空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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姉の真実

 翌朝、槍持ちが一時的に噛み合ったことを中間棲姫に報告した薄雲。ベッドルームでの報告だったため、春雨とジェーナスもそれを聞くことになる。この時、薄雲と仲良く手を繋ぎ、自分の足で部屋まで歩いてきた槍持ちもいたため、それはそれで大いに驚いた。

 

「そう……そんなことを」

 

 その時の槍持ちの言葉、『なんでこんな目に』というのが耳に焼き付いて離れなかった。あの姉がそんなことを言うほどなのだから、余程酷い目に遭ったのだろうと薄雲は予想していた。

 薄雲は知らないが、ベッドルームにいた4人は全員が槍持ちの境遇を知っている。囮にされて鎮守府に捨てられた結果、怒りと憎しみに呑まれてしまったことを。

 

「姉さんは……どんな目に遭ったんでしょう。艦娘を沈めることが本能になるほどの出来事です。余程のことですよね。イジメを受けていたとか、裏切られたとか……でも沈むほどのことだったということは、最悪鎮守府包みとしか思えません……」

 

 姉に関わることだからか、薄雲の推理力はやけに鋭い。殆ど正解に辿り着いているようなものだ。

 昨晩のうちに、飛行場姫は戦艦棲姫から薄雲なら耐えられると保証されている。既にここまで推理出来ているのだから、説明をしても確かに問題は無さそうである。

 

「わかったわぁ。薄雲ちゃん、最初は秘密にしておくつもりだったのだけれど、今の貴女になら話せそう」

「えっと……ということは」

「提督くんに槍持ちちゃんの素性の調査をしてもらっていたの。それが、物凄く調査が早くて……昨日のうちに報告されていたのよぉ」

 

 秘密にしておくつもりだったと話されても、薄雲には怒りなど無かった。自分のことを考えたら、その選択は無くはないモノだと感じられる。

 これは中間棲姫の優しさだ。薄雲の心が今以上に壊れてしまう可能性があるのなら、それが薄雲のためでは無いとしてもそちらを選択する。薄雲にもそれがわかっている。

 

「……教えてください。姉さんは……どういう仕打ちを受けていたんですか」

 

 薄雲に話すのはいいとして、槍持ちがここにいる状態で話すのは少し憚られる。それがきっかけで再び噛み合い、その場で暴れ出すなんてことが起きるかもしれない。

 知らなければ知らないままの方がいいような内容だ。だから、槍持ちだけは席を外してもらいたかった。

 

「ねぇ姉姫、これじゃダメかしら」

 

 ジェーナスが槍持ちの耳を塞いだ。触れられても殆ど反応がないものの、流石に突然耳に触れられたので、小さく身震いする。

 これなら一応、今からの会話の内容は槍持ちには届かない。読唇術など出来るわけでもないだろうから、余程大きな声で会話をしない限り、これで大丈夫だろう。不安なら目も隠せばいい。

 

「わかったわぁ。なら、私達が聞いたことを全部伝えるわねぇ。覚悟は……いいかしらぁ?」

「はい。お願いします」

 

 槍持ちの手を強く握り、覚悟を決めて中間棲姫の話を聞くことにした。春雨もジェーナスも、何事も無いことを祈って、それをただ見守るだけだった。

 

 

 

 

「これが、提督くんから私達が聞いた、槍持ちちゃんの真実よぉ」

 

 中間棲姫から捨て艦の話を聞き、絶句する薄雲。

 

 薄雲の鎮守府は、新人提督だったということもあり、命を軽んじるようなことは一切無い場所だった。秘書艦であった叢雲もそれを許していないため、まずそんな考えに至ることすら無かった。

 世の中にはそういう場所もあるということくらいは知っていたが、今それが関係してくるなんて夢にも思っていなかった。そして、推理が殆ど正解だったことも。心のどこかで、推理が外れていることを望んでいたのかもしれない。

 

「酷い……」

 

 おおよそ予想がついていても、それが現実だと知らされるとショックは大きかった。耐えることは出来ても、心がぐらつくのは抑えきれない。

 

「薄雲ちゃん……大丈夫?」

「……大丈夫、大丈夫。辛いけど……姉さんの方がもっと辛いんだから。私が挫けちゃダメだもん」

 

