空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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最後の詰め

 午前中は釣りというカタチで刺激を受けたことで、今まで最も失われていたであろう感情の方が芽生えてきた槍持ち。それは一時的なモノではなく、ずっと続くものとなり、昼食の時にも朝と比べれば格段に表情が豊かになっていた。それどころか、薄雲だけでなく他の者との会話も可能になっていたのだ。流石に自分から話しかけることはしないのだが、簡単な受け答えなら誰に対しても出来ていた。

 その時には療養食ではなく、他の仲間達と同じモノを用意されていたのだが、それもしっかり食べることが出来ていたし、槍持ちの完治はもう時間の問題。それには施設の全員が喜んでいた。最初の状況から考えれば、ここまでの回復が超短期間で成功しているのだから、今後同じようなことがあっても上手く行くと希望が持てる。

 

「……ゴチソウサマ」

C'était pauvre(おそまつさまでした). 食べれたようで、何より、です」

「……オイシカッタ」

 

 以前に薄雲にバラされた食い意地の件がここで影響しているのか、こと食事に関しては妙に楽しんでいるようにも見える。提供者のコマンダン・テストに普通に感想が言える程にまでになっていた。

 そもそも、いただきますとごちそうさまが言えるようになっただけでも相当な進歩だ。食べさせてもらうのをクリアしたその日のうちにコレ。

 

「姉さん、午後からはどうしますか? 午前中は釣りのお手伝いをしましたけど」

「……ウスグモガキメテクレレバイイ」

「そうですねぇ……ここに来たら一度はやっておきたい戦闘訓練も、姉さんには多分必要無いですし……」

 

 春雨も一度だけやった戦闘訓練。槍持ちについては、それはどちらかと言えば不要。何せ、戦闘中に保護されたのだから、戦いに関してはむしろ誰よりも出来ると言っても過言ではない。

 

 だからといって、完治に向けての最後の詰めをやっていくのはやはり抵抗があった。それは、記憶の追求。槍持ち本人より、中間棲姫達の方が理解している素性を思い出してもらうことだ。自力で思い出してもらうために少しずつヒントを与えたり、キーワードとなり得る言葉を聞いてもらったりといろいろ考えられる。

 だが、槍持ちにとって本当に思い出してもいい記憶かはわからない。思い出した時点でまた初期の状態に逆戻りという可能性もある。それを考えると、怖くて先に進めないというのもあった。

 

「午後はまたティータイムがあるわ。今まではベッドの上だったけど、今度はここでしない? ちゃんとお茶菓子も用意するから」

 

 そこでジェーナスが提案。いつもは槍持ちの私室にまで全てを運んでいたが、せっかく部屋の外に出ることが出来たのだからと、みんなと同じようにティータイムを楽しんでほしいと、槍持ちを誘う。

 断る理由がないので薄雲は許可。槍持ちも、なんだかんだジェーナスの淹れる紅茶は気に入っているようなので、首を縦に振った。

 

 

 

 

 そして、おやつの時間になりティータイム。参加者はいつもの3人、否、4人。それに加えて、槍持ちの臨時保護者である戦艦棲姫、そしてリシュリューである。

 なんでも今回はお茶菓子の提供者がリシュリューらしい。春雨達がチャレンジするクッキーのようなものとはレベルが違う、名店のような精度のシュークリームが出てきたときは、槍持ちの表情が変わる程であった。

 

Pâtissier(パティシエール)と呼んでちょうだい。Richelieuは何でも作れるの」

「本当に凄い……こんなの見たことが無いです。ナイフとフォークで食べればいいんですか?」

「そんなにÉlégant(上品)じゃなくてもいいわ。これは、みんなで楽しむL'heure du thé(お茶の時間)なんだもの。がっつけとは言わないけれど、手掴みでガブッと行きなさいな。Serviette(ナプキン)は用意しておいたから」

 

 これも槍持ちへの新たな刺激のためである。療養食から抜け出し、普通の食事が出来るようになったのだから、おやつに極上の甘いモノを提供してあげようというリシュリューの優しさ。材料もまだまだ残っていたというのもあり、かなり張り切ってしまったところもあるようだ。

 無論、施設にいる者全員分が用意されているため、後ろめたさもない。先んじて食べるというだけ。

 

「そういう甘味に合う紅茶も用意したわ。甘いモノには、少しBitterなモノが合うからね」

 

 ジェーナスもそれに連携するように紅茶を振る舞う。最高のスイーツには最高のドリンクを。これにより、槍持ちへの更なる刺激とした。

 

