空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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固定観念

「辿り着く者といえど、そう簡単にはやらせないよ。もう私は負けない。何度も何度も何度も何度も敗北を喫したんだ。私はもう負けない。負けるはずがない。私を、私をここまで貶めた艦娘を、私は絶対に許さない」

「逆恨みも大概にしてくれませんかね。戦いに負けたことを貶めたと感じるような卑屈な者が力を持つと、ここまで捻くれるんですね。あまりにも愚かしい」

 

 それでも春雨は苛立ちを抑え、小さく息を吐く。そして、壁の向こうの別個体の自分を睨みつけた。

 

「もう、ヒト様の身体を使って巫山戯たことは言わせない」

 

 ここからは春雨も戦いに参加する。常に壁に阻まれて力を使いきれない状態であっても、何かしらの突破口があるはずだ。

 

 別個体の春雨は島から無尽蔵に力を手に入れているため、これはもう陸上施設型……というよりは、()()()()()()()()()と言っても過言ではない。無尽蔵と言っていても、最終的には限界を迎えるはず。

 ただし、その限界が途方もなく先であるため、限界を迎えさせるという時間稼ぎのような戦いは出来ない。そんな時間は無いだろうし、その前にこちら側の限界が訪れる。勝つためには、負けないようにするのではなく、本当に勝ちに行かなくてはならない。

 

「口ばかりで、どうせ何も出来ないよ。越えられるものなら越えてみてよ。私の怒りを、苦しみを、その命で思い知ればいい」

 

 別個体の春雨は、もうその本性を隠すことがなくなっていた。そもそも殆ど隠していないようなものなのだが、春雨や涼風にその正体──別個体の春雨がいなければ自分の意思すら伝えられないくらいに壊れていることを看破されたことで、より殺意が顕著になってきている。

 無尽蔵に補給され続ける泥をただ壁にして撃ち続けるだけでも、ここにいる総勢12名の部隊を圧倒するほどの力。壁を乗り越えて空襲を仕掛けても、それ以上の力の航空隊が発進してそれを迎撃してくる始末。

 これによって山風を回避に専念させるようにし、龍驤の解析を妨害しつつ、より追い詰めていこうという算段のようである。

 

 これだけでも、相当な苦戦を強いられているのは確かだ。壁によって砲撃も接近戦も何もかもを封じられ、飛び越えようとも迎撃され、春雨の視線すらも封じられている。ある意味、理に適っている無敵の戦法。

 

「口だけと言われても言い返せないな……どうやって突破しようか」

「ありゃあ、かなりしんどいなぁ。あたいらの砲撃なんて、傷一つつけられないんじゃないかい」

「多分ね。叢雲ちゃんの槍でも貫けないってことは、あれを破ることが出来るのは……多分ここにいる中だと大鳳さんだと思うんだけど、島に上がらないといけないから」

「そりゃあダメだ。その時点で侵蝕されちまう可能性がある。んな危険なことさせらんねぇよ」

 

 何処かに隙間があることを考えながら壁の向こうを見続ける春雨だが、見ているだけでもこの壁はどうにも出来なそうだと悟ってしまう。当然その程度で諦めるわけがないのだが。

 涼風も何処か抜け道がないか探し続けていたが、泥壁に関しては本当にどうにもならなそうな仕様にしか見えないため、力業で突き抜けるくらいしか思いつかずに悩む。

 

「ったく、ただの我儘なクソ泥のくせに、やたらと強い力を持ってるせいで、こんなにも調子に乗るわけ!?」

 

 苛立ちを隠さない叢雲だが、そうしながらも回避に専念し続けて槍が通りそうな場所を探していた。

 泥壁は徹底した一枚壁。隙間すら作らず、その厚さはわかりやすく砲撃や槍への対策。砲撃は勿論のこと、今ここで確認した叢雲の巨大化する槍は、生半可な厚さでは貫いてしまうため、それを見越して食い止められるくらいの厚さを維持していた。

 そのせいで、どんな攻撃でも防いでしまう無敵の盾と化し、さらには攻撃の密度もかなり高めな最強の矛となりつつある。何とか回避は出来ているものの、それはある程度離れているからにすぎない。基本的に攻撃の際に接近する必要がある叢雲には、攻撃のチャンスがかなり少ない状況。