 深夜に発作を抑え込んだ時と同じように、奮い立たせて耐える。その場で崩れ落ちてもおかしくないダメージを受けているのだが、姉の前では倒れるわけにはいかないと、震える脚をどうにか抑え込む。

 

「そんなことになった姉さんは私が支えなくちゃ……だから、私が倒れるわけには……いかないよ」

「薄雲ちゃん……無理しないで。私も救ってもらったんだから、薄雲ちゃんを助けてあげたい。だから、辛かったらすぐに言ってね」

 

 片方の手は槍持ちの手を握っているが、もう片方の手は春雨が握る。姉だけの温もりでは足りない。そこに春雨が上乗せした。友達の温もりは、姉の温もりと同じ、いや、それ以上に温かく、ぐらついた心が静かになっていくのを感じた。

 こういう時に、第三者の優しさは心に染みる。どうにか抑え付けていた発作が、表に出てしまいそうなくらいに。

 

「っ……はぁ……ぅ……姉さんも寂しかったと思う……独りにされて……全部に裏切られて……っあ……」

 

 姉の寂しさを自分の寂しさと感違いしてしまい、そのまま発作へ。壊れた心には、他人の寂しさも辛い。春雨も引っ張られかけるが、今回もどうにか呑み込む。しかし、足がガタつき、かなり危険な状態になってしまった。辛かったら言ってと伝えたばかりなのにこの体たらくと、自分の弱さを痛感する。

 しかし、春雨は薄雲の手だけは離さなかった。温もりを与え、温もりを貰い、お互いにギリギリのところで止まろうと必死に耐えた、

 

「無理しないの。アンタ達は成長はしているけど壊れてるのには変わりないのよ?」

「こういう時こそ、みんなを頼ってちょうだいねぇ」

 

 それをさらに姉妹姫が抱きしめることで抑え込む。寂しさには他者からの温もりが最適解ではあるため、数が増えれば増えるほどより効果的だ。春雨には中間棲姫が、薄雲には飛行場姫がつき、落ち着きを取り戻すまでは撫で回す。

 

「もういいわよね。じゃあ、私はハルサメの方に」

 

 槍持ちの耳栓役が不要になったため、ジェーナスは春雨の方へ。中間棲姫に加え、ジェーナスの温もりが加わったことで、より早く発作が抑え込まれる。

 そして薄雲の方には、

 

「……ウスグモ……ダイジョウブ」

 

 槍持ちが参加。抱きしめるまでは行かずとも、空いている手を薄雲を撫でることに使う。今の薄雲にはこれが一番の薬になる。

 少しの間これを続けたことで、春雨も薄雲も落ち着きを取り戻した。以前から比べれば復帰が格段に早くなり、発作を克服することは出来ないまでも、生活に支障をきたすレベルがワンランク下がったくらいに思える。

 

「す、すみません……覚悟をしていたのに結局発作を起こしてしまって」

「いいのよぉ。薄雲ちゃんは()()()()子なのはみんなわかってることなんだから。むしろ、やっぱり配慮した方が良かったかなって思っちゃったわぁ。ごめんなさいねぇ」

「いえ、真実を知れたことは私にとって嬉しいことですので」

 

 自分の知る姉とは別個体ではあれど、姉であることには変わりない。そんな姉をここまで狂わせた原因を知ることで、今後の姉との付き合い方を考えることが出来るだろうと考えた。

 だから、発作は起こしたものの、薄雲の気分は悪いものでは無かった。無論、そんな鎮守府があり、そのせいで姉がこうなったというのは気分が悪いのだが、知りたいことが知れたという意味で。

 

「……大丈夫です。だからといって人間や艦娘を嫌いにはなりません。本当に一部の心無い人間のせいであることは理解しています。一握りの人間のせいで、人間全部が嫌いになることはありません」

「そう……それなら良かったわぁ」

 

 中間棲姫が危惧していたのはそこ。姉の仇であると人間そのものを嫌いになり、侵略者気質に目覚めてしまう可能性が僅かにでもあったからだ。艦娘としての心を取り戻しているとはいえ、その心は壊れており、身体は深海棲艦なのだから、今からそうなってもおかしくはない。

