子供達がミシェルの洗浄をするために総出で外に行った後、大人組はダイニングでお茶をしつつ、鎮守府へと連絡を取っていた。駆逐イ級が正式に施設の一員になり、目印として腰にリボンを巻いたことを伝えるため。そしてもう一つは、海域の調査についてである。
昨晩か今晩かくらいに戦艦棲姫が調査しているだろうと思いつつ、昼間の調査を依頼しているため、こちらの準備が一応出来ていることを伝える。
『なるほど、リボンを巻いているんだね。了解した』
「ええ、使わなくなったシーツなんだけれど、違和感は無いはずよぉ」
ミシェルのことを話した時には、知っているはずなのにやはり驚いていた。
施設の者達はその姿を可愛いと言っているが、それはあくまでも深海棲艦の感性。艦娘にはどう映るのか。
そして、調査のための宿泊の件。ひとまずは大丈夫であるとは話したものの、提督としてはいろいろと思うところがあるようである。それはやはり、叢雲について。
『本当にいいのかい? 叢雲はまだ怒りが燻っているんだろう?』
直に叢雲と話している提督だからこそ、宿泊が本当に大丈夫なのかは不安になるところである。ただでさえ艦娘に憎しみを抱いているというのに、張本人では無いにしろ、同じ種族を見ることになるのだ。施設としては、最も避けたいことが起きるかもしれない。
しかし、その叢雲は春雨が懸命に説得した。この鎮守府からやってくる艦娘達は、叢雲の思っている艦娘とは違うということを保証すると、春雨は自分の命まで持ち出して訴えかけた。
その結果、叢雲は折れた。しかし、顔を合わせるのは真っ平御免であり、だからといって艦娘のために部屋に引きこもろうという気持ちもない。顔を合わせようものなら、まず間違いなく悪態をつく。悪意と殺意を持って接することになるだろう。それで艦娘達が嫌な思いをしても知らないぞと脅しまでした。
叢雲のその発言の一部始終を提督に伝えた。自分とのやりとり、春雨とのやりとり。その全容を。
「叢雲ちゃんからの忠告もあるわぁ。投げてしまうようで申し訳ないけれど、それでも大丈夫そうなら、私達はそちらの艦娘達を歓迎するわぁ。叢雲ちゃんは歓迎しないけれど」
『ふむ……ならば、こちらは
施設に宿泊は出来ればしたいが、施設の中に入ると叢雲に迷惑がかかる。そこで折衷案として提督が提案したのが、
長期遠征、例えば練習航海などでは、戦闘中に遭難したときのことを前提とした無人島での1日待機という訓練も執り行われていたりする。鎮守府に所属する者は全員それの経験者であり、この施設にいる春雨も勿論野宿経験者。万が一の時に命を長引かせる方法はなるべく身体に刻み込ませるため、そういった訓練も実施しているとのこと。
今回はそれの延長線上と考え、無人島ではなく
「確かにそれならお互いにやりたいことは出来るけれど……そちらの艦娘は嫌じゃないかしらぁ。こちらからは宿泊していいと話しているのに、野宿させるのは気が引けるわぁ」
『しかし、その調査はこちらとしても有益な情報が得られるチャンスではある。逃すわけにはいかない。こちらとしては、叢雲に罪悪感を与えることの方が問題ではあるのだが……』
島に来ており、雨露が凌げる建物があるのがわかっていながらも、叢雲のことを考えて野宿を選択したと知った場合、自分のせいでそれをさせているという感情からまた怒りが湧き上がってくる可能性はあった。勝手に来ておいて、自分のせいにするなと。自分は何も悪いことをしていないのに、なんでこんな思いをしなくちゃいけないんだと。
島内での野宿を、配慮と見るか
実際は、部屋も全員分余っているわけでもないため、野宿の方が助かったりするのだが、それは言わないことにした。何人来るかはまだ聞いていないが、何とかなるだろうと考えて。
