その日の夜。野営している艦娘達も、夜の帳が下りると共に、持ち込んだランタンを点け、夜を越える準備をしていた。遠くに見える施設の明かりを見ながらも、こちらはこちらで楽しくやれている。
今回の任務は人数もあるおかげか、今のところはピクニック気分でいられた。安全であることがわかっている場所で一晩を明かすだけなら、丸一日使う練習航海よりも緊張感が無くなってしまうものである。
夕食もなんだかんだ施設に用意してもらっており、軽食ではあるもののしっかり腹を満たすことが出来ていた。その分の食材は必ず返すと約束して、今回は美味しく頂かせてもらっている。
「寝袋で寝るの、いつぶりだっけかな」
「それこそ練習航海ぶりじゃないかい。あたいなんて年単位で久しぶりかも」
「さすが古参の涼風、でも江風もそンなもンかもしンないねぇ」
などと楽しげに話しながら眠る準備をする。江風と涼風は、こんな時でも楽しそうに寝袋を広げていた。
姉妹姫が提供してくれたこの場所は、比較的芝がちゃんとされている場所であり、寝袋を使えば身体が痛くなるような眠りにはならないくらいには柔らかい。万が一のために屋根は用意しているため、もし翌朝に雨が降っていても心配は無かった。
あとは一応ではあるが、ミシェルが近海で待機している。護衛なら任せろと言わんばかりに、何処にあるかはわからないが胸を張るような仕草をしたため、艦娘達も任せることにした。この島の中では護衛の必要は無いだろうが、やってくれるというなら頼んでおいた方がいい。
「月夜を楽しみながら、外でのティータイム……少し風情があるネ」
「はい、鎮守府でもなかなか出来ないことですし、なんだかまったりしちゃいますね」
「Yes. 気を張ってばかりじゃ、Full powerは出せないからネー。明日からはしっかりお仕事デスから、今はこれでいいヨ」
安心安全であることは、心の余裕にも繋がる。ランタンの灯り1つでテーブルを囲んでまったりしているのもなかなか趣があると、金剛と比叡が紅茶を飲みながら楽しんでいた。
この紅茶も、ジェーナスが淹れて置いていってくれたものだ。わざわざ夕食後に準備してここまで持ってきてくれたのだからありがたい。温かいものを飲んで、グッスリ眠る。これがベストである。
「お風呂に入れないことくらいですかね。野宿の唯一の欠点は」
「そうネー。まぁそこは仕方ないヨ。今回の調査隊は、施設に近付かないが条件デース」
「そうかもしれないけど、目の前にお風呂があるのに入れないのは残念よね」
などと言いながら、千代田が準備していた濡れタオルで千歳の背中を拭いていた。艦娘とはいえ、不衛生はよろしくない。こういうところでも欠かさずに清潔感を維持する。
身体を拭くための湯も、金剛達が飲む紅茶と共に施設側から提供されていたものである。春雨が運んできて自分もここで眠ろうかと話したものの、そこまで面倒をかけるわけにはいかないと丁重にお断りをしていた。
海風としては一緒に眠りたかったという思いは強くあったのだが、気持ちよく眠れるベッドがあるにもかかわらず、本来部外者である自分達に付き合って野宿をする必要なんて無いのだ。ここで一緒に眠るとなったら、春雨は寝袋もないから眠りづらいだろうし。そんな寝方をしたら、いくら深海棲艦化しているとしても、明日の朝には身体がガタガタになってしまう。そんな痛みすら与えたくない。
「……海風姉」
「大丈夫よ、山風。私は大丈夫。姉さんが私達に付き合って身体を痛めたりする方が、私は辛いから。姉さんはあちらで身体を休めた方がいいの」
「……
口ではこう言うし、実際に春雨がここで付き合うことはやめておいてほしいと言う気持ちも理解しているのだが、もう1つ、海風の中には思うことがある。
