空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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最初の溢れた者

 深夜に悪夢に魘された結果、自らの意思で暴走をしてしまった叢雲。しかし、施設の岸で野営している艦娘達を襲おうと部屋を出たところで飛行場姫によって止められてしまった。

 艤装まで持ち出し、飛行場姫を怒りのままに殺害しようとまでしてしまった叢雲だったが、飛行場姫の実力は怒り任せの攻撃には一切屈することなく、たった指2本で屈服することになった。

 

 叢雲は、槍と同時に心が折れていた。

 

「姉さん……」

 

 その一部始終を見ていた薄雲が叢雲に駆け寄る。しかし、差し伸べようとした手を振り払った。

 

「何なのよ……惨めな私を笑いに来たの?」

 

 心が折れたことで怒りは鎮静化され、膝から崩れ落ちていた。それどころか、今の叢雲は涙目で震えていた。

 本気で殺そうとしたのに、手加減をされても手も足も出なかった。本気を出されていたら、今頃自分はこの世にいない。自分が何をやろうとも、飛行場姫には敵わないだろう。完全に恐怖を抱いていた。

 そんな自分の姿が、プライドの高い叢雲には醜態と感じたのだろう。怒りに身を任せている時はそんなことを思わなかったため、自分の意思と思いながらも正気は失われていたのかもしれない。それがまた、自分への怒りを呼び起こす。

 

 そのため、薄雲に八つ当たりをしてしまっていた。そんなつもりは無くとも、苛立ちは表に出てしまう。

 

「惨めだなんて思ってません。姉さんはそういう性質のヒトだってことは、みんながよくわかっています。今回は発作が起きてしまっただけです」

 

 対する薄雲は、ハッキリとした口調で叢雲に思いを伝える。叢雲からは返す言葉は無かった。

 

 今回の行動は完全に暴走だ。悪夢によって精神が特に不安定になったところに、オフに出来ない電探から一番の怒りを駆り立てる艦娘の反応が常に送られてきて、そもそも溜まりきっていたストレスが爆発した。そのせいで、自分の意思はストレスを発散すること、つまりは艦娘の殲滅と認識してしまった。即座に行動に移してしまうほどに。

 薄雲の言う通り、これは叢雲特有の発作だ。春雨や薄雲のように、わかりやすいトリガーがあるわけではなく、叢雲の場合は常に怒りに苛まれているのだから、それが溜まり切れば発作が起きる。トリガーではなく、周期のようなもの。今回はそれが初めて発生したに過ぎない。

 

「気にしないでください。姉さんがあんなことをしてしまったからと言って、私達が見捨てるとかは絶対にしません。だって、仲間ですから」

 

 発作の苦しみを理解しているからこそ、こういう言葉を建前ではなく本心で出せる。姉であるという補正もあるが、薄雲からしてみれば、まだ誰にも害が無いのだから、取り返しがつくモノとしか考えられない。

 

「全く……今後はストレスが溜まり切る前に発散するわよ。何ならまたアタシが相手になったげる」

 

 飛行場姫からしても、何も起きなかったため、とりあえず反省してくれればいいくらいで終わらせるつもりである。殺意を持った一撃も、無かったことにするつもり満々。

 しかし、叢雲自身がいじけてしまっては意味がない。建前だけでも罰を与えようとも考えていた。施設の方針に反した行動を取ってしまったわけで、それが発作であったとしても、命のやり取りに持っていこうとしたのは、あまりよろしくはない。

 

 この頃には、薄雲に起こされた春雨とジェーナスも合流し、中間棲姫もやってきていた。残りの面々も続々と集結することに。

 その中心で、自分の惨めな姿を見られていると思うと、余計に心がグチャグチャになっていく叢雲。暴れ倒したかと思いきや、返り討ちに遭った挙句に立ち上がれないほどに落ち込む。まるで躁鬱病である。

 

「なんだなんだ、発作か? 叢雲の発作は夢遊病か何かか?」

「怒りと夢遊病って繋がらなくない?」

「わかんねぇぜ? 昔の夢を見ちまったせいで、暴れたとかさ」

 

 竹が戯けたような言葉で場を和ませようとし、松もそれに合わせる。しかし不発。叢雲は顔を伏せ、拳を握るのみ。半分当たっていたせいで、場は和むどころか更に緊張感が満ちることに。

 

「ひとまず、みんなは寝てちょうだいねぇ。私と妹ちゃんが後は何とかしておくから。まだ真夜中だし、眠たいでしょう? 明日に備えてねぇ」

 

 それをすぐに終わらせるのは中間棲姫。ここでうだうだしていても何も進まないだろうから、姉妹姫のみで叢雲の面倒を見るからと部屋に戻させる。

 

