空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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満たされた姫と賑やかな艦娘

 黒幕との戦いが終わったことで、施設は平和を取り戻した。祝勝会の翌日からは通常営業……とはいかず、全員が丸一日をのんべんだらりと過ごすことになった。

 ほとんど完治しているとはいえ、松竹姉妹や大鳳のようにまだ本調子とは言えない者達もそれなりにいる。ならば、一度全員でゆっくりして、全員が本調子に戻った後にこの施設での平和な生活を再開すればいい。

 そう提案したのは、他ならぬ主人、中間棲姫である。主人がそう決めたのならば、誰も逆らわない。むしろ、逆らうなんて考えないような内容である。

 

「私と空母は近々旅に出ようと思うわ」

 

 全員が集まる場で今日の方針を決めた後、戦艦棲姫が話し出す。本来の生活に戻るということは、本来の在り方に戻るということ。

 戦艦棲姫の本質は旅人。今は施設を守るために力を貸してくれているだけで、実際はここからまた旅に出ようとしていた。それが先送り先送りとなって、ようやく今からそこに戻る。

 

「すぐとは言わなくても、なるべく早くになるわね。空母にもう少し外のことを教えてから向かう方がいいと思うし」

「ああ、まだ、話はしてほしい。陸では、どう、振る舞えばいい、か」

「そうね。ファッションに関してはいいとして、それ以外はもう少し知識があった方がいいでしょう。今日は勉強会でもしておこうかしらね」

「楽しみ、だ」

 

 この2人も随分と仲良くなったものである。戦艦棲姫からの話を興味津々に聞き、『知る』という楽しみを覚えたことによって、自然と旅人としての気質を手に入れている。旅に出ると聞いて明らかに表情が変わったのは、誰が見てもわかるほど。

 

「Richelieu達はまだExpédition(遠征)に行けそうにないわね」

「持って行く物が、ありませんからね」

 

 平和になったのだからまた陸に遠征に向かいたいリシュリューやコマンダン・テストなのだが、作物がまだ育っていないことを考えると、いつもの場所に向かうのは難しい。売り物が無いのだから、お金を稼ぐことは出来ない。

 なるべく早く育つ物を植えているのだが、少なくともあと1ヶ月以上はかかるだろう。その間はどうしても足止めになってしまう。

 道の駅で何か言われたら、自分達の拠点が深海棲艦の被害を受けてしまったと言い訳をするらしい。一応間違いでは無いので、嘘をつくという罪悪感もない。

 

「明日からは畑の拡張でもいいわねぇ。これだけ人数がいるんだもの。売るためのものと一緒に、自分達で食べるものも作っておきたいから、いっそ拡げちゃいましょうかぁ」

「場所はまだまだあるものね。それこそ、人数を使って耕せばすぐでしょ。確かコロラドは艤装でガリガリ行けたわよね」

「Yes. 任せてちょうだい」

 

 売り物を増やすという意味でも、明日からの農作業は少々ハードになりそうである。だが、当初と比べれば人手も増えているのだから、その作業だって軽々と終わらせるだろう。

 

「ええやん、野菜育てんの。うちも楽しませてもらおかな」

「上から水を撒くとかなら、艦載機を使ってバーッてやれないかな。畑を拡げるならそういうのも必要かも」

「そりゃあええアイデアや。瑞鳳はん、それやってみよ」

 

 この施設の中では一番の新人である黒潮と瑞鳳も、自給自足のための作業と聞いてやる気は出ている。もう戦うことがないというのなら、そういうことに精を出すのもいいと考えられるくらいに余裕があるのは確かだ。

 2人の心臓に寄生している忌雷も歯をカチカチと鳴らしながら同調した。忌雷ももう立派な施設の一員。一部触手を伸ばして作業の手伝いが出来るほど。

 

「潮も、もう自分の身を守る特訓は必要無くなるわね。これから何をしたい?」

 

 飛行場姫に問われて、ビクッと震えた後、少し考える素振りを見せる。いきなり聞かれてもすぐには答えられない。

 とはいえ、今の施設には潮に恐怖を与えるものは存在しない。襲撃なども無いのだから、いくら潮でも心穏やかに過ごすことが出来るだろう。

 

「そ、その……じゃあ、妹姫さんの……料理の技術を……学んでみたい……なんて」

「いいわよ。リシュコマが遠征行ってる間はどうしても料理人が減るから、出来る子が増えるのは私としてもありがたいのよ。細かいことから大袈裟なことまで全部教えてあげるわ。最後はマグロの解体まで出来るようにさせてあげる」

「か、解体、ですか……!?」

 

 流石に潮もそれは耳を疑ったが、事実なので誰も否定しない。

 

「大丈夫、潮なら出来る」

「覚えがいい潮だから、何も問題ない」

 

