翌日は朝から帰投の準備で大忙し。長い入渠と言われていた金剛も武蔵も、朝には治療が終わっており、食べられなかった夕食の分を取り戻すようにモリモリと朝食を食べていたくらいである。
基本的には全員消耗が完治しており、十全の体力で堀内鎮守府へと戻ることが出来そうだった。
唯一懸念点だったのが、入渠ドックが使えず、浅くない傷を負ってしまった大鳳だが、この時には傷は半分以上は治っていた。帰投の時にも激しい動きさえしなければ問題なく、いざという時は山風の戦車隊が搭載された大発動艇を使わせてもらえれば問題なし。
「出向任務、ご苦労だった。我々だけではアレは対処出来なかっただろう」
準備をしつつも、大塚提督が最後に労いの言葉をかけた。
黒幕の拠点に最も近い場所にある鎮守府ということで、決着がつくまでは緊張感もあったであろう大塚鎮守府。ここの力だけでは対処することも出来ず、調査はしても独断で攻め込むということは、100%敗北を喫することがわかっていたため、援軍を待たざるを得なかった。
しかし、これでもう緊張しなくても良くなる。艦娘達のメンタルにも余計な負荷はかかることが無くなるし、本来の業務から外れた調査に人員を割かなくて済む。
合理的に考えても、黒幕の存在は目の上のたんこぶだったわけだが、それが失われたのは非常に大きい。大半の者のメンタルにダメージを与えられてしまったが、それはまだ乗り越えられることだ。
「これまでは戦友としてだが、これからは共存を望む者として、お前達とは付き合っていくことになる。まだどうなるかわからないが、我が鎮守府に加わりたいということなら、いくらでも門を開いておこう。……まずは古鷹だがな」
名前を出されて、ピクリと反応する古鷹。
「可能でしたら、私もこの鎮守府に戻ろうと思っています。そうでなくても、またここに来させてください。手続きは必要でしょうが」
「ああ、前にも言ったが、お前の居場所は残してある。だから、戻りたい時に戻ればいい。大本営の考えに口出しは出来ないがな」
「はい、そこは気長に待つことにします」
古鷹も清々しい顔だった。自分が深海棲艦となってしまっていても、この鎮守府は自分を捨てていない。戦いが終わったことで、ここに戻るという目的も実現しそうなのだ。嬉しくないわけがない。
「……あの、深海棲艦の私」
最後にここを去る前にと別個体の春雨が前に出る。
「また、会えますか」
純粋な質問。昨晩も話せるだけ話したりしたが、それだけでは足りないようだ。春雨同士というあまり無い光景ではあるのだが、別個体の春雨は、完全に懐いていると言える。
春雨はクスリと笑いながら手を差し出した。義腕ではあるが、それは非常に温かなモノ。
「勿論。私がここまで来ることは難しいかもしれないけど、今生の別れではないならね。それに、何かあったら相談に乗るって言ったでしょう。直接じゃなくても、通信とかでもいいから、また話そうね」
「はい……っ」
別個体の春雨もその手を両手で掴み、力強く握手をした。むしろ別個体の春雨自身が施設まで向かえるくらいに成長してしまえばいい。
この後、鹿島の遠洋練習航海の航路に、施設のある島を経由するルートが含まれることになるのは、また別の話。
大塚鎮守府からの帰投は順調に進む。こういう時には敵対する者も現れない、実に静かな海。まるで海そのものがこの戦いの終わりを祝福してくれているようにすら思えた。
風もほとんど無く、天気も良すぎるくらいに良い。ピクニック日和とも思えるほど。
「あ、見えてきましたね」
堀内鎮守府が見えてくるところまで来て、春雨が声を上げる。そこには、もう既に五月雨や大淀が待ち構えていることが遠目にもわかった。
「残ってる連中総出で待ってるわよアレ。やたら大人数感知出来るわ」
溜息を吐く叢雲。よく見ると確かに五月雨と大淀だけでなく、提督と大将の他、ここにいるであろう者達が全員そこにいた。
大塚鎮守府を発った後に連絡は行っているはずなので、タイミングを合わせて出迎えに出たようだが、どう見てもかなりの人数がいるのがわかる。防衛線に参加していた者達も今は鎮守府に戻っているため、その全員が決戦に参加した者達の帰投を今か今かと待っていたようだ。
水平線の向こう側に春雨達が確認出来たか、数人はこちらに向けて手を振り始めた。誰一人欠けていないことも確認出来るだろう。春雨も逆に手を振りかえす。
「みんな、お帰り!」
真っ先にその言葉を出したのは、居ても立っても居られずに工廠から飛び出してきた五月雨である。
姉妹の中で自分だけが鎮守府の防衛を任されたことで、ずっとハラハラしていた。だが、もうありったけの感情を出してもいい。全部終わったことを、姉妹と喜んでもいい。
故に、真っ先に突っ込んできた。そして、ちょうどいいところで
「おぶぅっ!?」
五月雨の頭は見事に白露の鳩尾を抉り、ゴロゴロと転がる。ちょうどそこは黒幕との戦いで負傷した場所だったが、白露の特性のおかげで完治済み。もし他の者だったら傷が開いていた。
