昼食後はフリータイム。午前中を農作業に使った春雨と叢雲は、午前中を漁に使った薄雲とジェーナスと合流し、いつものようにまったりとした時間を過ごすことになる。これがこの施設の日常であり、午前中に施設のための仕事、午後からは休息。それを毎日続ける。
ダイニングに集まった4人は、ジェーナスが淹れた紅茶を飲みながらまったりしていた。しかし、叢雲だけは何処かそわそわしているような雰囲気。表情も険しい。
「ホント、何もしない時間があるなんて贅沢な話ね」
叢雲が溜息交じりに呟く。艦娘時代は捨て艦として扱われていたことで、休息の隙間もなく戦場に駆り出された挙句、何も出来ずに死ぬという不幸な目に遭ったわけだが、艦娘叢雲としての考え方でも休息というのは少し落ち着かないようである。
艦娘とは敵と戦うモノであり、戦いの中に生きるモノ。そういう認識を持っているからこそ、この何もしないという時間が勿体なく感じている。この叢雲は、どちらかと言えば艦娘を兵器として扱うタイプの鎮守府向きな人材であった。
「私達はそういう
「そこは割り切った方がいいわ。変に考えると発作起こすわよ」
薄雲とジェーナスが声を揃えて叢雲のその言葉に返す。自分はもう艦娘では無い別モノであると自覚し、思考はそのままだとしても考え方は変えた方がいいとアドバイスをした。
そもそも叢雲は鎮守府にも艦娘にも怒りを覚えているのだから、艦娘と同じ考え方というのは捨てた方がいい。それ自体が叢雲にとっては負担になる。
発作を起こすとジェーナスは言っていたが、それは自分でも経験があるから言ったことだ。
ジェーナスは艦娘の時とは全く違う生活を始めたことで、自己嫌悪に陥ってしまったことが何度もあった。本当にこれでいいのかというところから、こんなだからあの時にと思考が飛躍し、最終的には自傷行為にまで発展しかけている。
自分がそうなるならまだしも、仲間がそうなっているところは見たくない。故に、叢雲にはすぐに考えを改めるように伝えた。春雨にはそういう傾向が無かったため安心していたものの、実際はこういう考えに至る元艦娘はいないわけではない。例えばリシュリューとか。
「考え方を変えることは善処するわ。忌々しい艦娘の思考だなんて気分が悪いし。のんびり過ごせるように努力するわよ」
「努力とのんびりって、相反してるよね」
春雨のツッコミに、確かにと納得してしまった。そして、4人で笑い合う。
この3人と共に過ごすのは、叢雲としても心が落ち着くものであると認識出来るようになっていた。同じ駆逐艦であり、同じ元艦娘、槍持ちの時から介護もされ、度々話しかけてくれた仲間。それ故に、ある程度は心許せる相手と認識している。
「まぁ、ここにいれば私が
これで少し黙ってしまった。叢雲の特に嫌いなモノと言ったら、それはもう鎮守府と艦娘に関わることしかない。
このダイニングに置かれているタブレットが、鎮守府と関係しているところに繋がることは理解しているはずだ。そこから流れてきた鎮守府の音と艦娘の声がきっかけで、槍持ちは叢雲を取り戻したのだから。当時の記憶がぼんやりの可能性はあるものの、そんな重要な場面の記憶があやふやなことは少ない。
しかし、それが春雨の元々の居場所であることや、この施設が鎮守府と和睦協定を結んでいることは伝えていない。それを知ったらどうなってしまうのだろうか。
「何よ。私、何かおかしなこと言ったかしら」
「あっ、い、いや、何でもない何でもない。叢雲ちゃんにも、もっと穏やかになってほしいなって」
春雨の反応に訝しげな視線を向ける叢雲。明らかにおかしな反応であるため、何か隠し事をしているのではないかと疑ってきている。
怒りに支配されている叢雲は、相手が仲間であろうと完全に信じきってはいない。心が落ち着くのと、心を通じ合わせるのは別事である。故に、少しでも疑問があれば途端に態度を悪くする。
「春雨、アンタ何か隠してるでしょ」
「そ、そんなこと、ナイヨー」
動揺が隠し切れていない。目を逸らし、冷や汗をかきつつ、何も話すことはないと素知らぬフリである。
当然叢雲の目を誤魔化すことは出来ない。疑いは苛立ちに変わり、苛立ちは自然と怒りに変わる。ただでさえその辺りへの自制が利きづらい叢雲には、その段階まで上っていくのはすぐだった。
そもそも春雨は隠し事が苦手な性格。こういう時に大きく動揺してしまうのは必然でもあった。
「春雨じゃなくてもいいわ。薄雲、ジェーナス、アンタ達も何か隠してるでしょ。春雨がこれなら、施設ぐるみね。私に何か言えないことがあるってわけ?」
