空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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本質は曲がらず

 施設に辿り着いた艦娘達は、施設の中にいる深海棲艦達とは故意に関わり合いにならないように野営の準備をしていく。自分達はあくまでも、島の一部を借りているのだという気持ちを持って、絶対に迷惑をかけないという意思の下、一晩を過ごす。

 だとしても、深海棲艦達は基本的には元艦娘。それに純正の深海棲艦である姉妹姫は、仲間意識を持っている相手にはお節介を焼く方なので、誰かしらがその設営場所に向かっていた。特に春雨は、元々いた場所の艦娘達であり、妹達がここにいるのだから、施設に戻ることすらしない。設営の手伝いを自分から買って出るほどだ。

 とはいえ、春雨は施設と野営の場を1人で行ったり来たりすることが出来ない。そのため、それを手伝ってくれるのは基本的にはジェーナスである。ジェーナスはジェーナスで、ミシェルがよろしくやっているかを見ておきたいという理由があるのだが。

 

「こうやって、みんなと一緒に何かやるっていうのが本当に久しぶりだから、すごく楽しいなぁ」

 

 設営を手伝いながらしみじみと呟く春雨に、海風も笑みを浮かべる。

 

「私もです。姉さんが鎮守府からここに移ってもう2週間以上経ちましたけど、やっぱりまだ慣れることが出来ません」

「あはは、なんだかんだ一緒に訓練とかしてたもんね。顔を合わせない日が無いのが鎮守府だし」

 

 常日頃から一緒に生活していたのだから、長期遠征でもこんなに長いこと鎮守府を離れることはない時間を過ごしているのは、簡単には慣れることが出来そうに無かった。

 ただでさえ、春雨に憧れを抱いていた海風だ。目標と共に戦っていた日々が突然失われたのだから、消失感も大きい。精神を病むほどの焦燥感と憔悴に繋がるのも致し方ないのかもしれない。

 

「最近は端末で話すことも出来なかったから、少ない時間だけどいっぱいお話ししたいね」

「はい、時間が許す限りは。でも、姉さんは大丈夫ですか? 私達が帰った後、その……」

「あー……うん、大丈夫じゃないけど、今を楽しみたいから。私のことは心配しないで」

 

 親身な相手ほど、別れが辛くなるのが今の春雨だ。また会えるのがわかっていても、今その時の別れによって寂しさが溢れ出し、発作を起こす。

 だが、それを気にしていたら、もう二度と出逢いと別れが出来なくなるわけであり、当然妹達との再会も出来なくなる。春雨にとって、そちらの方が辛かった。

 だから、発作のことは気にせず楽しんでほしいと、海風に伝える。海風だけではない、仲間達全員に言えることだ。自分のことを気にしすぎて、十全の力を発揮出来ないというのはやめてもらいたいのである。

 

「わかりました。もう会えないなんてことは絶対ありませんから、今を楽しみましょう。楽しむと言っても、これは任務なんですから、真剣に取り組みますけど」

「うん、そうしてそうして。私達はついていけないけど、何か見つかることをここで願ってるからね」

 

 和やかな風景に、心が休まるような感覚。戦場に向かうような任務ではあるものの、確実に敵が来ることがない施設での活動は、それだけでも心身共に癒される時間のようだった。

 

 

 

 

 設営が完了したため、そろそろ甘いものを振る舞おうと施設に戻った春雨とジェーナス。事前に準備していたため、頃合いが来たら持っていくだけという状態である。

 それが置かれているダイニングには、苛立ちがどうしても隠せない叢雲と、それを宥めながらも苦笑しか出ない薄雲がいた。春雨達の姿が目に入っても、態度は一切変えない。

 

「お待たせ、叢雲ちゃん。さっき言ってた甘いもの、今から出すから」

「ご機嫌取りのつもりかしら」

「うん」

 

 またもやハッキリと言い放たれ、叢雲は溜息を吐く。自分のキャラ付けはどうなってるんだと頭を抱えるが、もうこうなってしまったものは仕方ない。突き抜けるわけにはいかないのだが、なるべくクールに決めたいものであると意識する。

 

「リシュリューさんに習ったんだ。叢雲ちゃんも好きだったよね。シュークリーム」

 