 しかし、薄雲は元いた鎮守府は叢雲の力添えもあり、春雨の元いた鎮守府と同様に健全に健全を重ねた素晴らしい鎮守府だった。そこの記憶を持っていたおかげで、人間には良い者も悪い者もいるという事実をしっかりと理解している。おかげで、薄雲は侵略者に心を堕とさずに済んだ。

 

「……その鎮守府は今、どうなってるんでしょうか」

「提督くんの上司が断罪したって話よぉ。それ相応の罰を与えてるみたいだから、安心してくれって」

「わかりました。それでまだのうのうと生きているのなら気分が悪かったですが、それなら確かに安心出来ます」

 

 発作も治まったため、少し疲れているようだが何とか立ち上がる。その間もずっと槍持ちの手は握ったままだった。

 やはりある程度思うところはあるようで、ほんの少しだけ口が悪くなっていたが、それだけで済んでいる。姉の仇に対しては、どうしてもそういう感じにはなってしまいそうだった。

 

「姉さん、部屋に戻りましょうか。朝ご飯まではまだ時間がありますし。あ、今日から試しに自分の手で食べてみますか?」

「……ヤッテミル」

「なら頑張ってみましょう。大丈夫です、姉さんなら出来ます。あと、出来そうなら自分の足でお散歩とかもしてみましょうか。新しい刺激はきっと姉さんの役に立ってくれるはずです」

 

 気を取り直して、槍持ちを連れて部屋へと戻っていく薄雲。その背中は、今までよりも力が入っているようにも見えた。

 姉の真実を知ったことで、より強く支えていこうと決意した、そんな雰囲気。依存とまでは行かないが、不幸であった姉を幸せに導くために尽くしていこうと考えているのが、誰の目にも明らかだった。

 

「大丈夫かしらねぇ……薄雲ちゃん、変に気負っちゃってないかしらぁ」

「真実を知ったことで、変な方向にやる気が出ちゃってなきゃいいんだけど」

 

 姉妹姫もその辺りは心配なようだ。自分のことを顧みずに介護を尽くすようなら、それは献身でも何でもない。

 春雨は薄雲の今の状態に、何処か憔悴した海風の姿を重ねていた。海風と違うのは、原因もわかっており、当人が目の前にいるということなのだが、だからこそリミッターが外れてしまっている危うさも感じる。

 侵略者気質に目覚めるようなことはなくとも、別の方向でダメになってしまっては本末転倒だ。それは槍持ちのためにもならない。

 

「薄雲ちゃんのことは……私とジェーナスちゃんでも気にかけておきます。今は戦艦様もいますし」

「ええ、任せてちょうだい! ウスグモは私達の友達なんだもの!」

 

 そこで、春雨とジェーナスが薄雲のことをサポートすることにした。戦艦棲姫の存在も大きいが、友達である2人がいつでも力添え出来るという環境は、薄雲にも槍持ちにもいい方向に繋がるはずである。

 

「なら、よろしく頼むわ。アタシ達よりもアンタ達の方が手を貸しやすいでしょ」

「そうねぇ。友達として、薄雲ちゃんを見守っていてあげてちょうだいねぇ」

「はい、任せてください。私は発作を起こしてしまうかもしれないけど……」

「そうなったら私が何とかするから安心しなさい! 今度は総崩れなんてしないんだから!」

 

 胸を張って語るジェーナスに、春雨は何処か安心した。友達だって頼れる仲間。誰かが崩れたら誰かが支える。これがこの施設のやり方だ。

 今は薄雲が危ういのだから、それをみんなで支える。その経緯で誰かが崩れそうなら、それをまた支える。支え合っていけば最後は固い絆になって崩れることは無くなるだろう。

 今後はそこに槍持ちも加えるつもりなのだ。今はまだ噛み合っておらず、正気ではないかもしれないが、この空気に慣れてもらえれば、最終的には仲間として一緒に暮らすことが出来るだろう。

 

 

 

 

 ここからは4人組としての助け合いが始まることだろう。春雨が心配していた、心が離れるなんてことは起こり得ない。

 




深海千島棲姫は結構口が悪い子なので、薄雲もその気質があってもおかしくはないんですが、薄雲自身は丁寧な子なので、間をとってちょっと悪態をつく程度。
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