叢雲が正気に戻る頃、大本営。貴婦人の大将は
春雨の鎮守府に話さなかった、駆逐艦の方が白露型に似ているという情報以外にも、もう片方の重巡洋艦の片目が輝いていることも、この段階でしっかりと聞いている。
「司令官、お茶が入りましたよ」
「ありがとう、吹雪」
集めてきた資料と睨めっこをしながら小さく息を漏らす大将に、秘書艦の吹雪がお茶と茶菓子を出した。
その尋問には吹雪も参加しており、ほとんど洗脳されていたような捨て艦推奨派の艦娘に対しても、残念でならないと憤慨していたものである。そこから更生したのなら、この鎮守府に所属してもらいたいとも。
「尋問の資料、ですよね」
「ええ。気になることが多くてねぇ」
鎮守府が深海棲艦の施設との付き合いを始めてから、深海棲艦についての考え方を少し改めていたのだが、今回の件も今までとは違う方向で考えなくてはいけないのだろう。
未知の深海棲艦というのは、基本的には新種が出てきたら、それが全てに該当する。しかし、多少は傾向が他の深海棲艦と似たりするので、未知という割には対策がわかりやすかったりする。しかし、今回は全てにおいて傾向がおかしい。
駆逐艦が白露型に似ているのは別にそこまで問題では無かった。基本的に、新たに現れる深海棲艦の姫は、艦娘に近しい外見の者がかなり多かったりする。ここ最近は特に顕著だ。
その行動が今までと違った。強さもそうだが、動きが特にだ。戦い方が艦娘のそれであり、少なくとも知能が異常に発達している。というか、艦娘のことを熟知しているような戦い方だったと、艦娘達は口を揃えて話していた。
「……正直、あの尋問は堪えました。敵に対してあんなに怯えている艦娘って、今までにいませんでしたよね」
「ええ……それ程までに強力な敵だったのね」
大将達は、
金剛達はそれに対して絶望を感じかけていたが、伊47に助けられたことで心が折れることなく撤退が出来ており、今ではそれを乗り越えるための特訓を繰り返しているくらいである。
しかし、それは目の前で死者が出ていないからだ。ブラック鎮守府の艦娘達は、捨て艦とはいえ、叢雲があまりにも簡単にやられてしまったことによって、完全にトラウマを刻まれてしまっていた。やられ方にもいろいろあるが、それ程のものだった。
「それに……多分コレ。この重巡洋艦のせいで、トラウマは酷くなったんでしょう」
「ですね……。私も現実に見たらトラウマになりそうですよ」
重巡洋艦の特徴、片目が輝いているオッドアイというのが、該当する艦娘が1人だけ存在する。それは吹雪は勿論、大将にも覚えがある者だ。
「だってこれ、
重巡洋艦古鷹。その特徴を持つ唯一の艦娘。艦娘の中でも少し特殊なタイプであり、左目に探照灯が仕込まれているような激しい輝きを放つことが出来る。
その重巡洋艦は、あまりにもわかりやすくその特徴を持っている。春雨はまだ古鷹を見たことが無かったのか、それが古鷹を模した深海棲艦であるとは気付かなかったようだが、知る者が見れば、それがそうだと気付く。
「ええ。彼から聞いている話からして、感情が溢れて深海棲艦と化した者は、元の艦娘の姿に酷似しているそうよ。彼の春雨がそのまま深海棲艦となっていると聞いているもの」
「なら、その重巡洋艦は古鷹さんが深海棲艦化したもの、と考えればいいんですかね」
「それが……うぅん、そうとも言えないのよね」
尋問の資料をペラペラとめくって、該当部分を出す。吹雪が覗き込むようにそれを見ると、1人の艦娘からの言葉を概要だけ並べたものだ。
「その深海棲艦が古鷹なら、
「ですね。だって、加古さんは古鷹さんの妹ですし」
ブラック鎮守府に洗脳されていた艦娘の中に、古鷹の妹である重巡洋艦加古もいた。その加古の証言が、資料に記載されている。
加古は尋問を受けた艦娘の中でも特に強いトラウマを持っており、殆ど戦線に復帰することは不可能だと判断されていた。更生が終わり次第、非戦闘員として運用されるとのこと。
