空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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第三の選択肢

 叢雲と提督の対話は、ある意味一進一退となった。叢雲の意思は変わらず、人間も艦娘も信用出来ず、滅ぼしてもいいという考えはそのまま。対する提督も、それで命を落とすわけには行かないために、叢雲にもう少し周りを見てほしいと訴える。

 結果的には、現状維持というカタチで終わりそうではあった。提督の言葉を聞いてから、叢雲の中の深海棲艦としての思考と艦娘としての思考がぶつかり合っており、気持ちが揺らいでしまったからだ。

 

『叢雲、何度も言うが、僕は君の怒りは正当性のあるものだと理解している。あれだけのことをされたんだ。人間を、艦娘を、滅ぼしたくなるほど憎らしく思うのは当然の権利だ。だが……』

「提督、少し待ってちょうだい。叢雲が、貴方の話を聞けない状態になっているわ」

 

 ツラツラと続けようとした提督だが、叢雲はそれどころではなかった。気持ちの揺らぎは表にも出てしまっている。周囲の音が聞こえておらず、焦点も定まっていない。

 

『……対話は、もう不可能かな』

 

 ボソリと提督が呟く。そんな提督の言葉も届かない。目の前の映像が目に入っていないほどなのだ。

 

 提督の言葉通り、自分の周りを見たことで、叢雲は狼狽していた。艦娘叢雲としての思考が強く出ていることの表れであり、壊れた心に強く突き刺さったことにもなる。

 特に、この対話を身近で見ていた薄雲。何事も起きないようにと、祈るような表情を見せていたことで、余計に揺らいだ。実の妹という、この施設の中ではトップクラスに大事な存在にそんな表情をさせたことで、深海棲艦となってから一度も感じたことが無かった罪悪感までもが湧き上がっていた。

 

「ええ、一度切るわ。叢雲がこの調子だと、これ以上は難しいわね。また後日、叢雲と話をしてもらってもいいかしら」

『ああ、是非とも。叢雲がまた対話可能になったら、そちらからかけてくれればいい。今日中は無いだろうが、明日でも構わないよ』

「助かるわ。この一晩でまた何か変わるかもしれないものね。じゃあ、また」

 

 最後まで謝って、飛行場姫は提督との通話を切った。画面からその姿が消え、声もしなくなる。途端に、叢雲は力が抜けたように崩れ落ちた。感情の制御が難しいのか、荒い息を吐きながら、頭を押さえる。

 

「ね、姉さん……大丈夫ですか……?」

 

 薄雲が寄り添おうとするが、その手を強く振り払った。

 

「っ……あ……私は……」

「姉さん……」

 

 薄雲の悲しそうな顔を目の当たりにして、揺らぎはさらに激しくなる。

 

 深海棲艦叢雲としての思考は、薄雲も裏切り者という認識だ。憎むべき人間や艦娘に与し、在り方を良しとしている時点で同罪。薄雲すら()()()()艦娘と同じだとしたら、実の妹が自分を捨てて裏切るという最悪な事態に発展する。

 しかし、艦娘叢雲としての思考は、薄雲は心優しい施設の者達の中でも特に気が許せる、寄り添うべき妹だ。毎日手を握ってくれた、恩人とも言える存在。

 

 そんな薄雲に対して、どう接していいのかわからなくなってしまった。自分がどうすればいいのかも、何も考えられない。

 

 ここで薄雲は、意を決して叢雲に尋ねる。

 

「……姉さん、今の姉さんは……どちらなんですか?」

「どちら……って……」

「艦娘なんですか。深海棲艦なんですか」

 

 思考が乱れ、グチャグチャになっている叢雲には、この問いへの回答が思い浮かばなかった。

 

 今までは、自分は艦娘であることを捨てて、深海棲艦として生きると意気込んでいた。怒りと憎しみもあるため、あちら側の自分は必要ないとすら思っていた。だからこそ、艦娘の時とは別物の姿を選び、艦娘の時には考えもつかないようなことをやってきた。

 しかし、提督の一言で、自分がまだ艦娘であることを捨てきれていないことに気付いてしまった。仲間の辛そうな顔を自分が引き出してしまっていることを自覚した途端に、自分は何をやっているのだと後悔の念が生まれる程である。

 

 艦娘としての自分は捨てたい。だが、捨てたくても捨てられない。それを、あの提督に理解させられた。

 こんな姿に成り果てても、自分は結局艦娘なのだと。忌々しいものと同じ存在なのだと。

 

「……わからない……わからないわよ。なんなのよ、私は、一体どうすればいいのよ!」

 

 ここで叢雲の思考は爆発した。考えてもわからなくなり、発作を起こしたかのように怒り狂う。現に、叢雲の中で燻っていた怒りの炎は、また激しく燃え上がろうとしていた。

 その怒りの対象は、今まで話していた提督でも、目の前にいる薄雲でもない。()()()()だ。

 

