施設がイ級を受け入れている一方、鎮守府では施設側からの依頼について艦娘達に公表されていた。いつも朝礼というカタチで全員を集め、ざっくりとした予定を展開するのは日課である。
謎の知性を持つ駆逐イ級のことから始まり、その発生原因が、現在調査中の未知の深海棲艦に繋がる可能性があるということで、施設の依頼を受け入れたと話し、そのメンバーの選出もすると。
実際は調査メンバーは決まっているようなものだ。可能ならば施設への宿泊が必要になるため、初顔合わせより一度は対話をしたことがある者がベスト。そしてたった1人、実際に宿泊を経験している者がいる。
「海域調査には、前回と同様に海風達にお願いしたいと思っている。構わないかな?」
「はい、是非とも」
力強く引き受ける海風。その表情には、以前のような焦燥感などは見られず、冷静な判断が出来る元々の海風を感じられた。
少しハードな訓練により力をつけ、金剛と比叡を筆頭に悩みを打ち明けたりして1人で抱え込むことをやめたことで、冷静さの中に小さな自信のようなモノも芽生えている。
今や、海風の実力はかつての鎮守府最強の駆逐隊、春雨の属していた姉達に匹敵する程にまでになっている。春雨と再会出来たことで吹っ切れることが出来たことと、仲間達のサポートのおかげで、いろいろと自分のことが見えるようになったことは大きい。
「調査は明日からにする予定だ。その前に、山風の改二改装が決まったからね」
「そうなんですね。山風の実力が評価され、さらに力を付けてくれるというのは、私としても嬉しいです」
一方山風は今聞かされたようで、驚きで目を見開いた後、恥ずかしそうに縮こまっていく。それを江風と涼風が冷やかすように小突いていた。
駆逐隊の中では、山風が特に海風のことを気にかけていた。一歩引いた場所から見続け、感情の起伏に敏感に反応出来たからこそ、海風は壊れずに済んだ。それが評価されたかどうかはわからないが、とにかく山風が今以上に強くなることは明白。
表には出そうとしないものの、山風としては海風のサポートをよりしやすくなるため、内心ではそこそこ喜んでいた。やはり、今のままで改二改装済みの海風についていくのは厳しかった。山風は同じく改二改装されていない涼風ほど要領がいいわけではないため、このおかげで余裕を持って並び立てるかもしれない。
「そちらの調査隊も、以前の調査隊と同じとするつもりだ。航空戦力として千歳と千代田、火力として金剛と比叡。調査隊は以上の8名にて執り行なう。よろしく頼むよ」
「OK. 私達に任せてくだサーイ!」
「気合い、入れて、行きます!」
調査隊にしては多めの人選なのだが、槍持ちの時のこともある。砲撃を斬り払うような力を持つ未知の深海棲艦が現れる可能性だってゼロではないのだ。駆逐隊だけでは調査もままならない。
事前に全滅の可能性を全て潰した上で、的確に調査をすることが出来る最大の戦力の投入。
「調査隊の8人はここに残ってくれ。では、朝礼を終わらせるよ。今日も1日よろしく頼む」
提督のこの言葉により、他の艦娘達はぞろぞろと自分の持ち場へと移動。残ったのは、調査隊と銘打たれた8人の艦娘。それと、秘書艦の五月雨と事務員の大淀。
「今話した通り、君達にはあちらから依頼された海域の調査をしてもらいたい。ただ、その海域というのが、こちらから施設に向かい、さらに向こう側にあるそうなんだ」
「それは相当遠い場所ネー。片道でも行って帰って1日使っちゃうヨー」
「ああ、それを危惧して、姉姫からも施設での宿泊を示唆されている」
海風が微かに反応した。施設に宿泊するということは、前回と同じように春雨と顔を合わせることが出来る上に、一緒に眠ることまで出来ることに他ならない。
ここ最近はかなり安定してきているものの、やはり心のガタつきは残ったままだ。それをさらに癒せるとなれば、無意識でも飛びつかない理由が無かった。
「しかし」
「何か問題でも?」
