保護施設内の案内を終え、春雨は一時的にフリーな時間を手に入れた。ずっと案内をしてくれていた飛行場姫は、中間棲姫と話があるということで一度退席。ここからは途中から便乗していた薄雲とジェーナスが春雨の相手をすることになった。伊47はもう一眠りとベッドルームから出てくることは無かった。
場所を移し、お茶をしながらということでダイニングルームへ。
保護施設は一部鎮守府をモチーフに造られているところもあり、全員で食事をする場所としてダイニングルームが用意されている。春雨や薄雲のような独りでいられない者にとっては、最も憩いの場になる部屋。談話室と称しても良いだろう。
ティータイムは任せてと、ジェーナスがさらりと紅茶を淹れて振る舞った。紅茶の国出身の本領を発揮したようで、初めて飲んだと春雨も大いに喜ぶ。
「わぁ、とっても美味しい」
「でしょ。この施設ではtop classだと思うわ!」
「本当に美味しいですよね。真似出来ないんですよ」
舌鼓を打ちながらの談笑。ここに来たばかりだというのに、春雨は既に大分馴染んでいた。特に薄雲とは、旧知の仲であるかのように距離が近い。
薄雲は春雨と同じ感情が溢れた結果、今の身体になっているため、やたらと仲が良くなっていた。お互いが『寂しさ』に弱いことが理解出来ているが故の自己防衛である。
「同じ理由が揃うことって、あまり無いんです。私は春雨さんと運が良いことに被りましたが、みんなバラバラなんですよ」
「そうなんですね。あ、でもあの時畑にいた……松さんと竹さんは」
「あの2人はあれで1人ってcountしても良いと思うわ。離れられないんだもの。でも、それが普通なんだから何も感じないわよねー」
現状でこの施設にいるメンバーと全員顔合わせをした春雨だが、ここに来るに至った理由は誰からも聞いていない状態。溢れた感情も、同じだからという理由で薄雲と、どうせ知られるのだからと先に話した松竹姉妹しか知らない。眼前にいるジェーナスの理由も今は聞いていなかった。
しかし、聞くに聞けない状態でもある。その理由そのものがトラウマを抉る可能性が無くはないためだ。春雨自身、姉が死んだ状況を説明してくれと言われたらおそらく狂う。それくらい心が壊れているのだから、本能的にそれは聞いてはいけないものと察知している。
そのため、原因については中間棲姫や飛行場姫に説明を受ける場合、本人から口に出す場合、そして
「だから、関係を邪魔しちゃダメよハルサメ。あの2人、Loveで繋がってるんだから」
「ら、ラブ……ですか。本人から依存って聞いてますけど」
「そうかもですけど、そんな感じには見えないくらい愛し合ってる2人ですね。見ていて微笑ましいですよ」
松竹姉妹の関係性は女性同士、しかも姉妹同士という禁断の愛となっているようだった。話しながらもジェーナスは興奮気味だし、薄雲は顔を赤らめている。
艦娘というのは、やはりそういった色恋沙汰とは少し無縁。鎮守府で提督と恋仲になる艦娘がいるらしいが、春雨にとってはやはり縁遠い話である。
「あ、そうだ。マツタケからそうやって聞いてるなら、一応私も話しておこうかな。私がこうなった原因」
「……聞いていませんでしたもんね。聞くのは抵抗があったので」
「うん、それが正解。私もちょっと意気込みが無いと話せないような内容だから。落ち着いて話さないとダメなの。聞いてくれなくてthank youね」
深呼吸で心を落ち着かせるジェーナス。そこまでしなくてもいいのにと春雨が口走ろうとしたが、こういうことは自分の口から伝えないととジェーナスは紅茶を置いて真剣な表情に。
「私の溢れた感情は『自己嫌悪』。私、自分が大っ嫌いなの」
「自己嫌悪……」
「今は大分抑えられてるのよ。姉姫と妹姫のおかげ。でも、自分のことだけはどうしても好きになれなくてね。だから、その分みんなが楽しくなってくれたらなって、思ってるの」
少し硬い笑顔で話すジェーナスに、春雨は少し複雑な気持ちになった。
