空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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最後の話し合い

 休息していた決戦部隊の面々が目を覚ました時には、外は薄暗くなっていた。それでも充分早い方であり、本当だったらここから翌日まで眠っていてもいいレベルであったのだが、この後にある戦果報告もあるため、なんだかんだでしっかり目を覚ますことが出来た。

 それでも一番最後に目を覚ましたのは春雨だったようで、さらには随分と眠そうな表情。ここ最近では見せなかった()()表情である。

 

「まだ眠いね……それだけ疲れてたんだなぁ」

「春雨姉さんが疲れていないわけがないですよ。誰が何と言おうと一番の功労者なんですから」

「そう言ってもらえると嬉しいかな」

 

 眠そうに目を擦ると、少しだけ勢いをつけてベッドから起きた。幸いなことに、四肢を展開することにもまともに動くことにも支障はないため、施設での朝のように小さく身体を伸ばしながら立ち上がる。

 春雨としても、なんだか久しぶりに心身共にスッキリした気分だった。やはりこれまでは溢れた感情──寂しさと怒りが心の何処かに引っかかっていたため、心の底から真に落ち着いた気分にはどうしてもなれなかったのだろう。その()()()()が無くなったのだから、清々しくもなる。

 

 とはいえ、少しの間過敏なくらいに反応する直感も失われたため、部屋の前に誰かが来ていようが事前に気付くなんてことはもう出来ない。扉をノックされてビクッと驚くなんてこともとても久しぶりなこと。

 

『あ、あのー、もう目を覚ましていますか?』

 

 扉越しに聞こえたのは、()()()()()()()()。つまり、別個体の春雨である。大塚鎮守府所属の艦娘となる手続きが終わったようで、艦娘としての初仕事として、今は春雨と海風を呼びに来たようである。

 

『司令官がお呼びですので、起きていたら、執務室へ来てもらっていいですか?』

「はいはい、大丈夫だよ。ちょうど起きたばかりだから」

 

 扉を開けると、少し縮こまった別個体の春雨がそこに立っていた。当然ながら、ここに所属したので白露型の制服を身に纏って。

 昔は自分もこうだったんだと妙な感覚に襲われつつも、先輩として微笑みながらありがとうと礼を言う。対する別個体の春雨は、その場から動けず、愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。

 

「えーっと……うん、まぁ、私達が怖いのはわかるよ。あの戦いの真っ只中で救ったわけだし、いろいろ記憶とかも残っちゃってるんだもんね」

「でも、私達は敵ではありませんから安心してください。仲良くやっていきたいだけです。今でこそ深海棲艦ではありますが、私達は元艦娘ですから」

「い、いえ、あの、怖いとかでは、なくて……」

 

 別個体の春雨はワタワタと手を動かしながら、恐怖を感じているのではという春雨達の言葉を否定する。

 黒幕の代弁者として活動させられている時の記憶は器と同様記憶に無いのだが、切り離されてから治療されるまでの僅かな時間は侵蝕された状態であったため、敵意を持っていた。

 今はそれも全て失われ、トラウマとして残ってしまっているものの、救ってもらった恩人に恐怖を抱くなんて失礼なことはしない。むしろ逆で、好意的に捉えているくらいである。

 

 なので、この言動は恐怖で震えているわけではなく、緊張で震えているだけ。大好きな芸能人が目の前に現れた時のファンみたいなもの。

 

「ちゃ、ちゃんと、お礼を言いたくて、私から呼び出しの大役を仰せつかりました。救ってくださって……ありがとう、ございます。はい」

 

 深々とお辞儀。戦場では礼を言う余裕なんてなく、春雨も余裕が無かったため、こうやって面と向かうタイミングすら無かった。だからこそ、こういう互いに落ち着いた時にしっかりと御礼を言っておきたかったとのこと。

 

「どういたしまして。何事もなくてよかった。後遺症とか残ってないかな」

「は、はい、何事もなく。あの時のことを思い出すと、その、吐き気がしますが……」

 

 どうしてもあの時の経験と記憶がトラウマとして残ってしまっている。今日侵蝕されて今日救われたのだから、今が一番酷いと言える時期。感情を抑えるなど出来る話ではない。

 何せ、別個体の春雨は艦娘として生まれたのが昨日という超新人だ。艦娘の心得などがあるわけでもないため、心持ちなどをどうこう言えた話では無かった。

 

