仲間達が力を合わせたことで、ついに泥の巨人の片足を折ることに成功した。陸にまだある地下施設からの供給が失われたことによって、その身体は急激にグラつき始める。
「完全に倒れるまで、絶対に抜いてやらないわよ!」
折れた足首には、未だに叢雲の槍が鎮座している。それを抜いたらこの状態からでも再生しかねないため、退かすに退かせない。しかし、足首が折れた巨人は自重もあってグラつきが激しくなってくる。腕を再生させないようにと空母隊が空襲を続けていたこともあり、今にも倒れるという段階。
このまま倒れられたら、戦場にいる者達は回避もままならない。泥まみれになるだけならまだしも、これだけの質量が真上から降ってくるとなると、それだけで質量がとんでもないことになっている。サイズ的にも、全員を巻き込むのは目に見えていた。
「春雨姉……行って……っ!」
ここで山風は、春雨の背中を押した。春雨には陸に向かってほしいと。
巨人との接続が切れたからと言っても、黒幕はまだ核に一切傷がついていない状態。攻撃の手段を何度も何度もいなし続けているに過ぎない。ここで巨人を斃したからと言っても、黒幕がそのままならば時間をかければまたここまでのことをやらかす。むしろ、これまで以上に強くなるだろう。
故に、ここで確実に終わらせる必要がある。それを成功させられる可能性が高いのは、間違いなく春雨だ。まだ侵蝕性の泥を持っていたとしても、春雨には通用しない。最も安全に、かつ確実に、この戦いを終わらせることが出来る。
「今行かないと、もう行けないと、思うから」
「……うん、私にもそういう道が見えてる。私と一緒に向かえる仲間は……」
春雨の目には全員分の光の道が見えている。自分のための道は、山風が背中を押したことで陸へと繋がっていた。
しかし、他の仲間達の最善の道は、陸には向かっていない。今から降り注ぐとんでもない質量の泥を避けるための行動を示唆されているのみ。
春雨と共に黒幕を斃しに向かえる仲間は、今はもういない。
「うん、わかってた。こうなるんじゃないかなって、思ってた」
「……春雨姉さん、隣にいたいですが……私にも陸に繋がる道がありません。春雨姉さんだけで行くのが最善なんでしょう」
海風も例外なく、春雨の隣に立つことは出来なかった。辿り着く者として、春雨の隣を最善の答えとしたかったのだが、それは許されなかった。この光の道を無視することは出来ない。新しい道を切り拓きたくとも、こればっかりは逆らえない。直感的にそう思った。
最善を掴み取らなければ黒幕には勝てない。余計なことをして、本当に勝てる道から逸れるのは得策ではない。
「だから、無事に戻ってくることを待ちます。ですから……ですから!」
山風と同じように、海風も春雨の背中を押す。嫌だとは言わない。離れないでだなんて言えない。ここで笑って送り出すのが侍る者の責務であると感じ、発作を起こすことなく春雨から離れる。
「この戦いを、終わらせてください!」
全てを終わらせるために、春雨に託す。絶望を乗り越えて依存をする海風には、この決断はかなりキツい。それでも、海風は春雨から一時的に離れることを選んだ。
春雨ならば全てを終わらせて戻ってくると確信している。導く者が、明るい未来へ導いてくれると信じている。
「春雨ぇ! あたし達の分、全部持っていって! お姉ちゃん、帰ってくるの待ってるからさぁ!」
「こちらはこちらでやらなくちゃいけないことがあるからね。あたいらに任せて、春雨姉は行ってきとくれよ!」
「私の怒りをアンタに託してやるから、ぶっ潰してきなさい!」
次から次へと思いを託される。その仲間からの思いが、春雨には一番の力になる。導く者は、導かれる仲間から信頼されていなければ十全の力を発揮出来ないのだ。
思いを託されるということは、絶大なる信頼を得ているのと同義。その期待に応えずに、何が辿り着く者か、何が導く者か。
「みんな無事でいてね。誰も欠けたらダメだからね。私、寂しさも溢れてるんだから」
