戦艦棲姫との哨戒を終え、施設に戻ってくる春雨達。久しぶりに海に出たということで気分も晴れ、発作とは程遠い心境のままに昼食へ。叢雲も今だけは怒りがかなり抑え込まれており、随分と安らいだようにも見える。
逆方向を哨戒していた飛行場姫とコマンダン・テストも異常無し。施設の周辺には今のところ何ら異常も無く、夜ならば戦艦棲姫も出て行きやすいだろうと判断された。
春雨の元いた鎮守府にしか場所はバレていないため、この周辺では早々何かを見かけることはない。強いて言えば槍持ちがフラフラとこの辺りまで来ていたくらいである。
「そういえば姉姫、こっちの哨戒ルート、野良の
「へぇ、珍しいわねぇ」
昼食を摂りながらの会話で、叢雲が感知し、戦艦棲姫達が視認した野良のイ級の話題が出てくる。春雨と薄雲、ジェーナスはその姿を見ていないのだが、2人がいるというのだから、そこにそれがいることは夢でも幻でもない。
「この辺りは私も妹ちゃんも望んでいないから生まれないはずだけれど」
「そうね。私もお姉も
2人とも同じ意見である上に、戦艦棲姫も元からそうなのだろうと考えていたため、あの時に見かけたイ級は何処からか迷い込んだ野良であることが確定した。
陸上施設型の陣地の周囲には、その持ち主の意思を反映したイロハ級が生まれるという特性があったりする。人間や艦娘は知らない真実なのだが、深海棲艦の中では当たり前のこと。
姉妹姫の意思は、『これ以上は必要ない』であるため、意思があやふやな
「それは1体だけだったの?」
「ええ、私にはそう見えたわ。叢雲は?」
「私も1体しか感知してないわ。群れから逸れたとかじゃないの?」
もふもふと食べながら叢雲も答える。視認したのが1体でも、海中に何体かいた可能性はあるが、感知したのが1体だというのなら、それはもうそれしかいないということに他ならない。
深海棲艦が群れを作るかはわからないが、1体だけがポツンといるのはそこそこ珍しいらしい。鎮守府の近海ならわからなくもないが、こんな海の真ん中だと
「少しだけ知性があるのかもしれないわねぇ。獣だから私達みたいに言葉とかは話せないけど、戦いたくないっていう意思を持ってて1体だけで群れから離れたのかもしれないわぁ」
「それで自由気ままに泳いでたってことかしらね。まぁそれならその子のやりたいようにやっているだけだから、邪魔をするのも違うわね」
来るものは拒まないが、わざわざ首を突っ込むようなことはしないというのがこの施設のやり方。そういうのがいたということだけ覚えておいて、それ以上は触れないことにした。
「そういう
春雨からの素朴な疑問。この施設は長年ここで生活しているのだから、実は過去にも似た感じの獣の深海棲艦が訪れたことがあったのだろうかと、何の気無しに聞いた。
対する姉妹姫は、少し間を置いてから、首を縦に振る。
「気まぐれにここに来て、何をするでもなく出て行ったっていう子はいないわけじゃないわぁ」
「来るモノ拒まず、去るモノ追わず。この施設のやり方はそれだから。ここに来たのなら餌くらいはあげたけど、出て行くのならそれで縁はおしまいってしてるのよ」
過去に数度あるらしく、古参のジェーナスも何体か見た覚えがあるそうだ。その時は今2人が言った通り、ふらりとやってきて少し近海で泳いだ後、気付いたらいなくなっていたとのこと。わざわざ餌付けしたりして、ペットのように飼おうとすることもないようだ。
迷い込んできたのならある程度は歓迎する。だが、あくまでもそれで終わり。冷たいとか情が薄いとかそういうのではなく、相手の意思を尊重しているのみ。意思が無くとも本能はあるため、施設を離れるのはそちらが働いていると判断して放置に徹するとのこと。
「もしかしたらこっちの方まで来るかもしれないけれど、その時は今言ったようにするから。どうせそのタイプは陸には上がってこれないし」
「そうねぇ。言ってしまえば、海を自由に生きているクジラやサメの類と似たようなものだものねぇ。艦娘も、航行中にそういうものを見かけたらそっとしておくでしょう?」
艦娘の時に任務のために遠出した時に、深海棲艦の領海に入る前などにそういった海洋生物を見ることがあることは、春雨にも覚えがあった。運がいいとイルカと並走出来たり、運が悪いと深海棲艦の前にサメに近付かれたりと、思った以上にそういう生物が生き残っていることを知る。
そういうときは鎮守府のやり方として、放置ということになっている。襲ってくるようでも、威嚇射撃くらいで止めて小さな怪我すら負わせることはない。あちらから離れるのを待つ。
このイ級に対しても、それと同じだと中間棲姫は語る。
同じ深海棲艦だとしても、その在り方は姫とイロハ級ではまるで違う。生き方が違うのだから、扱い方もそれ相応にする。対話が出来ないのだから、無理に近付く必要はない。
「わかりました。確かに、ありのままに生きているモノに干渉するのは良くないですね。こちらから触れに行くのはやめておきます」
「ええ、そうしてちょうだいねぇ。でも、この島まで来るようなら餌はあげてもいいわぁ。それでここに留まるってことは今まで無かったからぁ」
「そうなんですね。じゃあ、もしここで見かけるようなことがあったら、そうすることにします」
などと話している間に、叢雲が何かに気付いたように施設の外を向いた。
「姉さん、どうかしましたか?」
「んぐんぐ……今話してた
叢雲の索敵範囲にその反応が入ったらしく、さらにはそれが哨戒中に見た駆逐艦と同じであるということまで察知した。
噂をすれば影と言うが、まさか立てたフラグを即座に回収するとは思っていなかったため、みんながそれなりに驚いた。
