黒幕の領地内で猛攻を受けながらも、反撃のチャンスを探る春雨。しかし、部屋中が黒幕の武器となり、天井から艦載機が生み出されたり、壁に刃が生成されたりと、この空間そのものが襲いかかってくるため、そのチャンスを測るのが非常に難しい。
圧倒的な火力の前には両腕と両脚を盾にしなければ対応出来ない程ではあるのだが、その状態で動くことで何とか反撃は出来ている。逆に言えば、それ以外で反撃する手段が無くなってきているのも事実。
「この空間にいる限り、まともに核が狙えない……」
そもそも、黒幕の核を取り込んでいる泥人形の動きがとにかく速いのが問題である。島風の力を複数重ねて取り込んでいる上に、恐ろしい程の速さで動いて自ら壁に激突したとしても、それが自分自身なのだからダメージにすらならない。
この空間の中にいる時点で、勝率は格段に減る。だからといって、この空間から抜け出すことも出来ない。自ら中に飛び込んだようなものではあるのだが、一度入ったら黒幕の意思が無ければ出られないような場所。故に、この状況からでも覆す手段を考えなくてはならない。
壁も床も天井も泥で出来ているため、傷をつけたところですぐに再生する。足場として成立しているのは、なんだかんだここが島の地下、地面をくり抜くように出来た空間だからなのはわかる。そこにうっすらと泥を敷いてあるために今のような状態になっているところまで。うっすらだからこそ、再生も速い。
「ここで出来そうなこと……」
黒幕の核を見据えながらも、状況を覆す手段を考える春雨。速さでは劣るために攻撃は当たらず、周囲全てを取り囲まれているために回避するのも厳しいという状況でも、焦らず冷静に思考を巡らせる。
黒幕の核は今のところ眼前。しかし攻撃が届かない。砲撃を放ったとしても、回避されるか甲板を展開してガードされるのみ。春雨の砲撃も相当威力はあるのだが、元が駆逐艦であるがためにどうしても貫けない。それが泥に耐性があるマグマであっても、単純な硬さと厚さが乗り越えられない。
ならば接近戦となっても、未だに速さについていけない。近付けたと思った時には、もう別の場所に移動されている。それも、
魚雷や爆雷で爆破をしたところで、泥ですぐさま修復される。四方八方に張り巡らされている泥には、爆発の衝撃を吸収する仕組みがあるらしい。つまり、空間を拡げることも出来ない。
「どうする……」
考える時間はある。黒幕がやってくるのは、春雨には比較的見慣れた行動ばかりだからだ。
結局のところ、黒幕が今出来る行動というのは、自分の力ではなく、これまでに取り込んだことがある者達のコピー。複数重ねることで本来の数倍の力を発揮しているものの、根幹は
初見で無ければ対応が出来るのが春雨だ。壁いっぱいの尻尾なんて攻撃は流石に密度と圧で防御一辺倒にさせられているが、それ以外は確実に回避は出来ている。故に、黒幕も生半可な攻撃は繰り出してこない。
「っ」
黒幕自身は大鳳が扱う刀を握り、背後の壁からは古鷹の尻尾艤装、さらには床からはコロラドの扱うロブスターの鋏、横の壁からは白露が扱う錨と鎖、天井からは艦載機が産み落とされるという完全な同時攻撃。
自分自身に重ねるのではなく、空間全体を使って仲間達の攻撃を模倣してきた。まるで5人を同時に相手しているような、ある意味豪華な一斉攻撃。流石にここまでのことを演習でもやったことはない。
「全方位が敵っていうのは、本当に難しいなぁ!」
背後からの砲撃も、艦載機からの爆撃も、鋏と錨の攻撃も、全てが同じタイミングで春雨に直撃するような繰り出され方。回避しようとしても、全てのルートを封じ込められている。こうされると再び全身を包み込む盾の展開以外に確実な防御が出来る手段が無くなる。
しかも、それを封じるために黒幕自身が刀を握って飛び込んできていた。そのスピードを活かして、瞬きする間にゼロ距離まで近付いてきている。四肢の変形はある程度速く変形できるものの、全身を覆う盾を展開しようとするなら、一瞬で展開することは不可能。盾は作れても、囲うことが出来ない。その隙を見計らって斬撃で始末しようと突っ込んでくる。
核が近付いてきているのだから返り討ちにしてやるという手段も取れるのだが、全攻撃が自分に向かってきているのだから、もしここで黒幕の核を破壊出来たとしても、残りの攻撃を全て喰らって自分も死ぬことになるだろう。しかも、核が絶対に破壊出来るかどうかもわからない。春雨の攻撃が当たる直前に避ける可能性すらある。
「させるかぁ!」
なるべく速く変形させられるモノでこの攻撃全てを回避しようとした。
真正面からの斬撃は、右腕を刀に変形させて強引に打ち払う。後ろからの砲撃は、左腕を盾にして無理矢理受け止めた。床からの伸びるロブスターの鋏と、横から向かってくる錨と鎖は、両脚を再展開することでかなり強引に蹴り飛ばすことに成功。
残す艦載機からの爆撃だけは、黒幕からの斬撃を打ち払った勢いをそのまま使って着弾点から移動して、紙一重で回避した。
タイミングはかなりシビア。吹雪ですら艤装の再展開で敵の砲撃やら何やらを弾こうだなんてそうそう思わない。しかし、春雨はこの窮地でやってのけた。道を切り開くための手段として、迷いなくそれを選択した。
