空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

54 / 506
きっかけは何か

 その日の朝食は、なんと槍持ちがダイニングにやってきた。ベッドの上での食事を続けてきたものの、これまでの回復から鑑みて、自分の手で食べることに挑戦してみるとのこと。勿論隣には薄雲がつき、甲斐甲斐しくサポートをする。

 そもそもダイニングに槍持ちが来ることが初めてであるため、一同が大いに驚いた。対面したことがない者はさすがにいないが、ここまで動けている槍持ちを見ている者は少ない。

 

「おー、すげぇ。そこまで回復したんだな」

「ちょっと前までは動きもしなかったのに、随分と良くなったのね」

「うん、短期間でここまで来てくれたんだ。そろそろ完治するかもだよね」

 

 まず口を出したのが松竹姉妹。薄雲の献身に食いついているようである。この2人の()()とは質が違うとは思うのだが、やはり仲の良い姉妹というのには何か感じるモノがあるようで、この2人の仲をより進展させたそうにしていた。

 薄雲もその空気を感じ取りつつも、適度にあしらいながら槍持ちへの献身を止めない。

 

「自分で食べられそうですか?」

「……デキソウ」

 

 その槍持ちはというと、薄雲の手を借りず、朝食を摂ることが出来ていた。まだ念のため療養食ではあるものの、スプーンを使って上手に食べる様子は、つい先日まで身体を全く動かさなかった者とは到底思えない。

 とはいえ、動かせないわけではなく()()()()()()()だけなので、意思さえ持てばこれくらいなら出来るのだろう。

 

 その扱い方は、何処か上品さも感じられるのだが、薄雲の手を借りずに食べているからか、いつもよりも食べる速度は格段に速い。飲み込みやすいお粥などにされているのもあり、さらりと食べ終えてしまった。

 

「次からのRepas(食事)は、みんなと同じモノにしますね。ウスグモ、それで良かったですか?」

「はい、よろしくお願いします。姉さんも大分食べられるようですし」

「……オイシカッタ」

 

 自分で食べたことで、より満足感を得られたようである。

 

「まだお仕事は出来なそうだけれど、お散歩くらいは出来そうかしらぁ?」

「はい、試してみようと思います。ここまで歩いてくることは出来ましたから、お外も歩けるんじゃないかなって。姉さん、どうですか?」

「……タブン、ダイジョウブ」

 

 薄雲の言葉に肯定の意思。昨日までは刺激を与えるために戦艦棲姫の艤装を使っての散歩だったのに、今日からは自分の足での散歩である。僅かな時間で劇的な回復を見せているのは、ひとえに薄雲の介護のおかげだろう。今だって身体の一部に触れたままで熱を与え続けているのだ。

 死人のように冷たかった肌も、今や一般的な熱量を取り戻しており、凍りついた思考も随分と溶けてきている。深夜に一度噛み合ったこともあり、またああなる時も近いだろう。その時はまた錯乱してしまうかもしれないが、薄雲を筆頭として仲間達がいれば、きっと大丈夫である。

 

 

 

 

 午前中からその散歩は始まり、基本的には外をブラブラと歩くだけ。戦艦棲姫の艤装の手の上でただ見て回っただけとはまるで違う、自らの足で薄雲と一緒に歩き回るというのは、今まででも一番の刺激になっている。さらには、向かう方向は全て槍持ちが決めているのだから、より一層強い刺激になるだろう。

 勿論その後ろからは戦艦棲姫がついてきており、万が一の時のために待機。例えば、艦娘の気配を感知したことで暴走をするなどしたら、どうにか止めるために。それは今のところ考えられないことだが、それ以外にも何かしらの問題が発生するかもしれない。

 

「姉さん、すごく良くなりましたね。あとは……記憶とか、ですね」

「……キオク……」

 

 深夜に噛み合ったことは、今の槍持ちの頭からは綺麗さっぱり抜けているようにも見えた。思い出したくない記憶を思い出してしまった出来事なのだから、忘れたままでも良いだろうというのが薄雲の考え方である。

 とはいえ、槍持ち──叢雲がその時のことを知りたいと言うのなら、思い出せるように全面的に協力するつもりである。それで槍持ちが苦しむことになったとしても、本人がそれを望んでいるのなら、心を鬼にして知っている限りを話そうと考えていた。限られた真実ではあるのだが、死の真相は知っているのだから。