それは、あまり口に出してはいけないこと。艦娘として、あまり考えてはいけないことである。
「Hey, 海風ぇ。あんまり溜め込むのは、Noなんだからネー」
「……そうですね。悶々としていると、明日に引っ張ってしまいそうですもんね」
「Yes. 前にも話した通り、溜め込みすぎたら
山風と金剛に心配されたことで、海風も今の自分にある
その気持ちは、やはり叢雲へのモノだ。叢雲に対して配慮に配慮を重ねて野宿をし、姉との眠りも断らざるを得なくなった。そもそもが施設から頼まれた任務を実行するのに、たった1人の感情を逆撫でしないように配慮して、頼まれた側がこんな仕打ちを受けていいのかと。
端末を使って姉と話が出来なくなったのも、施設に来ることが出来なくなったのも、そして今回の野宿の件も、何もかもが根幹に叢雲がいる。海風の中での叢雲の存在は、あまり良くないモノになってしまっていた。心の支えを奪った者として。
「鎮守府と艦娘に手酷く裏切られて、姉さんの寂しさみたいに怒りが溢れ出して、常にイライラしてるんだって聞いてますから、私達にそういう感情を持ってしまうのも、
「それでも、納得出来ないことがあるんだよネ?」
「……はい。ろくに話もしないで嫌いと言われても……何がダメなのかハッキリ言われているならまだしも、同じ種族だからなんて理由は納得出来ません」
そんな理由で、春雨との時間を奪われたのだと思うと、そんな気持ちを持ってはいけないと感じながらも心が痛むのだと、仲間達に伝えた。
「素直でいい子デスネ。そうやって考えちゃうのも、無理無いヨ」
「……でも、これはあまり良くない考えだともわかってますから、自分の中で溜め込もうとしました」
「姉貴は真面目だねぇ」
その江風も、叢雲に対してそこまでの気持ちは抱いていなかったにしろ、『アイツのせいで』という気持ちが無かったわけではない。とはいえ、何処かさっぱりと割り切っていたところもある。アイツはそういうヤツなんだと。
江風としては、気に入らないヤツがいたとしたら、自分から関わりを持とうなんてしない。むしろ、こうやって自分から身を引いてくれるのなら、ありがとうと受け入れて距離を取る。その方が
「わかる! わかるよ海風! 私もお姉さまが同じ立場になったら同じこと考えちゃうなぁ!」
「うーん、私もその気持ちはわかるなぁ。千歳お姉が同じ立場になったら、すごくイライラしちゃいそう」
海風の気持ちが投影出来るのは、比叡と千代田。他の者に関係を阻まれたら、今の海風のように感情が揺れ続けるだろう。最悪、施設に殴り込みに行って叢雲本人に文句を言いつける。
「私としては、叢雲とは一度腹を割って話がしたいんだけどネ。酷い目に遭ったのは知ってるけど、艦娘が全部そうじゃないことは知ってもらいたいからネ」
そもそも、と金剛は続ける。
「叢雲だって元は艦娘だったんだし、悪い艦娘だけじゃないことくらいわかってるはずなんだけどネ。それに、ここの仲間達は元艦娘ばかりなんだからサ」
だからこそ、和解の道は確実にあると、金剛は希望の灯を絶やさない。必ず最善を掴み取ると、常に前を向いている。心が壊れ、怒りに身を焦がれ、周りにその炎を撒き散らす存在だとしても、話せばわかる相手だと信じているのだ。
金剛が希望の光となり、仲間達に前を向かせる。たったそれだけでよかった。おかげで海風は悩みを打ち明け、スッキリすることが出来た。溜め込まず、全てを曝け出して、だが誰もがそれを否定しない。そんな考え方もあると同意し、みんなでその悩みを解決しようと力を合わせる。
「私、叢雲さんと話がしたいです。私達は敵じゃない、手を取り合える仲間なんだって、面と向かって訴えたいです」