特に右腕で刀同士をぶつけ合うだなんて、盾を使えばいいのに直感的に出たのがコレだった。盾ではなく刀だったために、その一撃の衝撃は点に凝縮され、黒幕の握る泥製の刀は軽い音と共に見事に折れていた。これが盾なら、単に斬撃の勢いをそのまま受けることになり、他の攻撃を弾くためのタイミングがズレていただろう。
「考えろ、考えろ、今の私に何が出来る、私なら何をするべきだ」
今は弾けたかもしれないが、次はないかもしれない。何せ、今この空間は黒幕の体内みたいなもの。今の動きですらモニタリングされて、乗り越えられる可能性は充分にある。
この状況を突破するには、やはりこの空間を破壊するしかない。しかし、春雨の持つ武器では、空間はおろか、壁に傷を付けることも出来やしない。ならば何が出来るか。
「……空間を、
そこで思い当たったのは、空間そのものを破裂させること。この空間を何かで敷き詰めれば、まるで風船が割れるかのようにこの空間そのものが崩壊する。
「でも、どうすれば……私が膨れ上がるなんて出来ないし……」
当然だが、この空間を埋め尽くすなんてことは出来るわけがない。春雨は艦娘としても比較的小柄な方ではある。艤装をどれだけ展開したとしても限度があるだろう。
例えば、この空間にコロラドの白鯨や、リシュリューの巨大な尻尾のような艤装を展開出来たとして、それでもまだ足りない。全部重ね合わせても天井に届くかどうか。空間を満たすまでには確実に至らない。
「……そうか、天井、天井だけなら……!」
この空間は島の地中に作られている地下施設。下は考えるまでもなく、横も海中に繋がるためぶち抜くのは厳しい。海水が入り込んできたら、春雨も無事では済まない。
ならば天井だけでもぶち抜けないか。上ならば、崩落はするかもしれないが海水が流れ込んでくるようなことはない。その上で地上への道を開き、この密閉空間も解除出来る。一方的な戦いからは脱却出来る。
「どうやって……ううん、私は知ってる。こういう時、大きな壁を打ち貫くための武器を知ってる。長く、太く、強い、このための武器……!」
全部を壊すのは無理でも、一点突破するのなら適切な武器がある。今までに何度も見てきた。ここに辿り着くまでにも、春雨を道を切り開くために
「叢雲ちゃん、その力、貸して……!」
そう、あの怒りによってサイズを変える槍。あれならば、この空間の天井を突き破ることも出来るはず。床に槍の端を置きながら真上に向けて拡張していけば、つっかえ棒のように空間を押し広げようとして、そのまま天井を破壊する。
そのためには、春雨が出来る限りの全力で槍を展開し、そこに力を注ぎ込むことで巨大化をさせなくてはならない。槍を展開するだけならすぐに出来るだろうが、その後が出来るかはわからない。
「……っ」
まずは槍を展開。その間も黒幕からの攻撃は止まらない。それを回避しながら、都合がよさそうな場所を探す。
猛攻は無理矢理でも回避出来るが、天井を打ち貫くためにはそこに一度立ち止まらなくてはならない。その間は嫌でも集中放火を喰らうことになってしまう。
「真ん中が一番薄い……!」
この部屋の中でも、天井が最も地上に近い位置を確認出来た。空間のど真ん中。そこに光の点を確認出来た。そこを穿てと道は示している。
「無防備にはならない!」
空間の中央まで移動したことで黒幕からの猛攻も酷くなる。全ての壁に主砲が展開され、しかも、足下からも天井からも主砲が生えてきていた。
それだけの主砲から一斉に砲撃を放ってくる。前や後ろ、上も下もと撃たれてしまうと、どれかには確実に当たってしまう。
故に、やるべきことは簡単だった。全砲撃から自身を守るならば、全方位に盾を張るしかないだろう。ならば、
「
まずは自身を囲む盾を展開。ジェーナスのような球体の盾の中心に自身を置く。コレならばあらゆる砲撃からも自分を守ることが出来るだろう。壁に叩きつけられながらも身を守ることが出来ているのは実証済み。
しかしこのままでは場所を移動させられてしまう。そのため、即座に自身を中心として槍を展開。天井と床に先端を突き刺し、これで空間の中心に自分を固定する。
「みんな、みんな、力を、貸してぇ!」
そして、春雨が全力を込めてつっかえ棒と化した槍を拡張、巨大化していく。ただ自分の力だけなら突っかかっておしまいだろう。だが、今の春雨は力を注ぎ込むことでミシリミシリと天井を押し上げていく。槍の先端は天井に突き刺さり、泥による修復が出来ないくらいに深く穿つ。
当たり前だが天井は重たい。しかし、床を破壊するよりは軽い。全ての力を注ぎ込み、どうにかしてでも破壊する。
「もっと! もっと! もっと!」
この間も撃たれ続けている。盾がガンガンと激しい音を立てる。槍にも当たり、衝撃が春雨に伝わる。だが、力を込めることをやめるわけにはいかなかった。
「もうこれで力なんていらない! これさえ終われば、導く者じゃなくなっても構わない! だから! だから!」
春雨の思いを込めた絶叫が、槍に伝わる。その瞬間、天井にピシリとヒビが入った。それを泥が修復しようと群がるが、春雨はこの機を逃さない。
「みんなのために! 全部出すから! だから、壊れてぇぇ!」
一度入ったヒビは、修復なんて出来ずに拡がる一方。そこに春雨の力が激しく加わるのだから、より崩壊を助長する。
春雨の放つマグマが噴き出すように、春雨の思いを乗せた槍が天を穿ち、貫いた。