黒幕を斃し、傷付いた春雨達は何とか大塚鎮守府へと帰投。流石に自分達の力だけで帰るのは難しいと判断し、鎮守府に連絡を入れて迎えを呼んでいた。こういうこともあろうかと、と鹿島が鎮守府との通信機を持ってきていたのだ。
この戦場に入ってからは黒幕の領域であったため、通信妨害されていた。そのため、どのような状況でも通信なんて出来なかった。だが今なら妨害するようなものは何処にもない。通信も、クリアな音声ですることが出来た。
鎮守府からは、大発動艇が扱える艦娘が数人派遣された。そのおかげで怪我人全員に余計な負担をかけずに運ぶことが出来る。別個体の春雨も、この時には上に羽織るものを持ってきてもらっており、ようやく落ち着けたといえる。
そこからしばらく移動し、ようやく鎮守府が見えてきたというところで、戦場に出ていた者達は本格的に疲れが襲いかかってくる。自力で航行出来た者達も、改めて戦いの終わりを実感したことで、膝から力が抜けるように倒れかけた。
春雨もその中の1人。涼風に肩を借りることでここまで来ることが出来たが、やはり限界を超えていたようである。地下施設を破壊し、命懸けで黒幕を消し飛ばしたのだから無理もない。
「よく戻ってきてくれた。合間合間に鹿島から報告は貰っている。今はまず身体を休めてほしい」
鎮守府に到着すると、大塚提督が入渠ドックや風呂などを準備して待ち構えていた。鹿島が通信機器を持っていたのはこの辺りの時短も兼ねている。効率的に事を進めるのなら、こういった情報を最速で伝えるのがベスト。
黒幕を撃破し、この事件を終わらせたというのに、大塚提督は表情一つ変えずにいつも通りの事後処理に奔走している。
本当ならば、もっと喜びを表に出していてもおかしくないのだが、艦娘達に感情を抑えるように命じている都合上、こういう時もクールに事を為していくのが大塚提督。こういう大詰めにおかしなことが起きないように慎重に進めていくのが、最高のエンディングに向かえることを理解しているのだ。
「深海棲艦はドックを使えないんだったな。春雨、姉姫にはただ休ませるしかないと聞いているが、それでよかったか」
「はい、それで問題ありません。ゆっくり休めばすぐにではないですが治っていきますので」
今ここにいる中で最も深い傷を負っているのはおそらく白露なのだが、当人が持つ最大級の自然治癒力のおかげで、おそらく誰よりも早く回復する。刃が腹を貫いたというのにである。
そうなると、次に厳しいのは大鳳。斬撃を喰らった傷は浅くなく、今でこそインナーを強めに再展開して止血しているような状態。完治はある程度の時間が必要だろう。
体力の消耗だけならどれだけ危険な状態でも明日には治るが、傷は数日安静にする必要がある。大鳳はそのルートに入った。
「部屋は昨日と同じ場所を使ってくれて構わない。念のため治療のための道具は揃えておいた。姉姫に先んじて聞いておいたからな」
「ありがとうございます。お手数かけます」
「いや、種族の違いを痛感しているところだ。事前に聞いておいたのは正解だった」
とはいえ、事前にしっかり話を聞いており、
やってみればわかることだが、深海棲艦は
「電、別個体の春雨については任せる。休息もだが、メンタルケアも必要だろう」
「了解なのです。春雨ちゃんはうちの鎮守府に配属で良かったのですか?」
「流れ的にそうなるだろう。わざわざ他の鎮守府に引き渡す必要も無い」
後から説明も入るだろうが、別個体の春雨はそのまま大塚鎮守府所属の艦娘となることが確約された。余程相性が悪ければ他の鎮守府に移籍ということもあるだろうが、大塚鎮守府に限ってそういったことはまず起こらない。
メンタルケアという名の兵器の整備を怠らず、常に最善の状態で維持するという理念がある限り、艦娘がこの環境に文句を言うことはないのだ。堀内鎮守府のような、在り方が違う場所の仲間達を見ても、そちらを羨ましく思うようなことは一切無い。
「では、各々必要な事後処理に専念してくれ。休息が第一だ。パフォーマンスが落ちている状態でまともな思考など出来やしないからな。鹿島、お前も報告は後でいい。まずは身体を休めろ」
「了解しました。では、この戦いの報告は後ほど。他の代表者も選出していただければ」
「ああ、それについても後から聞かせてくれ」
報告は二の次。まずは全員の回復を優先。話を聞く前に他の提督達にも話をするだろうが、詳細については全員に余裕が出来てからとなる。戦場にいたものから直接説明された方がわかりやすい。
「眠るなら風呂に入ってからにしろ。怪我人は応急処置をしてからだ。布団を血塗れにされたら困る。風呂に入れるなら入っておけ。腹が減っているのなら先に補給してから休むんだぞ。空腹は正常な判断を鈍らせるからな」
的確な指示なのだが、それが艦娘を兵器として見ているようには思えない思いやりを感じられるモノであるため、そういうところからも大塚提督に反感を抱く者はいなかった。
あの叢雲ですら、この指示には素直に従うほどだった。