ニッと笑って、光の道を辿るために、身体も心も前を向く。陸へ、黒幕の核へと続く道は、これまでにない程に眩く輝いていた。この道を辿れば、必ず勝利へと辿り着くことが出来る。みんなを勝利に導くことが出来る。
「それじゃあ、後はよろしく!」
それだけ言って、春雨は海面を蹴った。一気に陸へと向かい、倒れゆく巨人の足下の中でも触れられるくらいの位置へ。
「……春雨姉さん、必ず帰ってきてください。私達も、必ず生き残りますから」
最後まで背中を見送りたかったが、そんなことをしている余裕など何処にもない。見上げれば、泥の巨人はもうかなり傾いていた。
一度倒れると決まってしまえば、これまでの緩慢な動きは失われる。ただ
黒幕との最後の戦いは春雨に託したが、ここでの戦いはまだ終わっていない。
「こうなってくれれば、まだ対処は出来るよ。危ないことには変わりないけど」
こんな状況でも、余裕を失っていないのが吹雪である。質量はあるものの、巨人という体裁をとっていた今までと違って、今はあくまで
ならば、自分達だけが安全になれるように
「金剛さん……は厳しいか。大鳳さん、古鷹さん、砲撃出来ますか!」
「問題ありません。空襲はもうする必要が無いでしょう」
「今なら大丈夫! フルパワーで上に撃てってことだよね!?」
戦艦主砲による砲撃ならば、ある程度の泥なら蹴散らすことが出来る。その上、大鳳と古鷹は深海棲艦化も相まって、その砲撃の威力は艦娘のそれ以上になっている。
黒幕によって与えられた力を、黒幕にぶつける。これまでの生き方を否定されて、駒にされて、好き勝手使われた恨みもあるが、それ以上に仲間を守るためにその力を使えることに感謝した。
「多分、それだけじゃ足りない。だから……」
徐に魚雷を手に持つ吹雪。自分のところの北上がやることなのだから、吹雪がやれない道理はない。
「全員、魚雷を
無茶苦茶な指示ではあるのだが、誰も否定はしない。光の道がそうなっているわけではないのだが、これまでの経験でそれが正しい選択であることは誰もが察することが出来た。
戦艦主砲の砲撃と共に、それに匹敵するレベルのダメージを与えられるであろう魚雷を重ねれば、特大の爆発を発生させられる。逃げながらではあるが、それを襲いかかってくる真上に投げれば、それによって逃げ道はさらに増えるだろう。
「っしゃあ! ぶン投げてやりゃあいいンだな!?」
「投げる場所はあたいが見つけてやっから、ガンガン投げてやれ!」
真っ先に魚雷を展開して投げ出したのは江風と涼風。勿論涼風は、この状況でも周囲の警戒は忘れていない。泥の薄い場所を探してそこに投げれば、より効率よく泥を霧散させられるはずだ。それに、こんな時にでも泥人形辺りが現れてもおかしくないのだから、周辺警戒は絶対に必要。
「コンゴー、サラが曳航します。Are you okay?」
「Okay. ちょっと無理しすぎたヨー。でも、みんなが無事ならNo problemネ」
「もう、ムサシのような無茶をするんですから。では、少し我慢してくださいね」
仲間の盾となった金剛は、サラトガが泥が降り注がない場所まで曳航。かなりの速度が必要になるため、金剛の身体をあまり気遣うことなく、トップスピードで撤退。
金剛は砲撃どころか自走すら出来なくなってしまっていたが、それでも死に至るようなことはない。痛みがあるのなら、まだ生きていると実感出来る。
「……やはり出てきましたか。春雨さん、私から離れないでくださいね」
「は、はい」
「皆さん、こちらです!」
しかし、案の定泥人形がその撤退を食い止めるために現れ始めた。泥人形は降り注ぐ泥に押し潰されても同化するだけで終わり。始末されてもダメージが無いのだから、出してこないわけがない。
それをどうにかするため、そしてこの戦いの最大の被害者であろう別個体の春雨を守るため、鹿島も奮闘する。泥の巨人戦では別個体の春雨の側から離れずにその状況を見ているだけで終わっているが、こうなると全員に被害が発生する。