「私はアイツらへの怒りと憎しみで深海棲艦に身を(やつ)したわ! 艦娘の時の感情なんてゴミのように捨てて、復讐のために生きたいわよ! でも、でも捨てられないのよ……艦娘としての私が!」

 

 感情が昂りすぎて、本音をぶちまける。殺意も隠さないし、考えていることが全て口から出て行くようだった。

 

「何も知らない槍持ちのままなら、こんな辛い思いをしなかったのに……記憶を取り戻して、怒りと憎しみを溢れさせて、艦娘の時よりも心が締め付けられる思いよ!」

 

 本来のプライド高い叢雲ならば、まず間違いなく言わないであろう弱音すら吐き始める始末だ。

 

 悲痛な叫びは施設内に響き渡り、なんだなんだと仲間達が集まってくる。叢雲に提督と話をさせるという策を元より考えていた中間棲姫も、ここまで錯乱している叢雲を見たことで、少しだけ慌てた。心の何処かでは、あの提督なら叢雲でも綺麗に宥めすかすのではないかと思っていた。

 それほどまでに叢雲の心の傷は深く、壊れすぎている。処置が出来なかった状態での復帰は、ここまで状況を悪化させる。

 

「叢雲、冷静になりなさい」

「うるさい!」

 

 飛行場姫の訴えにも耳を貸さない。怒り狂いすぎて、どんどん視野が狭くなっている。

 先程の提督の一言は、この視野を一時的に拡げるための言葉だった。自分の置かれている状況を認識することで、少しでも冷静になれるようにという提督の思いやりだ。今やそれが逆効果になりそうではあったが、思考の幅が拡張されたと考えるのなら効果覿面である。覿面すぎるが。

 

「私は、私はっ! もうどう在ればいいのかわからないの! アンタ達みたいに割り切れない! 吹っ切れられない! 深海棲艦みたいに全部壊すのにも抵抗があるのよ! 私は一体なんなの!? 艦娘なのか深海棲艦なのか、わかんないのよぉ!」

 

 思いの丈を叫んだ。あるがままに生きていこうとしても、相反する思考がぶつかり合ってそれを邪魔する。だからといって、思考を偏らせることが出来ない。怒りと恨みが艦娘の思考を邪魔し、本来の優しさが深海棲艦の思考を邪魔する。負の要素ばかりが表に出てこようとする。

 

 一度燃え上がった心は、簡単には沈静化出来ない。槍持ちから叢雲へと戻ったとかのように、一度気絶させてから強引に鎮めるにしても、実績のあるジェーナスは崩れている。そうなると、即座にやれそうなのは戦艦棲姫だ。

 その戦艦棲姫は、本当にまずいと思った時に動くつもりのようで、まだ動かない。今は叫ぶだけ叫ばせて、その感情をありったけ吐き出させるようだった。言いたいことを好きなだけ言って、仲間達に聞いてもらえれば、その分スッキリするはずだ。そう信じて。溜め込んでいるより、心にいい。

 

「教えてよ! 私は一体どっちなの!?」

 

 泣き叫びながら、集まった仲間達に問うた。自分ではもうわからないから、他者にその答えを委ねた。

 しかし、どちらと言われても否定するだろう。艦娘だと言われたら、その怒りと憎しみの対象と同じだとは言われたくないと憤慨し、深海棲艦だと言われたら、侵略者としての思考に抵抗を持つ自分はそれではないとやはり苛立ちを露わにする。

 

 明確な答えのない問いに対して、一石を投じたのは春雨だった。

 

「どちらかじゃないといけないのかな」

 

 この一言で、叢雲は途端に静かになった。燃え上がった怒りはそのままだが、叫びは一時的に止まり、春雨に目を向ける。先程までは複雑な表情をしていた春雨だが、今は凛とした表情で真正面から叢雲を見据えていた。

 提督を侮辱された苛立ちや、叢雲の性質を考えた妥協、提督の言葉を聞いた時の感心、そんな感情が今は抜け落ちていた。叢雲に対してのみ意識を向け、提督の代わりに言葉を紡ぐ。

 

「私もつい最近()()()()に来たけど、そんなこと意識してないよ」

 

 自分が艦娘か深海棲艦か、そんなことは全く重要なことではなかった。それを、叢雲に知ってもらいたかった。

 

「艦娘だろうが深海棲艦だろうが、私は春雨だもん。姿形が変わっても、心が壊れているとしても、私は私だよ。それは、叢雲ちゃんも同じじゃないかな」

 

 春雨が春雨でいるためには、身体なんて関係ない。心を真っ直ぐに持っていれば、それでいい。自分が思うがままに、自分として生きていく。たったそれだけのことだ。

 ある意味、()()()()()()である。艦娘でも深海棲艦でもない、自分というただ一つの種族。こうなってしまったのだから、艦娘としても深海棲艦としても違う、別の生き方をしていけばいい。