「別に私達の姿を見ていたとか、そういうことは無いと思うけど。たまたま航行してたらここに近付いただけよ」
「島を荒らすようなことをするなら、こちらもそれ相応の対応をしなくちゃいけないわぁ。それでも追い払う程度にするけど」
万が一のことを考え、食事が終わり次第イ級の動向を見に行くとのこと。確かに、フラフラしていても明確に侵略者の本能を持っているのなら、この施設に害を及ぼす可能性がある。
昼食後、姉妹姫と戦艦棲姫、そしていつもの4人組は、その駆逐艦が流れ着いたであろう島の端へと向かう。
叢雲が常に感知してくれているため、その場所は完全に把握しており、既に島から見えるどころか触れられるかもしれないくらいの場所にまで来ているとのこと。
それでも攻撃をしてくるようなことは無いため、最初に危惧していた侵略者としての本能は持っていないように見える。
「ここまで来て何もしないってことは、ただ来ただけって感じね」
「ええ、ひとまず安心だわぁ」
施設第一の姉妹姫は、まずは何もないことにホッと息をつく。これで侵略者気質を備えていたら、ここまで流れ着く前に砲撃の1つでもしてきているだろう。
「わ、ホントにいるわ!」
向かった先には、本当に見たことのある深海棲艦、駆逐イ級がいた。
バケモノのように変異した魚というイメージのそれは、口の中に主砲を備えていたり、手足も無ければヒレもない、意思のある魚雷みたいなモノ。ただしサイズはなかなかのもので、子供では持ち上げるのも一苦労しそうなくらい。パッと見で全長1メートルくらいはある。
しかし、強面な見た目とは裏腹に、かなり大人しい。いの一番に近付いたジェーナスに対して、反応らしい反応は見せず、身体をそちらに向けるだけ。鳴き声のようなものもあげず、じっとジェーナスの方を見ている。
「すごく大人しそうよ! 怖がってる感じもしないし!」
「ジェーナス、ちょっと待ちなさい」
陸にまで来ていたため、ジェーナスが手を伸ばそうとするものの、飛行場姫がそれを止める。今は大人しくても、そんなことをして突然噛みつかれたらひとたまりもない。サイズからして、顎の力は相当なモノだ。ジェーナスの腕などいとも簡単に捥ぎ取ってしまうだろう。
「えーっと、じゃあ、お話ししてみましょ! あなた、何処から来たの?」
人語を解せるわけではないのだが、イ級に話しかけてみるジェーナス。勿論対話になっていないのだが、やらないよりはやってみようの精神。散歩中の犬に話しかけるようなものなので、その行為そのものに意味はない。
当然イ級は無反応──かと思いきや、身体を反転させて、あっちの方だと訴えるように身体を揺らす。
「え、もしかして、こっちの言葉を理解出来てる?」
戦艦棲姫の言葉に対して、小さく頷くように身体を揺らす。関節らしい関節が存在しないため、反応は全て全身運動になるのだが、少なくとも『はい』か『いいえ』が答えられるくらいの知能があるということだ。
イ級でそこまでの知能を持っている個体を見るのは、中間棲姫でも初めてだったりする。たまたまこの施設に近付いてきた
しかし、このイ級は違う。薄いかどうかはわからないが、
「わ、わ、こんなの初めてじゃない! すごいすごい!」
それを見てテンションを上げるのはジェーナスである。それだけの意思があるのなら大丈夫だろうと改めて手を伸ばすと、イ級はそれに擦り寄るように近付いてきた。頭、というかほとんど眉間のような場所だが、そこを撫でられてご満悦な様子。
触れた感触は海水で濡れていることを加味しても少しヌルッとしているが、気になる程でもない。むしろ、ずっと撫でていたくなるくらいの不思議な感触。全身を艤装で包んでいるようにも見えるのだが、それともまた感触が違うので不思議としか表現が出来ない。
「これはまた珍しいものが来たわねぇ……扱いに少し困るわぁ」
中間棲姫としても、これに関しては少し悩んでいる様子。それが戦艦棲姫のような姫なら、対話によって友人となるのだが、
ジェーナスは大喜びだが、ここにずっと留めておいてもいいものか。これが新たな火種を運んでくるかどうかもわからないし、だからといって見捨てるのも気が引ける。今まで通りの放置も、これだけ知能があるとなると、何とも言えない。
「とりあえず、ここにいる間は餌を提供してあげるってことでよくない? それならいつも通りよ。これだけ知能があるとしても、明日の朝にはふらっと何処かに行ってるかもしれないし」
「……そうねぇ。まずは何日か見てみましょうかぁ」
簡単に答えが出せそうにないため、まずは現状維持、この場所にいるのならここにいてもらって放置するというところに落ち着いた。代わりに、ここにいる間は朝昼晩の餌は提供するし、安全は保証する。
ただし、少しでも害があるようならば、施設から追い出すなりすることになるだろう。こちらの意思が理解出来ているのなら、話もちゃんと聞いてくれるはず。
「こ、こういうのって何を食べるの?」
「前は確か生魚をモリモリ食べてたはずよ。釣りが捗るわ!」
「だったら自分で食べてんじゃないかしら。ここに来るまでにも釣れるんでしょ」
「そうかもしれませんけど、ここに居着いたら食べさせてあげることも必要かも……」
4人組はもうイ級をここに匿う気満々で話をしていた。流れからしてそうなりそうだったので、もう姉妹姫はその方向で行くことで決めた。
ひょんなことから施設にやってきた知能が少し高い駆逐イ級。たまたまやってきたのか、
このイ級はきゅーきゅー鳴いたりデフォルメされたりはしていません。リアルなイ級がジェーナスに懐いているだけです。