好機を逃さずに黒幕の潜む島へと猛攻を仕掛ける春雨達。全員で力を合わせて泥壁をこじ開け、爆雷によって手に負えない状況にまで持っていき、空襲まで通せるようにしたのも束の間、黒幕にとっての最後のトリガーが引かれた。
泥壁が全て失われたかと思いきや、突如間歇泉のように噴き出した泥が手をカタチ作り、空襲を仕掛ける艦載機を虫のように払い除ける。そして、
「何……あれ……」
島の真ん中から、泥で構成された巨人が現れた。艦載機が払い除けられる程に長い腕からして、巨人は見上げるほどに大きい。コロラドの白鯨やリシュリューの巨大な尻尾が握り潰せるくらいのそれは、空襲などによってグチャグチャにされた島の表面をさらに更地にする様に現れ、形成されていく。
最初は上半身だけだったが、下半身も出来上がり、より巨大な全身で立ち上がった。その時には、島にある泥は何もかも失われていた。
「……島を器にしてたってことは、
島全体を器として活動していたのだから、黒幕を構成する泥は島と同じ大きさにまで膨れ上がっていてもおかしくない。ただでさえ島に生えている木々にすら干渉しているレベルであり、島そのものへのダメージを自分のモノとして受けていたくらいなのだから、その全てが巨人として顕現してしまえばこれくらいになるのは当然の帰結。
今までは島そのものが防衛に徹していたが、今は島そのものが
「春雨姉さん……アレ、
「……わからない」
海風の質問に、春雨は答えられなかった。その泥の巨人は、ヒト型はしているものの、ただそれだけ。明確な誰かというわけではなく、それこそ子供が粘土で作ったかのような歪な姿。顔もあるようで無く、胴や四肢の長さもめちゃくちゃ。そこがとにかく不気味で、その姿が生理的な嫌悪感を与えてくる。
春雨達はそれを嫌悪と捉えたが、例えばその意志に同調出来るものが見た場合、この姿を神々しく感じる者もいるかもしれない。不定形を不気味では無く
少なくともここにいる者達の中でそう思える者は誰一人としていなかったが、侵略者気質を持っている深海棲艦ならばそうなってしまう可能性はある。欧州姫達は、そちら側に精神が倒れたわけだ。おそらくその時はここまで巨大では無く、地下施設内で普通の深海棲艦と同等な大きさだったとは思うが、部屋の中が同質の泥で埋め尽くされているのを見れば、心を折ることは簡単に出来るだろう。
「デカすぎンだろ……ありゃあ……」
「空襲に手ぇ届いてるもんな……。でも、まだ出し抜く手はあると思う」
どうすればいいんだと困惑する江風だったが、涼風には思うところがあった。大きくなったことによって空襲を払い除けてはいるものの、その動きは緩慢。これほどまでに大きくなれば、二足歩行でバランスを取るのは難しい。その上、その全てを泥で構成しているのだから、自重で自壊してもおかしくない。現に、艦載機を払い除けるために振られる手の先からは、泥が僅かにだが飛び散っている程だ。
「空襲は一時止めます! アレでは歯が立たない!」
大鳳が叫び、古鷹と共に一旦艦載機を全て消した。サラトガも流石にこれはまずいと全機撤収させて自分の手元に戻す。
こうしている時でも何度か爆撃は仕掛けているのだが、アレほどの巨体となると爆弾の1つや2つ程度なら一切効かない。削れたとしても、即座に周囲の泥がそこを補修して元通り。無傷と言ってもいい状態になる。
「全員ここから離れましょう! 今のままでは何も出来な……すぐに逃げてぇ!」
指示なんてしている余裕すら失われた。泥巨人と化した黒幕は、のっぺらぼうの顔を春雨に向けた瞬間、ゆっくりとではあるがその手を握りしめて、春雨に向けて振り下ろそうと振りかぶった。艦載機を払う動きよりも遅く、しかしその質量からしてみれば充分過ぎる速さ。
片手だけでも軽くヒト1人くらいならペシャンコにしてしまう程の大きさの拳だ。それが勢いをつけて落ちてくるとなったら、死が確定するようなもの。それに、海面を叩きつけることになるのだから、津波が起きることも予想出来る。
流石にそこまでの攻撃を受けたら、どうなっても厳しい。今は全力で回避することを考えなくてはならないだろう。
ここで全員の目に逃げ道が提示された。今のこの状況での最善の道は、逃げ延びること。この一撃を確実に回避して次へと繋ぐことである。今だけは、勝つことではなく負けないことを優先する道。
そうするためならば、一度攻撃の手を休めても問題はない。ここで必ず勝たなくてはならないというわけではないのだから。
「少し頑張ってくださいね」
「えっ、は、はい……!」
鹿島だけは別個体の春雨を連れている状態。だが、辿り着く者の力を得たことで、鹿島の持っていた練習巡洋艦ならではの力が発揮される。それは、教え子を正しく導くこと。春雨とは違う意味で、仲間をより良い方向へと向かわせることが出来る力を得た。
故に、鹿島は別個体の春雨の手を強く握ると、これまででもなかなか出せないような超高速の動きでその場から離れた。別個体の春雨の速力は高が知れているのだが、鹿島に引っ張られることによって今のスペック以上のスペックが発揮されている。急速に経験値が貯まり、今の最善の足の運びを自然と覚えていった。
別個体の春雨も、今は導く者の力の影響化。身体が自然と最善の動きをする。それを鹿島にサポートしてもらうことで、この戦場で生き残ることを優先出来るようになる。
「落ちてくる……!?」
振り下ろされる手がゆっくりと近付いてくる。それはもう、空が落ちてくるかのような恐ろしさ。これが避けられない程のスピードだったら終わりだったが、やはり自分の身体を維持するためにはこれ以上速く動くことが出来ない。