その証言というのが、かなり不思議なものだった。
その姿が古鷹そのものだったとしたら、あれは古鷹だったと証言するはずだろう。何せ妹なのだから。しかし、そう言わないということは、姿形が古鷹とは違う部分もあったということ。
「髪型が違うとか、その程度ではそんなこと言わないわよね。どういうことなのかしら」
「深海棲艦化したら酷似するっていうのは、人によって変わるとか」
「まぁ確かに、それが妥当なのよねぇ。彼の春雨がたまたまそういうカタチで深海棲艦となっただけかもしれないし」
結局のところ、当事者の頭の中にあるだけなので、話だけ聞いていてもわからないというのが現状だ。映像はおろか、写真や絵すら残っていない未知の敵、生きて帰ってこれても、それを説明出来ないくらいにトラウマを残している程なのだから、これ以上は聞きようがない。
「そういう意味では、あの白露型の特徴を持っている……というのも、誰かとは言いませんでしたよね」
「ええ。あそこの艦娘達はそれしか言わなかったわね。白露型に見えたとしか」
つまり、春雨とは違って、誰が深海棲艦化したモノかは判断が出来ないような姿をしていたということに違いない。見てわかるなら名前を出すはずだ。
古鷹のようにわかりやすい特徴を持っていても、それがそれなのかわからないくらいなのだから、駆逐艦の方はよりわかりづらいのだろう。それでも白露型と断定した程なのだから、余程わかりやすい特徴はあったようである。
「……悩んでいてもこれは解決しないわ。私達は、まだまだ知識が少なすぎる」
「深海棲艦のことですらまともにわかっていないのに、深海棲艦化なんて初めてですしね……」
大将も吹雪も頭を捻るものの、明確な答えなんて見つからなかった。とにかく知らないことが多すぎる。
それをよく知る者といえば、それは
「そろそろ、私達も施設というものに接触しなくてはいけないかもしれないわね」
深海棲艦化の傾向がまだ把握出来ていないため、この謎は今すぐ解明出来そうにない。
ならば、自分達もその深海棲艦達と対話をしなくてはいけないのではと感じてきていた。今でこそあの提督の鎮守府だけが窓口として対話をしているものの、そろそろそれだけでは足りないのでは無かろうか。
「穏健派であり平和を望む深海棲艦との対話……ですか」
「ええ。彼だけに任せ続けるのもいいのだけど、それだと話がどうしても遅くなるもの」
「でも、私達はあちら側に信用してもらえますかね」
「そこが問題なのよねぇ……彼は施設の深海棲艦達から大きな信頼を得られているようだけれど、私が同じように出来るかと言われたら何とも言えないのよねぇ」
あの提督だからこそ信頼を勝ち取れている可能性はある。そこに自分が入り込む余地があるのかと言われれば、なかなかに難しい。
施設の深海棲艦に少しでも疑念を抱かれたら最後、今まで提督が築いてきた人間の信用は一気に地に落ちる可能性だってある。それだけは絶対に避けなくてはいけない。
「そこは彼と相談しながら進めていきましょう。この異常事態を早急に解決する必要は勿論あるけれど、焦ったら悪い方向に向かってしまいかねないわ」
「ですね。あそことの関係はなるべく現状維持がいいと思いますし」
「ええ。少し悔しいけれど、彼以上に適任な者はいないのでしょう」
苦笑しながら資料を一纏めにした。これはまず大本営内に展開され、事の重要さを再認識した後、然るべきカタチで全体に展開される。
だがその前に、最も深い場所にいるであろう、あの提督には大本営よりも前に展開されることになる。これは大本営の決定であり、提督も伝えられていないこと。
「まだ時間はあるわね。なら、彼に伝えておきましょう」
「駆逐艦のことは話すんですか?」
「……そうね、そろそろ知っておいてもらってもいいでしょう。でも、知るのは彼だけにしておいた方がいいわ」
艦娘達にはその事実を知らせない方がいい。ただでさえ1人、明確に精神的な問題点を発露しているのだから、その艦娘に知られたら、それこそ感情が溢れて深海棲艦化してしまいかねない。それだけは控えたい。