「ああ……それは徐々に慣れていってもらうしかないかな。あんなことを忘れられるくらいに、ここで楽しい体験をすればいいよ。それに、みんなが支えてくれるから、頼れるヒトには頼った方がいいね」

「忌々しいですが私も侵蝕された経験がありますので、相談に乗れるかもしれません。何かありましたら連絡をください」

 

 2人はこれくらいしか助言は出来ない。だが、支えてあげたいという気持ちは本物。今回の事件の被害者のケアは、この事件に関わった者全員でやっていきたいと思っているのだから。

 

「……ありがとう、ございます、はい」

 

 小さく微笑み、改めてお辞儀した。その表情は何処か嬉しそうで、このほんの少しだけの対話でも満足しているような雰囲気だった。

 

 

 

 

 呼び出しに応じ、別個体の春雨と共に執務室まで来た春雨と海風。そこには既に今回の戦いについての話をするために山風と鹿島、そして吹雪も集まっていた。

 比較的無傷であり、最終決戦にも参加した3人。鹿島は別個体の春雨を保護することに奮闘していたが、吹雪は防波堤の戦い──防空巡棲姫との戦いについても詳しい。

 

「遅くなりました」

「いや、構わない。むしろ無理に起こすことになってしまったか」

「ちょうど目を覚ましたタイミングだったので大丈夫ですよ」

 

 用意された席に最後に腰掛ける。これで全員が揃ったということで、いつものタブレットを操作して各所の代表と通信を開始。

 

「話が出来る者の休息が完了したので、改めて報告をさせてもらおうと思う」

『ええ、先に連絡を貰っているものね。予定通りになるわ』

 

 画面越しに見える全員の表情は何処か明るいように見えた。今までの戦史の中でも屈指の特殊な戦いとなったのだから、それが全て終わったとなれば全員喜ぶのは当たり前のこと。大塚提督はあくまでも表情に出してはいないものの、内心ではホッと安心しているくらいだ。

 

「金剛と武蔵は現在も入渠中だが、明日には終わる予定になっている。帰投はその後になるが良かっただろうか」

『ああ、問題ないよ。そもそもが明日帰投なんだ。そちらに治療までしてもらってありがたい限りだ』

「これくらいしなければ、うちの鎮守府の仕事が少なすぎるくらいだ。これでもまだ出来ないことがあるんだからな」

 

 その1つが、ショートしてしまったRJシステムの修理。最後の戦いで限界を超えた出力をしてしまったことで、RJシステムは龍驤ごと煙を上げてしまった。現在は大塚鎮守府の明石が応急処置をしているものの、その構造は複雑極まりなく、堀内鎮守府の明石でなければどうにも出来ない。通信しながらの処置だとしても、完治は程遠いとのこと。

 そのため、今の山風は龍驤を連れてきていなかった。装備を外して工廠で休息させているからである。

 

「明日、帰投後にそちらに任せる」

『充分だよ』

 

 こんな話が繰り広げられる中、春雨と海風は画面越しの中間棲姫と飛行場姫の姿を見ることが出来たことで、心の底から安心した。

 

 一つ危惧していたのは、黒幕を完全に消滅させることが器である中間棲姫に何かしらの影響を与えないかというところ。黒幕が自ら捨てておきながら、最後はそれを求めていたという本来の器なのだから、最後の最後に何か遺していくのではという不安は正直あった。

 だが、中間棲姫はピンピンしているどころか、出撃前に画面越しに見た時よりも元気にすら思える。悪い繋がりが失われたことで、悪い影響ではなくいい影響を与えたのかもしれない。

 

『春雨ちゃん、海風ちゃん、無事で良かったわぁ』

「はい、姉姫様。私も海風も、みんなも、誰も失うことなく戦いを終えることが出来ました。どうしても怪我はしてしまいますが、命に別状はありません」

『それなら一安心ねぇ。でも、気をつけてねぇ。大事に至ってなくても、もしかしたら後々……なんてことがあったら悲しいもの』

 