 

「縛り上げるにも、あれだけ高い壁だと鎖が届かないよ」

「ですね。でも、別個体とはいえ春雨姉さんを救わなくてはいけないんです。あれを乗り越える方法を考えなくては」

「私の尻尾も流石に届かないよ。鎖ほど長いわけじゃないし」

 

 別個体の春雨を捕縛する方法を考える白露、海風、古鷹の3人だが、やはり壁が邪魔をしていてかなり厳しい。そもそもの弾幕で近付くことも出来ないのだが、鎖を振り回しているのを確認したせいか、そもそもの壁の高さを上げてきていた。

 これによって、山風の放つWG42(ヴェーゲー)すらも牽制していた。飛び越えさせようと射角を上げると、その内側にいる別個体の春雨には確実に当たらない。遠くにまで行ってしまう。同時に別個体の春雨もWG42(ヴェーゲー)を放ち、その攻撃を迎撃してしまうため、島にもダメージ0。

 

「島を……攻撃すりゃあいいってことかな……」

 

 江風が回避しながらもボソリと呟いた。対地攻撃として、島を攻撃することを優先としたい。しかし、ロケット弾もダメなら、空爆も通用しないときている。最も的確で、確実にダメージを与える手段は全て封じてきていた。

 この知識も、今まで器として使った者や、部下にした者から学んできたのだろう。敗北から学ぶと言われれば聞こえがいいが、それを全て逆恨みに使っているのが、春雨達には気に入らないところ。

 

 ここで江風が突拍子もない策を思いついた。

 

「なぁ、春雨の姉貴、ちょっと江風に案があンだけど」

「いいよ、教えて」

 

 こういう時に頼るのは、やはり春雨だった。直感的に近くにいたとかでなく、最も良い回答を持っていそうだと江風としても気付いたようである。

 そのままだと危険であるため、泥壁からの砲撃がなるべく回避しやすい位置まで退避してから、その思い付いた案を伝えた。

 

 そして、それを聞いた春雨は、ほんの少しだけ驚いた表情を見せた。春雨と共に状況分析をしている涼風もその話を聞いていたが、流石に声を荒げそうになった。

 だが、よくよく考えてみればと少しだけ悩んだ結果、

 

「それ、行けるよ。江風、よく気付いたね」

「すげぇよ江風! あたいら、そこに辿り着けなかったよ!」

「考え方が凝り固まってたのかも。絶対に思いつかないもん」

 

 その案を全面的に肯定した。江風がたまたま思い付いた作戦であったとしても、それをしっかりと考察し、直感的にも論理的にもいけそうだと判断した。

 ここまで褒められると、江風も流石に少し恥ずかしさうに頭を掻く。

 

「気付いたっていうか、抜け道無いかなって思ってたンだけど、実は……って思ったンだよね。やってみていいかな」

「大丈夫、江風。()()()()()()()()()()

 

 春雨に見つめられ、笑顔を向けられた瞬間、江風の奥から力が湧き上がるような感覚。この案が絶対通用すると確信を持つことが出来、それをするために特化した力が思いつく。

 それこそ、涼風のように頭が冴えていた。何処に何をどうすればいいのかが、手に取るようにわかる。

 

「ンじゃあ、やってくるぜ。江風の力だけでどうにもならなかったら、みんなに手伝ってもらう!」

「うん、まず今回は私と涼風も手伝うから大丈夫だよ。狙うところ、ちゃんと合わせるから」

「任せろい! 江風と組んで長いんだから、何処にやりたいかなんて目ぇ瞑っててもわかるってもんだい!」

 

 江風を先頭に戦場へ帰還。泥壁の砲撃は密度を増すが、やりたいことをやるために意地でも回避した。

 先程湧き上がった力のおかげで、江風はその動きも冴え渡っていた。いつもよりも身体が軽く、被弾してしまいそうな勢いの弾幕を次々と回避。追従する春雨と涼風も、その砲撃を華麗に避けながら準備を進める。

 

