昨晩に激しい発作を起こした春雨だったが、一晩で随分と落ち着いていた。叢雲が同じ相手にやられていたということを知り、悪夢まで見かけたが、今回は総崩れも起こすことなくどうにか対処されている。
以前の総崩れは春雨に引っ張られて薄雲も崩れたことが原因だったが、今は叢雲がいるおかげで、発作の連鎖は起きずに済んでいる。起きていたとしても、叢雲だけはどうあっても起きないので、総崩れはない。
さらには同じ部屋に戦艦棲姫も眠っていたのだ。すぐに全員での介抱をすることで、より発作の連鎖は抑えられている。
「昨日の夜はごめんね……また酷い夢を見ちゃって」
「ううん、大丈夫だよ。昨日は発作もすごかったし、ああなっちゃっても仕方ないよ」
起き抜けに早速薄雲に手を握られ、ようやく落ち着いた春雨。ジェーナスも後ろから抱きついたままであり、温もりによって発作は完璧に抑えられていた。
叢雲は叢雲で、自分にも春雨の発作の責任があると少しは思っているため、自分への怒りがふつふつと湧き上がっている。
「叢雲ちゃん、大丈夫だからね。私、定期的にこうなっちゃうの。誰のせいでもないから」
「ふん……まぁそういうことにしておくわ」
イライラがどうしても治まらないようなので、春雨が落ち着いたことを確認した後に薄雲がすぐに叢雲の方へと向かう。手を握られるだけでもある程度は怒りが落ち着くようなので、定期的に薄雲の温もりが必要なようである。
「前に総崩れしたって姉姫から聞いていたけれど、叢雲がいるとそれが無いようで安心したわ」
「そう、ですね。叢雲ちゃんは私達の発作に引っ張られることがないですから、一緒にいてもらえると安心出来ます」
戦艦棲姫も、叢雲の存在で総崩れを回避出来るとわかったことを安心していた。これで叢雲ごと崩れていたら、旅に出ても少し不安が生まれてしまう。そういう意味では、叢雲はとても
怒りに呑まれていても、仲間のこういう発作に対して怒りを露わにすることはなく、そのきっかけを作ってしまったと自分への怒りで済ませている。常に怒りに苛まれているからか、施設の者全てが持っている発作に対しての理解は深い。
それならば、もうこの4人が集まっておけば最悪の事態にはならないだろう。叢雲が崩れても、薄雲がカバー出来る。他の者が崩れても、叢雲がカバー出来る。3人ではダメだった部分を、4人目が完全にサポート出来たことにより、この4人は施設の中でも特に強い絆で結ばれることになるはずだ。
「これなら、もう今日にでも発てるわ。一番の心配が叢雲だったんだもの」
「悪かったわね。面倒臭いヤツで」
「制御出来てるだけいいじゃない。それに、仲間も出来たわ。怒りも大分落ち着いてるでしょ」
戦艦棲姫に突きつけられ、周りを見る。春雨も薄雲もジェーナスも、にこやかに叢雲のことを見ていた。
「……まぁそうね。私1人なら無駄に怒り狂ってたと思うわ」
「これからも頼りにしてやりなさいね。私も旅の中で貴女達が楽しく生きていくことを祈ってるわ」
優しげな笑みで、叢雲の頭を撫でる。それに関しては気に入らなかったのか、ふんとそっぽを向いてしまった。しかし、振り払おうとはしていないため、怒りに呑まれながらも満更ではなさそう。
戦艦棲姫のことも仲間と認識出来ているために起きた現象である。ツン9デレ1くらいのツンデレである叢雲の、小さな小さなデレの部分だ。
「じゃあ、今日の夜には出て行くから、そのつもりでいてちょうだいね」
「夜……なんですか?」
「戦艦のヒト、あの艤装がすごく目立つでしょ。それにほら、別個体がやたら暴れ回ってるっていうのもあるし。だから、夜に行動してなるべく人間や艦娘に見つからないように動いてるのよ。余計な戦いが起きないようにね」
現に、戦艦棲姫がこの施設にやってきたのは早朝である。夜の間に海上を移動し、明るくなったら無人島に停泊するというのを繰り返しているらしい。人間の社会に潜り込んだらその限りではないが、大きく行動するのは夜と決めているようだ。