 それが、この施設では可能である。艦娘のように世界を守る必要もない。深海棲艦のように侵略する必要もない。ただただ自分の好きなように、のんべんだらりと生きていくだけでいいのだ。

 

「そうです。姉さんは姉さんです。どちらかとか関係ありません。姉さんは艦娘であろうが深海棲艦であろうが、叢雲であることに変わりありません。艦娘叢雲でも無ければ、深海棲艦叢雲でも無いです。姉さんは『叢雲』なんです」

 

 その春雨の言葉に同意するように、薄雲が一歩前に出る。種族なんて関係ないのだと言い聞かせるように。

 

「あ、あれ、自分でも何言ってるかわからなくなってきちゃった……。姉さんは叢雲ですよ。そう、叢雲なんです。どんな姿でも、どんな心でも、私の姉さんです。何か問題がありますか!」

 

 何処かビシッと決まらない感じだが、薄雲が叢雲に突きつけた。

 

 対する叢雲は、何とも締まらない薄雲の言葉に、妙に冷静になっていた。そんな心境だからこそ、先程の提督の言葉がまた反響する。少し周りを見てみろと。周りというのは、今目に映るものだけではない。短い時間ではあるが、共にこの施設で過ごしてきた仲間達の生き様を見返してみる。

 誰もがその第三の選択肢を選び取って、この施設で好きに暮らしている。時々発作は起こしてしまうが、それでも自由に伸び伸びと、楽しく生きている。みんな、殆どが笑顔だ。

 

 そして、その全員が、こんな叢雲を快く受け入れてくれていた。怒りという最も面倒くさいであろう感情を溢れさせたのにもかかわらず、そんなことを気にしていない。これだけ癇癪を起こしても、誰も見捨てようなんて考えていない。

 

「私は……私……」

 

 それを理解した瞬間、相反していた思考が混ざり合うような感覚を覚えた。今までとはまるで違う3つ目の思考、艦娘叢雲でもなく、深海棲艦叢雲でもない、『叢雲』の思考が生まれようとしていた。

 

「艦娘でも……深海棲艦でもない……私……」

 

 無意識に、思考は折衷案を導き出していく。艦娘と深海棲艦のいいところを摘んで、新たな叢雲へと進化していく。

 

 優しく、自由に、楽しく生きる。それが今の叢雲の中に芽生えた、新たな思考。結果的に、仲間達と近しいモノになっていく。

 勿論、怒りや憎しみとは付き合っていく必要はあるだろう。だが、艦娘としての優しさで侵略までは結び付かず、深海棲艦としての自由さでその感情は好き勝手に露わにするだろう。提督や艦娘に対しても悪態は当たり前のようにつく。しかし、攻撃性は薄れた。

 

「……そうか……そうなんだ……私は私だ。艦娘でも深海棲艦でもない、私なんだ」

 

 薄雲と同じような言葉を口走った後、自分で何を言っているかよくわからなくなった。やはり締まらないものの、微かにだが、答えが導き出された気がした。

 

「落ち着いたかしらぁ」

 

 ここまで口を噤んでいた中間棲姫がようやく口を開く。叢雲には自分が口を出すより、仲間、友人、妹からの言葉の方が効くのではと思っていたからである。

 叢雲は晴れ晴れとした表情とはいかないものの、何処かスッキリしたような表情になっていた。発作が落ち着いたとも言える。

 

「……ええ、取り乱してごめんなさい。なんだか、自分の悩みがバカみたいだったわ」

 

 何かに納得したようで、大きく深呼吸。

 

「春雨の言う通りね。姿形が変わっても、心が壊れていても、私は私、叢雲よ。まだ自覚が足りないかもしれないけれど、向き合っていける気はする。人間も艦娘も気に入らないけれど」

「今はそれでいいわぁ。でも、ここはあの鎮守府とお付き合いしていくわよぉ?」

「構わないわ。私から関わらないようにするだけ。それに、気に入らないことがあったらバンバン口に出していくから」

 

 今はそれで落ち着いた。それによって新たな問題が発生するかもしれないが、怒りによる錯乱はこれでおしまい。それに、施設の和睦協定に対して文句を言わなくなっただけでも、大きな進歩だった。

 

 

 

 

 叢雲は今この時より再出発することになる。艦娘でも深海棲艦でもない、新しい叢雲として。

 




叢雲編、一応の解決。まだまだ怒りは燻っていますが、これはもう今の叢雲の本質。人間や艦娘相手だとツンデレ要素のツンしか無くなった感じになるんですかね。でも仲間達には普通。

今回だけで何回叢雲って書いたんだ。ゲシュタルト崩壊してる。
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