代弁者とされていた別個体の春雨の治療まで完了したのだが、黒幕への打開策は未だ見出だせていない。空母の2人が懸命に空襲を続けているのだが、制空権は一向に確保出来ず、爆撃は島にダメージを与えることが出来ず、無駄弾を消費していくのみ。
代弁者がいようがいまいが、島に対する攻撃は回避することに専念するようであり、特に空襲や艦娘が出来る限りの対地攻撃は全て迎撃をしてくるため、ほぼ通用しないと見ていい。
「効いたのは魚雷と、叢雲ちゃんの槍だけど……」
「だからと言ってもあの島への上陸は厳しいですよね……。春雨姉さんならば、侵蝕など物ともせずに突き進むことは出来るでしょうが、私達にはそんな力がありません。いくら春雨姉さんの力によって私達が擬似的に辿り着く者になっているとしても、私達は足を踏み入れた瞬間に侵蝕されてしまう可能性が非常に高いです。というか間違いなく次の代弁者を手に入れようとするでしょう。それに巻き込まれてしまったら、足手纏いになってしまいます。だからといってただ一人で黒幕と対面させるのは、流石に危険すぎるでしょう」
久しぶりの海風のマシンガントークだが、その内容はあまり明るいものではない。今やここにいる誰もが最善の答えが見えている状態ではあるのだが、島に伸びる道が1本もないという状態。さらに言えば、春雨にも今は島に繋がっている道が見えていないと来た。
あちらはこのまま引きこもり続け、こちらに逆恨み的な怒りと恨みを募らせることで力を増していき、最終的には手が付けられなくなる。放置していれば、最後は辿り着く者、導く者すらも超える力を手に入れてしまうかもしれない。そうなる前に終わらせなければ、今まで以上の大惨事が待っている。
「攻撃を繰り返しても、島が大きすぎるし防衛だけはしっかりしてるしで先に進まない……せめてコアの場所さえわかれば道が伸びるはずなんだけど……」
導く者となった春雨であっても、辿り着く者としての性質で消えていない部分がある。
泥壁の突破方法に関しては、そのものが眼前にあったからこそ、攻略方法を直観的に勘付くことが出来た。そこに江風の閃きが乗ったのだから尚更だ。あの作戦に辿り着く要素はいくらでもある。
しかし、黒幕を撃破するための要素は、ここまで来ても未だにほとんどない状態である。島が目の前にあっても、そのどこに核があるかはわからない。
「……あ、そうだ。龍驤は核の場所を知っていますよね。そこに辿り着く道は見えていますか」
ここでこの中で唯一、黒幕のことをちゃんと記憶している龍驤に話を聞く。知っている姿とは違うようだが、この島のことは知っているので、核の場所もわかるはずだ。
しかし、龍驤は首を横に振る。知っていても今は道が見えていないようだ。
「ウチがここにおった時は、島のど真ん中の地下にあった。今でもそこにあると思うで。せやけど、確か核の位置は変えられるんよ。もしかしたら、ウチの知っとる場所から全然違う場所に移しとるかもしれへんな……」
龍驤がまだここにいた時となると、今から考えればもう1週間は前の話だ。用意周到とは言わずとも、やたらと警戒心が強い黒幕ならば、龍驤が敗北した時点でここから移動することを視野に入れていてもおかしくない。
だが、もう殆どこちらに力を貸してくれているようなものである『観測者』がその辺りを何も言っていなかったので、核自体はここにあると考えている。通信時間ではないタイミングで夜逃げのように移動し始めたら話は変わるが。
「あ、あの……」
ここで口を挟んだのは、未だ古鷹に支えられている別個体の春雨である。脚部艤装はまだ展開出来ておらず、自力で立つことが出来ていないため、最初に抱きかかえてくれた古鷹を頼らざるを得ない。
「その核っていうのは……
「それや!」
その言葉に、龍驤は目を見開いて声を荒げた。妖精さんに叫ばれたことで、別個体の春雨はビクッと震えて古鷹にしがみつく。
「ウチもやけど、泥の核は黒い泥の塊でまん丸らしい。ウチも明石に聞いただけなんやけどな。ウチの場合はもうほんまに小さい米粒みたいなもんやったらしいんやけど、こんだけデカい器に入っとるなら核も大きなって当然やろ。せやから、黒いボールっちゅーのもあながち間違っとらん」
龍驤が保証したことで、別個体の春雨が目にしたそれが、黒幕の核であることで間違いなくなった。そして、それを記憶しているということは、少なくとも別個体の春雨がまだ記憶があるうちにそれを見ているということになる。
侵蝕から解放された時、その罪悪感だけが残されて黒幕に関する記憶が消えるのはこれまででもずっとあったこと。それでも覚えているのは都合が良かった。
いや、本来なら消えていてもおかしくないのだろう。本当に僅かでもそれが残っていたのは、黒幕のそれがあまりにも心に刻まれていたから。別個体の春雨には、それは
これは黒幕の落ち度。自分の存在がどういう影響を与えているのかを正しく把握出来ていない。侵蝕した状態で見せているならまだしも、別個体の春雨は侵蝕前にその姿を見せてしまったためにこんなことが起きている。それもこれも、言葉を失う程に自分という存在を復讐心などで認識出来なくなったからであろう。
「話、聞いてもいいかな。辛いなら大丈夫だけど」