 潜水艦姉妹からの応援もあって、潮は頑張ろうと小さく決意していた。恐怖の払拭は出来ずとも、前を向くことをこの戦いで覚えたのだから。

 一度覚えたことを忘れない潮ならば、あの戦いで学んだことも忘れない。生きていくほどに、潮は心身共に強くなる。

 

「それじゃあ、今日はのんびりするということで、みんなよろしくお願いねぇ」

 

 ここまで来たら、もう満場一致。戦いが終わった翌日なのだから、今日は平和を全力で満喫するのが仕事だ。

 

 

 

 

 丸一日、平和を満喫するために使おうということになった時、春雨は今だからこそと思って提案したことがあった。春雨は施設所属になってから1回くらいしかやったことがないこと。平和だからこそ出来ること。

 そのために参加者を募ったところ、所属している者達殆どが参加する運びとなった。まだ少し身体が痛い松竹姉妹はキツいかもしれないと言うので自室に戻る。

 幸せアレルギーだけはどうにもならない伊47は、誘ってくれてありがとうと深くお辞儀をした後にいつも通り近海に潜りに向かった。

 

 ということで、やろうと考えたのは日向ぼっこである。春雨としては印象深い行為だったりする。初めてこの施設を見て回った時に薄雲とジェーナスがやっていたことであり、その後に一度だけ体験してとても気持ちよかったという記憶がある。

 まさに平和の象徴。何をするでも無く、ただ寝転ぶだけ。時間があり、何かする必要が無い時にしか出来ないことだ。

 

「こういうことは鎮守府でも出来ないことだからねぇ。落ち着くっていうよりは、平和だーって実感出来る行為だね」

 

 みんなで持ち寄ったビニールシートの上に腰掛けたり横になったり。白露は早速横になって空を見上げる。そのままグースカ眠ってしまいそうな雰囲気。

 白露は元から割とおちゃらけている雰囲気がある者ではあったが、その実、緊張感もしっかり持っている良くも悪くも春雨の姉だった。だがもう緊張感はいらない。寝転がってまったりとしても誰も何も文句は言わない。

 

「日向ぼっこは気持ちいいぴょーん! ジェーナスちゃんも寝っ転がるぴょん!」

「そうね、シラツユ、お隣Okay?」

「おー、おいでおいで」

 

 白露の隣に横になるジェーナスとミシェルも、その気持ちよさにすぐさま眠ってしまいそうになっていた。

 この3人は哨戒でチームであったため、仲の良さはそこで育まれている。当時は深夜哨戒がフラグだとか言われていたものの、もうその心配はない。そもそも哨戒なんてしなくてもいいのだから。

 

「たまにはトレーニングを休んで、ゆっくりするのもいいわね。明日からはまた鍛えなくちゃ」

「大鳳さんは戦いが終わってもトレーニングは続けるんですね」

「ふふ、私の趣味みたいなものだもの。戦う必要が無いとしても、トレーニングが楽しいからするの」

 

 大鳳も日向ぼっこに興じているものの、明日からはどうやって身体を鍛えようかと考えているようだった。古鷹が苦笑するものの、大鳳はそれが平常運転だと笑顔で返す。

 

「なら私も付き合わせてください。鍛えておきたいので」

「いいわよ。貴女は戻れるようになったら鎮守府に戻るんだものね」

「はい。それまでに鈍っていたら、提督に迷惑をかけてしまいますから」

 

 古鷹はもう先のことを見据えていた。今でこそまだ鎮守府に戻ることは出来ないが、遠くない未来に戻ることが出来る。ならば、それまではこの施設で少しでも鍛えておきたい。スタミナ不足はどうしても足を引っ張るため、それを打開するためにも。

 

「……まぁたまにはいいんじゃないの」

「ですよね。叢雲姉さんも今日一日はまったりしてください。甘いものもしっかり用意させてもらいましたから」

「あら、気が利くじゃない」

 

 叢雲は横にはならなくとも腰を下ろし、薄雲が用意したクッキーを頬張る。日向ぼっこというよりはピクニック。

 黒幕が消滅したことで叢雲の中で燃え滾る怒りの炎はかなり鎮静化している。ふとした弾みで燃え上がることもあるだろうが、おそらく戦いの時とのギャップが一番あるのは叢雲では無いだろうか。宿敵、怒りの根源がいなくなったことで燃え尽き症候群になるかもと危惧されたものの、()()()()()()()()()怒りが向くので心配はない。

 薄雲も叢雲が隣にいれば寂しさが溢れるようなことはないだろう。一種の依存かもしれないが、姉妹の存在が寂しさに大きく影響を与えることは春雨でも実証済み。大きく緩和されているのは確かだ。

 

「ささ、春雨姉さんもこちらへ。この平和を満喫する権利を最も持っているのは、やはり先の戦いを終わらせた者たる春雨姉さんです」

 

