空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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本来の居場所では

 溢れた艦娘の保護施設から遠く離れた『陸』の鎮守府。軍の中の地位は決して高いわけではないのだが、精鋭の駆逐隊の活躍によって確実に制海権を取り戻すという、燻銀の活躍を続ける優秀な戦力。大本営からの信頼も厚く、所属する艦娘達もイキイキとしていることで有名だった。

 

 そこは、かつて春雨が姉達と暮らし、海の平和を護るために戦ってきた()()()()()()である。

 

「……第三次捜索部隊……戻りました」

「うん、ありがとう。結果は……聞かなくてもわかるね」

「……はい。痕跡1つも見つかりませんでした。連絡が途絶えた場所を虱潰しに探したんですが……何も……」

 

 提督に報告する艦娘──海風の声が、徐々に詰まっていく。

 

 海風は春雨の妹。つまり、あの戦場で失われた者達全員の妹になる。姉達が消息を絶ってから数日間、捜索隊を結成してその痕跡を探し続けていた。生きていれば御の字、もし死んでいたとしても、何かしらの遺留品があればと。

 しかし、小さな手掛かりすら見つかっていなかった。遺体、艤装、服の切れ端すらも、何もかもが忽然と姿を消していた。本当にそこに姉達がいたのかと疑ってしまう程に、何も無かった。

 

「海風、今は休みなさい。根を詰めすぎたら、見つけられるものも見つけられない」

「……了解……しました。また明日……捜索に向かいます」

「ああ、そうしよう。だから、今はとにかく心を落ち着けるんだ」

 

 一礼して、執務室から出て行く海風。その背中は、悲壮感に満ち溢れていた。

 一緒に戦い続けてきた大切な姉達が、突然姿を消したのだ。命を懸けた戦いを繰り広げているとしても、それは簡単には受け入れられない。死んでいるとしても、その痕跡が無いとなると話は変わる。弔うことも出来ないことが歯痒い。

 

「……海風も相当参っているようだ。だが、気持ちもわかる。今は休んでもらって、明日また全力で捜索をしてもらおう」

「提督も休んでくださいね。そうだ、私お茶淹れてきます。だから、今だけでも身体を休めて」

「そうだね……部下に休めと言っておきながら、僕が倒れてしまったら提督失格だ。すまないけど、お茶を頼むよ」

 

 秘書艦の五月雨にお茶を頼みつつ、大きく息を吐いて身体を落ち着けた瞬間、どっと疲れが押し寄せてくる。目を瞑ったら眠ってしまいそうだった。この提督もほとんど寝ずに調査をしていたため、疲れがピークに達していた。

 

 大本営を筆頭に、情報が手に入りそうなところには全て掛け合い、例の海域についても出来る限りのことはやっている。しかし、未だにカケラも情報が出てこない。駆逐隊5人の行方どころか、そこで何が起きたのかもわからず。

 精鋭の駆逐隊を失うという大惨事は、勿論大本営には報告済み。元々考えられていたモノとは大きく食い違う敵の規模や強さであることは間違いないため、失態とはされずに信頼を失うことも無かったものの、戦力が激減したことは言うまでもなく、鎮守府の再建に力を入れる必要もある。

 

「……なんでこんなことになってしまったんだ」

 

 失った5人のことを考えると、涙が出そうになっていた。提督という立場上、そんな弱いところを見せてはいけないのはわかっている。しかし、今までは分不相応な出撃などはしてこなかった。あくまでも『いのちだいじに』を作戦の中心に置いていたのだ。

 危険な戦闘はあれど、命に関わるようなことがあれば撤退を優先するようにしていた。それすらも許されない敵が現れたとしか思えない。

 

「すまない……すまない……みんなすまない……」

 

 誰にも聞かれないことをいいことに、弱音を呟く。誰にも話すことが出来ない言葉を、独りで口に出す。腹に溜め込んでいてはダメだと、落ち着くためにも出来る限りのことはこの場でしていく。

 この提督はそうやって最善手を掴み続けてきた。今回は想定外中の想定外が起きてしまったのだ。

 

「あの海域には強力な深海棲艦はもういないはずだ。確認も怠っていない。敵性の生命体を殲滅したのはこちらでもわかっている。なのに何故……」

 

 春雨達をあの海域に向かわせたのは、戦いの後始末も兼ねた哨戒である。もう敵性深海棲艦がそこに残っていないかの確認を定期的に行なっていただけ。

 一度は強大な敵がいたが、鎮守府の戦力を総動員し、見事勝利を勝ち取った。その時は怪我人は出たものの損失はなく、ほぼ回復したと言っても過言では無い状態だった。

 

