翌日の朝。中間棲姫により鎮守府に連絡がされ、今日の昼頃に艦娘が訪れることが決まった。調査自体は翌日朝からとして、1日目は野宿の準備、一晩明かした後に、本腰を入れて調査ということになる。
島には来るものの、施設には入らない野宿というのは、理由も納得してもらっている。叢雲がそういう存在であるというのは周知の事実であり、施設のことを理解している証拠でもある。
叢雲としては、艦娘が自分のことをそこまで理解していることが不愉快なようだが、薄雲がどうにか宥めていた。艦娘が気に入らないのはもう仕方ないものとしても、自分のことを思って行動を相当制限していることに対して文句を言うのは、さすがに問題があると見たようである。
妹に嗜められては返す言葉も無いようで、舌打ちをしたものの、それ以上とやかく言うのはやめた。これ以上何か行動を起こそうとしたら、春雨が動き出す。
「あちらも準備が必要だから、ここに到着するのはお昼過ぎ、その後野宿のための設営をするらしいわぁ」
「それ、私も手伝いに行っていいですか? その、やっぱり私の仲間達ですし、妹なので」
「ええ、問題ないわぁ。お出迎えからお願いするわねぇ」
春雨は率先してそちらの手伝いを所望した。やはり妹達と触れ合えるのは最高の癒しになる。施設よりも優先順位を上げてしまうのは仕方ないことだろう。
「場所は、以前にミシェルちゃんがここに来た岸にしてちょうだい。あそこならあちらも行動に移しやすいでしょうし、場所も広いから一晩過ごしやすいと思うわぁ」
岸にも種類があり、漁に出たり釣りをしたりする方は、野宿にはあまり向いていない。逆に、ミシェルが初めて流れ着いた岸は殆ど整備されていない代わりに野宿はしやすいような場所になっている。
今回の調査隊には、そこを使ってもらう。テントを建てるなら建ててくれても構わないし、そこでキャンプ的なことをしてくれても構わない。最後に何の痕跡も残さないでいてくれれば、何をしてくれてもいいと伝えている。
「ご飯とかも提供していいんですよね」
「ええ、今日の昼食までは大丈夫だそうだけれど、それ以降はこちらから提供するつもりよぉ」
「それなら、私もそれを手伝いますね。やっぱり、妹達とは付き合いたいですし」
本当なら調査にも便乗したいレベルなのだが、それはさすがに憚られた。ある程度の場所を伝えるだけ伝えて、施設からは出ないということになる。ならば、ここにいる間はずっと側にいたいと思えた。せっかくまた来れるようになったのだから。
また寂しさに押し潰されそうではあるものの、今の春雨としては妹達のことが重要である。後のことより、今のこと。楽しめる時間は少ないのだから、後の発作のことなんて考えていられない。
これもまた、心が壊れている故の言動だろう。自分のことを後回しにして、相手のことしか考えない。
「みんながいるところで寝ようかなって考えちゃいました。それはさすがに迷惑になりそうなのでやめておきます」
「そうねぇ。もしかしたら、簡易的な寝床もギリギリの分しか用意していないかもしれないものねぇ。でも、海風ちゃんは一緒に寝たいって思うかもしれないわぁ。そこは来てから相談してみればいいと思うわよぉ」
「ですね。もう今から楽しみです」
いつになくテンションが高い春雨に、みんながほっこりしつつも苦笑。タブレットを使っての会話も出来ていないため、海風と話すのは本当に久しぶりだ。こうなっても仕方ないだろうと誰もが理解している。叢雲を除いて。
逆に、叢雲は今から既に憂鬱な気分のようである。春雨とは真反対。昼には特に気に入らない艦娘が、顔を合わせないにしろ感知の範囲にずっといることになると考えるだけで、苛立ちが激しくなる。
「姉さん……気持ちはわかりますけど、落ち着きませんか」
「そうよムラクモ。一応納得してるんでしょ?」
薄雲とジェーナスにツッコまれても、叢雲は態度を改めない。そういう本質なのだから仕方ないと、春雨も納得はしている。
どれだけ説得しても、艦娘に対する怒りは絶対に晴れないのだから、今回に関しては我慢してもらうしかないのだ。
「叢雲ちゃん、後から甘い物作るから。一度納得してくれてるし、今日と明日だけだから、ね?」
