空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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対面

 翌朝。結局ベッドルームに叢雲が戻ってくることはなく、目を覚ました時にいなかったことで、薄雲が発作を起こしかけた。

 ここ最近は常に隣に叢雲がいた状態だったため、溢れ出した寂しさが抑えられていた代わりに、いなくなった瞬間に不安定になってしまった。

 

「叢雲ちゃんは多分、姉姫様と妹姫様が一緒にいてくれてるんだよ。大丈夫、大丈夫だからね」

 

 薄雲をあやす春雨だが、姉がいないという不安がどうしても寂しさに繋がってしまい、泣き叫ぶようなことは無くともその場から動けなくなってしまう。

 春雨も引っ張られかけたものの、そこはしっかりジェーナスがカバー。以前にもあった総崩れの恐れも、今回はなんとか回避。

 

「……昨日の夜は……悪かったわね」

 

 そこに叢雲が入ってきた。春雨の予想通り、あの深夜の話の後はベッドルームに戻ることなく、姉妹姫の部屋で一晩を過ごしていた。

 怒りが溢れて不安定だった叢雲は、飛行場姫にこっ酷くやられた恐怖も相まって簡単には眠れそうになかったため、姉妹姫がそれを解消するべく力になったらしい。

 2人に挟まれながらの睡眠は逆に緊張してしまいかねなかったのだが、寝る前に淹れてもらったホットココアが相当効いたらしく、落ち着いたらそのまま眠りにつくことが出来たそうだ。

 

 叢雲の姿が目に入ったことで、薄雲はすぐに落ち着きを取り戻し、逆に叢雲が気持ちよく眠ることが出来たことを喜んだ。自分のことより他人のこと、それが姉のことならば尚更である。

 

「大丈夫でしたか? よく眠れましたか?」

「……ええ、ある程度はね」

 

 言葉の割には浮かない顔。しかし、怒りというよりは何か違う悩みを抱えて帰ってきたようにも見える。今でも艦娘の反応を感知し続けているはずなのだが、その表情はまるで違うように見えた。

 

「どうしました?」

「……ちょっと考え事」

 

 逆に不安になった薄雲はおそるおそる尋ねてみたものの、少し触れづらい雰囲気だったため、それ以上聞くのをやめておいた。本当に必要なら、叢雲自身から打ち明けてくれる。いくら怒りに呑まれていても、そういうところは誠実なはず。

 しかし、薄雲の不安とは裏腹に、その考え事の解決方法は既に思いついていたようである。

 

「……春雨」

「ん、どうしたの?」

「アンタ、今からあの艦娘共に朝ご飯を差し入れに行くのよね」

「うん、勿論そうするつもりだよ。妹達のためだもん」

 

 昨晩の夕食は、腕によりをかけて作ったものを運んだ。その前のおやつも手製である。同じように、朝食も提供するし、調査に向かった先で食べられるように戦闘糧食も用意するつもりだ。

 そのため、今からすぐに準備しようと考えていた。自分達の朝食もそうだが、野営している艦娘達の朝食もしっかりと美味しいものを作ってあげたいから。

 

「それ、運ぶ時間になったら教えて」

「いいけど……何かあった?」

「……アイツらと、話をする。聞きたいことが出来た」

 

 一晩でえらい変わりようだった。あの後、姉妹姫と何を話したのかと勘繰るレベル。

 しかし、ただ嫌い嫌いと拒み続けるよりは、1歩進めたことを喜ぶべき。対話を望むのなら、喜んでその橋渡しとなろうと、春雨は満面の笑みで叢雲の手を掴んでブンブン振った。

 

「勿論! 一緒に行こう!」

「え、ええ……」

 

 春雨の勢いに圧倒され、悪態すらつけずにただただ何も言えなくなる。

 

「でも、どういう心境の変化が?」

 

 春雨に聞かれ、少し俯いた。

 

 今までさんざん艦娘のことを毛嫌いし、同じ島にいることすら気に入らないと文句ばかり言っていたのに、突然自分から会いに行くと言い出したのだから、疑問に思うのは当然のこと。

 薄雲もジェーナスも、叢雲の心境の変化には驚いていた。まず確実に叢雲が言わないであろう言葉が出たようなものだ。

 

「妹姫に言われたの。海風は私と同じなんだって。だから、そのことを聞きたいと思っただけ」

 

 叢雲と海風が同じと聞いて、春雨の中では納得が行く。確かに似た者同士だと感じた。

 

 仇も同じであり、それに大切なものを奪われたという境遇も同じ。叢雲は命を、海風は姉妹と、少し違うものではあるが、それをきっかけに怒りと憎しみを強く持つようになっている。

 海風は溢れなかっただけで、叢雲と同じようになってもおかしくない心境だった頃もあった。それは、山風を筆頭とした仲間達がサポートし続けたおかげで、最悪な事態にはならなかったが、今でも大分綱渡りなところはある。