「いや、あちらには今、艦娘のことを嫌っている叢雲がいる。そうするのなら、事前に相談してくれとも言われているんだ」
ここでもまた叢雲の名前。海風の中では、叢雲は春雨への想いを邪魔する者であるという認識が、先日から出来てしまっている。仕方ないとわかっていても、少しだけ心にチクリと棘が刺さったような感覚に。
それを察したか、山風が海風の近くに移動し、金剛も傍に付き添った。感情が揺さぶられたことが、明確にわかったからこその間髪容れない行動。
「大丈夫ネ。ちゃんと春雨には会えますヨ」
「うん……あっちからの依頼なんだから……」
口に出されたことで、自分がどれ程までに顔や態度に出やすいのかを自覚することとなり、一気に恥ずかしがる。
もう海風の
「叢雲はまだ艦娘と直に対面したことは無いのだから、いざどうなるかはわからない。それこそ、あちらにいる元艦娘達は、みんな何処かしら心に怪我を負ってしまっているのだから」
春雨も含めて、と最後に付け足す。それがあるから、叢雲は艦娘に対して激しい敵対感情を持っているのも仕方ないことと納得出来ている。
鎮守府に調査を依頼し、その距離もわかっているために宿泊まで示唆しておいて、でも艦娘を嫌っている仲間がいるからやっぱりダメとされたら流石に困る。姉妹姫もその辺りは理解しているはずだ。叢雲をどうにか止めてくれるはず。
「でも、姫ならまだしもイ級って……どの個体も見た目は同じですよね」
素朴な疑問を口に出すのは千歳。イロハ級が全て似たようなモノどころか全く同じ外見のモノであることは、艦娘のみならず、人間も知っていること。どれがどれかの区別なんて簡単には出来ず、酷いモノでは動きまで全く同じ。
それは思考能力が獣と同じで、主となる姫級からの指示に対して従順に従っているからこその完璧な統率。生きているとはいえ、その殆どが機械のようなものであるため、寸分違わない行動を取れたりするのである。
「そこはちゃんと目印を付けてくれるそうだ。どうするかは僕にもわからないが、他とは見てわかるくらいにはするだろう。間違えて沈めてしまったなんて言ったらシャレにならないからね」
「ですよね、それなら安心です。私達、ああいうのは纏めて薙ぎ払っちゃうから……」
「露払いが空母の仕事な部分もあるんだ。それは仕方ないさ」
艦載機で先陣を切って雑多な敵群を薙ぎ払うのが、空母の戦闘直後の仕事だ。施設の近くにいるとしても、知らない顔の深海棲艦がいたらまず間違いなく警戒するし、イロハ級なら意思疎通すら出来ないのだから、そうしてしまってもおかしくない。それ故に、見てわかるくらいに変えてくれる。
「あと、同じように海域調査をしてくれている深海棲艦がいるそうだ。そちらも何かしらの目印を付けていてくれる」
「調査が出来るということは、姫級なんデスネ」
「ああ、戦艦棲姫だそうだ」
ガタガタと全員が狼狽えた。やはり戦艦棲姫というだけで、艦娘としては
あらゆる大規模作戦で顔を出しては、その力を存分に振るって作戦遂行の邪魔をしてくる強力な姫。3体同時に出現したという報告もあり、同じように複数体の出現を毎度の如くしてくる空母棲姫と並んで、姫級の顔とすら言える。
「あ、あー、戦艦棲姫って、あのお茶会した個体ね。ビックリした」
「千代田……脚が震えてるわよ」
「千歳お姉もでしょ!」
空母の姉妹は余程戦艦棲姫に嫌な思い出があるのか、その名前を聞いただけでもコレである。正規空母や装甲空母ならまだしも、元水上機母艦であり現軽空母である少し特殊な経歴を持つ2人には、戦艦の攻撃は脅威以外の何物でもない。過去の作戦で酷い目に遭っているようだ。
2人だけではない。駆逐艦の4人も若干のトラウマのようなものを持っていた。自分の攻撃があの大きな生態兵器のような艤装に食い止められ、まるでダメージを与えられないという戦いは、何度もやりたいモノではない。
とはいえ、比叡以外は面識のある戦艦棲姫である。名前だけを聞いたらそれよりもトラウマが刺激されてしまったようだが、改めて考えてみれば大丈夫と気付ける。
