導く者としての力を放棄し、黒幕諸共この世界から消し去ったことで、春雨はかなり危険な状態となってしまっていたものの、最後の望みが叶ったことによって目を覚ますことが出来た。
「姉さん……よかった、本当によかった……」
「ごめんね海風……ちゃんと戻ってきたから」
先程まで死にかけていたようなモノだったため、海風の感情はグチャグチャ。子供のように泣きじゃくり、春雨にしがみついていた。
春雨への依存で出来ている海風にとって、先程までの春雨は思い出したくも無いくらいのトラウマ。自身が侵蝕されて春雨の敵になっていた時の記憶と同じくらい、海風の心には強く刻まれてしまっている。
「力を捨てたことで、
海風が力強く頷く。周りの仲間達も笑顔を見せる。海風の『灯台になる』という発言が、春雨の中で実現していたのだ。
春雨がここに戻ってこれたのはそれだけではない。海風を筆頭にした仲間達の願いが、違う奇跡を起こしていた。それが、最後に背中を押してくれた2人の存在。
「……ふふ、ちゃんと黒潮ちゃんと瑞鳳さんに伝えないとなぁ」
「何をですか……?」
「その時に話すよ。でも、みんなのおかげで私は戻ってこれた。本当にありがとう」
春雨の笑顔は、心の底からの満面の笑みだった。寂しさも怒りも溢れていない、純粋な感情からの笑顔。
黒幕を斃し、全ての問題点が失われたことで、負の感情なんて全て消え去った。それ故のこの顔。海風だけでなく、他の者達もほっこりしていた。
「身体に不調はないですか。勿論疲れ切っているとは思います。先程まで戦っていたわけですし、私達でも出来ない黒幕の消滅まで成し遂げてしまったんですから、何かあってもおかしくないじゃないですか。さっきまでの状態で終わっているのならいいんですが、他にも何かないですか。腕は動かせますか。脚は動かせますか。私の声は聞こえて……いますね、受け答えは出来ていますし。目も見えなくなっているなんてことは無さそうで何よりです。でも、実はもう動かないなんてことは」
「ストップストップ。そこまで酷いことにはなってないから落ち着こうね。傷があるところは痛いけど、そういうのは大丈夫だよ」
海風が止まらなそうだったため、一度ブレーキを掛け、五体満足であることを証明するためにちゃんと四肢を動かした。少し反応が鈍いというか、動きが緩やかではあったものの、それは身体が疲れ切っているのだから仕方ない。
かなりフラつきながらも、その場で立ち上がることは出来た。だが、自力で鎮守府まで戻るのは厳しそうである。肩は海風が貸そうとしたものの、海風自身もかなりキているため、そこは涼風に任せた。海風自身も山風に肩を借りているくらいなのだから、無理をしてはいけない。
「ゆっくり休めば本調子になるよ。というか、私よりも心配しなくちゃいけないヒト達いるよね。特に白露姉さんは」
「ん? ああ、まだ痛いけど半分は治ってるから気にしなくていいよ」
さっき黒幕に腹を刺された白露だが、既にコレである。最強の治癒能力は伊達ではなかった。
白露はそれでいいかもしれないが、他の者達はボロボロだ。荒潮のように自力で航行すら出来なくなった者もいるし、江風や大鳳のように血を流しすぎている者もいる。死にはしないが、消耗が激しい者がかなり多い。
島の外にいるが、金剛もかなり血を流してしまっているため、黒幕との決戦艦隊は半数以上がまともに航行出来ないのではないかというレベル。
「……何人かはあたしが大発で運ぶよ……戦車隊には少し退いてもらうけど……」
傷を負っていない山風が何人かは運べる。戦車隊はそれを搭載している大発動艇を埋め尽くしているわけではないので、何人かは乗ることが出来るだろう。動くことが難しい者はそこに乗るのが一番手っ取り早い。ただ、乗れて3人程度。そこはうまく選択してもらうしかない。重傷者が最優先。
「私は少し島の周りを見てから帰投するよ。これだけやって、まだ黒幕の一部が残ってるとかなったら目も当てられないからね」
「なら私も付き合うわ。あとクズが残ってないことを私の目でも早いところ知っておきたいから」
「ん、ありがとう。2人がかりならすぐに終わるね」
吹雪は帰投の前に島の確認だけはしていくようだ。核の消滅によって黒幕の要素は島から完全に失われたはずなのだが、ここまでしてもまだ何かしらの影響が残っているというのなら対策まで考えなくてはならない。今すぐここで消せるならいいが、第二第三の黒幕なんてことをされたら困る。
そのため、まずは警戒を解かずに島の中、周辺を調査し、安全であることをちゃんと確認しておく。吹雪ならば危険なことはないだろうが、1人では時間もかかるだろう。そこで叢雲も便乗する。さっさと終わらせたいという気持ちも無くはない。
「春雨ちゃん達は先に行ってて。そんなに速くいけないだろうし」
「ん、わかった。じゃあ……」
まだ重い身体ではあるが、気持ちは軽やかだった。達成感から小躍りしたいほどに。喜ぶのはまだ早い。真に戦いが終わるのは、自分の居場所に戻ることが出来たら。
だから、春雨はとびきり明るい声で、勝利の喜びを仲間達で分かち合うように宣言した。
「帰ろう、みんなのところへ!」
防波堤として戦っていた者達は、敵の動きが明らかに変わったことに気付いていた。無限とも言えるイロハ級の群れの数が減り、融合で泥人形と化す動きが鈍くなったのだ。