逃げ道確保のために、鹿島は得意の鞭と主砲、さらには魚雷まで総動員して、自分や別個体の春雨どころか、全員分の撤退経路を切り開いていく。流石に全てを薙ぎ倒すことは出来ないが、必要最低限を的確に斃していくことで、真っ直ぐ安全な道が作り上げられた。
「いっけー! ありったけ、ぶん投げるぞぉ!」
「白露の姉貴! 江風達に合わせてくれよぉ!」
「わかってらい! お姉ちゃんはちゃんとみんなのこと見てっからね!」
白露の魚雷投擲も始まり、戦場上空には激しい爆発が連続して発生するようになった。大鳳と古鷹の砲撃が鹿島の作った安全な道の上を綺麗にしていき、そこに投げ込まれた魚雷がさらに誘爆して降り注ぐ泥を次々と霧散させていく。
「うへ、流石に白露姉だね。マジであたいらの魚雷にしっかり合わせてくるんでやんの」
「こっちも狙いは定めてっけど、姉貴すげぇなホントによぉ!」
流石は白露と言える程、その連携は完璧。江風と涼風の魚雷投擲にしっかりと合わせて、最高の効率になるように爆発させている。
統率力、計算高さ、豪快さ、搦め手、白露の中にある姉妹の要素を全て発揮していた。春雨細胞の活性化に加え、辿り着く者へと昇華した今の白露は、まさに4人分の力を全力で使えてしまう。
それでも、見えているのは上だけだ。退路を妨害してくる輩というのはどうしても現れるもの。鹿島が作り出した道を塞ぐため、泥人形はいくらでも現れる。
上に集中する者は、下は疎かになってしまう。だからこそ、仲間達がそれをカバーするのだ。
「ダメよぉ。道を塞いじゃあ」
荒潮は露払いに参加することで確実に安全な道にしていった。内火艇は失ってしまったものの、主砲は健在。確実に仕留める砲撃を何度も繰り返すことで、的確に泥人形を始末し、より安全にしていく。
だが、泥人形の数は激しさを増していく。黒幕の絶対に逃がさないという意地が透けて見えるようだった。ただ妨害するだけでなく砲撃や魚雷まで使い反撃してくる。
数の多さのせいで、荒潮にも直撃では無いにしろ砲撃が掠め始め、生傷が作られていった。荒潮だけでなく、他の者にも。
「激しいわねぇ。誰か手伝って〜」
「……あたしも手伝う。道を開くなら、あたしも出来るから」
そこで山風が繰り出したのは戦車隊である。対地攻撃のための装備ではあるのだが、それには戦車、つまりは砲撃出来る武器が搭載されている。さらには大発動艇そのものだって質量兵器。泥人形くらいならば
機敏性は艦娘に劣るものの、それ自体の防御力は艦娘よりも上。体当たりも立派な戦術だ。
そして、その戦車隊の搭載された大発動艇の上。そこには海風も乗っていたのだ。
「春雨姉さんの帰る道を邪魔させるわけないでしょう! そこを、退きなさい!」
山風が操る大発動艇で敵陣に突っ込み、右腕を鎖と錨に変えて振り回し、泥人形をことごとく薙ぎ倒していく。
姉妹の連携はやはり完璧なもの。特に山風は、海風のしたいことを即座に察し、行きたい場所へと導いていった。
「あっははは、最高ね〜! 私も内火艇が残ってたらああしたかったわ〜!」
「……あんまり無茶はしないでほしい」
山風が言うのも無理は無かった。あのカタチで敵陣に突撃しているため、海風は敵の集中砲火に晒されることになる。盾を作り出すことが出来るにしても、どうしても生傷は出来てしまうのだ。
「来た……! 全部処理は出来なかったけど、大分減らせた!」
吹雪がほぼ全員の撤退を確認したものの、泥の落下を全て処理することは出来ない。だが、
「全員! 衝撃に備えて!」
巨人となっていた泥が全て海面にぶちまけられた。その時の衝撃は計り知れないものとなるが、奮闘によって最小限の被害に食い止められることになる。
「春雨姉さん……後は頼みました」
その泥の向こう側、陸にただ1人向かった春雨の無事を祈り、海風はここを切り抜けるために、さらに力を振り絞った。