 取り出されたそれを目にした瞬間、叢雲の目が一瞬輝いたようにも見えた。甘いものに目が無いのはわかるが、そこまで反応するかと笑いそうになった。

 記憶を取り戻した時に食べていたのもコレである。変に印象が強い食べ物になってしまっているのは確か。

 

「リシュリューさんのモノのように上手く出来てるかわからないけど、教えられるがままに作ってみたからさ、食べてみて。叢雲ちゃんには特別に2つあげちゃう」

「……まぁありがたく貰っておくわ。でも、艦娘のことは許さないから」

「わかってるよ。でも、ここにいることは許してあげて」

 

 皿に取り分け、叢雲と薄雲の前に。その間にジェーナスも紅茶を淹れて、2人に振る舞う。多めに淹れたのは、外にいる艦娘達にも振る舞うため。時間的にはおやつの時間。この差し入れはきっと喜んでくれるだろう。

 振る舞われたシュークリームに口をつけると、叢雲はパァッと雰囲気を明るくした。やはり、甘いもの、美味しいものを食べている時だけは、湧き上がっている怒りが鎮静化される。だからといって常に食べ続けることなど出来ないのだが。

 

「……むぐ、やるわね春雨……」

「よかった。叢雲ちゃんが気に入ってくれるなら、みんなも喜んでくれるよね」

 

 艦娘の話題が出たことで、甘いものを食べながらも少し表情が曇る。やはり、怒りは拭い切れない。

 

「ムラクモ、我慢出来そうにない?」

 

 ジェーナスが尋ねると、当然だと即座に言い放つ。それほどまでに根深いのだが、それが本質なのだから否定は出来ない。

 叢雲を虐げたような鎮守府や艦娘は一握りくらいしかいないのだが、叢雲にとってはそんなことは関係ない。生まれてすぐにこうなってしまったのだから、知っている世界が狭すぎるのだ。()()()()を知らないのである。

 

「今でも私の感知の範囲にチラついてるのよ。それが鬱陶しいったらありゃしないわ」

「姉さん、その電探か何か、オフには出来ないんですか?」

「出来てればとっくにしてるわ。それも私の本質なんでしょ。周りを常に警戒して、気に入らないものがあったらぶっ潰す。そのためには、このやたら範囲が広い電探は常時稼働させておかないとダメなんでしょうね。私の意思なんて関係なしに」

 

 話している間にもイライラしてきたようなので、一度話をやめてシュークリームに口をつける。春雨の作ったそれは出来が良かったようで、口に含めば多少は落ち着くようである。

 

「んむ、あれよ、寝てる最中に耳元で蚊がうろついてるみたいな、そんな鬱陶しさなの。気分が悪いでしょ。私には艦娘が感知の中にいるだけでずっとそういう感覚なのよ」

 

 すごく的確な表現をされたことで、3人とも叢雲の今感じているモノがどんなものかをしっかりと把握出来た。

 感知が切れないというのも厄介で、常に誰が何処にいるかがわかっているようなモノ。仲間達なら別に痛くも痒くも無いのだが、自分が一番気に入らない艦娘がそこにいるということが常に理解出来てしまうのは鬱陶しくて仕方ないようである。

 さらには、その感知した反応が艦娘か深海棲艦かの判別が出来てしまうのもさらに厄介。それが何かがわからなければ、艦娘などいないと断じてしまうことも出来ただろうに、それが艦娘であると理解出来てしまうのも向い風である。

 

 処置を受けずに深海棲艦化した弊害なのかもしれない。槍持ちのままであれば、この能力は関係無かっただろう。必要な能力として十全に使い、本能の赴くままに艦娘を襲撃するだけだったのだが、今は思考能力が戻ってきている。

 

「でも逆に、施設内で悪いことしてないっていうこともずっとわかるってことだよね」

「何をしてるかまではわからないわよ。そこにいるってことしか。こそこそ何かやってるっていうなら、私にはわからない。だからこそ、イライラは増える一方なの」

 

 話しながら、シュークリーム1つ目を完食。プラスで与えられた2つ目に手を伸ばす。

 

「でも、私は少数派なんでしょ。多数決で負けてるんだから、追い出すことなんて出来ない」

「まぁ……こちらのことを全力で考えてくれてる艦娘を追い出すのは、あまりよろしくないですね……。それこそ、和睦にヒビが入るかも」

 