それ故に、このように知り合いの居場所に来たり出て行ったりするのも、夜に徹底している。下手な動きをして人間や艦娘に見つかるのを避けるのは、この施設を守ることにも繋がるからだ。
「それでは、残り今日1日、よろしくお願いします」
「ええ、よろしく。こんなに長居することも無かったから、ちょっと名残惜しくなっちゃったけどね。でも、本能が旅を望んでるのよ」
穏健派であり、根っからの風来坊気質。今回は
春雨としては初めての別れとなるので寂しさが込み上がりそうだったのだが、ギリギリで踏み止まった。ここで泣き叫ぶようなことがあったら、戦艦棲姫を困らせてしまう。それを避けるために、食いしばった。
「春雨、寂しがってくれるのはとても嬉しいわ。でも、また帰ってくるから、笑って送り出してちょうだいね」
「はい。本能を縛り付けるだなんて良くないですもんね。戦艦様には戦艦様の生活がありますから」
「あまり気負わないでよね」
夜に笑顔で送り出せるように、最後まで楽しく一緒に生きていこうと決意する。残り少ない時間を大切にしたいと思って。
朝食の時にそのことが話されるものの、春雨と叢雲以外は戦艦棲姫の性質を理解しているので、誰もがそうかで済ませていた。勿論名残惜しさはあるものの、引き止めることはしない。ジェーナスのように次の土産話を楽しみにしたり、どうせまた来るんだからと会える日を楽しみにしたりで終わり。むしろ今回は大分長居したなとおちょくる始末である。
「なら、出て行く前に餞別を作ってあげなくちゃいけないわねぇ。戦艦ちゃん、何か食べたいものあるかしらぁ?」
「そうねぇ……なら、いつも通りおにぎりでも作ってくれる? 一周回ってあれが一番だと思うわ」
「あっ、なら私が作ります! 戦艦様にはお世話になったので!」
春雨が率先して手を挙げ、戦艦棲姫への餞別を作りたいと自分の意思を表現する。極上のモノを作り上げ、またここに戻ってこようと思えるくらいにという意気込みに、戦艦棲姫も少し苦笑してしまっていた。
そういうカタチででも、別れの悲しみを払拭出来るのなら是非ともと、戦艦棲姫も春雨の申し出を快諾。とはいえ、今すぐ作るわけではないので、それは午後からとなる。
「じゃあ、それまでは施設近海を哨戒でもしてるわ。妹姫とコマだけじゃ足りない部分あるんじゃない?」
「やってくれるんならお願いするわ。目が多い方がありがたいし、アンタ、コマ並みに目がいいから信用出来るしね」
元々は槍持ちの情報を得たことで強めていた哨戒だが、槍持ちが叢雲となった今でも、哨戒の頻度や密度は強めたままである。
槍持ちが何人もいるとは限らないのだが、警戒するに越したことはない。ただでさえここ最近は鎮守府との付き合いというのも始めているため、侵略者気質の
「なら、私もその哨戒お手伝いしてもいいですか?」
「そうねぇ。今日は農作業もお休みの日だし、漁も取り急ぎって程じゃ無かったわよねぇ」
「ええ。食糧は充分あるわ。今日はそれが腐らないように干物を作るつもりだったってだけね」
「なら、春雨ちゃんにも哨戒をお願いしようかしらねぇ」
寂しさを紛らわせるためか、ギリギリまで戦艦棲姫と一緒にいようとする春雨。その方が別れが辛くなりそうなのだが、本人が望むのだからそれを否定するのはナンセンスというものである。
それに、たまには海に出ることもいいことだ。漁以外の理由で施設から少し離れるというのも、気晴らしには都合がいい。海上散歩で気分転換をすれば、精神はより安定するだろう。
「春雨ちゃんだけでなく、みんなで行ってもいいわよぉ。たまにはお散歩もいいんじゃないかしらぁ」
「そうね、あんまり施設から出てないし、
「そう、だね。姉さんも行きましょう」
「私は別に……いや、行くわ。やっぱり海の上の方がこの怒りが落ち着くかもしれないし」
というわけで、午前中は戦艦棲姫といつもの4人組で施設近海の哨戒をすることとなる。
