槍持ちは叢雲としての自分を取り戻し、この施設の一員として生活することに決めた。溢れ出した感情、怒りは常に心の中で燻っている状態ではあるのだが、薄雲が近くにいればその炎は燃え上がることが無くなる。
外部からの刺激があった場合はその限りではないが、少なくとも施設ではそのトリガーが引かれる事は少ないだろう。
「姉さん、さすがにそのボロボロの服では生活がしづらいんじゃないですか?」
叢雲が元に戻ったことで感激して泣きじゃくった薄雲も気を取り直し、今度は叢雲の今の姿を心配し始めた。
槍持ちとしての姿でここにいるため、今の叢雲はボロきれのような黒い布を巻き付けているだけに過ぎない。今までは、思考能力もあって無いようなものだったため、羞恥心も無かったが、今の叢雲は思考能力が戻ってきている。
春雨のように心が壊れていることで羞恥心自体が無くなってしまっている可能性はあるため、薄雲は叢雲に聞いてみた。ちなみに薄雲もその辺りが壊れているため、春雨と同じで羞恥心はあって無いようなモノ。
「そうね……これは確かに見窄らしいわね。流石に少し変えておこうかしら」
「はい。そこのところも……元の姉さんに」
「……どうせだから、艦娘としての私はここで全部捨てるわ。あの時の服にはしない」
艦娘への怒りが深いせいか、艦娘としての自分も怒りの対象になってしまっている。それを振り払うためにも、叢雲は
自分のことが好きになれずとも、明確に嫌いだった自分を模すよりはマシである。
「そうですか……でもどんな感じにするんです?」
「そうね、私が一番落ち着けたのは、アンタに抱きしめてもらった時なのよね。ならアレにするのもいいかもしれないわ。それなりに私のアレンジをするとして……あと深海棲艦らしくするなら、こうね」
ボロ布の服が消えると、以前薄雲も模していた飛行場姫のボディスーツをアレンジしたような衣装が出来上がった。元々の艦娘叢雲は自分のスタイルに自信があったのか、そのアレンジされた服装も随分と
特に変化したのは、艦娘の自分を捨てるという割には艦娘の時から愛用していた黒いタイツと上半身の上部分を埋める黒いインナーが出来上がっていたことだ。
それを見て薄雲は、表に出さずに少しだけ安心した。捨てると言いつつ艦娘である自分は捨てられないのだ。ボディスーツもどことなく艦娘時代の名残があるように、若干のセーラー服の意匠が残っている白いモノであることもそれを物語っている。
未練があるからこそ、この服が捨てられない。艦娘であることは忘れられない。もしかしたら、薄雲への配慮も無意識に行なっていたのかもしれない。
「ついでに髪も結んでおこうかしらね」
「わ、印象大分変わります」
最後に、長い髪をポニーテールのように結んでおしまい。そうすることで、艦娘のときからは随分と印象が変わった。
それでも、髪を切るという選択肢が出てこない辺りは、やはり未練はあったりするのだろう。薄雲は勝手にそう納得していた。
「よし、これでいいわね。新しい私よ」
「似合ってます、姉さん」
「ありがと」
怒りの対象であった
「それじゃあ、みんなのところに行きましょうかぁ」
「ええ、そうね。今までの礼もしておきたいし」
槍持ちとしてここで保護されていた記憶は、一部あやふやな部分もあるもののしっかり残っている。ここの深海棲艦達は信用出来ると、怒りの中でも叢雲は考えることが出来た。
故に、この施設はまだ居心地のいい場所であると、ハッキリ言えた。これが鎮守府だったりしたら、そういう場所であるというだけでも怒りの炎は燃え上がっていただろう。施設には
「先に伝えておくわねぇ。何かあったら、誰でもいいから頼ってちょうだいねぇ」
「そうね、ここはそういうやり方みたいね。善処するわ」
プライドが高くとも、困ったことがあれば誰かに助けを求めるくらいはしろという、中間棲姫からの遠回しの忠告。叢雲だってそこまで子供ではない。誰かに協力してもらうことに対して、プライドが邪魔をすることは無いだろう。