春雨が別個体の自分に優しく問う。自分の辛い過去を自分の口から話せというのは酷なことではあるのだが、ここで話を聞かないと先に進めない。
深海棲艦化しているにしても、自分自身が相手であることもあって、別個体の春雨は少しだけ落ち着いて話をし始める。
「……わ、私は、その、今日生まれたばかりの艦娘です……それで……自分の向かう場所を探していた時に……この島に辿り着きました」
ドロップ艦は本能的に鎮守府を探し出す。本来ならば、この別個体の春雨は大塚鎮守府に辿り着くはずだったのだが、何の因果かこの島──黒幕の拠点へと辿り着いてしまった。
その時のこの島は、ここまで要塞じみていたわけではなく、見た目は普通の無人島だったようで、何の警戒心もなく一度上陸したらしい。一旦ここで休憩をしてから、改めて鎮守府を探そうと。あわよくば、ここで休憩している時に巡回している艦娘に見つけてもらえればラッキーと思いつつ。
しかし、それが運の尽き。そのまま何か──おそらく侵蝕性の無い泥に引き摺り込まれて、この島の地下施設へと連れていかれた。その時にはまだ侵蝕をされていなかったようである。
「怖くて……動けなくなってしまって……でも、その時に見たんです。黒いボールみたいな……その、話を聞いている限り……この島の核……ですか? おそらくそれではないかというモノを……」
何の理由で侵蝕せずに置いておいたのかはわからない。しかし、予想はなんとなくつく。代弁者として適しているかを値踏みしたのだろう。その結果、別個体の春雨は黒幕のお眼鏡にかなったようである。
とはいえただのドロップ艦。使い捨てるにもちょうどいいと判断したか、引き剥がされたら卵を孵化させることなく捨てている。嫌がらせに特化しているわりにはそこは何もしてこなかったのは、おそらく観察。別個体の春雨に対して何をしているのかをその目でしっかり見るため。辿り着く者の手段をしっかり見ておくことで、より上の力を得ようとしている。
「怖くて……すごく怖くて……でも、すぐに出て行けるようになったんです。それで、死に物狂いでここから逃げようとしたら……貴女達を見つけて……」
ここからは春雨達が見た通り。疲労困憊状態で島の奥からフラフラと出てきて、見つけた春雨達に手を伸ばして助けを求めようとした瞬間に泥に呑み込まれて、そのまま代弁者にされてしまった。
ここで卵も埋め込まれ、多種多様な泥に侵蝕されたのだろう。今でこそ治療は出来ているが、そのままならば別個体の春雨も侵蝕されていた時の漣達のように使われていたと考えられる。代弁者は今は欲しいが、ここを乗り越えてしまえばもう必要が無い。あとは尖兵として小間使いのように使うのみ。
「怖いところを聞くのは忍びないんだけど、その黒幕の核がある場所は覚えてる? 私達はそれを壊さなくちゃいけないんだ」
「……この島の……真ん中と言えばいいんでしょうか。どうにか脱出した時、周りは木ばかりで……。でも、この場所に来るまでは、一本道に思えました。ここに行けと言われているかのように……」
つまり、この島に生えている木々に至るまで泥が侵蝕していると考えてもいい。別個体の春雨を当てつけに使うために、わざと木々を分けてここへの道を作っていた。
今はまた木々で地下への入り口を閉じている。おそらく地面にも入れるような場所がない。核のある場所は完全に密室状態としているのだろう。ただ、そこに爆撃や対地攻撃をぶつけられれば、入り口が勝手に開いてしまう可能性がある。そのため、防空に関しては万全を期しているわけだ。
結局のところ、明石が最初に提案した、島そのものを爆破するのが一番手っ取り早い上に
むしろ、そこまで考慮している可能性はある。島を守ることに特化しているようにも見えるため、とんでもない火力の爆弾を落とそうとしても、それを妨害するためにあちらは尽力するだろう。自分の命に繋がるのだから。
「さて、どうしようか……。今や島の周りも泥壁で入れないようにされてるし、そもそも踏み込んだら侵蝕される。核の場所は遠いし、空爆とかは全部カウンター。やれそうなのは……」
「魚雷と、叢雲の槍」
これしかないと白露が提案する。先程も効いたのだから、もう一度それを決めるしかない。
陸上施設型であっても、島そのものが器となってしまっている時点で、陸への攻撃がダイレクトに通用する。それがあったからこそ、別個体の春雨を救出することが出来た。
しかし、ここからはまたレベルが変わる。表面を傷つければいいという問題ではない。叢雲の槍でその地下施設のところまで穴を打ち抜かなければならないのだ。いくら怒りが青天井の状態であっても、こればっかりは難しい。
「いや、チャンスがあるならやってやるわよ。腹が立つのは今も同じ。まだまだ力は出せるわ」
苛立ちを隠そうとしない叢雲が、もう一度やってやると宣言する。
「そうだね。やらないで諦めるのは良くないよ。みんなで力を合わせて、もう一度一点集中をやってみるのが一番いいね」
こんなことで折れていては、勝てるものも勝てない。導く者が導くことを放棄してしまっては意味がない。
春雨もここでさらに奮起する。瞳の焔はさらに燃え上がり、この戦いを終わらせるのだとより強い力を発揮する。