空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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それは恥で無く

 叢雲が自分を取り戻したのは、午後でももう夕方に近いくらいの時間。自己紹介を終えた時点でそのまま夕食の準備へと移行された。今回は叢雲の歓迎会ということで、春雨の時と同じように少し豪勢な食事となる。

 流石に飛行場姫が大物を捌くということは無かったが、今回はリシュリューとコマンダン・テストが仕入れてきた肉があるため、そちらを提供するとのこと。この施設ではなかなか食べられないレアな食材。歓迎会ということで大盤振る舞いである。

 

 時間も時間なので、もう全員がダイニングに集まった状態で準備が始まった。料理はプロ級の腕前を持つリシュリューとコマンダン・テスト、そして飛行場姫のトップ3が提供することになる。

 歓迎される側の叢雲だが、薄雲の隣で食事を待つことに。怒りの炎は大分抑え込まれているようだが、やはり何処か苛立ちのようなものが見え隠れしている。

 

「……まともなご飯食べるの初めてかも」

「そんなに酷い環境だったんですか?」

「酷いなんてモノじゃないわよ。私みたいな捨てられる艦なんて、()()()()()すら栄養剤みたいなものだけで済まされたもの。捨てるヤツに資源どころか食糧だって渡したくなかったんでしょうね」

 

 思い返すだけで燻っていた怒りの炎が燃え上がる感覚を覚え、明らかに不愉快そうな表情を見せた。苛立ちを一切隠さないのが今の叢雲である。

 

 ブラック鎮守府で生まれ、すぐに捨て艦として扱われたため、鎮守府での生活にもいい思い出が全く無い。それは食生活にも現れていたようで、まともな食事すら経験が無いようである。

 それもあってか、叢雲は食い意地が張っているようでもあった。元々の性質からしてそれのようだが、この個体の叢雲は、艦娘時代のそれもあって輪をかけて食い意地が張っている様子。

 

「貴女、本当に苦労していたのね。なら、量も多めにしておいてあげる」

 

 その小言が聞こえたリシュリューは、叢雲のことを不憫に思ったか、叢雲に出す肉の量をそっと増やしていた。正式にこの施設の仲間になったのだから、食事というカタチでも幸せになってもらいたいという配慮である。

 

「好き嫌いも無さそうだし、出せそうなモノ全部出してあげるわ。美味しいものを食べれば気分も良くなるでしょ」

「腕によりをかけて、作りますね。私達の料理で、La satisfaction(満足)、してください」

 

 同情も多少は交じってしまっているものの、仲間を思いやる気持ちはみんな同じ。叢雲にはまず食事でガツッと幸福感を味わってもらいたいと考え、3人は全身全霊で用意した。

 

 結果、叢雲はこの食事で想定以上の満足感を与えられ、怒りが溢れているとは到底思えないくらいの惚けた表情を晒すこととなった。やはり、心を癒すのはまず美味しい食事からだったということだ。

 

 

 

 

 叢雲としてでは初めての夜になるのだが、その前に風呂へ。槍持ちの時からそうだったが、便乗は薄雲の他にも春雨とジェーナス。

 

「はぁ……なんだかここだと醜態を晒し続けている気がするわ」

 

 湯船に浸かり、しみじみと呟く叢雲。槍持ちの時は仕方ないと諦めがつくが、叢雲としての意思をしっかりと持った後に早速やらかしていることを後悔しているようだった。

 叢雲も心が壊れた仲間達と同様に、羞恥心が半壊している。しかし、叢雲としてのプライドも持ち合わせているために、無様な姿を見せることは屈辱と感じているところはある。スタイルを見せたり、なんなら裸を見られる程度では狼狽えないのだが、後指を指されそうな行為をすることは嫌うのである。

 

「美味しいものを食べて美味しいって顔することに何か問題あるかしら。誰も何も言わないでしょ」

「そうかもしれないけれど、私がちょっと引っかかるのよ」

 

 ジェーナスは心の底から疑問に思っているようだが、叢雲はピシャッと反論する。

 感性は人それぞれ。自分がそうは思わないかもしれないが、他人はそれを気にするタイプだったりするので、そんなものかとジェーナスも話題を引っ張らない。

 

「でも、あの時はいろいろ忘れて楽しめたんじゃないかな」

 

 今度は春雨からの言葉。これに対しては反論出来なかった。

 あの夕食が楽しかったのは紛れもない事実。食べたこともないような美味しい食事と、仲間達に囲まれた温かい空気。ブラック鎮守府ではカケラも感じられなかった幸福。それに包まれることが楽しかった。