ただでさえ、ここにいるもの達は全員がお互いを信用し、隠し事すら無しにして最高の付き合い方をしている。叢雲もその中に加わってもらわなくてはいけないのだから、心を隠さずに生きてもらいたい。
部屋の外に待機していた春雨とジェーナスが叢雲の姿をその目にした瞬間、驚きよりも先に喜びが溢れ出ていた。念願叶って叢雲が正気に戻ったのだから、こうなっても仕方ない。
薄雲と殆ど同じように、春雨とジェーナスも飛びつくように抱きついた。この2人は槍持ちの時から親身に付き合ってくれていると理解しており、特に春雨は自分の暴走を身を以て食い止めてくれた者であるとも認識している。それ故に、2人とも仲良くなれそうだと、最初から思っていたようである。
「ええい、暑苦しい!」
「いいじゃない。私達は槍持ちにずっとこういうことしてたんだもん」
「そうだよ。薄雲ちゃんもいつも抱きついてたんだし」
「もう私にそういうのは必要ないの! あと槍持ち言うな。私はもう叢雲って名前があるんだから!」
わちゃわちゃと仲間同士で騒ぐ姿に、飛行場姫もホッと安心したような表情を見せた。
部屋の外で待機する春雨とジェーナスは、発作を起こしてしまいかねないくらいに中の様子を心配していたのだ。それをどうにかあやし、今に至らせたのは大きな功績。
「ひとまずは安心ね。でも、あの子が溢れてるのは『怒り』だったでしょう。普段の生活は大丈夫なのかしら」
「今のところは大丈夫だと思うわぁ。あの4人で組ませておけば、怒りの炎は燃え上がることは無いと思うもの。でも、心配事はいくつかあるわねぇ」
中間棲姫の言う心配事。その筆頭となるのが、端末を使った鎮守府との連絡である。
今回はその時の声を聞いたことで記憶が噛み合ったくらいである。思い出したくないような記憶を呼び起こしたのは、まず間違いなく怒りの矛先である鎮守府というキーワード。それが自分の鎮守府でないことはわかっていようが、全方位へと怒りを振りまいている叢雲には、関連性があるだけで気に入らないものになる可能性が高い。
そうなると、今後連絡をするときに、その声を聞かせるのはよろしくないと考えられる。特に、あの端末から流れてくる声は、提督や艦娘という、一番憎しみが深いところにあるモノだ。叢雲が発作を起こしかねない。
「そこは一度見てみないとわからないけれど、叢雲ちゃんが難しそうなら、ここに来てもらうのはまたしばらく控えてもらわなくちゃいけないわねぇ。電話もなるべく席を外している時にしなくちゃ」
「そうね。そこは気をつけないといけないわね。春雨にもそこのところは伝えておかなくちゃいけないわ」
「ええ。気の毒だけれど、今は特に大事な時期だもの。このまま回復するわけじゃあ無いしねぇ」
今はなんだかんだ楽しそうにしている叢雲だが、一度火がつけば、怒り狂って暴れてしまうだろう。
「戦艦の。アンタはどうする? 叢雲は正気に戻ったけど」
「そうね。もう少しだけ様子を見て、良さそうならまた旅を続けるわ。あまりにもここに迷惑をかけそうなら、叢雲を旅に連れていくことにしようかしらね」
これは前々から話していたことだ。叢雲がここでの生活も難しいようなら、戦艦棲姫の旅に同行させ、世界を見ることでどうにか気分を落ち着かせると。世界に対して怒りを持っている叢雲であるが、戦艦棲姫の行く先々は叢雲の知らない楽しい世界でもある。そこでなら、怒りの炎はより鎮まるかもしれない。
そのままダイニングに向かい、全員が集まっている場で叢雲が改めて一員となることが公表される。今回は叢雲自身の意思であるため、誰もが歓迎した。誰も服装のことに関して触れない辺り。
叢雲自身は相変わらずプリプリしているものの、祝福されることは悪い気分ではないようで、適当にあしらいつつも顔は綻んでいる。
「今まで迷惑をかけたわね。今日、たった今から、私は叢雲としてこの施設で厄介になるわ。よろしく頼むわね」
「おう、なら明日からでも仕事してもらわねぇとな」
「そうね。叢雲さん、働かざる者食うべからずってことはわかるわよね?」