表情も怒りに染まっていく。これも叢雲にとっては発作に近い。
艦娘叢雲ならば、ここでわざわざ詮索してまで聞き出そうとはしないだろう。心の中で気にする程度。話したくないのなら話さなくていいの精神。
しかし、今の叢雲にはそれが無理だった。自分に不利益がありそうと無意識に判断したか、ボルテージはすぐに上がってしまう。
「姉さん、落ち着いてください」
「落ち着いてなんていられないわよ。ああイライラする。隠し事とか何のためにするわけ? もしかして、この施設も私を
そんなわけがないのに、考えは悪い方へ悪い方へと飛躍していく。怒りからの被害妄想まで発生し出した。このままでは収拾がつかなくなる。
「……私のせいだ……ちゃんと説明出来てればこんなことにならなかったのに……」
しかもここで辛いことに、ジェーナスの自己嫌悪の念が高まってしまった。自分が叢雲に話していなかったからと自分を責めて、そんなことがないのにどんどん落ち込んでいく。
瞳からは光が消え、叢雲の声すら聞こえなくなり、スカートを握りしめながら泣きそうな顔で俯いていた。このままでは自己嫌悪がさらに悪化して自傷行為に走るだろう。
叢雲とジェーナス、どちらもまずいことになっている。かたや怒り狂い、かたやいつ死のうとしてもおかしくない精神状態。
春雨も薄雲も、正直困り果てていた。鎮守府の話を叢雲にしていいのかがわからない。今までは秘匿としていたものの、いつかは話さなければならない時が来るだろう。しかし、それが今かはまだ判断が出来なかった。とはいえ、話さなければ叢雲は悪化する一方。
「怒鳴り声が聞こえたわよ」
そこに顔を出したのが飛行場姫と戦艦棲姫。叢雲の怒声を聞きつけて、何事かとここまで来た。2人にとっては最高の援軍が来てくれた。
「ああもう、ジェーナス。こうなったのは誰のせいでも無いわ。大丈夫よ」
「……でも……でも……」
飛行場姫は即座にジェーナスのケアに。以前に3人で総崩れした時もそうだったが、飛行場姫とジェーナスは相性がいい。自己嫌悪に対して、姐御肌の叱咤激励はよく効く。
「叢雲、どうしたの大きな声で」
「コイツらが私に隠し事してんのよ! 私に話せないことって何よ! 裏切ろうとしてるわけ!?」
「ああ、なるほど、そういうことね」
戦艦棲姫は叢雲の方へ。叢雲としても、飛行場姫よりは心が許せる相手。今の春雨と薄雲では、ランクが高くても話は出来ない状況。ここは戦艦棲姫に任せるしかない。
「まぁ落ち着いて聞きなさい。薄雲達は、叢雲のことを思って隠しているの。聞いたら今以上に錯乱するだろうし、ボルテージも上がる可能性が高いから」
「はぁ? 何よそれ、私のことを信用していないってわけ!?」
「怒りが溢れてる子に対して、それを助長するようなこと言えると思ってるの?」
叢雲が押し黙る。自分の感情の昂りのことを理解しているからこそ、施設の全員が叢雲に隠し続けている。しかし、それだけ重要なことが施設に存在しているという事を自分だけが知らないという事実にまた怒りが溢れ出す。
自分でも相当面倒くさい性質だと思いつつも、叢雲はそれが止められなかった。何故なら、怒りが湧く
「どちらにしても腹が立つなら、真実を教えなさいよ」
結果、どちらも気に入らないなら全て知っておくべきと判断した。知らないでキレ散らかすより、知って文句を言った方がまだマシ。
「妹姫、話しちゃっていいの?」
「あー……まぁいいわ。いずれ話すつもりだったし、早ければ早い方がいいわ。お姉にも後から伝えておく。春雨、いいわね?」
「……はい。覚悟はしています」
この話に一番関わっているのは春雨。叢雲がこの真実を知ったことで、春雨に対してどんな感情を得るかは、話してみなければわからない。
「でも、私が話しても断片的だし、最初から知ってる妹姫が話してちょうだい」
「そうね。アンタも知ってることなんて途中からだものね。いいわ、叢雲。全部教えてあげる。その代わり、後悔しないように」
「わかってるわよ。早く教えなさいよ」
自己嫌悪で塞いでいるジェーナスをあやしながら、飛行場姫は春雨がここに来てからのことを叢雲に話し始める。境遇までは聞いていないにしろ、ここで起きたことは全て丁寧に。
話している間にジェーナスは泣き疲れて眠ってしまったものの、ある程度は真実を伝えることは出来た。
叢雲は、聞けば聞くほど表情がおかしなことになっていた。この施設が人間どころか鎮守府や艦娘と和睦協定を結んでいることに対して、怒りを隠そうとはしなかった。しかし、話を全部聞くまではどうにか抑え込んで腰を折らないように努める。