 言われてみれば、全てに対して怒りを感じていたはずなのに、あの時だけはそれも薄れていた。自分の醜態には怒りを覚えたものの、それだけ。

 

「……正直言えば、確かにそうなのよね。今はまた腹が立ってきてるけど、あの時だけは……なんだか()()()()()

 

 怒りを振りまく者かもしれないが、だからといって素直な言葉が出せないわけではない。むしろ、誰よりも真っ直ぐに生きていると言ってもいいくらいだ。

 嘘をついたら自分に腹を立てることになるだろうから、最低限、自分をこれ以上嫌いにならないようにするために、真実しか口から出なくなっている。叢雲は、そういう本能が目覚めていると考えればいい。

 

「それ、すごくわかる。ここにいると、あったかいよね。壊れた心に沁み込んでくるような、癒される感じしないかな」

「ハルサメの言う通りね。ここでみんなといると、とっても穏やかになるもの!」

 

 春雨の言葉にジェーナスも賛同。どれだけ辛い過去があっても、ここでは詮索もされないどころか一切触れられない。むしろそれを忘れさせようとする程に楽しい毎日を提供する。

 ここは辛い過去を忘れて、新しい自分を受け入れ、戦いから離れた幸せな日々を過ごすための施設だ。壊れた心を穏やかにして、毎日を楽しく生きることが出来るのだ。

 

 それは怒りに身を焦がされている叢雲も例外ではない。その痛みを極限にまで減らし、仲間達との共存により怒りを忘れさせる。温かい雰囲気により、苛立ちを鎮静化させていた。

 怒りが溢れた叢雲でもこの空間を温かいと思えるくらいなのだから、施設の癒し効果は絶大だろう。

 

「居心地がいいと思うんだけど、どうかな」

「……そうね。(薄雲)もいるし、悪い気分ではないわ。アンタ達に対して、そこまでイライラは感じないもの。私の本能だから、誰に対しても苛立ちを感じるのは仕方ないとしても、ね」

 

 一番身近であり、親身に面倒を見てくれた薄雲にさえ、言いようのない苛立ちを感じてしまっているのだから、これはもう叢雲の根幹となってしまっている。怒りによって今の叢雲が構築されているようなもの。

 

「それに、なんだかんだアンタ達も不遇な目に遭ってんでしょ。ここにこういうカタチでいるんだから」

「まぁ……そうですね。でも姉さん、詮索は無しですよ」

「わかってるわよそんなこと。イライラしても、他人にそれを押し付けるようなことはしないわ。私はそんな野暮な艦娘(おんな)じゃないの」

 

 そこは艦娘叢雲としての思考が生きていることの証明。真面目で誠実な性質をそのまま残しているため、仲間達の嫌がるようなことはしない。むしろ、そんなことをしてしまったら最も嫌っている人間達と同類になってしまう。そう自分を戒めている。

 

「でも、我慢出来なかったら言ってください。スポーツでも模擬戦でも、なんでもお付き合いします。身体を動かせばストレス発散出来ますよね」

「……そうね。運動でも何でもさせてもらうわ。ここ、土地はかなりあるみたいだし」

「はい。仲間を頼っていいんですよ。それは何の恥でも無いですから」

 

 春雨もジェーナスもニコニコしながら叢雲に協力すると宣言する。みんなが叢雲のために動いてくれている。それを実感して、少し恥ずかしそうに湯船に沈んでいく。表情が崩れそうになったらしく、それを見せるのは嫌だと感じたようだ。

 

「寝るときもみんな一緒だから、叢雲ちゃんもね」

「はぁ? なんでアンタ達と」

「私も春雨ちゃんも、独りでいられないからです。私は姉さんと一緒に寝たいんですけど、ダメですか?」

 

 薄雲のお願いに若干たじろいだものの、この言葉には逆らえないと感じた。そもそも槍持ちの時から添い寝は基本だったし、思考があやふやでも自然と落ち着いた感覚だったと覚えている。

 それに、薄雲のためになるというのなら、やぶさかではない。なんだかんだ、妹という存在は心の支えになっている。なら、姉としてその思いは無下にしたくはなかった。

 

「わかった、わかったわよ。一緒に寝ればいいんでしょ」

「はい、お願いします。発作を起こしてしまう可能性はありますが、その時はよろしくお願いしますね」

「はいはい、出来ることはしてあげるわ。春雨とジェーナスも、それでいいでしょ」

「Okay!」

 

 小さく溜息をついたものの、その表情は特に嫌がったようなものではなかった。

 

 

 

 

