空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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戦いから離れて

 叢雲が施設の一員となった翌日。ベッドルームではいつもの3人組に叢雲を加えた4人組として朝を迎えた。一員となった初めての夜は、中間棲姫と飛行場姫が必ず添い寝をするというルールで行なわれてきたのだが、人数も増えてきたというのと、春雨と薄雲がかなり安定してきたということで、この晩はまず4人だけで過ごさせたようである。

 戦艦棲姫も今回からは叢雲から離れることになった。槍持ちの時は何をするか不安だった部分もあるが、今ならある程度の理性は利く。そのため、姉妹姫と同様に別室を借りての就寝。

 

 叢雲としては戦艦棲姫の目が無いところで一晩を過ごすのは初めてのことだったが、薄雲が傍にいるために不安は無かった。

 事実、4人が4人、気持ちよく朝を迎えることが出来ている。全員が崩れた時に一緒に崩れるのがジェーナスであり、叢雲は()()()()()()()()()()()()であるため、今回は総崩れは起きなかったようだ。

 

「姉さん、朝ですよ」

 

 3人は毎日同じ時間に起きているため、外が白んで部屋が明るくなってきたときには目を覚ましていたが、叢雲はまだそういう生活には慣れていないのか、薄雲の声で目を覚ますことになった。

 

「ん、んん……もう朝……?」

「グッスリ眠っていましたもんね。緊張感が抜けましたか?」

「……そうかもしれないわね……」

 

 寝ぼけ眼で身体を起こす。今までは三者三様の寝間着で眠っていたが、叢雲は薄雲と揃いの作務衣のような和服。薄雲からのお願いで叢雲は渋々着ることになったそれだが、いざ着てみればなかなかイイとすぐに受け入れていた。

 怒りの炎は常に燻っているため、妹の懇願にもまずは反発したものの、結局は折れた辺り、叢雲としての考え方もしっかり生きている。

 

「今日から施設のお仕事もすることになるからね。働かざる者食うべからず、だからね」

「わかってるわよ。再三言われたんだから」

 

 春雨の言葉に若干嫌気を見せつつも、小さく溜息をついてそれを受け入れる。苛立ちはあるとしても、言っていることは全て正論。ここに置いてもらうのだから、その分何かしらの仕事をするのは当たり前のこと。

 仕事をしたくないから施設を出ていくというのは、叢雲としてはプライドが許さなかった。それは明らかに逃げだし、外に出た方が嫌な気分になるというのもある。敵ばかりの場所に出ていくくらいなら、ここで生きていくために艦娘からかけ離れた仕事をする方がマシと判断した。

 

「ムラクモは、農作業と釣り、どっちがいいかしら」

 

 ベッドから出て準備をしているジェーナスに聞かれ、小さく悩む。釣りは槍持ちの時に経験があるが、農作業は全くわからない未知の作業。そして、釣り以上に艦娘や深海棲艦に縁がない作業でもある。

 興味が無いわけではないが、やりたいかと言われるとそうでもない。しかし、通らなければいけない道なような感じもするので迷う。

 

「もう少し考えるわ。何やらされるかは知らないけど、あんまりイライラさせないでほしいわね」

「どっちも忍耐力とか使う作業だから何とも言えないかなぁ。強いて言うなら、農作業の方が体力使うかも」

 

 今日は農作業の予定である春雨が、叢雲に軽く説明。土弄りもやってみれば楽しいとか、一から育てたモノを食べる時が楽しみになるとか、ポジティブな感想ばかりを伝えていく。

 しかし、話されても簡単に理解出来ないようで、叢雲のイライラが少しだけ上昇。

 

「まぁやってみてから考えればいいと思うよ。釣りはやったことがあるから、今日は農作業にするとか、一応そのどちらでも無い作業もあるはずだけど」

「あとは何があるのよ」

「施設の掃除とか、料理の手伝いとかですね。私としては、どれも似たようなモノだと思います」

 

 明確に、叢雲は嫌そうな顔をした。薄雲により全員の前で不器用であることを暴露されているため、その表情の理由を春雨もジェーナスも察して苦笑。

 

「姉さんには……多分外で作業する方が適しているんじゃないかなって」

「ああそうね。私は不器用だものね」

「食器とか壊してしまうと、補充が難しいんですよ。なので、そういうことをなるべく避けるという意味では、姉さんに向いているのは、さっきジェーナスちゃんが言った2つの内のどちらかだと思います」

 

 結果、まだやったことがないという理由で農作業に行くことに決める。その時は春雨とペアになり、薄雲に託されることになるだろう。

 

