飛行場姫に諭され、海風とも対話が出来たことで、叢雲の怒りはほんの少しだけ安定した。艦娘を無差別に敵視することは無くなり、少なくともこの調査隊に対しては中立の態度を取る。
朝食も結局外で食べることにはなったものの、叢雲は嫌な顔をすることなくそれを受け入れた。仲間とは思わずとも、
「すごく……ハラハラした」
春雨の用意してくれた朝食、サンドイッチを頬張りながらも、ホッと一息吐いた山風。このままケンカに発展してもおかしくは無かったため、そうならないことを祈りながら比叡の陰から見ていた。無事に和解が成立したことで、心底安心したようだった。
山風だけではなく、他の者も一触即発の雰囲気にヒヤヒヤしたものである。叢雲が言葉を選ばずに真正面からぶつけてくるため、海風が壊れてしまいかねないと不安ではあった。だが、それももう大丈夫である。
「私も安心したわ。叢雲さん、話がわかるヒトで」
「ありゃあ話がわかるってよりは、妥協したって感じじゃね?」
江風のツッコミは綺麗にスルー。妥協だろうが何だろうが、和解出来たのだからそれでいいのだ。お近付きになれたのだから、ここからゆっくり仲良くなっていけばいい。
「調査が今日1回で終わるとは思えないデスし、次に来ることがあるなら、施設を使わせてもらえるかもデスネー」
「はい! 野営もいいですが、中を見せていただきたいものですね!」
調査範囲はかなり広い。そのため、今回1回で全てがわかるとは限らない。そもそも何もわからない可能性だってあるのだ。それならば、また次の機会も来るだろう。その時は野営ではなく、施設の中で一晩を過ごさせてもらいたいと願った。
野営が嫌なわけではないが、やはり施設の中の空気というものを知っておきたいと金剛は語る。海風だけしか知らない、穏健派の深海棲艦の生活様式というものを、その身で感じても損はない。
「千歳お姉、調査する場所って、明確な場所ってわかってるんだっけ?」
「ううん、そこも曖昧。おおよそどの辺りかというくらいね。だから、私達が艦載機でざっくりと探すの」
「なるほどね。なんだかそういう調査も久しぶり」
春雨の行方を探している時と同じで、大海原を艦載機で一通り見ていくというのが今回の調査である。方向だけはふわっとわかっている状態で止まっているため、空母の2人の力は特に重要だった。
戦艦2人が参加しているのは、この施設の者に面識があるというのもあるが、万が一敵と遭遇した時のことを考えた結果だ。
そう考えた場合でも、空母は必須である。事前に敵の場所がわかることはその後の戦闘を優位に進めることが出来るし、制空権を取ることはさらに優位性を強めてくれる。調査に戦闘にと引っ張りだこになるのは仕方ないことだった。
「せっかくだし、少しくらいは叢雲に聞いてみたらどうだい。アイツも多少は場所知ってんだろう?」
「そうネ。行くときにはどっちの方向かだけは聞いておきましょうカ」
戦艦棲姫はその目で見て、そして叢雲は感知というカタチで、ミシェルが現れた海域を特定している。直に見たわけではないため、あくまでも方向でしか言えないものの、無いよりはマシ。
ミシェルを調査に連れていくという選択肢もあったのだが、この施設の一員を調査の現場に連れていくことは流石に気が引けた。まず無いとは思うが、別の鎮守府の者にその姿を見られてしまった場合、言い逃れが出来ない。
「和解が無かったら、その方向すら聞けなかったんだよネ。海風、よく頑張りましタ」
「い、いえ……私も叢雲さんとはしっかり話したかったですから。この調査が終わった後にも、もう少し話す機会が欲しいですね」
海風の中では、叢雲は立場は違えど
この調査の結果は関係無しに、施設とは長い付き合いになるだろう。ならば、もう少し仲良くなれればと願った。叢雲からも仲間、友達であると思ってもらえるのなら最高である。