とはいえ白露は五月雨の姉。こうなることも少し予想していた。それでもまともにぶち当たる辺りは、五月雨のドジの技量が高すぎる。
「さ、五月雨、落ち着こうね。お姉ちゃんじゃなかったら大変なことになってたよ」
「ご、ごめんなさーい!」
部隊は笑いに包まれて、和やかな雰囲気に。こんな穏やかな時間をこの鎮守府で過ごすのも久しぶりに感じた。
そのまま工廠に入ると、叢雲が感知していた通り全員で揃っていた。施設を防衛してくれていた部隊も共に。
「よく無事に戻ってきてくれた。誰も欠けていないことが一番の勝利だ」
「辛く苦しい戦いだったでしょう。でも、これでもう終わりよ。よく頑張ってくれたわ」
提督と大将も非常に穏やかな表情。ここ最近の心労続きで表情も重かったものだが、それから解放されてスッキリした表情である。画面越しでもそうだったが、直に見るとよりそれがわかるもの。
だが、大将に関しては戦いはここからになる。人間と艦娘と穏健派の深海棲艦、三種族の共存が可能であるとわかった今、その先駆けとして、施設との交流をより深めていく必要がある。
誰をも納得させられるように、まずは施設の者達の信頼性を伝え、そこから一部の元艦娘達を鎮守府に戻したり派遣したりと、あらゆる手段を考えている。受け入れられるまでは時間がかかるだろうが、姉姫達の平和を脅かすようなことがないように、大将が矢面に立って進めていくと決意していた。
「時間はまだあるが、どうする。少し休んでいくかい? それとも」
「……名残惜しさはありますが、まずは施設に戻ります。ここにはまた来れますし、今の私達の居場所は施設ですから」
施設組の代表として春雨が答える。勿論、鎮守府にもう少し滞在したいという気持ちは強い。だが、ここに居続けると帰れなくなってしまいそうだった。だから、まずは施設に向かう。
身体を休めなくてはいけないほど消耗が激しいわけでもないし、朝食もそれなりに食べているため間食が必要というわけでもない。叢雲は大塚鎮守府から間食のためのお菓子を貰ってきているため問題なし。
「また後日、改めてここに来てもいいですか。ここの所属に戻ることはまだまだ難しいとは思いますが、遊びに……というのは聞こえが悪いか、たまに顔を見せに来るのは大丈夫、ですよね?」
「ええ、自由にというのも少し難しいかもしれないけれど、貴女達は100%の信頼を勝ち取っている特別な深海棲艦だもの。許可も二つ返事で取れるわ。事後承諾でも行けるでしょうね。私がそれを許可してあげるわ」
大将のお墨付きもついたため、晴れて堀内鎮守府と施設は公然とした付き合いが可能になった。今までの秘密裏な交流も罪になんてなるわけがない。これが勝利の鍵なのだから。
大本営も頭が柔らかい者ばかりであることが幸いした。使えるものは使う。無益な争いは避けたい。共に生きていけるのならば受け入れる。これに反発が出なかったのは、奇跡に近いだろう。
勿論、大本営ではないところで反発はあるかもしれない。深海棲艦に恨みを持つ者がいないわけがないのだから。それを納得させることが、大将は自分の仕事だと感じている。
「どうしても貴女達は
「あはは、どうなんでしょう。もうその力を持っていない私にはわかりませんが、そうだったとしたら嬉しいですね」
施設に辿り着けたのも辿り着く者の力のおかげかもと言われたら、春雨も少し恥ずかしく感じた。
「さぁ、それならまずは施設に戻ってあげなさい。我々は君達がまたここに来てくれる時を待っているよ。いつでもいいからね」
「はい、ありがとうございます」
深くお辞儀して、施設組はそのまま鎮守府から施設へと向かう。
その背中を追いながら、堀内提督はホッと胸を撫で下ろした。春雨が
溢れた寂しさと怒りも失われ、精神的にも落ち着きを取り戻している春雨に、安心と同時に喜びもあった。
施設への航路も、とても久しぶりに思えた。たった2日離れていただけでも恋しくなるくらいに。
本来の居場所は鎮守府なのだろう。だが、施設もかけがえのない場所。第二の居場所であり、深海棲艦化してからの故郷と言っても過言ではない。
「画面越しでも元気そうに見えたから、大丈夫だよね」
「ですね。姉姫様も妹姫様も、みんな帰りを待っていますよ」
少しだけ足が速くなった。平和になった施設に戻るため。
すると、空に1機の哨戒機が飛んできた。これまでもよく見た、飛行場姫の哨戒機。
鎮守府から連絡を受けて、先んじて飛ばしてきてくれたのだろう。哨戒機からも、今か今かと待ち望んでいた雰囲気が見えた。
「妹姫様の哨戒機だ。もうそろそろだね」
水平線の向こう側に小さく島が見え始める。もうすぐそこにある。そう思うと気が逸る。
でも落ち着いて。心穏やかに。せっかく平和になったのだから、最後の最後におかしなことが起きてもらいたくない。
そして、見えた。施設のみんなが出迎えてくれているのが。欠員は誰一人いない。防衛戦で怪我を負った者達も、今や殆ど完治している状態。抵抗なくそこにいる。
だから、春雨は見えたところで叫ぶ。
「ただいま!」