空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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戦艦の目

 その日の深夜。哨戒にて不思議な駆逐イ級、ミシェルの存在を確認した海域に、1体の深海棲艦が現れた。施設から旅立った戦艦棲姫その人である。

 深海棲艦という都合上、明るいうちから動くわけには行かなかった。余計な戦いを呼び込む上に、自分が危険に巻き込まれるということは、他の者達まで巻き込まれてしまうことにも繋がる。結果、この時間。

 

 施設から出て行ったのは前々日であり、1つ夜を越えているのだが、当日はまず身を潜めるための無人島の目星をつけることに使っている。結果的に、人間や艦娘にはバレそうに無い小さめな無人島を見つけたため、そこを拠点に今調査に入った。

 

「さて、と。確かこの辺りだったわよね、あの駆逐艦を見たのは」

 

 周りを見ても何もない海のど真ん中。目印らしいものすら何処にもないのだが、戦艦棲姫の目はここであると断定出来ていた。

 深海棲艦だからある技能とかではなく、世界中を旅してきた戦艦棲姫だからこその技能。何も無いように見えて、戦艦棲姫だけにしかわからない何かがあるようである。海図や羅針盤が無くてもそれが何処であるかを把握出来ているようだ。

 

 だだっ広い海を駆け抜けて、ピンポイントで姉妹姫の住む施設に来れるのだから、それくらいの技能は持っていて当然なのかもしれない。

 

「まぁ、何も無いわよねぇ……。貴方はどう?」

 

 展開している艤装に手を置き、優しく尋ねる。

 

 生まれた時からの相棒であり、今でも従順に付き従う巨体。戦艦棲姫の意思を反映した、独自の意思を持つ紳士も、無言で首を横に振る。この艤装のお陰で戦艦棲姫の視界は360度を誇るが、それでもわからないものはわからない。

 戦艦棲姫がわからないものを、艤装側がわかるなんてことはあまり無い。これは殆ど自問自答のようなものだ。そうやって自分の中の疑問を整理して、先に進んでいく。

 

「あの駆逐艦が生まれたのは自然の摂理だったのかしらね。それにしては賢すぎるのよねぇ」

 

 発見した現場で腕を組み、小さく俯いて考える。施設で見た行動がどんなものだったかを思い返しながら、一つずつ組み立てていく。

 

「こちらの言葉を理解出来ていた時点で何かがおかしいのよね……おかしいというか、賢すぎる。あんなの見たことが無い」

 

 野良の駆逐艦くらい、戦艦棲姫は旅をしている最中に何度も見たことがある。それは総じて自分の意思のようなものは持っておらず、適当にフラついているか、他の姫に懐いておりその指示に従うのみの傀儡かのどちらか。単独で行動する駆逐艦自体が稀であり、そういうものは大概が勝手に生まれて勝手に消えていく。

 しかし、あのイ級は確実に()()()()()()を持っている。言葉がわかり、全身を使った感情表現を繰り返し、挙げ句の果てには施設に辿り着いて一員となってしまった。

 

 戦艦棲姫は今は知らないが、丸一日施設に身を寄せて、ミシェルという名を与えられてからは、より一層可愛げのある仕草と感情を見せるようになっている。特異性の塊だ。

 

「だったら……やっぱり艦娘があの姿になったと考えるのが妥当かしらね」

 

 戦艦棲姫の想像もそこに行き着く。野良犬のような深海棲艦ではあるのだが、あの施設に住む元艦娘達のように、死を目前とした艦娘が何らかの力によってあの姿になってしまったのではないかと。

 施設では叢雲もそこに行き着こうとしていたが、イ級の外観そのものが黒い繭である可能性も、頭をよぎっている。繭が孵化することなくそのまま深海棲艦として成立してしまっているとしたら、ならばどんな感情が溢れた結果がああいうカタチを取るに至るのかがわからない。

 

「ふぅむ……悩んでいてもわからないものね。貴方も何か見つけたら教えてちょうだいね」

 

 首を縦に振り、指示通りに周囲を見回す巨体の艤装。その後、両手を海面に当てて、周囲の海水から何か感じるものが無いかを調べ始めた。

 