 そういう意味では、海風だって深海棲艦全てに怒りと憎しみを振りまいてもおかしくなかった。その性格から寸前のところで踏みとどまっているにしても、中間棲姫に容赦なく発砲したことは事実であり、やはりそこも叢雲と近い。

 

「そっか。うん、そうだね。海風と話してみて。きっと叢雲ちゃんの知りたいことを話してくれると思うから」

 

 手を握る力がより強く。海風を信じてほしいという思いがこもっていた。

 

 

 

 

 艦娘達も全員が目を覚まして調査の準備をしていた。野営という本来はなかなかやる機会のないことをやったことで、身体に不備がないことを確認しつつ、寝袋などを片付けて大発動艇に積み込んでいく。

 調査の状況次第では、この日もう一晩をここで過ごさせてもらう可能性もあるため、片付け自体は軽めにされている。大発動艇もここに置いたままとして、調査終了後はまたこの場所に戻ってきてから、改めて鎮守府に帰投する方針。これは姉妹姫にも許可は貰っている。

 

「Hey, 皆サーン、英気は養えましたカ?」

 

 朝イチから元気のいい金剛の声。1日の始まりにはちょうどいい爽快感を与えてくれる。

 

「海風姉……ちゃんと寝れた?」

「大丈夫。少し考え事があったけど、今日の調査に支障が無いくらいには眠れたから、心配しないで」

 

 昨晩にいろいろと吐き出したことで、ある程度はスッキリした海風。その夜も少し考えることがあったものの、よく眠ることが出来たようである。表情にも悩みがあるような感じではなく、普段の冷静な海風が戻ってきていた。

 海風のみならず、全員が万全な態勢で朝を迎えている。枕が変わると眠れないなんていうこともなく、安心安全な島での休息はそれだけでも深い眠りにつくことが出来た。

 

「Michelleもthank youネ。おかげで私達はよく眠れましタ」

 

 近海で護衛をしていたミシェルにもしっかり声掛け。金剛に礼を言われたミシェルは、全身を使って喜びを表現していた。

 実際はミシェルが護衛せずとも何も来ないことはほぼ保証されていたようなものなのだが、そこはその意思を汲み取って、やりたいことをやらせる。それでミシェルとの仲も良くなるのだから、何も問題は無いのだ。

 

「そうだ、朝飯ってどうなってるンだっけ?」

「春雨姉が持ってきてくれるって言ってたね。時間的にもそろそろなんじゃないかい?」

 

 江風と涼風は、こんな寝起きなのに食べることに意識が向いている様子。鎮守府での朝のルーティンが崩れてしまうのは仕方ないにしても、即座に欲求を口に出している辺りは、やはりこの2人である。

 などと話している間に、施設側から何者かの影。こんなタイミングでやってくるのは、今2人が話した食事の件に違いない。

 

「おーい、みんなー。朝ご飯の差し入れでーす」

 

 朝食を持ってきた春雨と、それを手伝うためという名目がありつつもミシェルの様子を見に来たジェーナス。8人分の朝食なので結構な大荷物になっていたが、大皿に載せているおかげで難なく運ぶことが出来ている。

 

 だが、それよりも艦娘達が驚くべきことがあった。2人の後ろにいる者である。

 久しぶりに艦娘の前に姿を現す薄雲と、その隣で感情を抑えながらここまで来た叢雲。

 

「え、えっ」

 

 真っ先に反応したのは、話をしてみたいと昨晩語っていた海風。実際に目の前に来られると、妙に緊張する。

 叢雲も、目の前に艦娘がいるという状況に燻る怒りが燃え上がろうとしていたが、薄雲の助力で何とかギリギリで抑え込み、拳を強く握り締めながらそこに立った。

 

「海風、アンタに1つ、聞きたいことがある」

 

 絞り出すように、言葉を紡ぐ。名指しされたことで余計に緊張してしまう海風だが、自分も話したいと言っていたくらいなのだから、それをどうにか押し隠して叢雲の次の言葉を待つ。

 

「アンタの姉は、同胞(はらから)に殺されたのよね」

 

 いきなり心を抉るような一言。一番聞きたくなかった言葉を易々とぶち込んできた。海風も拳を強く握り締めた。それに対して江風が抗議しようとしたが、いち早く金剛がそれを止める。

 叢雲も勇気を振り絞ってここに立っているのだ。言葉選びがうまく出来ないようだが、今は見守ることを選択した。

 

「なら、私も含めて、同胞(はらから)全部が気に入らないでしょ。見ただけでも、殺したくなるくらいに」

 

 春雨が見つかる前までの感情を掘り起こされるような感覚。姉の仇を探していた時の海風は、叢雲に近いくらいの怒りに囚われていた。その結果が、制止も出来ずに中間棲姫に主砲を乱射した事件に繋がる。