ただでさえ、私室を与えられていても使っていない者がいるわけだし、その辺りを上手いこと解放すれば、全員を入れることは出来るだろう。
「そこは後から叢雲ちゃんに話しておくわぁ。その結果は追って連絡すればいいわよねぇ」
『ああ、お願いする。念のため、野宿の準備だけはしておくが、しないならしないに越したことはない。君達を最も傷付けない道を選び取りたいと思っている』
なんの下心もなく言ってのけるため、中間棲姫は心の中で流石だなと褒め称えた。相変わらず、最善を選び取ろうと必死だ。
『そちらの叢雲のことだ。元より来るなと言いそうではあるがね』
「既に言ってるわよ。でも、春雨が説き伏せようとしたの。アンタもだし、そちらの艦娘は叢雲の思ってるような酷いヤツらじゃないってね。実際は妥協くらいで終わっちゃったけど」
飛行場姫からのこの言葉で、春雨がまだ鎮守府のために動いてくれていることを知れて喜ぶ提督。姿形は変わっても、艦娘の心は失っていない。それを実感出来るエピソードである。
「調査は明日から明後日ということにしてくれると助かるわぁ。遅くとも、朝イチにはこちらの見解を連絡するからぁ」
『ああ、よろしく頼む。どうであれ、こちらからは明日、調査隊を派遣させてもらうよ。人数は8人。戦艦2人、軽空母2人、駆逐艦4人だ。全員君とは面識がある。それと駆逐艦は』
「春雨ちゃんの妹達よねぇ。そのことは春雨ちゃんにも伝えておくわぁ」
鎮守府からのメンバーは以前から変えない。特に駆逐艦達、海風は、春雨と対面することで精神的なガタつきが癒されるのだから、選択されない理由が無かった。
施設側としても、一度顔を合わせている面々ならば安心出来る。いくら人のいい提督の部下だからといっても、艦娘は意思を持つ生物だ。腹の中では何を考えているかはわからない。新しい顔を見るたびに腹を探るのはお互いのためにならない。
『それでは明日、よろしく頼む』
「ええ、こちらから依頼したことなのだから、悪くないようにするわぁ』
通信はここでおしまい。あとは施設側では叢雲に、鎮守府側では調査隊に今回のことを伝えて、明日を待つだけである。
子供達がミシェルの洗浄から帰ってきたところを、中間棲姫が出迎えた。先程の鎮守府との通信の結果を伝えるためである。
「ミシェルのこと、鎮守府にも話しておいたわぁ。リボンを着けておけば、攻撃しないって約束してくれたわぁ」
「わぁ、よかった! Michelleが鎮守府にも認められたのね!」
「施設の一員として、私達と同じように扱ってくれるそうよぉ。ミシェルにも伝えておかなくちゃいけないわねぇ」
艦娘からも攻撃対象にならなくなったことを聞き、ジェーナスは飛び上がるほど喜んだ。元艦娘以上に艦娘からは攻撃されかねない
むしろ、もっと仲良くなってほしいとまで思えた。特に精神的に病んできていた海風辺りは、ミシェルと仲良く出来れば癒されるのではとも。アニマルセラピーのような効能になったりすると、ジェーナスは信じている。
「それと、叢雲ちゃん」
「私に直接言ってくるってことは、艦娘達がここに来るってことよね」
叢雲の機嫌が一気に悪くなる。元々その辺りの変動は叢雲の特性であるため、周囲の仲間達はそれに対してハラハラもしなくなっている。叢雲は
「ええ。そこで、あちらが1つ提案してくれたことがあるの」
「何を言ってきても、私は艦娘を認めないし気に入らないままよ」
「貴女と顔を合わせないようにするため、この島の端で野宿をするって言っていたわぁ」
叢雲は複雑な表情を浮かべた。提督の予想通りの感情を、叢雲は抱いていた。
自分のこの性質に配慮した結果が、ここに建物があるというのにもかかわらず、顔を合わせないようにそこに近付かないようにしているわけだ。つまり、自分のせいで
