巨大かつ強大な力を持つ泥の巨人と化した黒幕が繰り出したのは、とんでもないサイズの主砲。戦艦の主砲が豆鉄砲に見える程のそれが、展開と同時に放たれた。
察知した春雨が叫び、全員一斉にそれを回避する。幸いにもこの砲撃は、誰かを狙って放たれたモノではなかったため、直撃は免れることは出来た。しかし、そもそものサイズが尋常ではないため、その衝撃波も凄まじい。先程の振り下ろされた拳もとんでもなかったが、この一撃はそれをさらに上回る。
キーンと耳鳴りがするが、春雨は何とか回避に成功していた。衝撃波を何とか受け流すことが出来たため、ほぼノーダメージと言える。
海風も春雨に倣って何とか回避が出来ているようだが、やはり耳鳴りが酷いらしく、砲撃の閃光をモロに見てしまったことで目がチカチカしているようだった。春雨の姿が見づらいのか、探し求めるように手を伸ばしてきたため、春雨はすぐに手を繋ぐ。
「ぜ、全員、大丈夫ですか!?」
海風が無事なのはよくわかるが、他の者は衝撃によって舞い散った海水の飛沫によってどうなっているのかわからない。そのため、すぐに反応が見えるようにその場で声をかけた。
霧がかかったかのような戦場に春雨の声が響き渡る。そのおかげか、すぐ反応が返ってきた。
「白露無事! 吹雪も一緒にいる!」
「涼風大丈夫! 江風も一緒! あと山風姉と荒潮の姿も見えてるよ!」
「ふざけんじゃないわよ! 何なのよアレは!」
少なくとも駆逐艦の仲間達は無事な様子。叢雲に至っては、この一撃を見たことで余計に怒りが増しているようである。
だが、全員が無傷とは言えなかった。衝撃が身体を駆け抜けてしまったため、消耗が激しい。江風は吐きそうなくらいに気持ち悪そうにしているのと、山風が龍驤を守るために身を挺したか、身体が軋むくらいになってしまっていた。
「空母隊、全員無事です! 衝撃で身体が軋みますが、まだ艦載機も行けます!」
「私も問題Nothingデース! 泥人形が一掃されてLuckyですねー!」
大鳳、サラトガ、古鷹の空母隊、そして泥人形を相手にしていた金剛も無事。防御力の高い大型艦だったおかげで、よりダメージは小さい。特に金剛は回避しながらもシールドを展開していたおかげで完全な無傷。
さらには、今の一撃によって邪魔をしてきた泥人形が吹き飛ばされたらしく、金剛がここからはフリーとなる。邪魔者がいなくなったのは幸運だった。
「だ、大丈夫です……誰も傷ついていません」
少々弱々しい声ではあったが、最後に鹿島の声も聞こえてきた。別個体の春雨も無事とのこと。
しかし、回避がぎりぎりなところだったようで、鹿島の消耗は明らかだった。自分だけで避けているならまだしも、別個体の春雨の安全を確保しながらの行動だ。
流石にここまでの攻撃をしてくるだなんて想像もしていなかったため、これだったらここまでついてこなかった方がよかったかもしれない。しかし、あの場所にそのままいても泥人形が現れて囲まれたら厳しいだろうし、防波堤をしてくれている残りの仲間の方へ戻る。
完全に
「黒幕は……どうなって……っ」
霞がかっているが、その巨大な影はしっかりと見える。主砲を放ったことでその姿は余計に歪なモノになっていた。
手を振り回すだけで一部が飛び散るような不安定な存在だ。自身の砲撃の威力に耐えられるはずもない、主砲が展開された腕は見事に失われていた。しかし、その分の泥は身体側に移動していたようで、逆側の腕が不気味に肥大化し、それが既にゆっくりと振り下ろされようとしていた。
「もう一度来ます! 避けて!」
ここからさらに押し潰す攻撃が繰り出されるのだから堪ったモノではない。しかも、主砲の発射で失われた分の泥がそちらの腕に移動しているせいで、最初の一撃よりも肥大化した腕での一撃になる。避けるにしても、先程よりもさらに大きく避けなければならない。
砲撃よりはまだマシかもしれないが、とにかく規模が大きすぎるために、攻撃に転じることが出来ない。ただでさえ超絶火力の砲撃によって周囲が見づらくなっている状況。海風のように視界がボヤけている者もいるだろう。