ニヤニヤとした笑顔で叢雲に近付く松竹姉妹。今までは看護される側だったが、今この時をもって施設の一員。タダ飯が食らえると思ったら大間違いだと言わんばかりに圧をかける。
槍持ちの時からそれは見ているので、そうなるだろうということは叢雲も理解している。何かしらの作業をして、施設に貢献するからこそ、この施設の一員なのだ。
「わかってるわよ。でも……その、ね」
理解はしていても、何か不都合があるような物言い。そこにひょこっと現れた薄雲が、ニコニコしながら暴露する。
「姉さん、戦い以外は不器用なんです」
「薄雲、余計なこと言わなくても!」
「事実じゃないですか。私の知っている叢雲姉さんは、戦場では強くて美しくて見ていて惚れ惚れするような戦い方をしますけど、私生活は結構グダグダで」
戦うことが本懐であるという叢雲は、戦場とそうでない場所ではかなりギャップがあるらしい。料理は出来ず、掃除なども得意ではない。ぐうたらしているわけではないのだが、得手不得手というのはある。指図は出来ても自分でやれない。
鎮守府では基本的にそれを自分でやることの方が少ないので、何も問題なく過ごせていたが、この施設ではそうはいかない。不器用だろうがなんだろうが、関係なしに、動いてもらう。
「うぐぐ……アンタねぇ……叢雲という個体がそういうものなんだから仕方ないじゃないの! 私だって好きで不器用に生まれたわけじゃないわ!」
「大丈夫です。それも姉さんの持ち味で可愛いところじゃないですか。ギャップ萌えってヤツですよね」
「何処でそんな言葉覚えたわけ!? わ、私の威厳が……」
「威厳なんて、この施設では不要なモノですよ。みんなが対等ですし、全部曝け出すことになるんですから」
薄雲は終始笑顔。姉と一緒にこうやって話が出来ることが相当楽しいのか、発作の予兆なんて一切無く、叢雲弄りまでするレベルになっていた。
一方叢雲も、薄雲にいろいろと暴露されつつも怒りの炎が燃え上がってはいない。薄雲が特別というのもあるが、やはりこの施設の者達にはしっかりと心を許しているため、こんな状況でも恥ずかしがるだけで止まっている。
「完全無欠の存在なんて無いわ。料理はRichelieuとCommandant Testeが教えてあげるわよ。一流の
「俺達は農作業な。漁は誰でも教えられるだろ。ほら、持ってる槍で大物突いてきてくれよ。適材適所っつってな」
恥ずかしげに頭を抱える叢雲に対して、慰めるように声をかけていく仲間達。それもまた楽しそうであり、新たな仲間を迎え入れているのがよくわかった。
「……まぁ、世話になるんだから私もやれることはやるわよ。でも、わかってると思うけど最初は上手く行かないんだから、文句言うんじゃないわよ!?」
「誰だって最初は初心者よぉ。大丈夫、ゆっくり成長していけばいいんだもの。出来るようになるまで、何度もやっていけばいいわぁ」
「ええ。ここでは時間は腐るほどあるんだから、心配しなくていいわ。アタシ達もいろいろサポートしてあげるから安心なさい」
改めて叢雲は施設の一員として受け入れられた。最初は慣れるまでに時間がかかるだろうが、ここにいれば嫌でも成長出来る。
戦いから離れた楽園で、新たな生を知ることになるだろう。怒りの炎は鎮まらずとも、楽しく生きることは可能だ。
憤怒の化身、改め、槍持ちバニーガール叢雲。ミミノア-レがうさ耳にも見えるし、叢雲にはそういうの似合うと思うんですよね。改二になる前もなった後でも、叢雲って自分のスタイルしっかり見せるピッチリしたもの着てるし、実はそういう趣味あるんじゃないか疑惑。
支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。
【挿絵表示】
鍬を片手に農作業に出向く春雨を撮影した1枚。深海棲艦化しても穏やかに毎日を過ごしていることを象徴する場面ですね。なんだか腕やら脚やらに手があるんだけど、これは沈んだ姉達が写し出された心霊写真……!?