空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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怒りの対象

 施設では、賢い駆逐イ級との共存が決定し、それがどういう存在であるかの調査が始まっていた。

 施設の一員となるからには、中間棲姫のチェックも勿論必要。姫級となっている元艦娘達なら、心が壊れていても対話は出来るのだが、イ級は今までに無いタイプだ。ここで長年施設を運営している中間棲姫ですら初めてのことである。

 

「妹ちゃんは大丈夫って判断したのよね?」

「ええ、賢いって言葉では言い表せないくらいでしょアレ」

 

 飛行場姫が指差す先。イ級と戯れるジェーナスと、それと一緒にいる春雨達。叢雲はやはり少し警戒しているが、薄雲の誘いに乗って恐る恐るイ級の額に触れたりしていた。姫級4人に囲まれているにもかかわらず、イ級は大人しいどころか4人に合わせるように楽しんでいた。

 

 そもそも、イ級が()()()ということがありえない。思考能力が獣のソレなのだから、感情の起伏自体がまず無い。姫の指示を忠実に再現するくらいで、そもそも自分の意思すら持っているかもわからない。

 それなのに、あのイ級はまるで違う。飛行場姫が言っていた通り、言葉は発せないにしても、まるで艦娘が中に入っているかのような反応を見せている。

 

「遠目で見ても、随分と特殊ねぇ。昨日もそうだったけれど、丸一日経ってもアレっていうのは、流石に初めて見るわぁ」

 

 それならば、この施設の一員となっても問題ないだろうと、中間棲姫も認めた。飛行場姫と同じ考えに至ったものの、この施設のルールとして、ちゃんとイ級のことを知っておかなくてはならない。

 

「ジェーナスちゃん、ごめんなさいねぇ。その子のこと、少し調べさせてもらってもいいかしらぁ」

「あら姉姫、この子のことを受け入れてくれる準備ね!」

「そうよぉ。ここに住むなら、ある程度は私が把握しておかなくちゃあいけないからねぇ」

 

 戯れていた4人組がイ級から少し離れると、岸の際で視線を合わせるようにしゃがみ込む。イ級からの視線は、好奇心のような、興味のような、少なくとも嫌がっていない感情が見て取れた。

 

「少し触らせてちょうだいねぇ」

 

 先程子供達がやっていたように、中間棲姫もイ級の額に手を置いた。それで考えていることがわかるわけではないのだが、黒い繭に触れて溢れた感情が何であるかを把握することが出来るようなものなのだから、もしかしたらこれでイ級の思考がどのような方向かわかるかもしれない。

 こうされても、イ級はまるで警戒していない。中間棲姫のことを全面的に信用しているかの如く、少し擦り寄るように身体を揺する。

 

 何も感じない、が結論だった。溢れ出した感情が作り上げた繭とは違って、イ級のこれは艤装、装甲の一部。戦艦棲姫の生体艤装のもわからないのと同じ。

 しかし、あちらもそうだが、それならそれなりに感情表現をしてくるため、それでも全く困らない。

 

「……やっぱり、繭とは違うわねぇ。この子が何者かは、私にもわからないわぁ。でも、私達に危害を加えるつもりは一切無いのよねぇ?」

 

 中間棲姫の問いかけに、イ級は勿論だと言わんばかりに身体を震わせた。敵意などなく、むしろここで一緒に楽しく暮らしたいと望んでいる。この行動で、みんながそれを察することが出来た。

 その身体は大型犬だが、瞳の奥は小型犬のような愛らしさが宿っているようにも見えた。

 

「この子が懐いていることは確かだし、ここにいてもらいましょうねぇ」

 

 飛行場姫のみならず、中間棲姫からの許可も下りたことで、ジェーナスはより一層大喜びである。今までに、仲間として迎え入れようとしたら離れられるというのを何度もされているため、その喜びはひとしお。

 改めてイ級のことを撫で回すと、イ級も全身を使って喜びを表現する。

 

「じゃあ、もう名前も付けていいわよね! イ級なんていう物騒な名前は良くないし!」

「ええ、もういいわよぉ。この子はここから離れるつもりは無いみたいだしねぇ」

 

 でしょうと目配せすると、イ級は勿論だと言わんばかりに身体を縦に振る。言葉を理解しているだけでなく、今一番嬉しいであろう動きをしっかりと再現するほどに賢い。

 