 その頃、姉妹姫は戦艦棲姫も交えて端末から鎮守府へと連絡を取っていた。槍持ちが叢雲へと戻ったことを、いち早く連絡する必要があると考えたからである。

 

「ごめんなさいねぇ、変な時間に」

『いや、問題ない。そちらからかけてくるくらいだ。余程のことが起きたのだろう』

「ええ。槍持ちちゃんが、叢雲ちゃんになったわぁ」

 

 画面の向こう側の提督が目を見開いて驚いていた。保護してまだ3日ほど。こんなに早くに艦娘としての意思を取り戻すとは思っていなかったらしい。

 しかし、それは素直に祝福出来ることだ。心が壊れ、処置すら出来なかった深海棲艦が、事後処理によって艦娘としての心を取り戻したという実績が出来たのは、今後の戦いを大きく変える一手になる。

 明確にそれが黒い繭により深海棲艦化した元艦娘だとわかったのなら、撃破ではなく鹵獲を目的にする価値が出来たということだ。無論、確定で事後処理がうまくいくとは限らないのだが。

 

『よかった。だが、その顔を見る限り、まだまだ問題は山積みということかい』

「ええ。叢雲ちゃん、やっぱり鎮守府や艦娘のことが大嫌いみたいなの。ここでなら伸び伸びと暮らせそうなんだけれどねぇ」

 

 そもそものきっかけが、この通信を耳にしたことであることは、提督も理解している。海風達と春雨が話をしている最中に発作を起こした時、執務室でその会話が執り行われていたのだから。

 

「まだあの子には話していないのだけれど、貴方達との和睦を良しとしない可能性もあるわぁ。怒りが溢れ出してるだけあって、常にイライラしている感じなのよぉ。私達にはまだ穏やかなんだけれど、貴方達の声を聞いたら……」

『爆発してしまいかねない、ということだね。同類として見なされて』

「そういうことねぇ。私達は貴方が()()()()()ではないことくらい理解しているわぁ。艦娘のことを大切にして、平和的に解決しようと考えていることくらい、この端末越しでもわかるんだものぉ」

 

 しかし、それを叢雲が理解出来るかと言われたら話が変わる。いくらこの提督が施設に利益を齎す者だとしても、それが提督であるというだけで叢雲にとっては怒りを全開に解き放つ対象としてもおかしくはない。

 艦娘もそうだ。海風を筆頭に、施設に理解を示して交流を望む者であっても、叢雲の中では自分を裏切った存在に他ならない。別個体だろうが関係なかった。

 

「だから、こちらに来れないのは継続ということでいいかしらぁ」

『ああ、それは仕方ないことだ。叢雲のことを優先してもらえればいい』

「ありがとう提督くん。あと……そちらからの連絡もうまく取れない可能性があることを知っておいてほしいわぁ」

 

 端末が鳴り響いた瞬間に、叢雲が壊れる可能性がある。向こう側に鎮守府並びに提督、艦娘がいることがわかっているのだから、怒りが制御出来ない程に燃え上がっても誰も文句は言えない。

 最悪、端末を破壊し、鎮守府を突き止め、わざわざ襲撃に行ってしまうことまで考えられる。それだけは起こしてはいけない。

 

『了解した。それはこちらでも海風に話しておくことにする』

「ごめんなさいねぇ」

『いや、君が謝ることではないよ。元はと言えば人間の不始末だ。艦娘も深海棲艦も悪くない。全て人間の問題だ』

 

 誠実な態度にますます好感度を上げていく提督。本人は知ってか知らずか、深海棲艦側からの信用はうなぎ上り。

 

『叢雲をああした人間は、こちらで正しく罰しているから安心してほしい。それに、同じような輩がいないかどうかを徹底的に調査している。二度と同じことは起こしてはいけないからね』

「ええ、よろしくお願いするわぁ。怒りが溢れた同胞(はらから)は、基本的には手が付けられないもの。敵を作って困るのは貴方達自身であることを理解してくれると嬉しいわぁ」

『無論だ。艦娘はいわば、我々の同胞(はらから)だ。尊重こそすれ、蔑ろにする理由などどこにもない。人間と同等の権利を持つべきだとすら思う。今回の事件をきっかけに、こちらも一層気を引き締めようと思う』

 

 

 

 

 槍持ちが叢雲へと至ったことは、これで鎮守府側にも伝わった。その事実をどう扱うかは、人間次第。

 




ここの叢雲は改二ですらない状態から深海棲艦化しましたが、その身体は改二に近いくらいになっているという設定です。つまり、肉付きが良くなっています。叢雲も改二前後でスタイルがそこそこ変わっている子ですからね。
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