 今からが叢雲の本当の始まりとなる。昨日までとは違う、これからずっと続けていく平和な日常。その初日を、明るく楽しく始めていきたいところである。

 

 

 

 

 朝食後、朝礼のように中間棲姫が役割分担をしていくが、そこで春雨達の進言により、叢雲は農作業チームに割り当てられる。朝起きたときからそれをやっていこうと決めていたのだと伝えたところ、中間棲姫が大喜びしてその案を採用した。

 

「で、こうなるわけね……」

 

 施設の裏側、畑の前。いつもの農作業メンバーは早速ジャージに服を替える。叢雲も流石に制服のままでやるとは思ってなかったが、中間棲姫までがガッチガチの作業スタイルになったのには驚きを隠せなかった。

 作業をするなら着替えろと言わんばかりの視線を受け、小さく溜息をついた後に叢雲もジャージ姿に。あの姿(ボディスーツ)でこんな作業なんてやっていられないし、まず間違いなく全員が止める。汚れもそうだが、怪我をしやすいのは見てわかること。

 

「ほい、叢雲。今日は雑草取りだから、こいつで掻き回してくれよ」

 

 そう言いながら竹が叢雲に渡したのは、三本爪の鍬。耕すわけではなく、耕されている場所の周囲を穿り返すことで雑草を根こそぎ処理するのが目的。自分の手でやっていくのもいいのだが、使える道具をガンガン使って効率化していくことも大事。

 

「雑草も引っこ抜いた後そのままにしておけば肥料になるのよぉ。だからこれも、とっても大事な作業なのぉ」

「ふぅん……」

「でも、作物を傷付けるのだけはダメよぉ。そこはちゃんと指示するから、叢雲ちゃんはそこのラインをお願いねぇ」

 

 既に何度も経験のある春雨や松竹姉妹は、ザックザックと穿り返しては、そこをまた均して整える。叢雲は当然初めてであるため、中間棲姫がしっかりとサポートして1つ1つを丁寧に教えていた。

 どうしても他の者よりは作業が遅くなってしまうが、初心者なら当たり前。誰も急かすようなことはしないし、むしろゆっくりと叢雲に合わせて作業を進める程だ。

 

「……意外と難しいわね……」

「そうねぇ。でも、コツを掴めば誰にだって出来ることよぉ。いくら叢雲ちゃんが不器用だと言っても、こういう()()を使うのは苦手ではないんじゃないかしらぁ」

 

 中間棲姫の言う通り、叢雲は槍を扱うだけあって、鍬の扱いが割と上手く出来ていた。そのおかげで、不器用ながらも言われたことをキチンとこなしていく。丁寧に教えられれば、不器用ながらも少しずつは上達するものである。

 最初は抵抗があったものの、言われたことがちゃんと出来ているというのは、叢雲にも好感触だったようで、最初は上手く出来ない自分に対しての苛立ちがどうしても湧き上がっていたものの、徐々に緩和されていく。

 

「ふふ、上手よぉ。叢雲ちゃん、やっぱりこういうものを使った作業が得意なのねぇ」

「そ、そうかしら」

 

 そして中間棲姫は教え上手である。相手のことを一切否定せず、失敗しても文句を言わない。とにかく褒めて伸ばす達人である。

 褒められて気分が悪くなる者など早々いない。叢雲も怒りは燻っているが、褒められることに対して否定的ではない。これで自尊心を傷付けられたと考えるのなら重傷だが、幸いにも艦娘叢雲としての性質がそうでは無かったことで、中間棲姫との相性は抜群だった。プライドは高くとも、良く言ってもらえたことは素直に受け入れることは出来る。

 

「いや、マジで上手いな。さんざん不器用って聞いてたから余程だと思ってたんだが」

「私、最初からそこまで出来なかったと思うわ。叢雲さん、農作業の才能あるんじゃない?」

「それ艦娘や深海棲艦に必要な才能!?」

 

 松竹姉妹も中間棲姫と同じように叢雲をベタ褒め。褒めれば褒めるほど気分は良くなり、キッチリと仕事をこなしていくようになる。

 これで調子に乗っていたらまた面倒くさいことになっていたものの、今度は深海棲艦叢雲としての性質がうまく働いていた。どれだけ褒められても自分に対して怒りがある分、自制が利く。

 

「でも、こういう作業をしてると、思ったより苛立ちは抑えられるわ。()()()()ところから離れられるからかしらね……」

 

 しみじみと話す叢雲。戦いの中で怒りと憎しみを滾らせたのがきっかけであるため、そこから遠く離れた今の生活は、叢雲を落ち着かせるのに一役買っているようだ。

 