「薄雲ちゃん、戻ろう。姉姫様と妹姫様なら、きっと叢雲ちゃんをどうにかしてくれるよ」

「そうよ、ウスグモ。あの2人を信じて、bedroomで待ちましょ」

 

 薄雲は叢雲が心配で戻ろうとしなかったものの、春雨とジェーナスの助けもあり、叢雲を2人に任せてベッドルームに戻った。

 

 残された叢雲と姉妹姫は、一旦ダイニングへ。叢雲は立ち上がれそうに無かったが、飛行場姫がかなり強引に立たせた後、引っ張るように歩かせて椅子に座らせた。

 もう叢雲は完全に萎縮している。怒りなんて溢れ出すことが無いかのようだった。しかし、これもまたストレスになり、いつどこで爆発するかがわからない危険な状態でもある。

 

「まず、叢雲ちゃん。少しは落ち着いたかしらぁ」

 

 飛行場姫がホットココアを用意している間に、中間棲姫が正面から聞く。しかし、叢雲は俯いた顔を上げることが出来ない。

 落ち着いているとはいえ、今でも怒りは燻っている。燻っているのだが、先程の圧倒的な力を思い出して、それは完全に抑え付けられていた。怒り任せに暴れたら、またあの力業で捻じ伏せられるのだと考えると、手が震えてしまう。

 飛行場姫が少しだけ言った『恐怖による支配』が、ある程度出来てしまっていることを表していた。絶対に敵わない相手というのを、心身共に()()()()()()()()()()()

 

 飛行場姫がこうなのだから、中間棲姫はさらに恐ろしい力を持っている。叢雲の中ではその構図も出来てしまっている。

 実際、中間棲姫には3枚の甲板というとんでもない装備があるのだが、叢雲はそれを知らない。それでも、中間棲姫にはもっと酷いカタチで捻じ伏せられるのではという恐怖があった。

 

「貴女の怒りはわかっているつもりよぉ。私も少し無理をさせてしまったようで、ごめんなさいねぇ」

 

 中間棲姫からの謝罪。最も謝罪する必要が無い者からの言葉に、叢雲は驚く。

 

「貴女の特性を見誤っていたみたい。貴女()ここまでのことをやってしまうなんて思ってなかったの。本当にごめんなさいねぇ」

 

 中間棲姫は叢雲を責めることは絶対にしなかった。怒りが溢れた艦娘のことを一度見ているようで、精神を逆撫でするような行為は避け、叢雲の気持ちを汲みながら宥めていく。

 

 しかし、そうなると叢雲には疑問が出てきた。ここまでやらかした自分を、何故まだこの施設に置いておこうとしているのか。

 ルールに反した者に親身になる必要はない。ただでさえ飛行場姫に手を出しているのだ。全く敵わなかったとはいえ、その時の殺意は本物だった。いわば自分は叛逆者だ。追放、ないし処刑されてもおかしくないことをしている。

 

「……なんでそんなに私なんかに親身になるのよ……」

 

 その疑問を素直にぶつけた。何故ここまで温厚でいられる。何故分け隔てなく優しく出来る。怒りの化身となった叢雲には、それが理解出来ない。

 

「うーん、じゃあ叢雲ちゃんだけには話しておこうかしら。わかってると思うけれど、この施設には貴女以外にも怒りが溢れた艦娘がいたのよ」

 

 戦闘中の飛行場姫の言葉や、先程の中間棲姫の言葉からして、そんな感じはしていた。同じような艦娘を知っているからこそ、今回のような対処をしている。

 いた、ということは、今はいないということでもある。その者がどうなったのか。

 

「そいつが何処の誰かは知らないけど……そいつに対して()()したから、私には親身になってるってことなわけ……?」

「そんなところね。二度とあんなことにはしないために、アンタだけじゃなく、ここにいる全員を同じようにしないために、アタシ達は尽力してんの」

 

 飲みなさいと、飛行場姫が叢雲の前にホットココアを置く。身体を温めて、ゆっくり眠れるように配慮したそれは、匂いだけでも心が落ち着くようだった。

 

「ジェーナスよりも前、本当の最古参が、ここにはいたの。あの子がここに来る前にいなくなってるんだけど」

「そいつが……私よりも前に怒りが溢れて深海棲艦になった艦娘……?」

「ええ。天龍っていうヤツなんだけど、アイツもアンタみたいに怒りが溢れた結果だった」

 

 経緯は叢雲とは違うようだが、その天龍も、心を壊すほどの怒りにより黒い泥が溢れ出し、深海棲艦化した存在なのだという。

 

「いい子だったんだけどねぇ……怒りがどうしても払拭出来なかったの。それに、元々が好戦的だったところもあって……処置が出来ていたのに、どうしても抑え切れなかったみたいなのよねぇ」