 

 ただただ思うがままに歩いているだけなので、ある程度進めば何処かに辿り着く。

 今回辿り着いたのは、よく釣りをしている堤防。今日は沖ではなく堤防釣りを敢行中のようで、飛行場姫を筆頭に、春雨とジェーナス、そして伊47もそこにいた。伊47は釣りではなく、潜水してからの追い込み漁のためなのだが、今はそれもせずに待機中。日向ぼっこに近しいことをしていた。

 

「ちょうど釣りの最中でしたね」

 

 薄雲の声が聞こえたからか、飛行場姫がまず反応。薄雲と槍持ちの後ろで戦艦棲姫も手を振ったため、飛行場姫も小さく手を振っていた。

 

「姉さんも、完治したらみんなとここで一緒に釣りとかすることになりますよ」

「……ツリ……」

 

 戦いとはかけ離れた生活様式を見て、あまりピンと来ていないようである。虚ろな瞳でその光景をただ眺めているのみ。

 

 本来深海棲艦はおろか艦娘でもなかなかやらないようなことである釣り。中にはF作業と称して趣味で釣りをする艦娘も数人いるし、鎮守府でも漁業組合との連携で活気的に漁を行なう祭りもあるようだが、槍持ち──叢雲にはそういう趣味も無ければ、祭りに対する心構えも普通。

 

「槍持ちが漁に参加してもらえるなら、大物も獲れるかもしれないわね。ほら、槍で一突きにして」

「あはは、じゃあまたマグロ1匹行けますか?」

「チャンスはあるわね。その時には春雨にも解体教えてあげるわ」

 

 今回も春雨の発作を起こさないように話を絶やさないようにしながらの釣りなのだが、槍持ちが訪れたことで話題がそちらに切り替わる。

 自分のことを目の前で話題にされているのだが、槍持ちはただボーッとしているのみ。自分から話が出来るのは、まだ薄雲だけのようである。

 

「Hey, 槍持ち! 貴女も早速ツリやってみない?」

 

 そんな槍持ちにジェーナスが声をかける。今までなら声をかけられても無反応に徹していたが、今は違う。自分の意思が芽生え始めているのだから、しっかりと反応をする。とはいえ、どうすればいいのかわかっていないようで、思考が停止しかけていた。

 

「やってみますか、姉さん」

「……ワカッタ」

 

 薄雲に思考を戻され、すぐに肯定。今の槍持ちは、薄雲の指示は全て従うような状態に近しい。否定という意思自体が抜け落ちているようにも見える。肯定するか、訳もわからず思考停止するかの2択。

 思考停止が否定と見えなくもないが、薄雲に指示されればそれも肯定に変わる。結局、まだ意思は希薄だった。

 

 言われるがままに竿を持たされ、言われるがままに釣り糸を垂らす。それこそ、今まで以上にボーッとする時間。こういう時間でお喋りを続けるのだが、槍持ちには話題も無い。

 

「こうやって心を落ち着ける時間があるのはいいことだよ」

「ね。穏やかに暮らしているって本当に幸せなことだもん」

 

 春雨と薄雲の言葉を聞いても、やはりピンと来ていない。戦いに身を置いていた者として、怒りと憎しみが溢れ出した元艦娘として、穏やかな日常なんて縁も由縁も無いものとして認識してしまっているのは仕方ないことなのかもしれない。

 

 だからだろうか、まずは釣りの楽しさを知ってもらうために、伊47が動き出していた。誰にも知られることもなく、こそっと海の中に入っており、槍持ちの持つ竿に食いつくように追い込み漁を秘密裏に行なっていた。

 それが実を結び、追い込まれた1匹が餌に食いつく。瞬間、竿がグンと引かれた。そこそこの大物がうまいこと釣れそうになっている。

 

「姉さん、かかってます!」

 

 そこからは薄雲の指示も込みで魚との戦いに。逆方向に引っ張ったり、リールを巻き上げたりで疲れさせ、徐々に追い込んでいく。バラさないように丁寧に、しかし時には大胆に。

 これが本来身を置く戦いと近しいものであると気付けるかどうかは槍持ち次第。

 

