空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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要であり不要

 深海棲艦と化した春雨の初めての夜は、中間棲姫と飛行場姫まで含めた添い寝のおかげで気持ちよく乗り越えることが出来ていた。悪い夢を見ることもなく、むしろ夢そのものを見ることなく、気付けば朝。混乱と狂乱で疲れ果てていたか、深い深い眠りについている。

 だからか、中間棲姫の声で目を覚ますことになった。開いた目の真正面には、豊満な胸が鼻先すらも届く位置にあった。どうやら、眠っている間に子供のように蹲り、抱きついて温もりを求めていたらしい。

 

「おはよう、春雨ちゃん。よく眠れたようで安心したわぁ」

 

 後頭部を撫でながら、まるで胸に押し付けるように抱きしめられていることにようやく気付いた春雨は、顔を真っ赤にして飛び起きた。自分のことには全く興味が無くとも、中間棲姫に迷惑をかけてしまったのではと焦りに焦る。

 その時には春雨以外の一緒に眠ったメンバーは全員目を覚ましており、春雨が最後まで眠っていた。それ故に、薄雲もジェーナスも、飛行場姫すらも、ベッドから離れてニヤニヤしやがら目を覚ますのを待っていた。

 

「ご、ごご、ごめんなさい! 私、その、あの」

「大丈夫よぉ。私はこうやって甘えてもらえるのはとっても嬉しいし、慣れない環境で疲れてたのよねぇ。最初はみんなこんなモノだから、心配しなくていいわぁ」

 

 などと言いながらも、ハグをやめようとはせずにまだまだ撫で続けていた。意外と腕力があり、簡単には抜け出せそうにない。

 

「わかるなぁ。私も最初は姉姫さんにすごく甘えちゃった」

Me too(私もよ). 姉姫ったら、なんだかいい匂いするのよね。とっても落ち着くわ」

 

 どうやら基本的には全員が通る道らしい。当然ながら深海棲艦化なんて誰も起きたことがない変化であり、繭から孵った初日は明るく振る舞えても心身共に疲れ切っているのが普通。それを見越して初日は中間棲姫と飛行場姫が添い寝をすることが通例となったようだ。

 大概中間棲姫の方に抱き寄せられているのもいつものこと。そして、このハグを中間棲姫が堪能し切るまで続けられる。その間にハグされる側はどんどん蕩けていくらしい。春雨も例外では無かった。

 

「落ち着くのは……すごくわかるかも……」

 

 最初は中間棲姫からだったのが、今や春雨から抱き着きに行っていることで、薄雲とジェーナスは春雨が()()()と確信した。自分達もそうだったのだから間違いないと。

 

「お姉の母性は凄まじいもの。でも、そろそろ起きないと朝ご飯が遅くなるわよ」

「ああ、そうねぇ。じゃあ、最後にぎゅーってして終わりにしましょうねぇ」

 

 宣言通り、今までで一番強く抱き締められて、春雨から離れた。まだポヤポヤしているようだが、温もりが無くなってようやく正気に戻る。

 

「はい、じゃあ1日を始めましょうねぇ。朝ご飯を食べたら、昨日の夜に話した通り、春雨ちゃんは今の身体のことをよく知ることにしましょう。薄雲ちゃんとジェーナスちゃんも、それに付き合ってあげていいからねぇ」

「そうさせてもらいます。みんな、一番最初は戸惑いますし」

「Okay! ハルサメがちゃんとやれるように私達でしっかり見届けるわ!」

 

 ここでもこの3人組は1つのチームとして動くことになる。

 深海棲艦としての自分の力を理解し、戦い方を知ることで、施設を、そして自分自身を護るための知識を得る。艦娘である時とは勝手が違うと散々言われているため、少しだけ緊張してしまうものの、友達が一緒にいてくれるということで、孤独感は無い。

 

「頑張ります。深海棲艦としての私がどんなものか、ちゃんとここで理解します」

 

 気合を入れて中間棲姫にそれを表明し、ベッドから降りようとしたところで、脚をまだ構築していないことに気付いて転げ落ちることになってしまった。

 

 

 

 

 朝食後、予定通り海へとやってきた春雨。この施設は当然ながら鎮守府とは違うため、わかりやすく出撃出来るような場所は存在しない。工廠はおろか、整備に使えそうな場所そのものが無いのだ。故に、ちょっと出ていきやすそうな浜辺から海に出て行くことになる。

 艤装を展開して、そのまま海の上を歩いていき、そして海上へ。これがここでの出撃。実際は、本当に何事もないかを調査するために、誰かしらが島の周りを軽く見て回る程度くらいしかしたことがない。