 そして、やりたいことが出来そうな地点まで到着。そこは島に近付きすぎず、だがある程度は近い場所。演習や本来の戦闘ならば、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っし! その先に別の春雨姉がいるぜぇ!」

「よっしゃあ! ンなら行くぜぇ! 春雨の姉貴、涼風、せーので頼む!」

「うん、タイミングは任せたよ」

 

 そう言いながら3人が構えたのは、砲撃ではなく()()であった。

 

 陸上施設型には完全に無効となることが定石。本体が島の少し奥にいるのだから、魚雷を放ったところで島に当たっておしまい。端を削ることは出来るだろうが、本体にはノーダメージであり、無駄すぎる攻撃であるため、やる意味がない。魚雷が勿体無いとすら言われる。

 そのため、これは熟練者であればあるほど、案として思いつかない。定石が身に刻まれているのだから、()()()()()()()()()()()()という固定観念に囚われるのは当然のこと。むしろ、やる理由すら思いつかない。

 

 江風だって長く戦いを経験している猛者だが、ふとした弾みで閃いた。やっていないことをやってみようという考えに辿り着くのは、それは一種の才能。

 

「せーのっ!」

「撃てぇ!」

 

 同時に魚雷を発射。この時、江風も涼風も気付いていた。()()()()()()()()()()()()と。発射した時の身体にかかる衝撃が段違いに重かったのだ。なのに、バランスはしっかり取れていたおかげで普段と同じように雷撃が繰り出せたことになる。

 

 その放たれた魚雷は真っ直ぐ黒幕の拠点としている島に吸い込まれていき、砂浜に突き刺さるように着弾。そして、大爆発を引き起こした。

 江風の一発目だけならこんなことにはならなかっただろうが、春雨と涼風の雷撃が全く同じところに向かったおかげで、物の見事に誘爆に誘爆が重なった。

 

「……何をしたの」

 

 壁の向こうにいる別個体の春雨が、忌々しそうに吐く。その雷撃は、明確に泥壁にダメージを与えていたのだ。それも、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「言うわけねぇだろ! 自分で考えろってンだ!」

 

 挑発するように舌を出し、破れた泥壁の隙間に砲撃を放つ江風。しかし、泥壁の再生速度はかなりのもので、砲撃はすぐさま止められた。

 

「江風の思ったこと、大正解だね」

「ああ、やっぱりそういうことなンだな。()()()()()()()ってことだ」

 

 江風が思い付いた案。それは、島が黒幕本人だと言うのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 

 島を器にしているのなら、島へのダメージがそのまま黒幕へのダメージとなる。だからWG42(ヴェーゲー)や三式弾、艦載機からの爆撃を徹底的に処理していた。しかし、魚雷による海中へのダメージは、如何に強大な力を持っていても、その特性──()()()()()()()()()()()()()ことによって回避が出来なかった。

 泥として漂っているだけならばこんなことにはなっていなかったかもしれないが、()()()()()()()()()()()、海中からの攻撃が弱点となり得たわけだ。

 陸上施設型でありながら、本来効かない攻撃が最も効くモノとなっていた。ここに北上のような重雷装巡洋艦や、潜水艦の誰かがいたら、おそらく最もダメージを与えられただろう。

 

「魚雷が効く陸上施設型なんて、少なくとも私は見たことが無かった。だから、この攻撃は考えてもいなかった。私だけじゃ、辿()()()()()()()()。仲間がいるから、見えてない道も見えるようになったよ」

 

 如何に『辿り着く者』といえど、固定観念に囚われてしまえば、その道は見えなくなる。それを実感することになった春雨は、改めて仲間の大切さを認識する。

 

「そうだよ。やっぱり、仲間がいなくちゃ私は成立しない。私一人だけが辿り着いても意味がない。辿り着くことすら出来ないんだから。みんなで辿り着かなくちゃいけないんだ」

 

 春雨の中で燃え盛る焔は、その色を変えていく。寂しさはもう感じない。怒りはもう鎮まった。仲間達との戦いが、春雨の辿()()()()()()()を指し示す。

 

 

 

 

「そうか、そうなんだ。私は辿り着く者で収まらない。私が望む、最善の答えは……みんなで戦って、みんなで辿り着くことだ」

 

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