防空巡棲姫との戦いが進む頃、黒幕の拠点近海での別個体の春雨との戦いはさらに進んでいた。
別個体とはいえ、愛する春雨が眼前で侵蝕される様を見せつけられたことによって海風が崩れていたが、最もよく知る春雨からの言葉によって立ち直ることが出来た。それどころか、海風なら絶対に出来るという保証を受け取ったことで、今までにない力が湧き上がっている。
「最優先は、別個体の春雨姉をあの島から引き剥がすこと! あの島の上に立っていることがダメなんだと思う!」
「うん、私もそう思う。島を器にしてるって『観測者』様に聞いてるからね。涼風の予想は間違っていないよ」
仲間達にも聞こえるように、これからやらねばならないことはただ1つ。陸に陣取り、駆逐艦であるにもかかわらず陸上施設型と同様の力を使っている別個体の春雨を、陸という名の
涼風の見立てでは、あの陸地そのものが黒幕。そこに立っている限り、黒幕が別個体の春雨の身体を使って攻撃してくる。おそらく別個体の春雨自身の意識は無いと見ていい。
そこは龍驤が空母棲姫の身体を器として使っていたのと同じこと。むしろ、
「引き剥がすっつっても、アレをどうすりゃいいンだ!」
砲撃を連射する江風だが、その全てが泥の壁に阻まれており、一切の傷がつかない。
だからといって接近するのはまずい。あの壁がそもそも泥だというのならば、触れること自体が問題になりそうである。強引に突っ込んだらそのまま取り込まれるなんてことまで考えてしまうと、迂闊に近寄れない。
「戦車隊も歯が立たない……!」
「内火艇もねぇ。困っちゃうわ〜」
山風と荒潮による対地攻撃も、そのことごとくを防がれてしまっている。本来ならば上陸して致命的なダメージを与えるのだが、そもそもそれが許されない。海上から備え付けられている砲塔で撃つことくらいしか出来ないでいた。
それも全て、泥の壁。砲撃に対してもそうだが、あの万能の壁は何もかもを防いでしまう。戦車隊や内火艇の突撃も、泥の壁の前では進むことすらままならない。
「制空権は拮抗! 気を抜くと押されてしまいます!」
「タイホーにBattle shipのPowerを使ってほしいところなんですが、サラも全力でコレですから……」
さらに奥の陸を狙う空母の2人、大鳳とサラトガも、別個体の春雨が繰り出す基地航空隊に大苦戦。爆撃は食い止められ、そもそも島の奥にも向かわせてもらえず、逆に敵艦載機群を抑え込むのに全力を出さなければ戦場を荒らされる。
合間合間に金剛が三式弾で制空権争いを援護するのだが、それはあちらも出来ること。異常とも言える対応力で、徹底的に侵攻を妨害する。
「Shit. 簡単には行きませんネ」
「コンゴーはあちらをBreak出来ませんか」
「厳しいデース。砲撃はどんなに火力があっても防がれてしまいマース」
泥の壁が非常に強固であることは、金剛でなくとも見てわかる。砲撃ならば簡単な防いでしまい、陸地に破片すら向かわない。
ここにいる者の中では上位の火力を持つ金剛だが、あの壁を破壊するのは砲撃では難しいと断言した。
その理由が、別個体の春雨自身に猛攻を仕掛ける叢雲の戦い方。
「クソ鬱陶しいわね! 守ってばかりで動きもしない!」
怒りを糧にして、槍の巨大化も躊躇なく繰り出し始めている。別個体の春雨が何であろうが、自分の手段を見せずに戦うなんてもう不可能。対地攻撃をこれでもかと繰り出しているのだから、学ばれるとかそんなことを考えている余裕なんてどこにもない。
しかも、叢雲だけは別個体の春雨を救う気持ちなんてどこにも無い。殺す気で行かなければ成果すら得られないくらいに強大な力を与えられているのだ。加減していたら自分が死ぬ。
「動く必要が無いからだよ」
その巨大な槍による刺突を、やはり泥の壁で完全に止める。こうなると槍も質量兵器と言えるのだが、その攻撃に対してだけは泥の壁の厚さを変えて対応している。
龍驤の時も甲板を複数枚重ねられたことで勢いを殺され、結果として本体にまで辿り着くことは出来なかった。今回もそれと同じ。最初の厚みならば貫いていたかもしれないが、それを見越して数倍の厚さを持つ泥の壁を生成しているために、叢雲の攻撃は完全に止められる。
「そうでしょ。わかってくれるよね」
そして、その壁が小さく波打った途端、激しい砲撃が放たれる。槍を突き出した直後の叢雲は、無防備というわけでは無いにしろそれを回避するのがかなり難しい。
「叢雲ちゃん、槍を消して!」
咄嗟に動いたのは荒潮である。叢雲が回避しきれないと判断した瞬間、内火艇を移動させて叢雲の盾にしたのだ。槍がそのままだと完全に防ぎ切ることが出来なかったため、すぐに消せと指示を出した。
叢雲もそこは直感的に指示を聞くべきと判断し、槍を消してバックステップ。これでギリギリ内火艇が間に割り込むことが出来た。
「あかん、せめて泥だけは取り払いたいんやけど、完全に混じり合っとるせいで分析が難しい」
龍驤はこの状況でも常に島の分析を続けていた。泥と島が完全に混ざっているせいで、目の前の泥の性質自体がかなり異質なモノになっているらしい。
