空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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自棄

 浮遊する黒幕は、荒潮の一撃により体勢がブレた上に、白露が鎖を脚に絡ませて引っ張ることにより、穴の底へと叩きつけることに成功した。これで戦場は、正しく足場がある場所へ。

 穴の底は元々泥まみれだったのだが、天井を崩し切ったことによってその泥は全て潰されている。少々踏み込みづらいかもしれないが、泥で滑るようなこともない。むしろ、踏みしめればその分、穴の上と同じくらいに戦いやすい場となっている。

 

「もう上には行かせない。ここで終わりにする!」

 

 甲板は残り1枚。艦載機は多数。ただし、再展開はあり得る。龍驤のおかげで脆くなっているとはいえ、何度も何度も展開を繰り返されたら破壊し尽くすことは難しいかもしれない。

 とはいえ、黒幕も今や命を燃やして戦っている状態。このまま進めば命は潰えるのだから、ここにいる者達を皆殺しにするために躊躇なく全力を出すのだろう。命を燃やしながらも最終的には生き残れるように仕掛けがあるかもしれないが。

 

「また浮こうだなんて、思ってないわよねぇ!」

 

 穴の底に叩きつけられた黒幕に対しての一番槍は、文字通り槍を振りかぶった叢雲。もう足場として巨大化させた槍を穴の上に立てかけておく必要は無くなったため、そのサイズを普段使いのサイズにまで縮め、真上から刺し貫くために体重までかけて突っ込む。

 落下の勢いは凄まじい威力となるのだが、流石にこれは黒幕でも回避が出来る。浮いているから強いというわけではなく、全体的に強化されているのだから。

 

 しかし、叢雲の落下による攻撃は、槍を穴の底に突き立てると同時に怒りによる巨大化まで実行したおかげで、地鳴りが起こる程の威力を発揮した。

 僅かに浮くことで体勢を崩すことなく回避したようだが、叢雲を中心に発生した風圧は、近接攻撃では起きない衝撃となって、黒幕に襲い掛かる。

 同時に土煙が舞い上がり、黒幕の周囲を包み込み、黒幕の視界をある程度封じた。泥人形にまともに機能している目があるかはわからないが、この戦場をまだ高高度から監視しているのだとしたら、そこから状況が見えなくなるのは確実。

 

「上からの攻撃は……まだまだ続くよ」

 

 その回避方向を見た後に繰り出されたのは、山風達による爆雷の雨。既に穴の中には何人も降りているが、お構いなしに投げつける。山風の目には、()()()()()()()()()()()が光の道として見えているのだから。

 

「おらおらぁ! あたいも上からやってやるぜぇ!」

 

 それには山風だけでなく涼風も参加していた。こちらにも光の道が提示されている挙句、辿り着く者となったことで拡張された空間把握能力を使って回避の方向までしっかりと予測しての投擲となる。しかも、穴の中に既にいる仲間達には影響を一切与えない。土煙で見づらくても、涼風には電探があるので全て見えているのだから関係ない。

 これは艦載機による爆撃と殆ど同じ威力。叢雲が巻き起こした土煙をより一層増やし、当たらなくても戦場を塗り替えていく。

 

 だが、黒幕もただでは転ばない。艦載機を周囲に激しく回転させ、砲撃を繰り出すことによって風を起こし、土煙を晴らしていく。かなり前、龍驤がまだヒトのカタチを持っていた頃に切り札として使っていた攻撃である。

 この行動をとったということは、あの形状でも視界があるということに他ならない。周囲が見えなくなると困るわけだ。

 

「なら、私も行くよ」

 

 そこへ飛び込んできたのが古鷹だ。まだ穴の上だったが、叢雲と同じように穴の中へと飛び込みつつ、その凶悪な尻尾の艤装を叩きつけるように回しながら黒幕へ突っ込む。

 先程までなら戦艦主砲での迎撃があり得ただろうが、脆くされて爆発したという経験から、黒幕はその手段を本能的に避けた。ここで主砲を放とうとしてまた爆発してしまったら、古鷹の攻撃を避けることも出来なくなる。

 

 故に、また回避を選択。古鷹の攻撃を回避して、カウンターを狙う作戦に打って出た。今の黒幕の周囲には、かなりのスピードで艦載機が渦巻いているため、それを直撃させることで致命傷を与えようと考えていた。

 

「受けない!」

 

 勿論、古鷹もそれを見越して突っ込んでいる。尻尾を即座に前へと移動させ、盾のようにして艦載機の直撃を防いだ。とはいえこのスピードでの体当たりだ。尻尾はベコベコに凹み、盾を抜けた艦載機が古鷹の肩や脚に掠め、傷を負わせる。

 だが古鷹はそんな傷など気にすることなく右腕を包み込む艤装を展開。ここまで来れば殆どゼロ距離と言える場所だ。放てばどこかしらに当たる。

 