「よーし、じゃあMichelle(ミシェル)にしましょ! こんなに可愛いんだもの、名前も可愛くなくっちゃ!」

「艦娘や深海棲艦と比べると、やたら毛色が違うわね……」

「まあまあ、私達は名前とか思いつきませんし、ジェーナスちゃんに任せましょう」

 

 ノリノリで名前を決めるジェーナスを呆れた表情で眺めていた叢雲だが、薄雲が軽く嗜める。

 ジェーナスのネーミングセンスは、まるでぬいぐるみに名前を付けるかのような可愛げのあるものばかり。イ級も他の深海棲艦と同様に、見た目からはかなりわかりづらいがメスであるため、その名前でも一応は通る。

 

「イ級はイ級でいいじゃない」

「いいや、ちゃんと決めてあげなくちゃいけないわ! だってこの施設の住人になったのよ? 他とは違うってことを名前から示してあげなくっちゃ! それに、私達から上げられる最初のPresentみたいなものじゃない」

 

 そこは譲れないらしい。名前をつけてあげることこそが、このイ級を施設に迎え入れたという証拠であり、愛情を込めたプレゼントとなる。イ級もジェーナスが付けた名前を気に入ったようで、喜んでいるように身体を揺らした。

 

 ということで、たった今からはイ級改めミシェルと呼ぶこととなった。自己紹介は出来ないが、施設内ではその呼称が定番化する。他のイ級とは別個体なのだと知らしめるためにも、施設の者にはその名前を頻繁に使ってもらいたい。

 

「ご飯はちゃんと用意してあげなくちゃよね。あとは、毎日お風呂……は無理だけど、身体を磨いてあげるくらいは出来るかしら。Michelle、どうかな。やってほしい?」

 

 少しだけ考えるような仕草をした後、小さく身体を縦に振る。でも毎日じゃなくてもいいと訴えるように身体を捻る。

 ずっと海に浸かっていたら、どうしても装甲は汚れていくだろう。姫級のように施設の中で風呂に入ることが出来ない分、そういうカタチで身体を綺麗にしてあげたいというジェーナスの愛情。

 

「じゃあ、午後はMichelleを洗ってあげるわね。朝と昼のご飯も準備するわね。昨日は生魚だったけど、今日はそれでもいいのかしら」

 

 大丈夫と言わんばかりに身体を震わせた。基本的には、水族館のイルカのような生態のようである。むしろ凝った料理だと身体が受け付けない可能性もあるので、一番妥当な生魚を定期的に与えるのが良さそうである。他の生態がわかれば、それに準じたものを与えていけばいい。

 あとは他のイ級とは違うことを表すための目印。出来れば白旗のようなものがいいのだが、その形状が簡単にはそれを許してくれない。

 

「あ、この子お腹の辺りに窪みがあるよ。ここなら結べるんじゃないかな」

「ホントね! Michelle、ここから布を巻いても大丈夫?」

 

 イ級の形状は殆ど魚雷に近いモノに見えるのだが、魚に例えるのなら腹の辺りに小さな握り手のようなパーツが付いていた。ここを基点にすれば、身体に何かしらの布を巻き付けることは可能だろう。そうしたことによって泳ぐことが出来なくなるのならダメだが、行動に支障が無さそうなので、ミシェル本人がOKを出した。

 余っているシーツを加工して、大きめのリボンにしてやれば、他のイ級とは別物とわかりやすい目印が出来る。リボンならメスであることもわかるし、いい具合になるだろう。場所的には腰紐みたいになってしまうが。

 

「それじゃあ、そういうカタチに()()()()していると鎮守府にも伝えておくわねぇ」

 

 鎮守府という言葉を聞いて、叢雲がピクリと反応する。

 

「この子のことは戦艦ちゃんも調べてくれてるけれど、鎮守府にも調査を依頼しているの。この施設の近くに来るだろうし、時間次第ではこの施設で一晩過ごしてもらうことになるわぁ」

「そうなんですね。じゃあ、また海風達に会えるかも!」

 

 それに対して喜ぶのは春雨。最近はタブレットでの対話も出来ていないので、また少し寂しくはなっていたりする。

 海風のための定期的な通信と言っていたものの、実際は春雨の精神状態の安定にも使えている。いろいろありすぎてそれが出来なくなったことは、そこそこの痛手であった。

 

 しかし、これに対して叢雲だけは嫌悪感を露わにする。今の心持ちを得ることが出来た提督に対しては、ほんの少しくらいの感謝を感じてはいるのだが、それだけだ。艦娘に対しての怒りはまだまだ燃え滾っているようなものである。