自分の持つ情報──端末や監視の目、さらには
「ジロジロ見るのは感心しないね」
その龍驤の解析を身に感じるのか、別個体の春雨は攻撃の手を山風に強めに向ける。泥の壁が山風からの攻撃を防ぐと同時に集中砲火を始めたのだ。
龍驤を乗せているという理由で誰よりも狙われることになるのだが、山風は当然、その覚悟を持ってこの戦場に立っている。それ故に、どれだけの猛攻を受けたとしても、自分のためにも龍驤のためにも回避し続ける。
「見ぃひんとお前のことわからへんやろ。ウチが
龍驤は他の者達と違って、再洗脳というカタチで艦娘の思考を取り戻している。おかげで、黒幕側にいた時の記憶は消えていない。その時の最後に見た黒幕の姿は、今のような状態では無かったという。
「あの身体はどうしたんやあの身体は! それこそ泥人形みたいな奴あったやろうが!」
龍驤の知る黒幕の姿は、先程戦っていた泥人形のような存在。しかし、これまでに器として使ってきた艦娘や深海棲艦の要素を全て取り入れたような、誰とも言えない姿だったという。素体は本来の身体である中間棲姫に近かったようだが、そこに多種多様な成分を取り込んでいることで、潜水艦姉妹のように
龍驤が泥の状態で半身だけとはいえ自分の姿を形作れたのは、その意思が龍驤のモノだけで済んでいたから。黒幕はそれすらもグチャグチャになっているから、本来のカタチすら取れない。故に、泥となってから知った身体のカタチを模倣することで自らの姿を手に入れていた。
しかし、今はそんな姿も見せない。別個体の春雨を取り込んで、自分の思考を代弁させているようにしか見えない。
「そんなの関係ないよね。知ったところで意味無いでしょ」
龍驤の言葉に少し苛立ったのか、泥の壁が次々と増えていき、そこからの砲撃がさらに激しいものとなる。
春雨の視線対策、さらには叢雲のような近接戦闘を寄せ付けないようにしつつ、白露や海風のように鎖によって別個体の春雨を島から引き剥がそうとしている者に対しても牽制。江風や古鷹のようにただ壁を破壊する手段を模索する者達にも好き勝手させないように砲撃を放つ。
こうなるともう、陸上施設型と呼ぶだけでは収まらない。海上要塞の如き鉄壁。侵攻どころか近海に蔓延ることすら許さない。徹底的に邪魔者を排除することに特化している。
「意味は無いけど、知っておいて損は無いよ、別個体の私……ううん、黒幕」
それだけの猛攻を繰り出しても、春雨はその隙間を縫うように回避して、少しずつ前進していく。
「別個体の私の身体を使わないと、もう自分の意思すら私達に伝えられないんでしょ。いや、別にその身体じゃなくてもいい。
睨みつけたところで、泥の壁に遮られてその表情は窺い知れない。だが、直感的に別個体の春雨が嫌そうな顔をしたと勘付く。
「そりゃそうだよな。ここまで島に近付いておいて、まだ姿を現さないなんておかしいはずなんだ。そこまで引きこもりにしても、目と鼻の先にいりゃあ、自分の手であたいらを潰しに来てもおかしくはねぇ。だから、もう自分で考える力もないんじゃないかい」
冴え渡る涼風も、春雨の言葉で納得した。今の黒幕は、もう自分の言葉すら持っていない。
ここ最近の敗北から、怒りが溢れ続けている黒幕。そしてそれを糧に進化をし続けていく過程で、黒幕は理性を失い、自我を失い、思考を失い、そして
本能でのみでこの場に居座る黒幕は、自身の言葉を代弁する者がいなくては何も伝えることが出来ない。そこで、その場にいる何かを使う。この別個体の春雨も、何者かが島まで侵攻してきた時のためにすぐに取り殺すようなことをせずに代弁者として保存していたのだろう。逃げる様を見せた挙句に侵蝕したのは、本能的に嫌がらせをするためと言っても過言では無い。
「……だからどうしたっていうの?」
明らかに不機嫌な声を上げる別個体の春雨。それと同時に攻撃の密度がさらに上がる。攻防一体の泥壁砲撃は、島の側面を埋め尽くすように聳え立ち、それが一斉に砲撃を放つため、回避するのもかなり厳しい。進むなんて以ての外。
「代弁者を引き剥がせば、何も出来なくなるってことでしょう。だから、私は別個体の私を救い出す」
その瞳に白い焔が燃え上がる。
だが、別個体の春雨から鼻で笑うような声が聞こえた。
「辿り着く者といえど、そう簡単にはやらせないよ。
「逆恨みも大概にしてくれませんかね。戦いに負けたことを貶めたと感じるような卑屈な者が力を持つと、ここまで捻くれるんですね。あまりにも愚かしい」
それでも春雨は苛立ちを抑え、小さく息を吐く。そして、壁の向こうの別個体の自分を睨みつけた。
「もう、ヒト様の身体を使って巫山戯たことは言わせない」
支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/102506699
436話『監査の力』の1シーン。艦娘と深海棲艦の共闘。ビスマルクの輝いた一シーン。敵の弱点もスケスケよ。