 中間棲姫が黒い繭に触れることで溢れた感情を読み取っているのと同じように、こちらは海面に艤装で触れることでそこで起きた何かを断片的に読み取る。いわゆる、()()()()を探すということになる。

 戦艦棲姫はこの技能のおかげで戦いを避けて旅を続けることが出来た。海の上での厄介事は、これによって事前に察知して避ける。戦いを好まない者には最高の力である。

 

「どう?」

 

 しばらくじっと確認していると、立ち上がってあちらに何かあるかもと指を指し、戦艦棲姫を導くように動き出した。

 

 あくまでも、わかるのはそこで何かあったであろうということだけ。具体的な何かはわからず、抽象的、断片的な物事を拾っているに過ぎない。

 しかし、反応を見せたということは、そこで何かが起きたということに他ならない。やはり、あのイ級の生まれには根本的な何かがある。

 

「海としては普通ね。なら、知らない間に戦いがあったというのが妥当か」

 

 現場に立っても、そこにそれらしいものがあるかと言われればそんなことはない。先程とは何も変わらない風景。波も同じで匂いも同じ。あるとしたら海底なのかもしれないが、いくら深海棲艦とはいえ海上艦の戦艦棲姫には調査が難しいところ。

 艤装と共に見回しても、何か見つかるものでもなかった。いくら夜目が利くにしても、今は深夜である。月光照らす海の上とはいえ、細かいものは見えない。例えば戦いの残骸くらいがあれば良かったのだが、パッと見ではわからなかった。そこは日中に調査に来るであろう艦娘達に任せるのが良さそうである。

 

「戦いの痕跡も無し、ね。まぁここはあの姉妹の影響下だから、ああいうのが生まれることもないはずだし。外から流れ着いてきたって方が妥当か。辿れるところまで辿りましょ」

 

 もう一度この場で艤装に断片的な海の記憶を読み取ってもらう。先程よりは場所が場所だけに詳細が読み取れるかもしれない。

 

 これを繰り返して海上を行ったり来たり。進んで進んで、姉妹姫の影響下からは大分外れた場所にまで辿り着く。

 勿論風景は何も変わらない。陸に近付いているはずだが、それはまだまだ遠く、夜の灯りすら何処にも見えない沖も沖。まぁ人間の目に付くような場所で何か起きていたら、真っ先に鎮守府が動いているだろう。それがないのだから、秘密裏に動いているのは当然か。

 

「やったヤツらが綺麗に片付けたのか、そもそもそれが起きたのがえらく前なのか……まぁすぐにピンとは来ないわね。もし艦娘由来なら、人間の方が詳しいわよね」

 

 施設から遠く離れたこの場所なら、影響範囲外なので何かしらの痕跡がありそうだとは思ったものの、やはり見ただけでは何も無かった。

 元凶と考えられる者達がご丁寧にもしっかりと片付けたのかもしれないと思うと、妙におかしくクスリと笑ってしまう。艤装の方も小さく反応した。

 

「それじゃあ、ここでもお願いね」

 

 艤装がコクリと頷くと、今までと同じように海面に手を置く。ここに来るまでには痕跡らしい痕跡はなく、この場所に導かれるように記憶が連なっていた程度。

 それはイ級の記憶の断片なのかもしれない。自分が生まれた理由を探ってもらいたいがために、同胞(はらから)にしかわからない痕跡を残しているようにすら思えた。実際は誰にもそんなことは出来ないため、イ級の持つ思いが強かっただけかもしれないが、そんなことを思えるイ級というだけでも異常。

 

「どう?」

 

 戦艦棲姫が聞くと、艤装は小さく頷いてから、ここで読み取れた断片を伝える。身振り手振りだけではなく、艤装そのものの意思をぶつけるカタチで。

 これは負荷が大きいため、なるべくやらないようにしている機能。意思を持つ艤装だとしても、その持ち主と直接会話をするのは厳しいらしく、日に1回くらいを目安にしている。

 それをやると判断した程なので、ここで手に入った情報は相当重要なものだとわかる。

 

 そして、そこで見えたものは。

 

「片目が輝く……重巡洋艦……」

 