「事が済むまで海底に隠れていたのか……いや、それなら潜水艦が調査出来ているはずだ。ならば、つい最近誕生したのか……いや、それなら前兆があるはずだ。それを確認出来ていないわけがない。ならば……()()()()()()()()()()()()のか……?」

 

 深海棲艦の生態は未だにわからない部分が多い。どのように生まれるのか、どのように生活しているのか、どうして人類を襲うのか、その何もかもが憶測の域を出ていない。その知らない部分のせいで、駆逐隊を失ったのかもしれない。

 考えられることを全て考えていく。元々別の場所にいた深海棲艦が、すでに攻略済みの海域に新たに住み着くということがあったなら、一応は辻褄は合う。今までは、発見される群れにいるボス級の深海棲艦は死ぬまでその場所を動かないとされていたが、その大前提から崩していく。

 

「……待てよ。あの海域……昔に()()()()があった海域に近いのか。とっくの昔に終わった大激戦だったはずだけど……まさか関連性があるなんてことは……」

 

 ふと思いついたことを調べていく提督。あの戦いとは、凶悪な陸上施設型の姫と激戦を繰り広げた挙句、本土決戦にまで持ち込まれてしまったという、最初の海戦からカウントしても5本の指に入る大海戦。

 被害を出しながらも人類と艦娘の連合軍が辛勝を掴み取った、最悪の姫である陸上施設型の姫との戦い。その戦いがあった海域に近い場所。

 

 その時に倒したはずの姫が、実はその場から逃走しており、またそこに戻ってきたなんてことはないか。陸上施設型だから尚のことその場に留まり続けるという前提から崩した方が良いのではないか。

 そこまで考えたところで、執務室の扉が開く。そこにはお茶と茶菓子を持って少し危うい震え方をしている五月雨が立っていた。

 

「お茶淹れました。お茶菓子もあったので休憩しましょう」

「ああ、ありがとう。五月雨、溢さないようにね」

「だ、大丈夫ですよぅ。今回は加減しましたし、足下も片付いていますから」

 

 慎重に慎重に運んだことで、お茶は台無しにならずに提督の手元に。2人してホッと息を吐いたところで目が合い、何処かおかしくなってクスリと笑う。

 

 熱いお茶をズズっと啜った後、茶菓子を口に放り込み、甘味で脳をリフレッシュ。そこで、提督は五月雨に自分の考えをどう思うか聞いてみた。

 

「五月雨、少し聞いてもらいたいんだが……」

 

 提督が簡単に突拍子もないような考え──陸上施設型がそこから姿を消し、もう一度同じ場所に現れるなんてことがあるか──を聞かせたところ、五月雨はいろいろな表情をしながらも否定はしなかった。

 

「ある……かもしれないですよね。実は島も艤装と同じとか。とんでもなく大きな艤装で、あのウォースパイトさんのような玉座の艤装の形が変わってるって思えば」

「島が海上を滑走する……なんて考えたくは無いんだが、可能性が無いとは言えないだろう。それで、過去の戦いで実は逃げ果せていて、今このタイミングでまた現れた……とか」

「だったら、海風がその島を見つけてますよね。近場にまで行ったわけですし。そこで姉さん達をどうこうした後、またその場から離れた……とか?」

 

 それなら痕跡が一切残ってなくてもおかしくない、と五月雨は少しドヤ顔をしながら話した。事実、それは有力そうに思えた。

 そもそも海戦の痕跡が何も残っていないというのがおかしな話である。今回の事件の犯人が()()()()()()()()としか思えないくらいに鮮やかな手口。

 

「深海棲艦はそこまで賢いのか……? 今まで戦ってきた深海棲艦は、真正面からの侵略が基本で搦手を使ってくるようなことは……やはり奴が」

 

 何かに確信したように目を見開いた提督は、休憩中だというのに束ねていた資料を手に取り、パラパラとめくっていく。

 

「ど、どうしました提督。そんなに急に」

「いるじゃないか。それくらい賢い深海棲艦が、過去に」

 

 該当のページを開き、五月雨に突き出すように見せつけた。まさに先程まで考えていた過去の激戦が記されたページを。

 

「過去には今よりも狡猾な深海棲艦が多くいた。日を跨いだ瞬間に装甲が治癒する奴もいたし、海流を操って部隊の到着を逸らした奴もいた。だが、その中でも群を抜いているのがコイツだ」