「それなら、まずはしっかりお仕事を終わらせちゃいましょうネー。ミシェルの出処調査、あちら側の海に何があるか、デスネ」
「はい! 皆さーん、気合、入れて、行きましょう!」
比叡の号令で、艦娘達が拳を突き上げた。その時には暗い雰囲気なんて微塵もなく、全員が晴れやかな表情をしていた。
特に海風は、心に刺さっていた棘のようなものが抜けたかのようにスッキリしていた。
一方、朝食を届けた後に施設に戻ってきたいつもの4人組。こちらもまだ朝食を摂っていなかったため、ダイニングまで戻ってきたところから開始。他の施設の者達は既に朝食を終えていたようだが、作業の時間まではダイニングでゆっくりしていた。
品目は勿論、艦娘達と同じサンドイッチ。叢雲だけ1つ多めに配膳されて何事かと思ったが、これも春雨の感謝の気持ちらしい。
「アンタが私のことどう思ってるかよくわかるわ」
「これが一番喜んでもらえるかなって思って」
「……間違っちゃいないわ」
納得しつつも、その追加の1つを頬張る。シンプルだが、わかりやすい朝食の味に、叢雲も太鼓判。春雨の料理の腕は、簡単なものからも察することが出来るように、日々進化している。
「叢雲、結局アンタはどういう答えを出したわけ」
飛行場姫が問い質すと、叢雲は少し言い淀みつつも、先程の海風との対話のことをつらつらと話した。たまに躊躇う部分もあったが、しっかりと全て。
薄雲が代わりに話そうとしたものの、中間棲姫にやんわりと止められる、これは、叢雲自身の口から聞く必要のある内容であり、叢雲の考えを整理させる行為でもある。
この場にいる全員、施設の者全員の前でそれを話すことで、叢雲は真にその考え方を自分のモノと出来るだろう。人前で話したことを曲げることは、叢雲の沽券に関わる問題だ。
「ふぅん、それなら良かったわ。施設のためにも、アンタのためにも」
「私のためかどうかは知らないけど、施設に迷惑はかけないでおくわ。ここに置いてもらってるわけだし」
暴走している自分を保護してくれているという恩もあるのだと言うが、それ以外の感情もあるのだろうと誰もが察した。例えば、薄雲がいるのだから離れるつもりはないとか、ここにいれば美味しいものが食べられるから離れたくないとか。
「でも、良かったです。姉さんが……その、和解してくれて」
「んぐんぐ、和解とかじゃないわよ」
薄雲の言葉に、用意されたミルクを飲みながら弁解する。
あくまでも艦娘が怒りの対象であることには変わりない。今でも沈めたいほどにイラつく。これは叢雲の本質なのだから、おそらく一生払拭出来ない。
だが、今回知り合った艦娘達に対しては、身を焦がす怒りと憎しみが緩和された。勿論、あの艦娘達がこちらを裏切るようなことがあったら、容赦なく一切の温情なく叩き潰すだろう。だが、今のままの距離感、接し方であれば、そこにいてくれても構わない。
耳元を飛ぶ蚊から、部屋の端にいる蜘蛛くらいにランクアップしたのだと、叢雲は最後に締めた。
だが、害虫から益虫にしている辺り、あの艦娘達のことをそこまで嫌っていないということに繋がる。ヒトによっては嫌う虫ではあるものの、蚊よりはまだマシと感じる者もおり、叢雲はそういうタイプ。
「まぁ、そこにいるくらいなら許せるくらいの心境にはなったわ。これも同情なのかしらね」
「どういうカタチであれ、ケンカしないでくれるならそれでいいわぁ。艦娘と深海棲艦のケンカなんて、どうやっても命のやり取りになっちゃうんだものぉ」
こんなことで仲違いした挙句、殺し合いにまで発展するのは流石に困る。それに、どうやっても施設に被害が出るのだから、それだけは回避したい。
「叢雲ちゃん、次にあの子達がここに来た時は、施設に入ってもらってもいいかしらぁ。一晩過ごしてもらうなんてこともあり得るかもしれないわぁ」