それ故に、逆に様々な負の感情が駆り立てられる。避けなければ死ぬという緊張と、ただでは済まないという恐怖。生理的に受け付けない不気味さがそれを助長し、生半可な意志ではこれだけで足が動かなくなってしまうだろう。
だが、そんなことで足を止めてしまう者など、ここには存在しない。これほどの強大な敵を前にしても、誰も心を折ることはない。今でこそ全力で回避することに専念しているが、そうしながらも勝ち筋を探しているのだから。
「衝撃に備えて!」
急に手の方向を変えることは出来ない泥の巨人は、回避されたとしてもその殴りつける場所は変わらずに海面を強く叩いた。
まるでミサイルが着弾したような轟音。同時に発生する激し過ぎる衝撃波。拳を中心として、周囲が一気に吹き飛ばされる程の一撃。
「っ、つっ〜〜!?」
これには流石に誰も立っていられない。突風とかそういうレベルではない。戦艦である金剛ですら、足下がグラつくほどなのに、身体が軽い駆逐艦達ではまともに立っていられない。
そしてさらに危ないのが、妖精の身体になってしまっている龍驤だ。身体が軽いとかそういうレベルではないため、山風の髪を命綱にしていたとしても、この衝撃を耐えるのはかなり厳しかった。
「龍驤……っ」
「すまん! 飛ばへんように支えるのが精一杯や!」
山風が飛ばされないように龍驤の身体を握るように支えているが、山風自身も飛ばされかけているので、互いに振り落とされないようにするのに必死である。
そして、衝撃波の次は津波だ。拳が海面を叩いたのだから、その影響で海が揺れ、それが途轍もない波になることは当然の帰結、遠く離れた場所ならば、この波も安定しているかもしれないが、ここは震源地、いや、
「無茶苦茶が過ぎるね……これどうしようか」
その波を華麗に乗りこなしながら呟く吹雪だが、誰もその言葉に対して反応が出来ない。天変地異のような衝撃と波を起こす一撃に、体勢を崩さないようにいるだけでも必死である。
いや、春雨だけはこの衝撃と波の中でも黒幕を見据えていた。次の一手、次の次の一手を読み解かなければ、この戦いに勝ちはない。
「まず弱点を探す! これだけ大きくなったなら、核もあの中に絶対にある!」
隠していた核も、これほどの巨人となったのならそちら側に移しているはずだ。何故なら、島自体に泥が失われているのだから。
もう器として使っていた島も捨てるつもりで今の姿になっている。地下施設というのも全て引き払って、島を島に戻して、全ての泥を結集しているからこのサイズになっている。そうでなくては割に合わない。
つまり、あの巨人を斃せば、この戦いは終わりということだ。
「でも、それが何処にあるかはわからない……」
ただし、終わらせるための核が何処にあるかは、ぱっと見でわかるわけが無かった。自分の急所を曝け出す者なんて何処にもいない。自我すら消えた者であっても、本能的に隠す。
定石通りならば、頭か心臓。わかりやすく急所と言える場所にそれを置くことにするだろう。本能的ならば尚更考えるまでもない場所に置く。
そのどちらだとしても、今はまるで届かない場所にあるのだが。駆逐艦の主砲だと、下手をしたら射程範囲外。当たったとしても距離的に威力が激減している、
「とりあえず頭を攻撃しましょう。それが出来るのは、私達空母隊です」
「Yes. さっきはNo damageでしたが、もう一度やらない理由にはなりませんね」
「了解です。全部を纏めて叩き込めば、活路を切り開くことが出来るかもしれませんしね」
急所を狙うのならば、まず真っ先に動かねばならないのは空母。先程はその巨大な手で薙ぎ払われたが、今ならばまともに狙えるはず。片腕は殴りつけるのに使っているし、もう片方はすぐには動いてこない。むしろやるなら今しか無い。
故に、大鳳が真っ先に指揮を執る。サラトガと古鷹も頷き、すぐさま艦載機を発艦した。
先程は爆撃を無力化──むしろ直撃してもすぐに修復されてしまったが、それは1つ2つがまばらに当たったからだ。同じ爆弾を一箇所に纏めてやれば、少しは変わるはず。
「せめて私達が、上から何かを見つけましょう。仲間達が見えない場所を見ることが出来るのが私達ですから」
3人分の艦載機が一斉に泥の巨人の頭上へ飛んでいき、爆撃を仕掛ける。払わなければ何とかなる。そこに、あの頭を爆破するくらいの火力をぶつけてやれば、何かがわかる。
しかし、それでも一筋縄ではいかない。
「削れた……けど、何もない……!?」
その爆撃は、想定通りに頭を噴き飛ばすことに成功した。やはりまとめて叩き込むことで、そこにあるものを失わせることは出来る。
だが、頭には核はなく、失われたはずの頭はすぐに修復される。顔が無いのだから、それはあくまでも
そこからさらに追い討ち。振り下ろしていた手を持ち上げたかと思うと、その手がボコボコと沸騰するように泡立ち、何かを構築していく。
「まずい、すぐに散開!」
気付いた時にはそれはもう完成していた。駆逐艦のような手持ちの主砲である。
見た目はそれでも、サイズが尋常ではない。巨人が持っているのだから、戦艦主砲が豆鉄砲に見えるレベルの超巨大主砲がそこに展開されていた。
これを放たれたら、直撃でなくても酷いことになるのは考えるまでもない。掠っても致命傷。近くにいても衝撃波だけで並大抵のモノは破壊される。
「避けてぇええっ!」
そして、その砲撃は間髪容れずに放たれた。