 みんなが思い思いにまったりしている中、やはりと言えばいいか、海風が春雨のためにビニールシートを敷いて手を差し伸べる。

 

「ありがとう海風。一緒にゆっくりしようか」

「お供させていただきます。やはり春雨姉さんの隣が今の海風には一番落ち着ける場所ですから。そう、この太陽の光よりも温かな春雨姉さんの温もりがあれば、海風はそれだけで歓喜に震えてしまいますね。あの戦いで全ての力を失ってしまったとしても、春雨姉さんの威光は消えるどころか増しているくらいです。艦娘の時の優しさや朗らかさを取り戻しつつ、深海棲艦と化して手に入れた凛々しさも残しているのですから、今の春雨姉さんはまさに完璧(パーフェクト)と言ってもいいのではないでしょうか。平和を満喫するためのこの時間を仲間に提供しようと提案したその優しさもそれに繋がりますね。自分以上に仲間のことを気遣うその献身の心も、私としては見習いたいところではあります。ああでも、私は我儘かもしれません。春雨姉さんのその優しさを自分に向けてほしいという気持ちが強くなってしまうのです。分け隔てない愛を持つ春雨姉さんだからこそ、今の春雨姉さんがあるわけですから、私の一存で春雨姉さんの良さを違えるわけにはいきません。なので、今は傍に置いてくだされば私は満足です。常に置いてもらっている状態ではありますが、これからもずっと、ずっとその隣を私にいただけたらなと」

 

 相変わらずだが、これも平和の象徴。海風の口が回れば回るほど、春雨にとっては平和。

 海風だって絶対に消えないトラウマを抱えてしまっている。そして、それを癒せるのは春雨だけ。ならば、今この時間でも海風の心のために、春雨が隣に立つことがベスト。

 

「いいよ海風。ここにいる間、ううん、鎮守府に戻ることが出来ても、一緒にいようね。寂しい思いはさせない。だから、私も寂しくない」

 

 海風の頭をそっと撫でた後、春雨は海風の隣に腰掛けた。ここぞとばかりに海風は春雨に身体を傾け、その温もりを享受し、春雨もそれを受け入れた。

 

「賑やかになったものね」

 

 その光景を眺めながら、飛行場姫はボソリと呟いた。春雨が一員となり、そこからあれよあれよと人数が増え、今や当時の倍以上。そのうち戦艦棲姫と空母棲姫は旅に出るし、遠征にも向かってもらうにしても、人数が増えていることには変わりない。

 普段ならここまでワイワイガヤガヤと庭が埋まることはないだろうが、今は当時のことが思い出せないくらいに賑やかだった。

 

「本当に、楽しい施設になったわぁ」

 

 中間棲姫もニコニコしながらその光景を見ていた。来る者拒まずの精神で受け入れていった結果、被害者全員を救い出して、今や全員が和気藹々と過ごすことが出来ている。そんな光景がとても楽しくて温かい。

 目標である『楽しく生きる』ことが、今ここでは正しく再現出来ている。

 

「最初は空っぽだった私も、みんなのおかげで満たされたわぁ。本当に感謝しかないわねぇ」

「もう姉さんは空っぽなんかじゃないわよ。充分満たされてる。それはもう隙間なくギッチリと」

「ふふ、そうねぇ。みんなが私を埋め尽くしてくれたわぁ。こんなに楽しいんだもの」

 

 ただの器から始まった中間棲姫も、今や満たされた姫。この賑やかな元艦娘達のおかげで、新たなる()を完璧に定着させた。もう元より黒幕が入り込む隙間なんて無かったのだ。

 

「姉姫様、妹姫様、お二人もゆっくりしませんか?」

「そうねぇ、それじゃあお言葉に甘えて、今日は私達ものんびりしましょう。妹ちゃんもたまには、ね」

「ええ、気を張っても仕方ないもの。今日は何も考えずにグダグダするわ」

 

 春雨に呼ばれて、姉妹姫も庭に寝転がった。滅多にすることのない行動に、今の施設の平和を噛み締めることが出来た。

 

 

 

 

 空を見上げれば、雲一つない青空。施設の行く末を暗示するかのように明るい。

 




今はまだ先が見えていないように思えますが、施設の平和はもう崩れないでしょう。こんな毎日が続くことも確約されたようなもの。毎日をゆっくりまったり過ごして、そしてそのうち人間達とも和平が締結出来て、より良い平和を得られるでしょうね。



今回のお話は506話……一年を超えて一年半に近いくらいの長期戦となりました。しかも毎日更新。自分でもこれだけの長い期間を書き続けるのは初めてですね。
ここまで出来たのは、ひとえに読者の皆様のおかげです。ここまでの長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました。

次回作ですが、一応構想中ではあります。相変わらずまた後ろ暗い話になりそうではありますが、また縁がありましたらよろしくお願いします。
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