 苛立ちは増す一方でも、今は施設のことを第一に考えることが出来ているようで、必死に我慢することで艦娘に手を出すことを抑えている。

 許可が出れば、情け容赦なく皆殺しにするくらいの心境ではある。しかし、そんなことをしようものなら、この施設が敵対視されることは回避出来ない。和睦と言いながらも奇襲を仕掛けるような輩がいるなんて、卑怯以外の何物でもない。

 叢雲にもプライドがある。本能のままに行なわれた殺戮行為が、卑怯という言葉で一蹴されてしまうのは耐えられない。自分が最も嫌う鎮守府の艦娘達と同じようなものではないかと考えれば、多少なりとも我慢出来る。

 

「んー、ムラクモもあの子達とFriendになれればいいんだけど」

「無い。絶対に無い。誰が艦娘なんぞと友達になんてなるか。私を裏切った愚か者なんだから」

 

 その艦娘とは別物だと訴えても、これは完全に聞く耳を持たない。艦娘と悪がイコールで結び付いてしまっているのは、ちょっとやそっとでは解けない。

 それこそ、叢雲のピンチを艦娘が救ってくれるくらいしないと難しいか。それか、艦娘自体が叢雲を納得させる()()をするか。

 

「まぁ今は何を言っても無駄だろうし、ハルサメ、私達はこれをあの子達に届けに行きましょ」

「そうだね。変につついて悪化させるのも良くないし。それじゃあ、叢雲ちゃん。その味堪能してね」

「……悔しいけど堪能させてもらうわ。本当に美味しいし。むぐ」

 

 ゆっくりと味わう叢雲と、それについている薄雲に別れを告げ、春雨とジェーナスはこのおやつを艦娘達のところに持っていくために、ダイニングを出て行った。わざわざカートのようなものまで持ち出して。

 

「姉さん、意固地になっているわけではないのはわかりますし、そういう性質で生まれ変わっているのもわかるんですが……」

 

 薄雲も、叢雲が知る世界が狭すぎることはわかっている。悪いところしか見ていないのだから、こうなってしまうのも無理はないということも。

 しかし、耐えられないものは耐えられない。一生晴れない怒りを背負って生きていくのは、この身体になった時に定められた宿命である。

 

「それ以上言わないで」

 

 叢雲は薄雲の次の言葉を遮った。何を言うかなんて手に取るようにわかった。艦娘にも良いもの悪いものはいるのだと。何度も何度も言われ続けた言葉だ。

 叢雲はその言葉を理解することを拒んでいるに過ぎない。怒りが理解に抵抗している。許せないが上回ってしまう。

 

 だから、今は細かいことを考えないようにしていた。考えすぎると壊れる。これ以上壊れたくない。

 

 

 

 

 ダイニングから離れた春雨とジェーナスも、叢雲のことを心配していた。

 

「仕方ないことなのかな……。叢雲ちゃん、妹達と仲良くなれると思うんだけど」

 

 春雨としては、妹達も同じ駆逐艦なのだから、自分と同じように叢雲も楽しく付き合えるとは思っている。

 それが本質に根付いてしまっているとしても、良い艦娘と悪い艦娘の区別は出来るのではないかと。

 

「ムラクモはまだ今みたいになって短いから、時間がかかるわよ。私だって吹っ切れるまでにすごく時間かかったんだもの。だから、気長に待ちましょ。鎮守府とのお付き合いも、これからずっとあるんだろうし」

 

 ジェーナスとしても、叢雲には良くなってもらいたいようである。しかし、自分の経験もあるため、まだまだ時間が足りないということもわかっている。

 自分が自己嫌悪を持ちながらでも楽しく生きることが出来るようになるまで、かなりの時間を要している。ここにいる者達は全員がそういう道を歩いているのだ。春雨だって完全に吹っ切れることが出来ていないのに、それよりも日が浅い叢雲が吹っ切れることなんて出来やしない。

 

「でも、最後はちゃんと仲良くなれると思うわ。叢雲、なんだかんだ言って生真面目だしね」

「だね。今すぐっていうのは無理でも、きっと大丈夫だよね」

 

 そう信じるしか無かった。仲違いを続けるのは、心にも良い影響を与えない。

 

 何処かに折り合いをつけてくれると信じて、春雨達は今を見守る。

 




寝ている時に耳元で飛ぶ蚊の鬱陶しさったら無い。
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