「白旗を振っている深海棲艦は、基本的に施設の仲間だという話だ。まずはそれを目安にしてくれ」
「それならわかりやすくて助かりますネ」
「はい! 比叡は戦艦棲姫見たら迷わず撃ってしまいそうですから!」
金剛としてはそれが一番不安だったようである。
「では、明日からよろしく頼む。山風は改二改装だ」
「……うん」
静かな言葉とは裏腹に、山風のやる気は充分に見受けられた。
そんなに長くかかるわけではないのだが、山風は改装のために工廠へ。冷やかしのためか、強くなる姉が楽しみなのか、江風は便乗してそちらへ向かっていった。
事前準備として特別にやることなんて無く、心構えだけちゃんとして、普段通りに生活するのが一番である。
「海風姉、今日も訓練かい」
「ええ、金剛さんと比叡さんが付き合ってくれるの」
「そいつはよかった。あたいも付き合おっかな」
ニカッと笑って海風の側にいることにした涼風。実際はこそっと山風からお願いされていたりする。自分が目を離した隙に、また変に気負ってストレスを感じていたら、適当に茶化して安心させてやってほしいと。
それに、涼風は涼風で少し思うところがあるようで、訓練と聞いたら飛びついてきた。
「やっぱさ、あたいが古参なのに先越されまくってんのは残念っていうか」
「ああ……うん、そうね、そうよね」
涼風だって、この鎮守府では相当な実力者だ。今は亡き姉達に追いつけ追い越せで最初から努力を欠かしてはいない。改二である姉達相手に互角以上の力は持っていると自負している。
しかし、それが認められているかは別だ。客観的に見たら、涼風に対する評価は『普通』である。勿論、ここの提督は涼風に対して絶大なる信頼を置いているのだが、それと外からの評価は違う。
「ま、あたいはそんなでもやることはやるけどね。提督が評価してくれてんだから、それでいいのさ」
「ふふ、涼風は強いね」
「あたぼうさー! 五月雨とかの鎮守府を支え続けてきたんだかんね。これまでも、これからもさー」
それでも、涼風の心は折れない。そんじょそこらの経歴ではないのだから、簡単に折れるような心では無かった。だからこそ、今ガタガタである海風を山風と共に支えられるのだ。山風が江風ではなく涼風に頼んだのは、そういうところがあるからである。
「むしろ、あたいが海風姉をしごいてやるかい? 改二だろうがなんだろうが、まだまだ後れは取らないぜ」
「なら、お願いしようかな。しごかれるより前に、まずは協力しての訓練になると思うけど」
「へぇ、金剛さん達と何するつもりなんだい?」
「戦艦相手でも戦えるように、ひたすら演習かな。涼風達が見てないところでも、結構付き合ってもらったりしてるんだけど」
うわぁという顔が隠せなかった。いくら槍持ちに手も足も出なかったとはいえ、やってることがハードすぎる。
駆逐艦1人で戦艦を相手取るのは、相当な練度が必要だし、よりによって相手は鎮守府でも上から数えた方が早い程の実力者である。
海風はここのところ負けっぱなしだが、それでも充実した毎日を過ごしている。演習をやればやるほど、自分に力がついていると実感出来るし、何より2人の指導が的確。
「オッケー。あたいも付き合うぜ。あたいももっと強くなりたいからね!」
「うん、じゃあ一緒にやろう。そしたら、姉さんにも追いつける……よね」
「ああ、勿論。あたいとしてはもう追いついてると思うんだけどなぁ」
海風の目標はあくまでも春雨。その力に追いつけるように。深海棲艦化した姉は、さらなる力を付けているだろうが、さらにそれを超えられるように。
仇討ちも勿論念頭に置かれているが、それだけでは無い。今は亡き姉達に代わって、この鎮守府を引っ張れる駆逐艦になれるようにと、海風は日々努力する。
山風改二、早速取り入れていこうと思います。二四駆では涼風だけが改二じゃないけど、ここの涼風は古参の実力者なので、多分大丈夫。