中間棲姫のこの言葉に、叢雲は少し考える。感知の範囲内に居続けられるのは気にならなくなったが、その姿を目にし続けるのはどうだろうか。寝るときに真横にいるなんてことは無いだろうが、それでも近くにいるというのは話が変わるかもしれない。
だが、嫌悪感自体は抱いていない。海風という同志と、その仲間達ならば、施設を使ってくれても構わないと思えた。団欒までは行けなくとも。
「いいわ。今回は野宿で済ませてもらったけど、もう私は大丈夫。でも、次は手土産くらいは欲しいわね」
「ふふ、なら提督くんにそう伝えておくわぁ。叢雲ちゃんが甘いものを催促しているって」
「伝え方に悪意が見えるわよ!」
朝食も和やかに進んでいく。艦娘のことを受け入れることが出来たことで、叢雲が真に施設の一員となったことを表していた。
施設の意志は、これで本当に1つになったと言える。和睦を結んだ艦娘とは、協力関係を続けながら今後を過ごしていくのだ。それは決して悪いことでは無い。
そして、調査隊出立の時。ここからミシェルの出処調査がようやく始まる。たった一晩だったが、ここの時間はとても長く感じるものだった。
「方向としては、あっちの方。哨戒で回っていたときに見つけただけだから、正確な位置はわからない」
「了解です。広い範囲を調査するつもりでいますから、大体の場所でも問題ないですよ」
調査の場所を指を指して伝える叢雲。そのときにも敵意は見せず、嘘を言うようなこともない。ちゃんと協力している。相手が海風だけとなってしまっているのは仕方ない。ここからまた進んでいけばいい。
「明るい時間帯だからわからないけれど、もしかしたら戦艦ちゃんにも会うかもしれないわぁ。白旗を振っていたら私達の仲間だから、その時は何もしないであげてちょうだいねぇ」
「了解ネ。
「ええ、
戦艦棲姫が先行して現場にいるのは、艦娘達にも伝えられている。あちらが活動するのは今のような明るい時間帯ではなく深夜帯ではあるのだが、もしかしたら今のような太陽が昇っている下でも活動をしているかもしれない。
その時は間違っても攻撃しないようにと念を押された。こんなことでお互いに傷を負うことは避けたいのはお互い様。まず無いとは思うが、他の艦娘と戦闘中なんてことがあった場合は処置に困るものの、場所的にそういうことは無いと信じる。
「それでは、調査に向かいましょう。ある程度終わらせたら、またこちらに戻ってきます。そこから鎮守府に帰投するというカタチで」
「ええ、それでいいわぁ。一応お昼は渡してあるけど、何かあったらまた言ってちょうだいねぇ」
「はい。その時はよろしくお願いします」
もう一度ここに帰ってくるということも伝えておき、艦娘達は調査に向かう。その直前、春雨が海風に駆け寄った。
「私、ここで待ってるからね」
「はい。また姉さんと会うためにも、私達は必ず戻ってきます。調査だからといって慢心はしません。万が一のことを常に考えて、命を大事に任務に当たります」
「うん。何も無いかもしれないけど、気をつけてね」
最後に海風の手をギュッと握り、身の危険が無いことを祈りながらも、その背を見送った。
「……何も、無いですよね」
「そうねぇ……保証は出来ないけれど、あの子達ならきっと大丈夫よぉ。私達が信じてあげないと、出来ることも出来なくなるわぁ」
「そう、ですね。
一番恐れていることは、春雨自身に起きたことの焼き直しである。未知の深海棲艦に襲撃され、何も出来ないままに行方不明になる。それだけは絶対に避けたい。
本当に万が一、緊急事態が起きた時は、おそらくこの施設からも出撃するだろう。それだけの力を、ここにいる者達は持っているのだから。
いよいよ始まる海域調査。そこにあるものは、一体何か。
菓子折の1つでも持っていけば、叢雲は施設の使用権もくれるんじゃないかなと思います。心許せる仲だから罷り通るんですけどねそういうことは。