「アンタねぇ……私がそういうので靡くほど食い意地が張ってると思ってんの?」
「うん」
きっぱりである。あまりにもハッキリと言われたせいで、叢雲は何も言い返せなかった。実際、甘いもの、美味しいものを食べている間くらいは、怒りが大分鎮まることを自覚しているため、春雨から言葉にされたことで口を噤まざるを得なかった。
「……詫びにもならないわよ。でも作ってはもらうから」
「勿論。とびきり美味しいのを作るから、妹達にも振る舞いたいしね。叢雲ちゃんにはちょっと多めにしておこうか?」
「配慮すんな」
リシュリューとコマンダン・テストに習った甘味の腕がようやく振るえると、より楽しそうに語る春雨。振る舞いたい甘味は午前中から用意しておけば、到着までには完成するだろう。
そして午後。昼食の後少しして、叢雲が反応する。
「来たわよ、艦娘が」
かなり遠いところにいても敏感に感知する叢雲の電探が、鎮守府の艦娘を捉えた。数は8と聞いていたため、そこもドンピシャ。
いてもたってもいられなかったか、春雨はすぐさま迎えの準備をする。それに便乗するのはジェーナス。叢雲は顔を合わせる気がなく、午前中よりも不機嫌になったため、薄雲と一緒に待機。薄雲からも、みんなによろしくと言伝を貰う。
実際は、今すぐにでも襲いたいという気持ちが無くはなかった。槍持ちの時には突然動き出して襲撃に向かったくらいなのだから、本能がそれを求めている。しかし、この施設で仲間達と過ごすことで、自力で抑え込むことはギリギリ可能となっていた。
「姉姫様、妹姫様、みんなが来るようです!」
「ええ、時間的にもそろそろだものねぇ。迎えに行きましょうかぁ」
施設から岸に向かうタイミングとして、叢雲が反応する時間がかなり都合がいい。準備して出て行き、岸に到着したタイミングで水平線の向こうに姿が見え始めるかというくらいになる。
ミシェルは一時的に逆方向の岸、野宿のために用意された場所へと移動してもらっていた。施設にやってきていきなりその姿を見るのは、事前に知っていても混乱を招きそうであるため。
春雨が大きく手を振ると、それがちゃんと見えたのか、水平線の向こう側にチラリと見えた人影が手を振り返してくれた。春雨はコマンダン・テストや戦艦棲姫ほど目がいいわけではないので、それが誰かを特定することは出来なかったが、おそらくは海風だと直感的に思った。
少しずつ近付いてきたことで、それがやはり海風であることがわかり、より一層嬉しくなる。久しぶりの再会、タブレット越しでなく、直である。喜びもひとしお。
「海風!」
「姉さん! お久しぶりです!」
声が届く範囲になって、すぐに叫んだ。海風も即座に反応し、誰よりも早く部隊から抜け出して春雨の元へと駆け付ける。
「会いたかったです姉さん。いろいろ話したいこともありますし、とにかく顔が見たかったです」
「私もだよ海風。元気そうで本当によかった」
手を取り合って再会を喜ぶ。寂しさが溢れ出したとは思えないくらいにはしゃぐ春雨と、何度も苦境に立たされたことで精神的に病んでいるとは思えないくらいに楽しむ海風。2人にとっては、この再会が一番の癒しである。
「Hey, 春雨ぇーっ! 元気そうで何よりデース!」
「春雨! 変わりないみたいだね!」
「金剛さん! 比叡さん! そちらも元気そうで!」
その後ろからゾロゾロと仲間達もやってきた。まずは相変わらず飛び抜けたテンションの金剛が来た途端に春雨を抱きしめ、それを後ろから見ていた比叡が羨ましそうに眺めつつも手を振る。
「今日から一晩だけですが、よろしくお願いしますね」
「ええ、野宿というカタチになってしまってごめんなさいねぇ」
「それはまぁ、仕方ないことだよね。こっちも理解してるつもり」
さらに千歳と千代田が中間棲姫と話す。叢雲の性質をちゃんと理解しているが故に、野宿もやむを得ないと納得してここに来ている。
提督も、野宿が嫌なら部隊から外れてもいいという指示を出しているものの、誰もそんなことで嫌な顔をするものはいなかった。
「わぁ、ヤマカゼ、艤装が変わってるわ!」
「おう、山風の姉貴、ついに改二改装したンだ!」
「前よりもめっちゃ強くなってるんだぜい!」