「これは……陸上施設型ですか?」

「ああ。自らを囮にして、別働隊で本土決戦を仕掛けた程の猛者だ。もし、もしもだ、僕達の固定観念から、あの時あの深海棲艦を撃破したつもりでいたとしたら……実は生きていて今の今まで雌伏の時を過ごしていたとしたら……彼女達を消し去ったのはこの深海棲艦が一番有力だと思わないか」

 

 荒唐無稽な考えではあるが、今までの大前提を覆して考えるのならば、全てが有力な案となる。

 陸上施設型はその場から動かないという前提を取っ払い、その陸地ごと移動が可能であるとするならば、全てが引っくり返る。

 それ程までに、この提督は失われた艦娘達の身を案じていた。勿論、既に最悪な状態になっていることだって予想は出来ている。一縷の望みをかけて、出来る限りのことをやっているに過ぎない。

 

「陸上施設型深海棲艦……最悪の姫……『中間棲姫』ですか……」

「この海戦の後、コイツは一度たりとも表舞台に姿を見せていない。僕達は斃したつもりでいたが、実は逃げ果せていたとしたら」

「まさかそんな……でも……ここまで何も出てこないと、そういうのを疑う気持ちはわかるというか……」

 

 なんて返していいかわからない五月雨は、当たり障りのない言葉を紡ぐことしか出来なかった。

 

 勿論提督もこれが絶対だと言うことは無い。あくまでも憶測、しかも突拍子もない夢物語レベルの仮説だ。実際にそういう生態をしているところを見たわけでもなく、何の痕跡も無いのだから調査すら出来ない。

 しかし、何もわからないのなら、全ての仮説が候補になる。あり得ないは、あり得ない。

 

「僕も疲れているのかもしれない。こんな案しか出ないのが悔しい。だが、縋れるものには全て縋り付きたい。だから、明日からの捜査は少しだけ範囲を拡げよう。それこそ、今まで踏破出来なかった海域まで手を拡げるくらいした方がいい」

「了解です。万全の準備をしてもらって、海風達には行ってもらいましょう」

「ああ。だが、この仮説が正しかった場合、あまりにも危険すぎる。それこそ、撤退すら許されないかもしれない。彼女達の二の舞だけは避けたい」

 

 一度ならず二度までも同じことが起きてしまったら、もう取り返しがつかないだろう。ただでさえ今回の件で鎮守府内の空気が暗くなってしまっているのだから、これ以上のことが起きてしまったらこの組織そのものが瓦解しかねない。

 

「準備だけは怠らずに行こう。敵の力は未知数なんだ。万が一憶測が正しかったとしたら、当時よりも遥かに強くなっているということにもなる。僕達だけでは手が出せないかもしれない」

「……そうですね。そうなった場合……いろんな鎮守府と協力して総力戦になっちゃうかもですね」

「ああ。今までの海戦の中でも、さらに輪をかけて大きな戦いになるかもしれない。覚悟だけは今のうちからした方がいいかもしれないね」

 

 改めて少し温くなったお茶を啜り、ボソリと呟く。

 

「この仮説は、仮説のままであってもらいたいものだ」

「何か言いました?」

「いや、何でもない。疲れているのは確かなんだ。僕も少し仮眠を取ろうかなと思ってね」

 

 それがいいですと五月雨が執務室横のスペースを片付けに向かった。根を詰め過ぎて正しい判断が出来ないのはよろしくない。それは戦場に出る艦娘もそうだし、それを指揮する提督もである。

 

「提督、寝る前に一度シャワー浴びてくださいね! ほとんど寝てないのはわかってますから! 今の提督、ちょっと臭いますよ!」

「そ、そうか……それはすまなかった」

「仮眠の後は間宮さんにご飯用意してもらいますから、一度グッと休んでくださいねー!」

 

 隣の部屋から聞こえる五月雨の声は、提督のことを本気で心配する声。苦笑しながらも、言われた通りに身体を洗い流そうと席を立った。

 

 

 

 

 駆逐隊の1人、春雨が奇跡的にも生きており、さらには深海棲艦化を果たしていることを知るのは、まだ先の話。

 




場面転換、春雨が元いた鎮守府の話。いきなり駆逐艦が5人も消息を絶ったらこんなことにもなる。
1話目で書いた通り、ここには春雨の妹達もいます。というか白露型が勢揃いしています。秘書艦=初期艦は五月雨。捜索隊は第二四駆逐隊。後半5人もしっかり揃っています。
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