

 

 島風が速いのは戦場での移動だけではない。状況理解から次にやらねばならない行動の分析までもがとにかく速い。一種の天才である。

 それ故に慢心し、仲間達を侮蔑していた時期もあったが、それも無くなった島風にはもう隙がない。これまでの戦闘経験もあるため、その場で最善を思いつく。

 

「一緒に突っ込んで!」

 

 島風が割ととんでもないことを言ったが、それくらいしないと防空巡棲姫が止められないのは確か。吹雪も察して海面を蹴る。

 今の防空巡棲姫は千歳と千代田の艦載機から身を守るために対空砲火に専念している。意識がまたもや上に行っているのだ。横からの攻撃に対して隙が出来ている。

 防空巡棲姫も自身を守ることに必死なのだろう。そのせいで、防御が疎かになっているのは何という皮肉か。

 

 砲撃でどうにかなるとは思えない。駆逐艦の火力では、今の防空巡棲姫は止められない。

 ならば魚雷。戦艦主砲と同等の火力を出せるそれならば、繭となる前ならば破壊は出来る。しかし、魚雷の難点は砲撃よりも遅いこと。北上のように投擲するにしても、何ステップか踏まなくてはならないため、やはり遅い。

 

「島風ちゃん!」

 

 吹雪が海面を蹴った瞬間、島風も海面を蹴る。

 

「私だって何度も吹雪の戦い方を見てきてるんだ! 何をしたいかなんて、すぐにわかるよ!」

 

 吹雪が繰り出そうとしているのは、蹴りが入った瞬間に脚部艤装を再展開して強烈な衝撃をぶつける技。島風はその原理は理解していなくとも、やらねばならないことは感覚的に把握していた。

 跳んだ瞬間、2人の狙いは完全に一致している。猛烈なスピードで防空巡棲姫を捉え、瞬きする間にゼロ距離に接近。挟み込むように蹴り、それと同時に脚部艤装を再展開である。島風はそれを知らないため、吹雪の衝撃を自らが受けるように、全く同じ位置を両足で蹴った。

 

「耐える!」

 

 吹雪の蹴りの衝撃は、吹っ飛ぶことによってダメージが軽減されている。言ってしまえば、その蹴りだけで終わらせることは大体が出来ない。それによって壁にぶつけたり、追撃で砲撃を放ったりすることで致命傷にする。海戦では基本的には後者しかほぼ使えない。

 だが、島風自身が壁となり、蹴りの衝撃を全て防空巡棲姫に押し止める。島風に対してもかなりの負荷がかかるが、その適度で島風が怯むわけがない。一切の躊躇なく、脚が壊れてしまっても構わないと容赦なくぶつかった。

 

「っかはっ……!?」

 

 防空巡棲姫が初めて明確に表情を変えた。腕が失われても眉一つ動かさなかったのに、この一撃はしっかりと効いた。

 まだ繭に包まれていない心の臓を蹴る吹雪と、その衝撃を体内に押し込むために自らの脚を犠牲にしてもいいと考えた島風。この2人の同時攻撃は、防空巡棲姫の体内に蔓延る泥までも、全て破壊するほどの威力を見せた。

 

「入った……!」

 

 吹雪はその手応えに確信した。自身の足が、防空巡棲姫の心臓を潰した感覚。如何に混ざり合い、泥まみれになろうが、その急所は何も変わらない。燃やすための命を、この場で刈り取ったのだ。

 

「ったーいっ!?」

 

 島風も流石に悲鳴を上げた。耐えようとはしたものの、やはりあの渾身の蹴りをその脚で受けてしまったのだから、防空巡棲姫を踏みつけると同時に反発する力を受けて逆に吹っ飛ばされてしまう。

 脚はこのせいでボロボロ。脚部艤装にも支障が出始め、少し動かすだけでも鈍い痛みが走る。おそらくヒビが入ってしまっているのだろう。

 

「もう、流石に、終わってくださいよ……」

 

 吹雪もそんな言葉を口にしてしまうほどだった。だが、身体から溢れ出す繭化の泥が、そのまま霧散していくところからして、防空巡棲姫はこれで終わりだとわかる。

 もう心臓なんて機能を停止している。それでも、防空巡棲姫は残った手を伸ばしてきた。

 

「……もう、ダメ……なの」

「はい、もうダメです。貴女はおしまいです」

「……そう」

 

 最後の最後。命が尽きようとするその瞬間、防空巡棲姫の瞳に光が戻ったように見えた。

 

 

 

 

「ありがとう。Thanks」

 

 

 

 

 その言葉を残して、防空巡棲姫はそのまま霧散した。

 

 塵となる直前に、自己認識が出来るようになったのだろう。その言葉は、防空巡棲姫本人と、混じり合ったアトランタ、そして無数の武蔵からの感謝の言葉だったに違いない。

 防空巡棲姫も、どちらかといえば侵略者気質ではなく、穏健派だったのではないだろうか。だが、黒幕はそんなものお構いなしに自分の手駒へと改造して、思い通りに操る。自分すら見失い、傀儡と成り果てた防空巡棲姫は、最後にその意識を取り戻した結果──

 

 解放されたことに感謝して、この世から散った。

 

「……こんなに胸糞悪い戦いは無いですよ。もし黒幕が今以上に跋扈していたら、こんなヒトがもっと増えるということになるんですよね」

 

 苦い顔をする吹雪だったが、その拳は血が滲みそうなくらい強く握られている。

 

 

 

 

 ここで立ち止まっているわけにはいかない。まだ黒幕との決着はついていない。先行した春雨達の方へ、何人かは向かいたいところである。

 

「かなり消耗してしまいましたね……」

 

 血塗れの武蔵、比叡も多く血を流し、コロラドは消耗しすぎて立ち上がれず、島風は最後の渾身の蹴りのせいで脚を負傷。千歳と千代田も防空艦相手の航空戦で力をかなり注いでいるため、体力をかなり失っている。

 

「……私は、こんなところで終わらないわよ……。黒幕には()()()()()をつけてもらわなくちゃ困るんだから……」

 

 もう立ち上がれないというのに、コロラドは黒幕との戦いに向かおうとロブスターのハサミを使ってどうにか身体を起こそうとしていた。消耗だけで怪我をしていない分、少し休めば動けるはずだと、どうにか向かいたいと。

 

「コロラドさん、流石に休んでください。気持ちはわかりますが、燃料空っぽみたいなものですよね。その状態で行ったら足手纏いですよ」

 

 吹雪が駆け寄り、身体を休ませるように言うが、コロラドは悔しそうに拳を握り締める。その苛立ちはわかるが、動けないならば動いちゃいけない。

 

「それに、託したんですから、任せてあげましょう」

「……Sorry. 気が立っていたわ」

 

 聞こえるくらいの舌打ちが聞こえたが、コロラドはそれだけで終わらせた。ここを守るとして、春雨達に思いを託したのだから、今は信じてここで待つしかないだろう。動けないのだから。

 

 

 

 

 防空巡棲姫との戦いはこれで終わった。何人もの仲間が傷を負うことになったが、誰も死んでいないのだからまだ良し。

 

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