拳は震え、歯を食いしばり、物に当たりそうなのをどうにか堪える。それが誰からもわかるような状態で、どうにもいたたまれなかった。
「おしまい。これがアンタに伝えなかったこの施設の裏側……っていうか、これが表側。私達は余計な争いが起きないように、理解がある鎮守府と人間、艦娘と和睦を結んでいるの。直接的な関わり合いは極力避けてるけど」
「何よそれ……人間なんかと、艦娘なんかと、仲良しこよししてるわけ!?」
「ええ。だってそれが一番施設を守れる方法なんだもの。私とお姉でそれを決めたの。春雨には感謝してるのよ?」
姉妹姫の一番の目的は、この施設の安寧。最も平和的に解決出来る手段が、この施設のことをそっとしておいてくれる鎮守府と仲良くすることである。
事実、その鎮守府からは和睦の証として端末を貰っているし、そのおかげで叢雲の素性をいち早く知ることも出来ている。春雨のメンタルケアも完璧に行なわれており、姉妹姫と提督の付き合いは好調過ぎるほどだ。
「少なくとも、私達の知る春雨の元々いた場所の提督は、誠実なヒトだったわ。自分よりも艦娘のことを第一に考えていたし、私達にも一切の敵意は無かった。それに艦娘の方も、私達のことを認めてくれてるの」
「それがフェイクって可能性もあるでしょ! 私の知ってる司令官や艦娘はそうだった! 最初は歓迎ムードだったのにすぐに捨てて!」
「人間にも艦娘にも、それこそ私達の
そうとしか言えなかった。どんな種族にもいろいろな思想はある。侵略者だと思っていた深海棲艦にも平和主義の穏健派がいるくらいなのだから、世界を守るはずの艦娘にも破壊的な思想はいるし、人間にも愚か者は沢山いる。
こればっかりは何とも言えない。飛行場姫は口に出さなかったが、叢雲はとにかく
「いい、叢雲。これはアタシ達の考え方、施設のやり方なんだけど、ここは施設の存亡に関わるところだから、アンタの意見なんて関係ない。私とお姉で考え得る最善手を取り続ける。それが、鎮守府との和睦なの。敵対したら、多分この施設は無くなるわ」
「そんなの、全部滅しちゃえばいいのよ! 敵がいるなら全部倒す! 鎮守府と艦娘は全部敵よ!」
叢雲の言葉に、飛行場姫は大きく溜息を吐いた。和睦のことを叢雲に話したらこうなるのではないかと、姉とも話していたからだ。想定通りすぎて、逆に笑いそうになった。
しかし、叢雲を見捨てるという選択肢は絶対に出てこない。本来なら思想の違いで施設から追い出してもおかしくないような状況だ。だが、そんなことはするつもりがない。叢雲も元々は艦娘なのだ。処置が出来ていないにしろ、自分を取り戻したのだから、施設の考えは理解出来るはず。
ここで、飛行場姫はとんでもない作戦に打って出た。
「……アンタ、一度あの提督と話をしてみなさい」
「はぁ!?」
せっかくここにタブレットがあるのだ。面と向かって話せる相手がいるのだから、それを使ってどうにかする。あの提督なら、怒りに呑みこまれた叢雲も説得出来るのではないかと考えたのである。
見る者が見たら、これはもう完全に投げたとしか思えない。春雨からしても、正気の沙汰ではないと感じる程だった。しかし、提督に希望も見出していた。姉妹姫がここまで信用しているのだから、きっと何とかしてくれる。そう思って。いざとなれば、春雨自身もその人間性を詳細に話すことが出来るのだ。
「叢雲ちゃん、私からもお願い。私の司令官とお話ししてみてほしい」
春雨からも懇願。真っ直ぐな瞳に射抜かれて、叢雲の怒りは全く鎮まらないものの、若干冷静さを取り戻した。
「……わかったわ。話してやるわよ。その代わり、信用出来ないようなら今すぐ殺しに行く。人間は全部殺す。私を裏切った連中の仲間は皆殺しよ」
「なら、この施設を敵に回すってことでいいのかしら」
「ええ。それでいい。アンタ達も人間や艦娘と組してる愚か者なんでしょ。なら私の敵よ。信用して損したわ!」
怒り狂った叢雲をどうにか出来るのは、もう誠実な提督しかいない。しかし、飛行場姫は勝算があるからこそ、このアイディアを出したのだ。
勿論、こうしようとしていたのは中間棲姫。本当にいざという時は、あの提督と話をさせることがベストであると、最初から考えていた。
知っている提督とは別の、艦娘のことを思いやる提督と触れ合わせることが、何かしらの解決に繋がるはずだ。
これで失敗した場合は、もう叢雲は施設の敵となる。