 だが、今は違う。ここの姉妹姫にはある程度の信頼を置いているし、そうで無ければこの島で野営なんてしない。たった1人ここに置いていかれて一晩を過ごした経験もそこに活かされている。

 

「なんでその感情が抑えられるわけ?」

 

 1つはとても簡単で、敬愛する姉が深海棲艦と化してしまっていることがある。そこから繋がり、考え方が変わっている。

 

「……良い深海棲艦と悪い深海棲艦がいることに気付けましたから」

 

 海風も絞り出すような声。言葉選びを慎重にし、叢雲の神経を逆撫でしないように努める。叢雲は心が壊れているのだから、ああいう物言いになっても仕方ないかもしれないが、海風はまだギリギリで耐えているのだから理性を持ってそれに応える。

 

「人間も、艦娘も、深海棲艦も、全部同じです。良いモノもいれば、悪いモノもいる。ここは特に顕著じゃないですか。争いを好まない、共存を望む深海棲艦は、悪いモノですか?」

 

 叢雲は答えない。ここに関しては、善悪の分別が難しくはある。人間にとっては良いモノでも、深海棲艦にとっては悪いモノであったりする。逆も然りだ、結局は主観の問題であるため、解に困る。

 

「私が心の底から憎むのは、姉さんを奪った深海棲艦だけです。それはここの姉妹姫では無いですし、勿論貴女でもない。仇は()()1()()であって、その()()では無いんです。ならば、貴女は私の仇となる深海棲艦の意思に賛同しますか? 私の姉達は、理不尽に死んで当然であると。それならば、私は貴女を許すことは出来ません。この場で戦います」

 

 海風も少し感情的になっている。山風がハラハラし始めているが、そちらには比叡がついていた。小さく首を横に振り、海風の行く末を見守るように指示する。

 

「私は、私の姉達の仇の意思に賛同しない深海棲艦は、敵とは思っていません。ましてや、そのやり方に異を唱えてくれるようなヒト達を殺そうなんて、カケラも思いません。だって、そのヒト達は、私の仇ではありませんから。そこに攻撃することは、ただの()()()()()でしょう。叢雲さん、貴女はどう思いますか?」

 

 強く、その意思をぶつける。叢雲は言葉も無かった。

 

 怒りに身を任せて、艦娘という種族そのものに八つ当たりをしているに過ぎないことに、今更ながらしっかりと気付くことが出来た。プライドが高い叢雲には、八つ当たりという行為がとても()()()モノに思えた。

 心が壊れているとはいえ、物事の分別が全く出来ず、艦娘だからという理由で毛嫌いし、あまつさえ深夜に襲撃すらしようとしてしまった自分が、あまりにも惨めだった。これを醜態と言わずして何と言うか。

 

「だから、私は感情を抑えているわけではないです。感情を出す相手が理解出来ただけなんですよ。それは……叢雲さん、貴女にも同じことが出来ると思います」

 

 そこまで言い切って、海風は叢雲からの返答を待つ。

 

 目の前にいる艦娘は、自分を裏切った種族ではあるが、自分を裏切った張本人ではない。昨晩の飛行場姫の『艦娘全部がアレと同じなわけない』という言葉を痛感する。

 同じだったら、こんな面と向かって意思をぶつけてはこない。ゴミのように蔑むような目か、そもそも目を合わせてもこないかのどちらかだ。会話すらままならない。

 だが、ここにいる艦娘は違う。叢雲のことを見て、心配し、仲良くなろうと躍起になっている。それは、叢雲を仲間として見ているものの目だった。

 

「……理解したわ。今まで私がどれだけ愚かだったのかを。アンタは、アンタ達は、私の憎む艦娘とは別物みたい。それを統括する司令官もアレなんだものね。そういうことか」

 

 叢雲が小さく笑みを浮かべた。目の前の艦娘達への敵意は消えていた。

 

 海風の言葉で、自らを鑑みることがちゃんと出来た。憤怒の化身だとしても、物事の分別が出来なければ意味がない。何もかもに怒りを振り撒いていたら、それこそ本当に最古参と同じように自滅してしまう。そうなるわけにはいかない。

 

「アンタのおかげで、自分の怒りが多少制御出来るようになった気がするわ」

 

 だからといって、艦娘に対する怒りが全て払拭出来たわけではない。少なくとも、あの鎮守府にいる者、この海風の仲間達に関しては、怒りが向かなくなったという程度である。

 

 

 

 

 叢雲は大きく前進出来ただろう。艦娘でもなく、深海棲艦でもない、叢雲として、新たなステージに立てた。

 




全方向に怒りを振り撒いていた叢雲は、怒りの方向を見定めることが出来るようになりました。それでも怒りは燻っていますが、ここの艦娘達を突然襲うようなことはもう無いでしょう。
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