一歩間違えば、春雨はジェーナスとも同じところに着地していた可能性があった。姉達が死んだ理由を自分の力の無さだと悔やみ、そのまま心が壊れてしまっていた場合、溢れた感情は自己嫌悪だったことだろう。それより先に孤独による寂しさが溢れたことで今に至っている。
ジェーナスも春雨や薄雲とは違う理由で独りになれない。2人は孤独感で発狂してしまうが、ジェーナスの場合は余計なことを考えすぎておかしくなっていく。考えなくてもいいことまで深く深く考え、最終的に自己嫌悪に辿り着いて壊れるのである。
ただ暴れるだけならまだいいのだが、ジェーナスの場合は自己嫌悪のあまり、
「はい、おしまい! 私、こういうしんみりした空気が自分の次に嫌いだから、もっと明るく明るくね!」
「は、はい……その、話してくれてありがとうございます」
「いいのいいの。だって仲間だもんね」
硬い笑顔から普通の笑顔へ。そうなってしまった理由に関しては、余程のことがない限り話すことはない。春雨も姉の死がきっかけだなんて施設の誰にも話すつもりは無いのだから、他人のきっかけを聞くつもりは無い。
自分が嫌なことを他人に強要することがダメであることくらい、子供でもわかること。この場ではそれがさらに顕著なだけ。故に、興味すらわかない。
「あ、そうだ。
「えっと……それはどういう」
「敬語とか禁止! 一緒に暮らすんだもん。それに、同じ駆逐艦なんだし、私とハルサメは
突きつけられ、春雨は少しだけあたふたしてしまった。しかし、自分はさておきジェーナスがそれを望んでいるのなら、叶えてあげたいとも考えた。
春雨もジェーナスと似たようなものだ。自分が嫌いなのではなく、自分に一切の興味が無い。孤独に繋がらなければどうなっていても構わないのが今の壊れた春雨である。
だからこそ、他者を、仲間を気にかける。自分のために仲間に優しくする。情けは人の為ならずを地で行くような形に。酷く打算的な考え方ではあるのだが、壊れた心で生きていくのなら、これくらいがちょうどいい。その原点の部分が本来の優しさから来ているのだから、責められる理由もない。
「それじゃあ……ジェーナスちゃん、でいいかな」
「Okay! 私だけじゃなく、ウスグモともね! ウスグモ、わかった?」
「あはは……うん、大丈夫。私も春雨さん……ううん、春雨ちゃんともっと仲良くなりたいから」
深く仲良くなれるタイミングを作ってくれたのはありがたいと、春雨は内心思っていたりする。こういうきっかけが無かったら、しばらくの間は敬語が続いていたかもしれない。
「その……改めて、これからよろしく……ね?」
「うん、よろしく、春雨ちゃん」
「……えへへ、よろしく、薄雲ちゃん」
ここからこの3人は特に仲良くなっていくだろう。お互いがお互いを気にかけ、誰もが孤独を感じないように。誰も自己嫌悪に陥らないように。
一方、春雨達から離れて姉の元へと向かった飛行場姫は、施設の少し奥まったところから地下に入っていく。そこには示し合わせたかのように中間棲姫が待っていた。農作業をしていた時のジャージスタイルから一変、真っ白なロングドレス姿で地下設備の確認をしており、不具合が起きていないことがわかるとニコニコしながら指差し確認で次へ。
この地下設備が施設内の電力を全て賄っており、その中央に鎮座しているのが中間棲姫の艤装の核となる部分。本人を覆い隠せる程のサイズの球体であり、実際に中に乗り込むことも可能である。今は電気系の配線がビッシリと張り巡らされているため、そういったことは出来ないのだが。
「春雨の案内は終わったわ」
「ありがとうねぇ。やっぱり妹ちゃんは頼りになるわぁ」
真正面から褒められると、飛行場姫も少し顔を赤らめながらそんなことはないと謙遜。
「お姉が言ってた通り、薄雲に会ってもらったわ。ジェーナスとも相性が良さそうだったから、3人で行動してくれそうね」
「そうねぇ。あの3人なら噛み合わせがいいものねぇ。お互いの欠点を補える、いい組み合わせだと思うわぁ」