そしてあわよくば、春雨とまた一緒にいられるようにしたい。ここまでは言葉にはしなかったが、ここにいる誰もが海風の本心に気付いている。
「でも、こっちから施設に行くのは協定違反だよね」
涼風のこの言葉に、海風はスンとテンションが下がった。仕方がないとはいえ、綺麗に出端が挫かれる。
「あちらから来てくれたりしてな。でも、そンな状態だと、まぁまずキレてるンだろうな」
「あっちから来てくれる時なんて、文句言いたい時だけだよねぇ。そいつは話もまともに聞いてくれないだろうねぇ」
八方塞がりなのは変わらないのである。だが、心持ちが変わったことで、海風は幾分か気持ちが楽になった。
もしも顔を合わせることがあったなら、自分達の、艦娘の善性を訴えたい。数少ない悪を見てしまったことで、数多い善が見えなくなってしまっていると、理解してもらいたい。
「
「はい、そうします。今は現状維持に努めます。姉さんと会えないわけじゃないですし」
「さっきもさんざん話したもンな。そりゃあ出来ればあっちの建物の中で話がしたいだろうけど」
まだ明かりが漏れる施設を眺めながら、しみじみと話す。あちらはまだ夜の帳は下り切っていないようで、中では深海棲艦達が和やかに暮らしているのだろう。ちょっと羨ましいと思いつつも、今はこれが最善の道と信じる。
それに、このキャンプのような夜もなかなか味わえないので楽しかったりはするのだ。これが雨の中でも施設に入るなと言われたら不平不満もあるだろうが、今は夜でも雲一つない、月明かりが眩しいくらいの気持ちいい天気である。もしかしたら、あちらが逆に羨んでいるかもしれない。
「時間をかければ、きっと上手く行きますよね」
「Yes. 気持ちの問題は、時間が解決してくれることが多いデース。叢雲の場合は、それでも治まらないかもしれないけど、あちらには我らが春雨がついてくれてマース。信じて、待ちましょうネ」
「はい、それがベストだと思います」
海風に笑顔が戻ってきた。勿論春雨とこの夜でも会えないのは、自分達から断ったこともあるので仕方ないことではあるが、近くにいるとわかっているのだから大丈夫。
「さ、明日は早いデスし、もう寝て備えましょうネー」
「うーい。なンか結構眠たいぜ」
「わかるわかる。設営とか疲れるかんね。あたいも眠たいさー」
金剛が本日最後のティータイムを終えると、ささっと片付けて就寝へ。制服のまま眠ることになるが、これも訓練の一環だと思えば全く苦ではない。それに、寝袋もそれ用に作られた艦娘専用のモノ。使いづらさはカケラも感じない。
「はい、それじゃあ皆さん、
艦娘達は施設よりも少し早めに1日を終わらせることになる。ある意味雑魚寝みたいなものなのだが、誰もがスッキリと眠れそうだった。
「……海風姉」
眠る直前、山風から声をかける。海風もまだ眠っていなかったため、小さくそれに反応する。
「……スッキリした?」
単純な問いかけに対して、海風はほんの少しだけ考える仕草。そして、
「うん、ありがとう山風。溜め込んでちゃダメだってわかってても、溜め込んじゃうね。これが私の本質なんだろうね」
「……たまには……吐き出して。あたしも……話くらいは聞けるから」
山風も頼れる存在だ。改二改装のおかげで、さらに力強い。海風としても、落ち着いて眠ることが出来るだろう。
悶々としたままだと、ここで眠ることも出来ずに朝を迎えて、結局十全の力を出しきれないまであった。しかし、金剛と山風のおかげでそれがある程度払拭されたのだ。明日のために、正しく身体を休めることが出来そうだ。
叢雲とのわだかまりは、簡単には解決出来ない。だが、時間をかければきっと何とかなる。そう信じて、艦娘達は1日を終わらせた。
海風は和解ルートを選択。でも叢雲はどう考えているか。