 早速槍持ちがリシュリュー手製のシュークリームを手で掴み、口を付ける。がっつくわけではないのだが、どうしても豪快にかぶりつく形になってしまうのは仕方ない。

 その味を知った瞬間、目を丸くして喜ぶ。心を壊して深海棲艦化してしまったとはいえ、槍持ちも見た目通りの女の子である。甘味には目が無いようだった。

 

「……オイヒイ」

「そう、それは良かったわ。こういう場ではそうやって思い切り食べてくれた方が、作った側としても嬉しいわね。でも、口の周りがどうしても汚れちゃうから、そこは食べ終わった後に拭きなさいね」

 

 コクリと頷き、モフモフと食べ続ける。小動物とまでは言わないが、その食べる仕種は周りを幸せにするような光景だった。

 槍持ちに追従するカタチで他の者達も食べ始め、その上質すぎる味に舌鼓を打つ。薄雲やジェーナスはともかく、春雨もリシュリューの全力を出したスイーツを食べるのは初めてなため、目をキラキラさせながらも槍持ちのようにモフモフ食べる。

 

「リシュリューさん、作り方習ってもいいですか? これ、また鎮守府から誰か来た時に振る舞いたいです」

「ええ、いいわよ。少し難しいけれど、手順と分量を守れば誰でも出来るから、教えてあげる」

 

 これだけ美味しいのなら、是非とも鎮守府の仲間達に食べてもらいたいと、春雨もやる気満々だ。特に精神的に疲弊している海風には、こういう甘いモノでリラックスしてもらいたい。

 しかし、今はまだ来てもらうのは難しい。槍持ちが完治に限りなく近付いてきたとはいえ、艦娘に対しての感情はまだまだ憎悪一辺倒だろう。面と向かうどころか、気配を察知しただけで襲いに行ってしまう程の状態では、スイーツを振る舞うのはまだまだ先になる。それまでに練習期間があると思えば気は楽だが。

 

 と、ティータイムを楽しんでいるところで、ダイニングに設置してあるタブレットが着信音を鳴り響かせる。そんなに大きな音ではないのだが、突然だったので全員がビクッと震えた。

 

「ある意味ちょうどいい時間なのかもしれないわね。ここにいることも多いし」

 

 鎮守府側も、こちらの状況を鑑みて連絡を取るようにはなっている。夕食の準備をしているときは外したり、食事時は勿論してこない。今のおやつ時も、おおよそ終わっているかどうかというタイミングを狙ってきているので、緊急の連絡でも無さそう。

 そんなに着信音を続かせてもよろしくないので、リシュリューが端末を手に取った。

 

Bonjour(もしもし)

『連日の連絡申し訳ない。今日はリシュリューかい』

「ええ、タイミングも良い方よ。ほら」

 

 リシュリューがカメラを春雨の方に向けると、ちょうどシュークリームを食べ終えたばかりの春雨が映し出された。そんなことされるとは思っていなかったため、あたふたしながら手や口を拭いている様子を見て、提督と隣にいた五月雨は苦笑する。

 

『慌てなくて大丈夫だよ春雨。今日は重要な連絡でも何でもない。また海風と話をしてもらいたいと思ってね』

「そ、そうでしたか。海風は元気ですか?」

『ああ、今は無理せずに力をメキメキと付けている。ほら、見てあげてくれ』

 

 今度は提督側の映像がガタガタと動き、画面に真反対が映し出される。そこには、以前よりは格段に顔色がいい海風と、その妹達が待ち構えていた。

 

「海風、元気にしてる?」

『はい、おかげさまで。姉さんの教えを胸に、毎日頑張ってます』

 

 今の海風に焦りは見えない。仇を討つために努力をし、今まで以上に力を付けていると笑顔で話が出来ていた。

 海風だけズルいと江風や涼風も割り込むように画角に入ってきては、手を振ったり笑ったりと、少しだけ騒がしい。それだけ元気に暮らしているということにもなるので、春雨としては気が休まる思いだった。

 

「今、リシュリューさんにシュークリームを作ってもらったの。作り方を教わるつもりだから、今度こっちに来れるときは、それを振る舞えるようにしたいな」

『姉さんのシュークリーム……はい、是非食べさせてください。それを食べるまでは死ねませんね』

 

 物騒な言い方ではあるものの、どういうカタチであれ、命を賭して戦うようなことが回避出来るのならそれに越したことはない。生きていくための活力となるのなら、いくらでも提供しようと春雨も心の中で決意する。