これで確信出来る。黒幕に致命的な何かが起きているのだと。そうでなければ、ここまで途端に勢いが落ちることはない。
「くくく……これは奴らがやってくれたんだろうな。あの黒幕を斃したに違いない……!」
血塗れではあったが最低限の戦闘を続けていた武蔵が呟く。この戦いの終わりが見えたことで、俄然力が漲ったようである。
「ああもう、無茶しないで武蔵!」
しかし、興奮するということは出血量が増えるということ。流石にそれは看過されず、側で戦っている大和がいい加減にしろと止める。吹雪もサラトガもここにいない今、戦闘狂の武蔵を止めることが出来るのは、同等の力を持つ大和くらい。コロラドも可能だっただろうが、今は消耗が激しくて動くことも出来なかった。
「こっちは全部終わったみたいよ!」
「潜水艦の反応もおおよそ殲滅し終わったかと」
「増える気配無いぜ。こりゃあついに打ち止めか!?」
大塚鎮守府からの駆逐艦3人が戦況を確認。増え続けていたイロハ級は完全に止まり、今までと同じ勢いで斃し続けた結果、ついには底を突く。消耗した者を守りながら、不意打ちが無いかを警戒し続けるものの、本当に増えない。
「哨戒機、飛ばしましょうか」
「だね。もう何も無いことを祈るけど」
千歳と千代田が哨戒機を飛ばし、もう終わったことを確認。少なくとも、今ここからは敵らしき存在は何も見えない。
そして、水平線の向こう側、黒幕が潜んでいる島の方から、人影が見えた。
「……帰ってきた」
「みんなが帰ってきた!」
2人の歓喜の叫びに、仲間達も反応。島の方に目を向けると、確かにこちらに向かってくる部隊が見えた。
哨戒機からアレは仲間であると伝えられているため、千歳も千代田も安心するように崩れ落ちた。ここまで必死に粘り続けていたため、疲れもここでピークに。他の者達も、それを知ったことで張っていた気が緩み、その場にへたり込む。
「戻りました。黒幕はもういません。ちゃんと終わらせました」
声が聞こえるくらいにまで近付くことが出来た春雨のこの宣言で、疲れ果てていた仲間達から歓喜の声が上がる。戦いが終わったことへの歓喜もあるが、もうここで戦わなくてもいいという安堵の声にも聞こえた。
「吹雪ちゃんと叢雲ちゃんは、島の周辺調査をしています。それが終わったら、この戦いは完全に終了となるでしょう。警戒はまだ怠らない方がいいですが、流石にもう何もないですよ」
「それはアンタの直感?」
「いいえ、確信です。今の私は、もう直感も利かない普通の存在ですから」
コロラドが怪訝そうな顔をしたものの、元々力を捨てるとは話していたため、ここでそれをやったのだと察した。
今の春雨は何の力もない普通の深海棲艦。導くことも出来なければ、辿り着くことも出来ない。しかし、力を失ったとしても春雨の表情は清々しいものであった。
「全部終わったのね」
「はい。全部終わりました。もう私達を心身共に苦しめる存在は、いません」
それを聞き、そうと息を吐いたコロラドは、より疲れを感じたのかその場に座り込んだ。気を張る必要がなくなり、かつ叢雲もここにいないため、気を抜いたようである。
「そこにいられなかったことが悔しいわね。でも、私の分まで戦ってくれたんでしょ。Thanks」
「どういたしまして……でいいんですかね」
「いいわよそれで。私も清々したわ」
ここで初めて、コロラドにも笑顔が戻った。戦いは本当におしまい。ここにいるイロハ級も軒並み排除されたため、静かな海に戻った。
それから少しして、吹雪と叢雲も合流。勿論、島の周りには何事も無いことを確認出来た。黒幕の痕跡はこれで何も無くなった。
「何も無くてよかったよ。欠片が何処かに逃げ出したとかあったらどうしようかと」
「それなら全部ぶちのめすだけよ」
「はいはい。でも何も無かったのは叢雲ちゃんも見たよね。だったら、もう本当にこれでおしまい」
これによって、本当に黒幕の痕跡が無くなったことが確定した。
「大和さん、うちの武蔵さんがご迷惑おかけしました。迷惑ついでに、鎮守府まで曳航してもらってもよろしいですか」
「はい、大丈夫です。私も元気いっぱいというわけではありませんが、武蔵を引きずることくらいなら出来ますので」
「おいおい、優しく扱ってくれないか。私も相当貢献したんだがな」
「貢献は評価しますけど、血塗れで脚ガタガタさせてる状態なんですから、素直に言うこと聞いてください。いざという時は気絶させますから」
「今の状態で吹雪のアレを喰らうのはキツいな。はっはは、ならば素直に引きずられるとしよう」
見た目はアレだがまだまだテンションが高い武蔵に吹雪は溜息を吐く。
「私は島風ちゃんを運ばなくちゃいけませんから。私のせいで脚を壊してしまったようなものですし」
「気にしなくていいのに。でも、脚がダメになっちゃってるのは確かだから、吹雪おねがーい」
島風も自慢の脚が今は壊れてしまっているため、吹雪に甘えるように抱き着いた。おぶれと言わんばかりである。自立稼働の連装砲ちゃんでは島風を軽く引きずることが限界のようで、流石に鎮守府まで運ぶことは難しい。吹雪もそれを理解しているため、この選択をしていた。
「これで全員ですかね、なら、戻りましょう。勝利を伝えるために」
春雨の言葉に、その場の仲間達が歓声を上げる。疲れ切っていても、勝利は心を癒すものだった。
武蔵は案の定でした。この光景を見た別個体の春雨は何を思うか。