「ああっ、ちょっと危ないかも……!」

 

 薄雲もそれなりにここで釣りをやっているため、近くで見ていればそれが釣れるか釣れないかが多少はわかる。今の状態は釣り上げられない可能性が濃厚になってくる予兆。

 海中が見えるわけではないのだが、事実食いついた魚は、針から逃れられそうになっていた。これ以上長引かせるとバラしてしまうことになる。

 

 しかし、ここで槍持ちの意思が小さく宿る。本来の艦娘叢雲が持つ勝ち気な性格に火がついたように、今までにない力が入った。

 

「……ニガサナイ」

 

 言われたことは即実践し、的確な動きにより予兆を吹き飛ばす。結果、初めてにしてはなかなかの大物を釣り上げることに成功した。

 

「わっ、やったやった! 姉さん、やりました!」

「結構いい感じのサイズね。それなら2人分は捌けるわ」

 

 槍持ちが釣り上げた魚を見て大喜びの薄雲。飛行場姫も軽く褒めた。2人分ということは、槍持ちの釣り上げた魚を自分に加えて薄雲にも提供出来るということに他ならない。

 

 その時、槍持ちの口角が小さく上がった。今まで一度も見せたことのない、()()()()()()()()をついに見せたのだ。

 

 この施設では死活問題に関わるかもしれないが、やっていることは娯楽の一環。しかし、魚との1対1の戦いとも言える。本能のままに暴れるのは戦いとは言わないが、自らの意思で競い合う道を見つけたことにより、槍持ちはまた感情を取り戻すことになる。

 本来は繋がりが無いと思っていた行為でも、何がきっかけになるかなんてわからない。散歩だけではこうも行かなかっただろう。

 

「こういう娯楽も効くみたいね」

「ええ。やれるならいろいろやらせた方がいいのかもしれないわ。お姉の農作業にも参加させてみましょうか」

 

 その表情の変化を、戦艦棲姫と飛行場姫は見逃していない。釣りにも槍持ちを完治に向かわせるきっかけがあることがわかった時点で、ここでやれることをひとまず全部やらせる方向に持っていかれそうだった。

 それを槍持ちが拒んだら拒んだ時。否定するというヒトらしい思考回路が正しく芽生えることになるのだから良しと出来る。

 

「ここでやれることなんて限られてるけど、その分うまく成長出来るかもしれないわね。お姉だって空っぽの状態から今みたいになれたんだし」

「ここでの生活だけであそこまで行けたっていうなら、槍持ちも同じように行くんじゃない? 時間はかかるかもしれないけれど」

「それならその時よ。ここは一応平和なんだから。時間はいくらでもあるわ」

 

 元来、叢雲は勝ち気で高飛車、クールで負けず嫌いと、艦娘の中では戦場に向いている性格をしている。それ故に、ただただ私室で治療を受け続けるという生活だけでは、完治までに長い時間がかかっていただろう。

 だが、釣りのような()()()()()()を経験させることで、完治までの時間を飛躍的に短く出来そうだった。いろいろなことをやらせるというのは、槍持ちにとっては大正解なことだったのである。

 

「よーし、槍持ち、もっともっと釣ってみましょ! 私の竿を貸してあげるから、ここでどんどん釣っちゃって!」

「あ、でも薄雲ちゃん、散歩の途中じゃなかったっけ」

「ううん、大丈夫。本当に近くを適当に歩いてただけだから。こうやっていつもはやってないことをやってもらった方が、姉さんのためになるよ」

 

 その槍持ちが竿を離そうとしないのだから、今の成功体験で味をしめたのだろうと思えた。

 

 その後、釣れたり釣れなかったりを繰り返し、最終的にはそれなりの釣果を得ることになる。槍持ちとしても、3匹程度は釣ることが出来たことで、より感情は豊かになっていった。

 

 

 

 

 こうして槍持ちはさらに自分というものを確立していく。ここで手に入れたのは、戦いへの感情。勝てたことへの喜びと、負けたことへの悔しさ。駆け引きをきっかけに、より艦娘らしい感情が芽生えていく。

 

 槍持ちが叢雲となるまで、あと少し。

 




何もしないより何かした方が先に進めるものです。槍持ちにはこういう競い合いが完治に向かっての最善の手段だったわけですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。