 戦わないのなら落ち着ける。逆に、戦いを想起させることに対しては怒りが湧き上がる可能性は非常に高い。

 槍持ちの時は、釣りのような生死と無関係な競い合いで意思を覚醒させようとしていたが、それが終わった今では逆に、戦いから離れた方が叢雲のためになりそうである。

 そういう意味では、この施設は叢雲にとっても最高の居場所になり得る。そもそも主である姉妹姫が戦いを好まず、鎮守府との和睦を結んだとしても関わり合わないとしているくらいなのだから。

 

 

 

 

 ある程度の作業が終わり、軽めの休憩。用意された水分を飲みながら一息つく。

 

「あっつ……いい天気すぎるのも考えものね……」

 

 懸命に作業をしていたため、汗ばんでいる叢雲。ジャージも暑いようで、上をはだけ、手を団扇のようにして涼をとる。その手には土が付き、農作業を堪能したことを表していた。

 

「ここ、あんまり雨が降らないみたいでね。だから、姉姫様がちゃんと毎日水をやってるんだ」

「へぇ……まぁ作物がカラカラに乾いたら台無しだものね」

 

 持ってきたお茶を飲みながら、春雨は叢雲の隣に座る。こちらもジャージをはだけて、流れた汗を拭きながら。

 日陰でも動いた後は暑い。松竹姉妹は何処に持っていたのか団扇で互いを扇ぎあっているくらい。

 

 この施設は毎日が大体いい天気。雨が降らないとは言わないが、頻繁ではない。晴天が何日も続いてたまに一日雨が降り、そこからまた何日も晴れが続く。その割には生活がしやすい温度らしく、それもあって毎日が楽しく過ごせている。

 これで陸のように梅雨があったりしたら、ただ生きているだけでも叢雲の苛立ちは普通より上がっていそうである。

 

「と言っても、私もまだここに来て2週間くらいなんだけど」

「そう、じゃあ結構新人なのね」

「そうだね。叢雲ちゃんは、私の初めての()()になるかな」

「先輩風吹かせる気?」

「吹かせられるほど一人前じゃないよ。私もまだまだ勉強中。楽しいけどね」

 

 叢雲の中のランクとして、一位が薄雲であることは不動なのだが、春雨もそこそこ上にいる。薄雲の友人であり、暴走したときに止めてくれた者。信用出来る者として、話しやすい相手でもあった。

 若干喧嘩腰の話し方でも、春雨はまるで気にしていない素振り。叢雲の性質を理解しているし、そんなことで腹を立てる程小さくはない。

 

「……正直、戦いから離れられることが良いことかわからないのよ。苛立ちは抑えられるけれど、それが私にとって正しいことなのか」

 

 叢雲がポツリと呟く。この農作業は確かに楽しめた。ただの雑草取りで、鍬を持って地面を穿り返しているだけでも、やったことが無いことだからというのもあり、妙に熱中出来た。

 しかし、それが本当に自分に必要なことなのか。それがわからない。わからないからイライラする。この刻まれた本能には逆らえない。

 

 だが、春雨はそれに対して実に簡単な答えを出した。

 

「なら正しいかどうか、ここでみんなと探していこうよ」

「……探す……ねぇ」

「正しいか正しくないかはやらないとわからないし、それが無駄だったとしても、やったことは後に残るからね。ほら、あそこの畝、私が植えた種なんだ。もう芽が出始めてるの」

 

 春雨が指差す先。そこには、ポツポツと新芽が出始めた畝があった。僅か数日でも成長しているそれを見て、春雨はとても嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「自分がやってきたことが、文字通り実になるからね。あ、あれは実が出来るタイプの野菜じゃなかったっけ。根菜だし」

「そういうことじゃないでしょ。……でも、そうね。アンタの言う通りだわ。やらずに文句言うくらいなら、やって文句言った方が実になるわね」

「そうそう。だからさ、毎日を楽しもう。私達も一緒に楽しむからさ」

 

 叢雲も小さく笑みを浮かべた。これからの毎日を楽しむ覚悟が出来たようだった。

 

 

 

 

 そこからの作業も、叢雲は楽しく出来たと思われる。力の入り方が、最初とは違った。

 




叢雲の中では、薄雲>>>春雨=ジェーナス>戦艦棲姫≧姉妹姫≧その他施設の者達くらいのランク。薄雲が非常に高い位置を占めている。



支援絵をいただきました。ここに紹介させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/92733064
MMDアイキャッチ風ジェーナス。アンツィオでなければ、こんな感じでみんなに紅茶を振る舞う淑女然とした幼女だったのかもしれません。ここのジェーナスは妹姫も認めるデキた子ですから。
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