中間棲姫も飛行場姫も、施設内に住まう溢れた艦娘のことについては全て頭に入れてある。どの感情が溢れたか、発狂のトリガーは何か、他も諸々。そこから施設内での組み合わせを決めて、団体行動をさせることでトラウマを緩和させていく。
春雨の処遇に関しては、姉妹でも意見がすぐさま一致した。自分に興味がなく、孤独を払拭するために他者を気遣う者が2人いるのなら、相互監視させるのが一番手っ取り早く本人のためになる。3人なら尚更だ。現にしっかり友好関係を築けているのだから、この狙いは百点満点だったと言えよう。
「明日くらいから、春雨には深海棲艦としての戦い方も覚えてもらおうと思ってるの。必要ないかもしれないけれど、万が一の時にね」
「そうねぇ……ここにいれば不自由させないつもりだけど、
「ええ。戦いたくないって言わない限りは覚えてもらった方がいいと思うわ。アタシとしても心苦しいけど」
この保護施設は普通には訪れることが難しい辺鄙な場所に存在する。それこそ海のど真ん中なのだが、人類が生活する場所、通称『陸』からは大きく離れた場所であり、わざわざ向かうにしてもそれなりの時間と労力が必要になる。普通にしていても隠れ里のような場所だ。
それでも、何者かの手によって襲撃されることが無いとは言えない。それが今のご時世というものでもある。深海棲艦だからという理由でこの施設を探し当てて襲撃してくる人類や艦娘もいるだろうし、戦うつもりがない
そうなった時、自己防衛のためにも戦える手段はちゃんと覚えておくべきだというのが飛行場姫の考えだった。せっかく戦える力があるのに、いざそれが必要となった時に何も出来ないで嬲り殺しにされるというのは笑えない。あくまでも、敵を倒すためではなく施設を守るための力を持ってもらいたいということだ。
「
「……妹ちゃんは優しいわねぇ。でも、お姉ちゃんもその意見には賛成。せっかくあの姿になって第二の人生を歩めるようになったんだもの。ここにいる子達にはここで幸せになってもらいたいわぁ」
「アタシも同じよ。お姉がそう思ってるなら、尚更ね」
それが一般的に見て歪んでいようとも、幸せなら問題ない。それが2人の考えだった。その考え自体が少し歪んだものかもしれないが、それこそ悪いことをしようとしていないのだから、咎められるものでもない。
戦いから離れた場所でひっそりと暮らす。ただそれだけに幸せを感じられるのなら、それはもう静かにしておくのが普通なのである。
「よし、それじゃあ点検も終わったし、ご飯の準備をしましょうか。今日は春雨ちゃんの歓迎会にもなるし、腕によりをかけて作らなくちゃねぇ」
「アタシも手伝うわ。魚料理はアタシの方が得意だもの」
「任せるわぁ。私はお野菜専門だもの。美味しいご飯は妹ちゃんの方が上手だものねぇ」
少しだけ重たい雰囲気になりそうだったのを中間棲姫が振り払い、再び柔らかい空気を作り出す。飛行場姫は姉のこういうところが好きなようで、苦笑しつつも安心したように側に寄った。
その感情を感じ取ったか、小さく抱き寄せて頭を撫でる。こんな姿は溢れた艦娘達には見せられないなと思いつつも、飛行場姫は姉の温もりに身を委ねた。
「いつもありがとうねぇ。私、妹ちゃんがいないとここまで出来てなかったわ」
「アタシもよ。お姉がいないとこの施設の維持なんて夢のまた夢よ」
「ふふ……私達も、お互いがいないと成立しないわね。みんなとおんなじ」
「そうね。この保護施設は、あの子達だけのものじゃなく、アタシ達にも必要なのよね。ホント、つくづく実感するわ」
ほんの少しだけ姉妹の憩いの時間を堪能した後、2人は地下を出て行く。その時にはここまで緩い雰囲気は無しにして、いつも通りに戻っていた。
保護施設はここにいる者全員を癒す施設だ。少しずつ、少しずつ、全員がいい方向に向かうために。
飛行場姫は言わずもがなシスコン。中間棲姫も妹のことを愛してます。この施設歪んだ組み合わせ多いな。