「古鷹さん、下がって!」

 

 しかし、そこで春雨が直感的に危険を察知して指示を飛ばす。そのまま押し込めば黒幕にダメージを与えられたかもしれないが、春雨が下がれと言ったことと、見えている光の道が正面に失われたため、それに従いすぐさまバックステップ。

 

 瞬間、古鷹の足下から泥で出来た鋭利な刃が猛烈な勢いで生えてきた。指示に従わなかったら串刺しになっていただろう。

 天井の瓦礫に潰されたとはいえ、床は泥まみれだった。元々は()()()()()()()()だ。大分霧散していたとしても、少量なら残されている。それを少しずつ時間をかけて掻き集めていたのだろう。

 その一撃は春雨が予測したものの、これが無ければ古鷹は死んでいた。

 

「ありがとう春雨ちゃん!」

「みんなが生きて帰ってこその勝利です! 私には全員分の道が見えていますから、何かあればすぐ伝えます!」

 

 何と心強いことか。今の光の道を見る力も、春雨がいなければ発揮出来ない力。最善の道へ導く者の力は、今ここでより強くなってきている。

 

「でも、近付くのが厳しいのは確かかな……」

 

 古鷹が下がったことで、またもや艦載機を自分の周囲に渦巻かせる。再び砲撃が通らなくなったようなもの。あれを突破するには、より強力な威力の攻撃を放つか、艦載機を全て撃ち墜とすしかない。

 そしてそれが出来る者が、既に距離を詰めていた。

 

「ここなら全力で斬れますよ」

 

 古鷹が派手に降りる裏側で、スッと降りてきていた大鳳。この頑丈な足下を踏みしめて、刀を両手で握り、全ての力を使って刀で薙ぎ払う。艦載機の嵐なんてお構いなし。壁を切り開くかのように、渾身の一刀。

 その斬撃は艦載機を次々と斬り裂き、黒幕に剣先が届くかと思われた。しかし、黒幕も黙って斬られるわけがない。その手に刀を展開し、大鳳の一刀を滑らせるように払う。その一回だけで黒幕の刀は破壊されるものの、残念ながら黒幕に傷をつけることには失敗。

 

 使い捨てで武器を展開するということを覚えてしまった。そのため、今はもう使い捨てにしている艦載機の一部を刀へと変形させて周囲に振り回し始めた。

 

「これでは近づけませんね……」

 

 流石の大鳳もこれには距離を取らざるを得なくなる。脆くともそれ自体が抜群の殺傷力を持っているとなれば、様子見はどうしても必要になる。

 さらに、先程古鷹を襲った地面からの刃まであるのだ。あの一撃を繰り出した後すぐに引っ込んでしまったが、それがまた何処から出てくるかは今はわからない。

 

「古鷹さん、大鳳さん、砲撃!」

 

 故にここは春雨が指示を飛ばす。艦載機の形状をしていたために絶妙な耐久力を持っていたが、今の状態ならば砲撃でも破壊出来る可能性が高い。艦載機の方はまだしも、刀の方は間違いなく破壊出来る。

 ならば、少し離れつつも砲撃を連射した方がいい。2人の砲撃ならば火力も充分足りている。黒幕にダメージを通すことは出来ずとも、周囲の攻防一体の浮遊物を破壊していけば、最終的には届くはず。

 

 しかし、その裏側で黒幕も次の一手を切ろうとしている。その手に()()()()()()()()()()()。龍驤が監視の目を消す前に見ている、魚雷の投擲。それを自分でもやってやろうと考えたようである。

 主砲の爆発のように自分に害がなく、小型主砲よりも攻撃力があり、さらには火力が高め。その実績が春雨達によって示されたのだから、使わない理由がない。本能はプライドに勝る。

 

「それはうちの北上さんの専売特許なんでやめてもらえますか」

 

 しかし、魚雷を手に持った瞬間、吹雪がピンポイントでその魚雷を撃ち抜いていた。当然ながらそれで魚雷は爆発。黒幕の腕ごと持っていく。

 

 今の黒幕に理性と自我と言語が残っていたら、()()()と発していただろう。今の黒幕の周囲には、凄まじいスピードで艦載機と刀が渦巻いているのだ。それに、穴の上には山風と涼風がスタンバイしているので、そちらも警戒していた。それを乗り越えようとしている最中に、この一撃は想定外。

 

「何驚いた顔してるんです。貴女が浮けるなら、こちらも()()()()()()()しますよ」

「足場になるくらいへっちゃらへーだね!」

 

 吹雪自身は白露のサポートによって高くジャンプしていた。白露が足場となり、強引に上に放り投げることで、脚部艤装の再展開による跳躍よりも高く跳ぶことに成功している。

 正しく言えば浮遊しているわけではないのだが、白露の膂力と吹雪の跳躍力が組み合わさったことで、まるで浮いているかのように滞空していた。

 