ジェーナスは最後におずおずと来た山風に反応。その姿を見て驚くが、山風よりも先に江風と涼風が自慢げに話し出した。その様子に、山風は複雑な表情をするものの、後ろを向くことは無かった。
この調査隊が結成された時に発表された山風の改二改装。それが執り行われたことにより、山風は以前よりも強く、そして万能になった。
山風の改二には二種類のコンバートが用意されているのだが、今回の山風はその1つ、無印の改二。もう1つの改装案である改二丁というのもあるのだが、あちらは艦隊旗艦としての性能が高く、今回の調査隊には少し違う性能だったため、丁にはならず。また必要な時には丁となる予定。
「ふふ、山風、改二改装おめでとうね」
「……うん、ありがと……」
「海風のこと、その力で守ってあげてね」
春雨に言われて、力強く頷く。改二改装によって得た力は、今でこそ大分安定しているが、いつ壊れるかわからないくらいに病んでしまっている海風を守るための力だと認識している。その心を支えるためならば、山風もその力を惜しみなく振るうだろう。
「さ、それじゃあ、そちらも準備が必要でしょう。少し荷物を持ってきているみたいだしねぇ」
「あ、そうです。今回は野宿ということで、野営用の設備を少しだけ運んできました。設営させてもらいたいのですが、良かったですか?」
「ええ、そのつもりで場所を用意しているもの」
飛行場姫が先導して、調査隊を逆側の岸へと案内する。野営用の設備は、海風が扱う大発動艇にギッシリとは言わないが積み込まれており、全員分の寝袋や、万が一のための簡易テントなどが準備されていた。
遭難をしているわけではないので、何も無しでそこで身体を休めろとは言われていない。あくまでも決められた野営である。練習航海も似たような状況で行なわれるため、これもまた訓練の一環として扱われていた。
「設営、私も手伝うね。経験あるし」
「私も手伝うわ! やったことは無いけど。それにMichelleのことを紹介しなくちゃいけないしね!」
「ミシェル……?」
聞き覚えのない名前が出てきたことで、艦娘達全員が首を傾げた。そんな名前の艦娘は見たことも聞いたこともない。
「Ah, もしかして、噂のイ級のことですネ。Michelleと名前を付けたんデスカ」
「そうよ! 可愛いでしょ!」
「So cute. Janusが付けてあげたのネ」
そうこうしている内に岸に到着。そこにいたリボンを巻いたイ級の姿を目にした瞬間、艦娘達は息を呑んだものの、事前に話を聞いていたおかげで攻撃しようとまではいかない。驚きはするが、この施設にいるのだから、艦娘相手にも穏やかな感情を失わない。
ジェーナスが駆け寄って撫でると、ミシェルは嬉しそうに身体を震わせる。そんな光景に、艦娘達は呆気に取られていた。やはり、イロハ級がこんなに懐いている姿というのは、姫級が好意的であることよりも異質。
「実際に見ると、これはまた驚くもンだなぁ……」
江風がボソリと呟く。全員が同意だったようで、それ以上何も言えなかった。
「わかっていると思うけど、この子は一切害が無いから。安心してここで野営してちょうだい」
「Okay. この子が私達の護衛をしてくれるってことカナ?」
「そう考えてくれてもいいわ。必要ないとは思うけど、いるのといないのとでは話が変わるでしょ」
陸に上がらないため岸にいるだけとも言えるが、ミシェル的には艦娘達を見守るという仕事になるようである。
「よーし、それならミシェル……だっけ。よろしくね!」
比叡が元気よく敬礼すると、ミシェルもそれに合わせて敬礼するようにビシッと姿勢を正す。
ヒトに懐いているだけでなく、こういうところのノリもいい。あまりにも異質だが、逆に安心も出来た。
無事に施設に辿り着き、一晩を明かすことになる艦娘達。調査は翌日朝からだ。その調査によって、何が判明するだろうか。
山風改二、丁にするといろいろとスペックが落ちる代わりに、大発と司令部積めるようになるって感じなんですよね。この調査隊には同じ能力を持つ海風がいるので、山風は旗艦能力よりサポート能力を持たせるために無印改二としています。それでもカミ車は使える。