「江風、あたいが引っ張るから耐えてくれよ!」
「山風ちゃんは私が引っ張るわ〜」
「叢雲はイライラしてないで避けなよ!」
「わかってるわよ! いくら私でもアレを受け止めようだなんて思ってないわ!」
そうなってもいいために、仲間達は協力して次の一撃に備えた。消耗が激しいからといって見捨てるなんて絶対にしない。各々の力が及ばないならば、それを仲間が補う。それが当然のことだ。
互いに声を掛け合い、仲間達に現状を伝えながら、最善の道を掴み取る。各々に見えている道は、仲間を思うことでさらに太く確実な道へと変わっていった。
そして、その狙いはやはり春雨である。先程の主砲は狙いを定めずだったが、自らの四肢を使う場合は狙いを定めるようである。とはいえ動きは緩慢。避けようと思えばいくらでも避けられる。
「拳じゃない、
初撃は握り拳だったが、次は張り手。先程よりも面積を拡げてきたあたり、より確実に殺してやるという本能を感じる。そもそもの手の大きさが違うのに、さらに拡げてこられたら、回避出来る場所はさらに限られるだろう。
「海風、一気に駆け抜けるよ!」
「了解です!」
念のため、その指の隙間に入るような位置をキープしながら、なるべく離れられるようにスピードを上げた。海風の目もこの頃には多少は良くなっているため、春雨を追従することは出来ている。
「前より少し早くなってる……!?」
「大丈夫です! 駆け抜けてください!」
黒幕もこの僅かな時間で熟れてきたのか、振り下ろす速度が1回目より確実に速くなっている。拳の時と同じようにただ避けるだけではまずい。
故に、今の位置取りはベストだった。手のひらが大きいということは、指の股部分の間隔もそれなりに大きい。また、黒幕は『手のひらを作る』という本能的な思考の元に行動しているため、指を揃えるようなこともしない。そのおかげで、攻撃範囲は広いように見えて抜け道がかなりある。
しかし、そこでは回避とは言い切れないかもしれない。直撃は免れることが出来ても、衝撃波はまともに喰らうことになる。しかも、指の股部分に入り込んだとしたら、周囲から衝撃の奔流をモロに喰らう羽目になるだろう。なるべくそれを回避するため、2人は全力で駆け抜けた。
「全員! 衝撃に備えて!」
もうこれ以上は無理だと感じたところで、奔流に巻き込まれても耐えられるように防御体勢に。海風と背中を合わせ、両腕を盾にする。海風も右腕を盾にして、2人揃ってほぼ球体の装甲を作り出した。
「来た……!」
そして、手のひらが着水。ドスンと耳をつんざくような轟音と共に、周囲に竜巻でも起きたのかというほどの衝撃が駆け抜ける。1人でいたら間違いなく吹き飛ばされいたが、そこは2人がかりで耐えたおかげでダメージも軽微。
しかし、ダメージが無いわけでは無かった。強烈すぎる衝撃を盾越しとはいえ喰らったのだから、互いに骨がミシリと軋む音を聞く羽目に。ヒビまでは行ってないにしろ、普通ならば痛みでどうにかなってしまいそうなダメージである。
「海風っ、大丈夫!?」
「大丈夫です! なんとか、耐えることが出来ています!」
だが、2人はそれでも少し顔を顰めるくらいで終わらせる。痛みは当然あるが、ここでそれを訴える意味がない。もう動けないのなら話は別だが、まだまだ戦える。
「みんなは大丈夫!?」
爆心地の中心にいたようなものの春雨だが、耐えられた時点で他の者達を心配する。海風はそんな春雨に惚れ直すが、今はそれどころではない。
「姉貴! すぐにそこから離れろーっ!」
すぐに返ってきた反応は、江風の叫び。この一撃を少し離れたところから見ることが出来た江風には、春雨達が置かれた状況が霧の向こう側でもわかった。
振り下ろされた手は、少しずつ握り拳になろうとしている。その内側にいる春雨達は、このままでは間違いなく握り潰されることになるだろう。
ただでさえ泥で作られた手だ。握り潰されて死ぬだけならまだマシ。そのまま泥に呑み込まれて利用される可能性すらある。それこそ、代弁者に仕立て上げられる可能性もあれば、そのまま黒幕の器にされてしまう可能性まである。