艤装のない部分に受けた傷は軽く処置をした後、食堂で空腹を満たし、しっかりと身体を清めて、与えられた部屋で休息に入る春雨。ここまでの行動で疲れはドッと出てきているが、展開した四肢に軋みなどは無く、五体満足の状態でここまで戻ってこれた。
本当の居場所──施設に戻るのは明日。入渠などもあるため、全員が動けるようになってからここを発ち、堀内鎮守府を経由して施設へと戻る日程。当初の予定通り、2泊3日となる。
「はぁぁ……すごく疲れた……」
部屋に到着するなり、ベッドに倒れ込む春雨。もう気を張る必要もなく、こんな春雨の姿を見る者はそれを知る者しかいないため、力いっぱいダラける。
「お疲れ様でした春雨姉さん。さぞお疲れでしょうし、ゆっくり休んでください。かくいう私も疲れていますが、姉さんほどではありませんから」
海風もその隣に腰掛ける。海風もかなり消耗しているのだが、春雨の側にいる手前、すぐにサポート出来るようにとシャンとしていた。
それを見抜けない春雨ではない。疲れているのに気を張っているだなんて、余計に疲れて最悪体調を崩す。せっかく戦いが終わったのだから、こういう時くらい気を抜かないでどうすると、海風の腕をグッと引っ張って隣に寝かせた。
「ちゃんと寝なくちゃダメだよ。海風だってキツいでしょ。山風に肩を借りてたくらいなんだから」
「……お恥ずかしい限りです。私が姉さんを守らなくてはいけないのに」
「充分守ってもらったよ。海風がいなかったら、私はこっち側に帰ってこれなかったかもしれないんだから」
黒幕を消し飛ばし、その反動で死にかけていた時、ほとんど諦めてしまっていた春雨をこちら側に戻してくれたのは、海風達の願いの光。それが奇跡を呼び、かつて救えなかった2人を使者として顕現させ、最後の光の道標を作り出してくれた。
それが無ければ、春雨は今のように疲れを感じてダラけるようなこともなく、息はしていても目を覚まさない、殆ど植物人間のような存在になっていた可能性が高い。戦いは終わっても誰も救われていないようなもの。
それを救ったのは、海風達の願いの力。それは決して特別な能力というわけではない。一時的に辿り着く者の力を得ていたかもしれないが、それでは起こせない奇跡だ。
特別な力なんて無くても、心の底から想えば、奇跡を起こせる。その前例を作った。
「海風には感謝してるよ。勿論みんなにも。こうしてまたここにいられるんだからね。本当にありがとう海風」
「そこまで言っていただけるのなら光栄の極みですね。私の命は春雨姉さんのためにあると言っても過言ではありませんから。むしろ、あそこで春雨姉さんを失っていたら、私もどうなっていたかわかりません。以前にも言ったと思いますが、春雨姉さんが命を落としたら、私はおそらく躊躇なく跡を追います。なので、春雨姉さんが生きていてくれれば、私も生きていられます。私の命を救ってくれたようなものです」
割と過激な発言ではあるのだが、海風としては平常運転。絶望が溢れていたらこんなことにはなっていない。より悪くなっていた。それを知っているからこそ、春雨はこんな海風の言動でも受け入れて、大切な妹として心に強く刻み込んでいる。
「もう辿り着く者でも無くなった私だから、これからはみんなの力をいっぱい借りなくちゃいけないね。直感とか、そういうのも何も無くなっちゃったから」
「ある意味、本当に春雨姉さんに戻ったということだと思います。私が見るに、今の春雨姉さんには溢れた感情がほとんど見受けられません。寂しさも、怒りも」
「……確かに」
辿り着く者としての力を全て失った時、春雨の発作を起こす原因となる寂しさと怒りも共に失われた。春雨が今の春雨となるために得たものが全て失われたと言うのなら、いいモノも悪いモノも全てが消え去ってもおかしくない。力と共に
身体は元に戻らなくとも、精神的なモノがリセットされたと考えれば、春雨は真に艦娘春雨を取り戻したと言える。失ったからこそ、本当の自分を手に入れた。
「私達は依然として溢れていますが、春雨姉さんはそれをも超越したのでしょう。代償として全ての力を失っていますが、だからといって春雨姉さんが何か別のモノに変わるわけでもありません。だったらこれは喜ばしいことです」
「一度空っぽになりかけたけどね」
「それが活になったのかもしれません。それで元に戻れると言われても、戻ってこれるのは春雨姉さんだけだと思いますが」
クスクスと笑い合う。この戦いが笑い話に出来るようになれば上出来。いい思い出とは到底思えないが、終わったモノとして扱えるのなら良し。
「……もう、心も落ち着いてるね。じゃあ、一眠りしよう。疲れてたら、正常な判断は出来ないからね」
「ですね。今ここでゆっくりさせてもらって、明日に備えましょう。明日は施設に戻れますから」
「だね。そうしたら、この戦いは本当におしまいだ」
四肢を消して、眠る準備をしただけでも、疲れがより襲いかかってきた。だが、これに抗う必要は無い。眠気に任せて、そのまま眠りにつく。
ここまで心穏やかに眠ることが出来るのは、久方ぶりだった。
春雨は最終的に寂しさと怒りの発作をも失うこととなりました。黒幕と一緒に辿り着く者の力が全て持っていってくれた。