 提督との対話の際には、提督の姿しか見ていない。そのときですら、最初から最後まで怒りに呑まれた状態だったのだ。それが、提督ではなく艦娘となっても直に顔を合わせるとなるとまた変わる。

 

「艦娘がここに来るわけ?」

 

 イライラを隠していない叢雲に対し、中間棲姫は宥めるように語る。

 

「あのイ級……ミシェルが特殊な個体なのはわかるわよねぇ?」

「んなことはわかってるわよ。それと艦娘が何の関係があるのよ」

「私はねぇ、あの子ももしかしたら貴女や春雨ちゃんがこうなってしまった原因に繋がっているんじゃないかと思っているのよぉ」

 

 春雨と叢雲が共通の敵によって死に体にされたことは、2人はおろか姉妹姫も知っていること。艦娘に対して襲撃を繰り返す未知の深海棲艦というのは、例の鎮守府からしてみれば部下を奪った仇である。そして、それは春雨にとっても、叢雲にとってもだ。

 ミシェルもある意味、未知の深海棲艦に近い。見た目は共通の個体かもしれないが、中身があまりにも違いすぎる。ならば、鎮守府が追っている仇に繋がる情報が手に入るかもしれない。

 

 お互いに和睦協定を結んでおり、以前に叢雲の素性を調査してもらったこともある。今回も同じように調査をしてもらおうと考えているだけである。施設の者達だけでは調査しようがなく、調査をし出したらこの施設にも脅威が降りかかってしまうかもしれないため、鎮守府にお願いした。

 こちらのお願いを聞いてくれるのだから、ある程度は協力するのが道理であろう。あちらが信用出来る相手であることはわかっているのだし。

 

「私達がやらずに、あちらにやってもらうんだから、宿泊くらいは提供してあげたいと思ってるだけよぉ。信用出来るんだから」

「……私はそんなの御免よ。顔なんて合わせたくない。来られても迷惑なだけよ」

「叢雲ちゃん、大丈夫。来るの、多分私の妹達なんだ」

 

 春雨も説得に加わる。そこの提督のことを多少は認めてもいいと言った叢雲なら、その部下である艦娘達も信用出来るからと。

 

「本当に信用出来るわけ? 艦娘よ? 提督の指示に従って仲間すら見捨てられるゴミクズでしょうよ」

「私の妹達は違うよ。自分の意思で考えて、自分の意思で仲間を想ってる。そのせいで……そのおかげで、妹達はここに辿り着いちゃったくらいなんだから。私のことを物凄く心配して、精神的にも病んじゃって……でも、ここのことをちゃんと認めてくれてるんだから」

 

 それに、叢雲が槍持ちだった時に襲いかかった相手だとも伝えた。殺意を持って襲撃してきた叢雲に対して、それを許容し仲間として認識しているとも。

 

 普通、自分を殺そうとしてきた相手を許すことは簡単には出来ないだろう。今の叢雲だってそうだ。そもそも殺すつもりで運用していた鎮守府と艦娘に対して怒りを持っている。

 だが、逆の立場になっているというのに、あちらは叢雲のことを何とも思っていない。怒りに呑まれているという本質の差があるとはいえ、あの鎮守府に所属するものは全員が優しい。

 

「だから……叢雲ちゃん、一晩だけ、一晩だけダメかな。叢雲ちゃんが思っているような艦娘じゃないから。絶対。約束出来る」

「私にはそういう問題じゃないのよ」

「かもしれないけど、お願い。もし鎮守府の艦娘が叢雲ちゃんに何かしたら、私をどうしてくれても構わない。命を懸けて保証する」

 

 強い視線に、叢雲は少しだけたじろいでしまった。昨日にあれだけグズグズに崩れた春雨が、自分の妹達、元々の仲間達のことを語るときは、強い意志をぶつけてくる。それには一切の揺らぎがない。

 

「だから」

「わかったわよ。その代わり、何かあったら私は容赦しない。そもそも顔を合わせるつもりはないけど、艦娘なんかのために引き籠るなんて御免よ。あっちが嫌な思いをしても知らないから」

「うん、大丈夫。絶対大丈夫」

 

 

 

 

 一応は調査隊が施設に宿泊出来るようにはなったようだ。しかし、叢雲は自分を譲るつもりはない。艦娘達と顔を合わせてしまったとき、一体どうなってしまうのだろうか。

 




イ級改めミシェル。ジェーナスのネーミングはテディベアはのネーミングみたいなもの。前の話で出した候補3つは、元ネタあります。調べずにわかった人は友達。
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