 心の底から安心している中間棲姫の表情に、春雨も海風もほっこりした。農作業などをしていた時の本来の中間棲姫が取り戻されたと思えて、本当に平和を取り戻すことが出来たのだと実感した。

 

「では、戦場にいた者本人から話をしてもらう。我々は黒幕を撃破したこと以外はまだわからないのだからな」

『一番詳しいのは春雨になるのかしら』

「私が詳しいのは結末だけだと思います。みんなの話を統合して知っていただければ」

 

 ここからは本題。戦場で何があったのか、どう決着をつけたのか。それをここにいる者達に知ってもらう。

 

『なら議事録は俺が取りましょうかね。諜報班としても、そこの情報はしっかりと押さえておきたいので』

『そうね。戦いが終わったとはいえ、まだ何があるかわからないもの。吹雪がある程度島の周りを調べてくれたみたいだけど、また調査には行ってもらうつもりよ』

『ですね。そういう仕事なら、諜報班の出番でしょうな。お任せください大将殿』

『……何処か軽いのよね……』

 

 後日、黒幕が拠点にしていた島を再調査するとのこと。用心するに越したことはない。

 完全に消滅したと思っていても、何かしらの()()が残っていたら、何が起こるかわからない。そのため、山寺提督もしっかり準備をしてから調査を進める。

 

「それでは話しますね。この戦いで起きたことを」

 

 ここからはありのままを話していく。どんな戦いが繰り広げられたのか、どんな敵が現れたのか、どんな結末を迎えたのか。

 それには今まで培ってきた戦術などが通用するところもあれば、奇跡の産物が無ければ突破出来なかったところもある。

 嘘偽りなく全てを包み隠さず説明していくと、提督達の表情は二転三転する。異常すぎる黒幕の特性は、これまでの戦いを完全に引っくり返すレベルのモノ。対策を練るのも難しく、むしろ今は辿り着く者も存在しない。

 

 奇跡は二度と起きない。だが、起こす必要はない。もう黒幕はいないのだから。

 

『聞けば聞くほど、とんでもない敵だったのだと実感する。だが、勝利することが出来たのだから、ひとまずは安心していいんだろう』

『俺としては不安が残っていないとは思ってないんだがね。だから諜報部隊が島を調査するわけだけど』

『安心だけはしておいていいわ。その安心を確実にするために動いてもらうんだもの』

 

 溜息が出るほどの戦い。これまでの深海棲艦とは一線どころか二線も三線も画しており、もう深海棲艦とすら言えない存在である。砲雷撃戦だけでは確実に勝てなかった。だからといって、搦め手だけでも終わらせることは出来ない。

 もうそんな戦いが無いとは言えないだろう。一度そういう敵が現れたのなら、二度目三度目が現れてもおかしくはないのだ。だからこそ、この戦いを念の為ノウハウとして残しておく必要がある。

 念には念をというのは人間の知恵だ。故に、用心し続ける。二度とこんなことが起きないように。

 

『でも、戦いはおしまい。今回の件で、私達もいろいろなことを学ぶことが出来たわ。少なくとも、戦う必要のない深海棲艦の存在を知ることが出来た』

 

 大将の言葉に、姉妹姫が笑顔を見せる。

 

『ここからはこちらでも動くわ。信用に足る深海棲艦であることは確定しているんだもの。より共存に向けて動けるように、改革を進めていく。姉姫、それで良かったかしら』

『ええ、大丈夫よぉ。鎮守府に戻りたいという子もいると思うもの。残ってくれるなら居場所は提供するし、望みを叶えたいのなら応援もする。みんなの思いに沿えるように進めてくれればいいわぁ』

 

 この戦いが、施設のこれからに繋がる。勿論、平和的な方向へ。

 

 

 

 

 改めて、この戦いが終わったと実感出来る話し合いだった。終始和やかに終わり、絆はより強く結ばれる。

 




別個体の春雨は、深海棲艦化した主人公の春雨と比べると、若干小柄というイメージです。


支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/103260718
第500話「導かれる者」より、春雨復活のシーン。救えずとも絆は育まれ、縁が生まれたことで最後に手を差し伸べてくれた。この時だけは、導く者は導かれる者でした。
精神世界なので春雨は艦娘の姿とのこと。春雨は艦娘の心を失っていませんからね。
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