 土煙である程度視界を隠していたのが功を奏した。黒幕の周囲は晴れてしまっていても、まだ他の場所は晴れていない。それも活かした手段。

 

「おまけですよ」

 

 そして、吹雪も魚雷を黒幕に投げつけていた。北上が出来ることなのだから、吹雪もしっかりマスターしているため、見て覚えただけの黒幕とは精度もタイミングも段違い。

 流石にまずいと思ったか、黒幕は捥がれた方とは逆側の手に小型主砲を展開し、その魚雷を撃ち墜とす。

 さらには、失われた腕を再構築した。核に大きな傷がついていないからか、肉体も再生可能なようである。

 

 しかし、その腕は今のカタチを取るよりもヒビがより深く刻まれたものになっていた。もうここに使える泥も足りなくなってきている。命が燃やされ続け、さらには龍驤の干渉の影響も残っているのだ。

 泥の全てに影響するのなら、その身体にも影響がないわけがない。黒幕を構成する全てが脆くなっている。

 

「壁も薄くなってきたんじゃないですか?」

 

 かなり近い距離で砲撃を放つ大鳳も、それには気付いていた。勿論古鷹も。

 

 艦載機が破壊されてきている。振り回される刀も脆くなってきている。攻撃を当てれば当てるほど、黒幕の耐久力は確実に失われている。

 再構築にはその分泥を使うのは当たり前。同じ数を維持しようとするのなら、その装甲が薄くなっていくのは至極当然。自身の腕の再構築にもガタが来ているのだから、そもそもの泥の量が減ってきているのは明らか。

 

 それに気付いていない黒幕でもない。もう自分に残された時間が少ないことも理解している。それなのに、ここにいる者は誰も折れず、誰も壊れていない。それが嫌で嫌で仕方ない。

 

 ──悪意──恐怖──憤怒──憎悪──絶望──

 

 もう既に溢れている感情が、さらに増幅される。特に、敗北の絶望が強く強く。これは、黒幕の()()だった。

 あらゆる負の感情が溢れた黒幕は、当然ながら発作のトリガーも多い。溢れ出した感情は暴走するのは施設でもよくあること。

 

 この黒幕は、最後の最後でそれが悪い方向に向かった。いわゆる、()()である。

 ふっと周囲を飛び交う艦載機と刀が消えた。無防備になるようなものなのに。それがあまりにも不気味で、攻撃を一瞬躊躇ってしまった。

 

「なっ……」

 

 その瞬間、大鳳が斬られていた。致命傷には届かないものの、胴を袈裟斬りにされるような一撃は、大鳳の目を以てしても見えなかった。本当にギリギリ、殺気を感じたことで身を引いたことが、致命傷の回避に繋がった。

 

「大鳳さん!?」

 

 それを見た古鷹が手を伸ばそうとするが、その時には砲撃まで放たれていた。咄嗟に右腕の艤装で防御するが、威力が激しく、粉々にされながら噴き飛ばされる。

 

 そこにいた黒幕は、足りない泥を全て補った綺麗な姿になっていた。艦載機や刀に使う泥も、地面に忍ばせていた泥も、全てを自分に集約させた。身体中のヒビも全て修復されているほど。代わりに、もう艦載機も出せない。不意打ちも出来ない。己の身体のみで、最後の戦いに打って出た。

 その結果が、今の一撃。防御を捨て、全て攻撃に振り、自棄っぱちになって攻撃を繰り出す。攻撃しただけで身体が崩壊していたが、もう知ったことではないと。

 今まではまだ保身が頭の隅に残っていた。だから遠距離の攻撃しかしていなかった。命を燃やしているようで、その実、まだ先があると勝手に考えていた。だが、もう先もいらないと、本能から、本心から願った。それが黒幕の本当に最後のカタチを作った。

 

「……最後まで自分本位なんですね。私達をさんざん苦しめておいて、自分の番になったら駄々を捏ねるように怒り狂うだなんて。本当に……憐れですよ」

 

 春雨はその黒幕の姿を、ただのワガママな子供だと感じた。戦史では最悪の姫という、その頭脳派な戦術から()()()()の二つ名を貰っていたのに、今やここまで落ちぶれている。

 上手く行かないからと駄々を捏ね、癇癪を起こし、自棄になって暴れる。性格も何もかもが、()()()()に最悪の姫。

 

 そんな黒幕が、あまりにも憐れ。落ちぶれすぎもいいところ。

 

「単身になったことは褒められますが、もう貴女は生きていちゃいけない。貴女に傷付けられた者達のためにも……」

 

 ふぅ、と息を吐く春雨。そして、同時に周囲に撒き散らされた粒子状のマグマが、春雨に集約する。

 黒幕に終わりを齎すため。この戦いに終止符を打つため。傷ついた者達に報いるため。

 

 

 

 

「終わらせますよ。貴女は長く生きすぎた」

 

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