しかし、真相を知らせないわけにはいかない。まだまだ深くまで辿り着いているわけではないが、あの提督には知っておいてもらわなくてはいけない。
「それを艦娘達に伝えるかどうかは……彼に委ねることにしましょう」
「……ですね。私達にはもう判断出来ません」
「彼に投げてしまうのは私としても残念でならないけれど、これは独断で何か出来ることではないわ。あの鎮守府には彼の理念があるもの。私は口出し出来ないわ」
鎮守府には鎮守府のやり方が存在する。勿論根本的なルールは大本営が定めているものだが、だからといって全てを縛り付けているわけではない。ルールの範囲内ならば、ある程度の自由が黙認されている。あの提督のやり方はその中でもわかりやすく、とにかく艦娘第一主義。命を大事に、長く生きることにより戦線を維持する。
それを大本営側から文句を言うことはない。放任主義などではなく、誰もが最善を知らないのだから、各々のやり方で見出していくしかないのである。深海棲艦と同じで、艦娘も未だに謎が解明されていない生物なのだから。
大将からの連絡を受け、詳細を説明された提督。その時は、叢雲の錯乱により通信が切られて少しした後。
「……なるほど、尋問の結果がそれですか」
『ええ、貴方には酷なことを伝えることになるかと思ったけれど、隠しているのもどうかと思ったの』
「いや、ありがとうございました。それは僕だけでも知っておく必要はあります」
最初に秘書艦も席を外すようにして話をした理由がよく理解出来た。こんなこと、特に伝えにくいことだ。
この鎮守府の秘書艦が五月雨でなかったら、まだその場で聞かせていたかもしれない。しかし、五月雨だって白露型だ。自分の姉妹が深海棲艦化したのみならず、他の艦娘を襲っていると知ったら、少なからずショックを受けるだろう。
「……時期的には、あり得なくはないですね。僕の部下であった白露型の誰かが深海棲艦化し、侵略行為に走っているというのは」
『ええ。勿論確証は無いのだけれど。白露型……特に上の子達は、海で頻繁に姿を見ることが出来るもの。別の白露型である可能性は、どちらかと言えば高いわ』
「はい。僕としてもそうであってほしいですね」
あの時に失われた白露型4人のうちの1人である可能性は低いものの、そうでは無いという断定は出来ない。故に、この事実は提督の中だけで留めておく。
こんなこと、特に海風に聞かせるわけにはいかない。姉の死に一番ショックを受けており、今でも心にガタが来ていると言われているくらいなのだ。深海棲艦から直接注意を受けている程なのだから、目を離すわけにはいかない。
『ああ、そうだ。機会が出来れば、私達の存在も施設の深海棲艦達に伝えておいてもらえるかしら。私が直接話をしなくてはならない時も来るかもしれないから』
「そう、ですね。あちらの意向を絶対としますが、貴女の存在は伝えておきます。彼女らなら、快く対応してくれるとは思いますが……話してみなければわかりませんからね」
『ええ。あちらの機嫌を損なうわけにはいかないもの。打算的な考え方で申し訳ないけれど』
提督の上に話がわかる者がいるということは伝えてある。それ以上の
『では、こちらでも引き続き調査をしていくわ。貴方は例の施設との交流を続けてちょうだい』
「了解しました。よろしくお願いします」
真実の一部は解明されてきたが、まだまだ謎は多い。古鷹のような未知の深海棲艦が、白露型のような未知の深海棲艦と組んで艦娘を襲っていることに意味があるのか。その正体は。他にも似たような存在があるのでは無いだろうか。
この事件は、まだスタート地点に立ったに過ぎないのかもしれない。しかし、ちょっとしたことで一気に進展したりもする。あちら側がどう動くかというのもあるが。
オッドアイの深海棲艦は古鷹であって古鷹では無い。この謎が解けるのは、まだまだ先になるかもしれません。