叢雲に関しては、最初は乗り気では無かったものの、仲間達と一緒に行動し、本来の戦場である海上にいることで、常に纏わりついてくるイライラが多少抑え込めるかもしれないと結果的には便乗。薄雲に誘われたというのが一番の理由だったりするのだが、本人は否定。
哨戒は、いつも鎮守府の艦娘達が来る方向とは逆方向に向かう。そちらは飛行場姫の艦載機と、コマンダン・テストの目でどうにか出来ているため、真逆の方向を確認していた。
漁ではない理由での海上に、春雨は少しだけテンションが上がっていた。相変わらず両脚は消した状態で航行しているので、誰よりも身長が低くなってしまっているものの、そんなこと気にした素振りすら見せずに楽しんでいる。
「やっぱり海の上はいいですね。自分がそういう存在なんだって再認識出来ます」
「そうね。艦娘も深海棲艦も海から生まれているんだもの。こうしているのが一番落ち着けるでしょうね」
海の上を踊るように戦艦棲姫の周囲をクルクルと回りながら、気持ちよさそうに滑走する様は、春雨の中から寂しさを飛ばしているように見えた。トラウマを刺激されるようなこともなく、正の感情しか出てきていないようにも見える。悪くいえば、緊張感がまるで無い。
「本来の目的忘れてんじゃないかしらアレ」
「まあまあ。春雨ちゃんもああいう息抜きは必要ですよ」
哨戒という任務のことを忘れているのではと思えるくらいのハイテンションに、叢雲は呆れ気味。
いつも気を張っているわけではなく、あるがままに生きているだけではあるのだが、こういう時間はやはり必要。普段と違うことをするというのは、それだけでも精神的に気分が良くなる。
「ハルサメ、哨戒哨戒ー」
「あっ、そうだった。ちゃんとお仕事しなくちゃ、ですね」
ジェーナスに突っ込まれて自分のやるべきことを思い出し、アハハと苦笑しながら周囲を観察する春雨。
もう施設すら見えないくらいの場所まで来ているため、360度全てが水平線。何か特別なものがあるわけでもなく、むしろ何も無い。
「異常無し、でいいのかな」
「異常があったら困るわよ」
何も見えないのだから、異常など無い。目がいい戦艦棲姫も何も言わないくらいなのだから、それは本当に何もないということに他ならない。
「あっちの方に野良の
「そうね。あれは私達の害にもならないフラフラしてるだけの獣よ。陸に近付かないことを祈ってやるしか、私達には出来ないわ」
非常に遠くの艦娘を感知した叢雲のセンサーが、自然発生したイロハ級を見つけたらしいが、その程度なら異常とも感じ取れない。そんなもの海の真ん中ならば適当に現れては勝手にいなくなるというのがザラ。
戦艦棲姫も浮上してきたそれをその目で確認出来たようだが、わざわざ近付いて何かする必要はないと判断した。
ちなみに叢雲が感じ取り、戦艦棲姫が視認したそれは、俗に言う駆逐イ級なのだが、2人の言う通り、人間や艦娘に敵意すら持っておらず、そこでただ生きているだけの存在。
そういうものは、放置がベストである。そういう生き方をしているのだから、他者が首を突っ込むのはナンセンス。もしあちらがこちらのことに気付いて、襲いかかってくるなら駆除せざるを得ないし、懐いてくるのなら施設に連れていくくらいする。
「でもまぁ、こんなところにも生まれるのねとは思ったけれど」
「そうなんですか?」
「ええ。この辺りの海はあの姉妹の影響範囲でしょ。あの子達、仲間を増やそうなんて思ってないから、ああいうのが生まれることは無いはずなのよね」
そうなると、別の場所からここまで移動してきたという可能性もある。何故知性のない駆逐艦がそんなことをしたのかは不明。
ひとまずは今までと同じように、その駆逐艦は放置するという方向に持っていかれた。
しかし、そこにその存在がいるということが、今後に繋がってくるのだが、それはまだ誰もわからない。
本来現れないところに現れるっていうのは、イベント海域発生の前兆っぽくある。