 

「Hi. ウミカゼ、こっちではハルサメも元気よ。見てわかると思うけどね」

『はい、施設の方は何事も無いようで安心です』

「平和も平和よ。ねぇ、ハルサメ?」

「うん、危ないことも何もないよ。最近は発作も起こしてないしね」

 

 つい今朝に起こしかけたのだが、海風を心配させないようにするためにそこは黙っておく。完全に錯乱し切ったわけではないので、起こしていないといえば起こしていない内に入ると思われるし。

 

『あれ、そういや薄雲はどうしたンだい? 姿が見えないけど』

 

 江風がこちら側を覗くようにアップになる。近くで見ても施設側の映像が変わることは無いのだが、画角に春雨とジェーナスしか入っていないことが気になるようだ。

 ここで春雨は少し悩む。薄雲の方を映すということは、槍持ちの姿も映すということに他ならない。あちらに、特に海風に槍持ちの姿を見せていいものかどうか。

 それに、あちらに槍持ちの姿が見えるということは、()()()()()()()姿()()()()()ということにもなる。ただでさえ艦娘に対して憎しみを持っている槍持ちが、艦娘の姿を見たらどういう感情を持つか。

 

「薄雲ちゃんは近くにいるんだけど、今は手が離せなくてカメラの前に来てないだけ」

 

 とりあえずお茶を濁す。薄雲も今はそれがありがたいと春雨に小さく謝った。

 

 実際、薄雲もどうしたものかと悩んでいた。槍持ちに艦娘の姿を見せることは、完治への最後の詰めに繋がるのではないかと考えているからだ。

 艦娘の姿、鎮守府の映像、この声を聞いているだけでも何かしらの刺激になっているのではないかと思える程、この通話には記憶を紐解くキーワードが詰まっている。

 

『なら仕方ない。やっぱ顔くらい合わせときたいかなって思ったンだけどさ』

「うん、ありがとう。薄雲ちゃんも、また次の機会でって」

『だね。次は余裕があるときに顔見せてくれよなー』

 

 物わかりのいい妹で助かったと、春雨は内心ホッとしていた。ここで変に追求されたら、お互いのためにならなそう。

 

「カンムス……チンジュフ……」

 

 しかし、やはりこの声を聞いているだけで、槍持ちには刺激になっていた。薄雲が考えていた最後の詰めの部分に抵触する、完治に向けての一手。

 甘味や娯楽などの正の感情で解された思考が、負の感情による刺激によってこじ開けられるような一撃。

 

「ワタシハ……私は……」

 

 ()()()()()()()。楽しく生きてきたことで緩んでいた思考に一撃を加えられたことで、ズレていたものがカチリとハマった。

 

 一度襲い掛かった艦娘の声であることは理解しているかはわからないが、一番辛かった思い出の部分に触れているのは確かだ。

 薄雲がまずいと思った時には、槍持ちの奥から様々な感情が溢れ出ていた。艦娘だった時ならば、それこそ黒い繭を形成しかねない程に強い感情が。

 

「っあっ、あああっ、あぁあああっ!?」

 

 思考を刺激され、記憶が溢れ出し、最悪しかない思い出に纏わり付かれ、大きく目を見開いて頭を抱え、ただ叫ぶことしか出来なくなった。

 流石にこの声は施設中に響き渡るほどになり、すぐに中間棲姫と飛行場姫が駆けつけた。

 

『えっ、えっ、どうしたンだそっち!』

「えっと、ごめん、1人発作を起こしたの。ごめんね、今すぐに対処しなくちゃ。またこっちからかけ直すってことで今は」

『は、はい。また話せるのはわかっていますので、そちらのことを優先してください』

「ありがとう。それじゃあ、ごめんね!」

 

 鎮守府側はこちらの様子がわからないはずだが、施設の内情というのは理解してくれている。春雨が通話をぶつ切りしても許してくれる。

 

 

 

 

 槍持ちの最後の詰め、記憶はこの瞬間に開かれた。あとは、その絶望に耐え切れるかどうかである。

 




支援絵をいただきました。ここに紹介させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/92607040
私の今までの作品……1作目『欠陥だらけの最前線』から4作目『空っぽの姫と溢れた艦娘』の主人公's。この方は、私の作品がMMD静画を作るきっかけとなったそうです。作者冥利に尽きるというもの。ありがとうございます。
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