 

 今の叢雲よりも苛烈に周囲に怒りを振り撒いていたが、ここに拾ってもらえた恩というのも感じていたため、ある程度の協力はしてくれていた。

 しかし、それこそ今の叢雲のようにストレスが溜まりに溜まり、発作を起こしてしまった。溢れ続ける破壊衝動に身を焦がれ、正気を失って暴れ回る、ただの暴君と化してしまったそうだ。

 

「……結果は」

()()よ。自分で自分が止められずに。アタシもさっきのアンタみたいに強引に止めようとしたんだけれど、ダメだった」

「この施設も大分壊されてしまってねぇ……見境なく壊した挙句、最期は……自分の砲撃に巻き込まれたのと、怒りに身を焼かれたことでさらに酷い発作を起こしてしまって……そのまま」

 

 いくら身体が強固な深海棲艦といえども、その身体の内側がどうにかなってしまったら、ひとたまりもない。最期は殆ど心臓発作みたいなようなものだったらしい。

 春雨や薄雲の寂しさ、ジェーナスの自己嫌悪など、激しい発作を起こしても、そこまでのものにはならない。過呼吸になるくらいはあっても、普段は怒りよりは小さかった。

 しかし、その天龍は怒りに身を任せすぎて、心拍数が上がりすぎ、身体のダメージと共に心臓へのダメージも入ってしまい、そのまま息絶えてしまったという。

 

 あのままだと、叢雲も通る道であった。怒りは身体への負担が大きすぎる。

 

「それを知っているから、私達は二度と同じことを起こさないように、常に貴女達に気を配るようにしているのよぉ」

「ここでは何の不自由もさせないつもりだけど、何も無いとは言い切れない。だから、細心の注意を払ってるの」

 

 それを知っているから、ここにいるものには苦しんでもらいたくない。前みたいなことは二度と起こさないように。

 

「私達はねぇ、誰も傷付かない道を探しているのよぉ。だって、私も痛い思いをしたくないから」

「誰も痛い思いをしないなら、アタシ達も痛い思いをしないでしょ。そういうことよ。結構打算的なんだけれどね」

 

 少し軽い言葉ではあるものの、仲間の死がここまでの慈悲深い性格に拍車をかけていたのだと知ることが出来た。その情は分け隔てない。

 

「艦娘と和睦を結んだのも、その延長線上ね。戦いなんて、どっちも痛いだけじゃない。だったら、仲良くした方がいい。わかるかしら」

「……私にそれを理解しろっていうの……?」

「すぐに理解しろとは言わないわぁ。でも、私としては、死ぬよりも楽しい道だと思うんだけれど、どうかしらぁ?」

 

 まだ艦娘に対しての怒りは晴れていない。しかし、死と天秤にかけられたら、どうするか。

 衝動に身を任せてしまえば、死んでもいいから艦娘を皆殺しにするという選択肢をとってしまうだろう。しかし、先程の飛行場姫との戦いで心が折れた叢雲には、自滅してでもという選択肢は完全に省かれる。

 

「……艦娘は嫌い。大嫌い。私を裏切った、私をこの身体にした、そんな奴らを……」

「それは、今そこにいる子達じゃないでしょうに。恨みを持つなとは言わないし、憎しみを捨てろとも言わないけど、その方向を見誤っちゃダメね。艦娘全部がアレと同じなわけないでしょうが」

 

 そう言われても納得出来ないのが叢雲である。ならばと、飛行場姫は禁じ手を使った。

 

「だったら、アンタはあっちの海風達の言い分は聞きなさいよ。あの子達はね、同胞(はらから)に姉妹を殺されてんの。同胞(はらから)全部に怒りも憎しみも持っててもおかしくないんだから」

「最初の海風ちゃんはそんな感じだったわねぇ。私、撃たれちゃったし」

「あったわねそんなことも。でも、そういうことなの。叢雲、これだけは理解してほしいわ。あの子達とアンタは同じなのよ」

 

 そう、あちらの艦娘達も、叢雲と同じなのだ。()()()()()の違いだけ。

 やはり叢雲は周りが見えていなかった。アレだけ言われても、怒りのせいで視野が狭まり、自分のことしか考えられなかった。

 

「……アイツらも、私と同じ」

「そうよ。アンタを裏切った艦娘とは違うってわかるでしょ。いわば、アンタとあの子達は()()なのよ。仇まで同じっていうね」

 

 

 

 

 ほんの少しだけ、叢雲の中で何かが変わったような気がした。

 




ジェーナスよりも前に溢れた艦娘、天龍。その命を落とし、姉妹姫により慈悲の精神を植え付けた者。本人はそんな気がなくても、施設をより良い方向に導いているのは、紛れもなく最古参。
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