「まずい……! 海風、掴まってて!」
「は、はい!」
咄嗟に見えた道を辿るため、展開していた盾を腕に戻すと、春雨はすぐさま海風を抱きしめる。腕をさらに変形させて海風を固定すると、脚部艤装の伸縮を利用して爆発的な加速を生み出し、その場から一気に離れた。
最初からこうしておけば良かったのかもしれないが、これは海風に対してダメージが入りかねない諸刃の剣。現に海風は、春雨の加速についていけずに軋んだ身体がさらに軋む感覚を得ていた。しかも、本来の春雨のスピードに辿り着くことも出来ない。
これで本当にギリギリだった。動く指の風圧を背中に受けて、最後には体勢を崩して滑り込むように脱出成功。
「ごめん海風、キツかったよね」
「だ、大丈夫、です。春雨姉さんの感触でプラマイゼロです」
「それだけ言えるならいいね。でも……」
眼前には自分よりも大きな握り拳。砲撃なんて効くわけもなく、効いたとしても即座に再生してしまうのだから、むしろ意味がない。
今は片腕だけになっている巨人だが、泥のバランスを整えて再び四肢を構築。頭も再構成しており、空母隊の爆撃は完全に無かったことになっている。砲撃による自分への反射ダメージも完全にチャラ。というかダメージとしての認識がない。飛び散った泥も自分から巨人の身体に戻ってくるレベル。
何をやってもダメージ無し。その一挙手一投足が春雨達にとっては大災害。頭が潰れてもお構い無しとなれば、もうこれは核をピンポイントで潰すしか斃す方法は無いだろう。
「まず核の位置を見つけないとダメだね」
「ですね……でも、何処にあるんでしょうか」
何度も海面を叩かれているので、足場は大波で不安定。しかも水飛沫で霞がかっているため、核どころか泥巨人の全貌が影でしか見えないくらいになってしまっている。
この状況で核を探し出すことが出来るのは、1人しかいない。
それに気付いたのは春雨だけではない。それを搭載している山風も、今やらなければならないことに気付いていた。
「龍驤……あの泥の巨人の核……調べて」
「おう、もうやっとる。ただ、アレ自体がぐっちゃぐちゃすぎて、どうなっとんのかようわからへんねや。だから、もう少し時間を稼いでくれ」
RJシステムによる泥の解析をすれば、泥巨人についても何かわかるかもしれない。あらゆるモノが混ざり合ったような構成物である上に、そもそものサイズが大きすぎるために、解析にはどうしても時間がかかる。そのため、この状況をもう少し維持してもらわなければならないと訴えた。
ここまで大きいと、耐えるのもかなり厳しい。しかも、黒幕自体がこの身体に慣れてきているため、動きが少しずつ速くなっているのも問題。四肢の構成も強固になっているようで、飛び散る泥も減ってきていた。
「時間稼ぎかぁ……でも、こちらでも核を探してみるよ」
ここで前に出たのは吹雪。ここまで涼しい顔で戦場に立っていたが、その間も黒幕の観察はしっかりやっていた。しかし、核の場所はまだ見つかっていない。
目視でわかるようにされているとは思えないが、多少なり特殊な行動をする可能性はあるため、いろいろと手段を試して核の位置を探っていこうという算段。それに、ある程度刺激を与えれば、龍驤の解析に引っかかりやすくなる可能性もある。
「回避も重要だけど、攻撃も重要。弱点になりそうなところを探っていこうかな。あれだけ大きいなら、魚雷とかも通用するかもしれないし」
「あれに魚雷!? マジで効く!?」
吹雪の言葉に驚く白露。手のひらがあのサイズということは、足はさらに大きく太い。魚雷の爆発でもびくともしないと思われる。
「やってみなくちゃわからないよ。というか、回避に専念させられてるから、やれることがやれてないのが現状だからね。光の道が見えてないなら、私達で道を作らなくちゃ」
やってもいないうちからやらないのは悪手だ。出せる手段を全部出して、それでも通用しないならば、また考えなくてはならない。
ここで出せる手段を全て出す。そうすれば、春雨にも、仲間達にも、勝利への道が見えるようになるはずだ。