 

「まずは艤装を出してみればいいよね」

「そうだね。それは艦娘の時と同じだから」

「わかった。じゃあ……」

 

 艤装を装備した自分をイメージする春雨。艦娘の時はそれだけで背中や脚に艤装が構築され、戦う準備が整った。武装として主砲や魚雷も同時に構築されるため、完全な出撃準備にはほんの少しだけ時間がかかる。

 

 それは深海棲艦とて同じことだった。脚が構築される時と同じように、戦うための艤装がガチャガチャと構築されていく。

 しかし、艦娘の時のそれとは違い、艤装は主に腰の辺りから構築されていった。春雨の深海棲艦としての艤装はどうやら艦娘の時とは大きく様変わりしているらしい。

 

「あ、思ったより違う」

「そういうものだよ。ジェーナスちゃんとかとんでもないことになるし」

「後から見せてあげるわ。今は集中して自分の艤装を展開しちゃいましょ」

「そうだね、私の艤装はどんな感じなんだろう」

 

 腰の両サイドにガチガチと歯を鳴らす生き物のような艤装が展開され、さらにその横に魚雷発射管。シンプルだが、春雨の艤装はこれで終わりになる。

 駆逐艦の艤装は艦娘の時も意外とシンプルな物は多かった。背中や腰に主機を装備するのみの者もいるし、ランドセルを背負ったような者もいる。春雨もそこそこシンプルだったため、それを継承したのかもしれないと勝手に解釈することにした。

 背中から腰に位置が変わったことで、バランスがかなり変わっているが、誂えられたように動かしやすい。自分のモノであるという前提があるからこそ、最初から違和感が無かった。

 

「わぁ……代わり映えは凄いけど、結構シンプルだよね」

「私も似たようなものだよ。ほら」

 

 春雨と並んで海へ出るため、薄雲も艤装を構築していく。本人が言う通り、その見た目は殆ど艦娘の時と同じで、腰から主機が生えただけとかなりシンプル。

 薄雲自体が深海棲艦化したことによる外観の変化が乏しいこともあり、艤装を構築したとしても思った以上に艦娘に近い姿をしていた。本来の薄雲の色が塗り変わっただけと言われても、信じてしまいそうなくらいだ。

 

「ジェーナスちゃんは?」

「私? 私はねぇ、結構凄いよ?」

 

 そしてジェーナス。ガチャガチャと艤装が構築されていくが、春雨や薄雲のように腰から主機が出来上がるわけではなく、ジェーナスから離れた位置に膜を張るように装甲が出来上がっていく。

 春雨が驚く間もなく、装甲は次々と張り巡らされ、ジェーナスの姿を包み隠したかと思いきや、艤装の下部から中にいる本人の脚がニョッキリ生えて構築終了。

 

「じゃーん。どう、ハルサメ、私の艤装は」

 

 自分達の艤装がオモチャに見えるほどのとんでもない形状が出てきてしまったため、春雨の思考は完全に固まってしまっていた。春雨自身、艦娘の時に多種多様な深海棲艦と戦ってきているが、ここまでのモノは見たことが無かった。

 薄雲はその結果を知っているため、春雨が驚く姿を見るためにノーコメントを貫いていた。この反応を見てクスクス笑っている辺り確信犯である。

 

「素晴らしすぎて声も出ないようね。この駆逐艦とは思えないほどの頑丈な装甲は、戦艦の砲撃すら弾くわ。これぞ深海棲艦の真骨頂、()()()()()()!」

「いや、まぁ、うん、駆逐艦に見えないことはないけど、私の思ってたのと違う」

 

 実際、深海棲艦には人型をしていないモノも沢山おり、いわゆるイロハ級の駆逐艦はバケモノの魚のような形状をしている。

 今のジェーナスが纏っている装甲は、まさにそれの親玉のような形状であり、本人の言う通り、そんじょそこらの砲撃なら傷一つ付かない程の強固なモノ。主砲など使わず、このまま体当たりをしても、適当な敵ならば粉砕出来るのではないかと錯覚してしまう。

 

「はい、じゃあハルサメのことに戻るわ。まずはちょっと近所を疾ってみましょうよ。やっぱり海の上を駆け抜けるのは気持ちいいから!」

「そ、そうだね。まずはそっちで慣らしていこう」

 

 改めて春雨の訓練へ。まずは保護施設近海をただ駆けてみて、運動性の確認。艦娘の時からは艤装が大きく変わっているので、馴染んでいるように見えてうまく動けない可能性もある。