勿論、鎮守府側からしたら、艦娘の姿すら見たくないという叢雲のことを考えての提案。しかし、叢雲からしてみれば、その存在は嫌でも感知出来てしまう。そこにいるというだけで苛立ちがあるのに、わざわざベッドがあるのに寝袋で寝るようなことをする。
怒りが溢れた自分に対する当て付けかと感じていた。お前のせいで艦娘達はこうなるのだと見せつけてくるような行為だと。それがまた、苛立ちを強くする。
「何よそれ。配慮だっていうの?」
「ええ、叢雲ちゃんは施設に来ることを許可はしてくれたけれど、顔は合わせたくないのよねぇ。だったら、この施設から離れた場所で一泊してもらって、そこから調査に出てもらうってことになりそうなのよねぇ。それならどちらの意見も摘める折衷案になってるわぁ」
鎮守府側としては、謎の海域の調査のために施設で一泊したい。施設側としては、叢雲と艦娘達を引き合わせないようにしたい。だからこその、この案である。
これにすら文句を言われたら、もうどうにもならない。どちらかを切るしかない。しかし、叢雲は春雨からの力強い説得で宿泊の許可は出している。ならば、どちらもある程度の我慢は必要になる。
「……叢雲ちゃん。大丈夫だから、私の妹達を信じて」
ここでまた春雨が説得。鎮守府から来る調査隊のことを一番知っているのは春雨だ。絶対に裏切らない。万が一叢雲側から攻撃をしてしまったとしても、叢雲を攻撃することは無いと言い切れる。
勿論、口喧嘩くらいにはなるかもしれないが、危害を加えるような真似はしない。それだけは絶対だと話す。
「アンタ達の言いたいことはわかるわよ。あのイ級の出処がわかれば、私をこんなにしたヤツの素性に繋がるかもしれないってことも理解してるわ。それを鎮守府のヤツらが調査することで解決しやすくなることだってね。それでも、私の本能が気に入らないって言ってんのよ」
「わかるよ。叢雲ちゃんはそういう性質なんだから、何がどうなっても気に入らないんだと思う。でも、でも今回だけはお願い。朝にも言ったけど、艦娘達が、妹達が叢雲ちゃんに危害を加えたら、私に何をしてくれても構わない」
再び、あの強い瞳。強い意志を叩きつけられるような視線に、叢雲はまたたじろいでしまった。
それだけ春雨は鎮守府の者達のことを信じているし、何も起きないとわかっている。だから気軽に自分の身体も命も懸けてしまう。
「叢雲ちゃん、ダメ?」
そして、同意を求めてくる。春雨のこの圧に、叢雲は勝てそうに無かった。春雨からの
槍持ちであった時に、春雨によってマウントポジションを取られたという事実は、叢雲の中で無意識に『春雨には勝てない』という本質が刻まれてしまっているのかもしれない。実際は薄雲の名前を出されて行動が止まっただけかもしれないが、身体を動かせなくされたのは間違いない。
「わかった、わかったわよ! 今回だけは折れてやるわよ!」
「ふふ、よかった。叢雲ちゃんの知ってる艦娘とは違うってことは保証出来るから。でも、わざわざ顔を合わせろなんて絶対に言わないから安心してね。叢雲ちゃんが嫌なことはしないしさせないから」
「ふん。でも野宿だから許してやるって話だから」
叢雲を力業でねじ伏せたかのようにも見えるが、結果的に艦娘達の調査は可能となった。叢雲だって、あちら側が自分に配慮してくれているのはわかっているつもりだ。それでも譲れないものがあったから、ここまで抵抗したに過ぎない。
あとは当日、感知は出来ても自分から関わりを持たないようにすれば、万事解決になるはず。その時の叢雲には、薄雲がついていればどうにかなるだろう。
力関係が春雨>叢雲になっているのは、槍持ち時代に速度で負けた上にマウントポジション取られてビクともしなかったのが本能に刻まれてしまったから。そもそも叢雲は生まれたばかりの状態で深海棲艦化してるけど、春雨は鎮守府トップの駆逐隊に属している状態からの深海棲艦化なので、最初から実力差はあったり。