 あくまでも抽象的、断片的な記憶だ。顔がしっかりわかるわけでもなく、この海がそれだけは強く覚えていた。

 それは、春雨や叢雲が話していた、未知の深海棲艦。片方の目だけが光り輝いていた、オッドアイの重巡洋艦である。その印象があまりにも強いのか、それ以外の部分がわからないのだが、またもやここでその存在がチラついた。

 

 その重巡洋艦がここで何をやっていたかはわからない。しかし、あの駆逐イ級が生まれることになったきっかけを作ったのは、間違いなくこのオッドアイの重巡洋艦だ。戦艦棲姫はそこまでは確信した。

 

「ここでも出てくるのねソイツは。そこら中で暴れ回ってるみたいだけど……目的は何なのかしら」

 

 艤装は勿論わからないため、首を傾げるように身体を傾ける。

 

「叢雲みたいに、よっぽど艦娘に恨みがあるから、目に入ったやつを手当たり次第に襲っているのか、それとも何かしらの理由があるのか……」

 

 目的があって、あらゆる場所に現れては艦娘を沈めていくというのなら、その目的は一体何なのか。ここで考えてもわかることでは無かった。

 艦娘を見かけたら無差別に襲い掛かるというのなら、それは侵略者気質の深海棲艦ならば割と普通なので気にはならないのだが、()()()()()()()()()()()()()()ような挙動はどうしても気になる。

 

「考えていても仕方ないわね。今日はこの辺にしておきましょうか」

 

 艤装もコクリと頷き、来た道を引き返す。初日に見つけておいた拠点の無人島に戻るために。

 

 最後に周辺を隈なく観察したが、やはり何も見当たらなかった。自分がこうやって調査をしている姿を見られているかとも思っていたが、そんなことは無かったようだ。

 戦艦棲姫は何処か安心しつつ、その海域から離れた。ここで戦闘なんてしたくないし、同胞(はらから)から襲われるだなんて不毛に尽きる。

 

「今日のところは帰って休みましょ。また近々艦娘達がこの辺りまで来てくれるでしょ。夜は私達が見に来たらいいし、ゆっくり行けばいいわよね」

 

 あちらとしては早急に解決したい事案かもしれないが、戦艦棲姫からしてみればそこまで重要なことではない。施設に何かしらの害があったら問題ではあるが、今のところはそんなことも無さそうであるため、自分のペースで見ていくことにした。

 旅の合間のことなのだから、親身になりすぎるのも違う。気が向いたからやっているだけだ。本能は旅を求めているのだから、あと1回、2回見たら終わりにしようと自分の中で取り決め、さっさとそこから離れるのであった。

 

 

 

 

 戦艦棲姫がこの海域から去った後、しばらくしてから、この場所に現れた深海棲艦がいた。数は2つ。

 

「誰か嗅ぎ回ってるみたいですね」

 

 ボソリと呟いたのは、その2つのうち少し大人びた方の深海棲艦。ここに戦艦棲姫がいたことを感じ取っているようで、小さく溜息をついた。

 

「探し出して殺しちゃう?」

 

 そういうのは、もう片方と比べると少し幼めな深海棲艦。無邪気に命のやり取りをしようとしている辺り、見た目はさておき頭の中は大分幼いように見える。

 

「どうしましょうね。あとあと厄介なことになるかもしれないし、始末しておくのは悪いことではないかもですけど」

「やりたいやりたい! どんな相手でも、あたしがバーっとやっちゃうよ!」

「はいはい、でも慢心はダメですよ。楽しみたいのはわかるけれど」

 

 相方の暴走を嗜めて、頭をポンポンと撫でると、心底嬉しそうに身震いした。随分と懐いているようである。

 

「相手は私達よりも格上の同胞(はらから)の可能性もあるんですから、慎重に行きましょうね」

「むー、わかった、わかりましたよー。でも、もしソイツを見つけたなら……」

 

 残忍な笑みを浮かべて、最後に言い放つ。

 

 

 

 

「あたしが、いっちばーんに、ぶっ殺すからね!」

 




純正の深海棲艦には、ちょっとした特殊能力があります。中間棲姫は溢れた感情を読み解く力。戦艦棲姫は海の記憶を断片的に拾う力。飛行場姫にも何かしらありそうですが、それがわかるのはもっと後になるでしょう。
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