 事実、海上に立った途端に今までとは違う不安定さを感じてしまった春雨は、その場から動けなくなってしまった。脚がカクカクと震え、まるで生まれたての子鹿のような状態に。

 

「あ、あれ? なんかうまく立てない……」

「艦娘の時と同じだよ? 身体がそうするように出来てるはずだけど」

「私もそのつもりだったんだけど……な、なんで……わひゃあ!?」

 

 ついにはひっくり返ってしまい、水浸しになってしまった。

 

 艦娘も深海棲艦も、生まれた時点で海上航行の方法は身体に染み付いている。何も考えることなく、それがさも当然というように海を踏み締めて移動することが出来るのだ。本来訓練なんて必要ないし、()()()()()()()()なんて考えることもない。

 しかし、春雨は他と少し違っていた。義脚であるためか、足の感覚は艦娘の時と違う。思い通りに動かすことは出来るが、肌に触れられている感覚などは殆ど存在していないのである。

 普段陸で生活するよりも繊細なコントロールが必要となる海上では、この脚の感覚が必要不可欠だった。そのため、今の春雨には艦娘と同じようなことは出来ない。

 

「こんなの初めてだよ……うわぁ、ビショビショ……ちょっと今だけは脱ごう」

 

 海面に腰掛ける形になり、本来濡れるところがないようなところまで濡れる。義脚を隠すために穿いているタイツに海水が染み込んで、艦娘のときでは感じたことのない不快感を醸し出していた。服が濡れるよりも気持ちが悪いと、嫌そうな表情を顔に浮かべる。

 そのため、不快感を払拭するために今はタイツを消した。義脚ではあるが、春雨にとっては()()という状態になる。素肌が海面に触れて、少しだけ冷たく心地よさを感じた。

 

 艦娘の時なら人前で脱ぐような真似は羞恥心が邪魔をして拒んでいそうだが、自分に対する心が壊れている春雨にはその辺りの感情はカケラも無い。その中のインナーが見えようがお構いなしである。

 

「あれ、もしかして……」

 

 曝け出された春雨の義脚を見た薄雲が、何かに気付いた。

 

「春雨ちゃん……()()()()()()()()()()()()?」

 

 深海棲艦として生まれ変わった春雨には、そもそも脚が存在していなかった。生活するのに不便だから艤装の応用で脚を生やしていたに過ぎない。つまり、深海棲艦として行動する際には、脚は余計なものでしか無かったのである。

 

「ウスグモ鋭いわね。艤装が腰の横にあるのって、あのこけるの防ぐためのFloat代わりになってるのかもしれないわ。脚を消してやってみたらどうかしら」

「う、うん、ちょっとやりかた変えてみる」

 

 友人2人のアドバイスを受け、歩くために必要不可欠であった義脚を消す。すると、今までは綺麗に切断されたようになっていた脚の断面に蓋がされるかのように新たな艤装が構築された。

 海面に尻餅をついていたようなものの春雨も、これが出来上がったことで途端に安定性が増す。いつもより海面が近いが、むしろそれがさらに安定感を増す要因にもなった。

 

「あれ、すごく安定する。これが正解だったのかな」

 

 この艤装こそが今の春雨の真骨頂。薄雲やジェーナスの履いている靴型艤装の足裏と同じような機構が搭載されており、海上に立つための全ての機能が蓋に集約していた。

 腰の横の艤装も、ジェーナスが言う通りの性能をしていた。バランスを保つための舷外浮材(アウトリガー)の役目を果たす。そのさらに外側に魚雷発射管が接続されているのも、海面スレスレから雷撃を放つためだった。

 

「うわ、うわっ、艦娘の時よりずっと速い!」

 

 そして、実際の性能。深海棲艦はジェーナスが言う通り()()()()をしている者が多数いる。春雨もそこに該当するものだったらしく、運動性の伸びが普通では無かった。

 脚を失って小柄になった分が全てそこに集約されているようで、艦娘であった頃の倍は速力が出ている。それが腰の艤装のおかげで安定性も上がり、猛烈なスピードで海上を滑走した。

 

 

 

 

 時々クルクル回りながら踊るように駆け回る春雨の姿を、薄雲とジェーナスは楽しそうに眺めているのだった。

 




艦これアーケードの駆逐棲姫の動きは、軽やかでスピード感がある可愛い感じのモーションでした。爆煙振り払う時にクルクル回ったり、でも攻撃するときは凛々しかったり。ここの春雨はどちらかといえばそれに準じています。
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