ミシェルの出処とされる海域の調査がついに始まった。場所が明確になっていないため、駆逐隊の捜索をしているときのような広範囲の調査になるのは自明の理であるため、最初から長期戦を想定している。
今回はその一歩目だ。ここで早速何かが見つかるとは思っていない。何か見つかればラッキー。見つからなくても次を見据えている。のんびりやりたいというわけではないが、焦らずとも済む任務に、比較的気分が楽な状態で当たれた。
特に海風は、あの時のような焦燥感で憔悴するようなこともない。頼れる仲間のこともよく見えており、体調も絶好調である。
その理由の1つに、先程の叢雲との対話もあった。納得のいくカタチで終えれたこと、道案内ではあるが、ちゃんと嫌われずに説明を受けることが出来たことが、安心感を後押ししてくれている。
「まずは案内された場所を一直線に行ってみますか」
「そうだネー。叢雲が感知したっていう場所に向かうのがいいカナ? もしかしたら戦艦棲姫とも合流出来るカモだし、そもそも何処に何があるかもわからないしネ」
相変わらず隊長を務めている海風と、この部隊では最高戦力である金剛が相談し、その進行方向にみんなでついていくという方針で現場に向かっているわけだが、今の2人の指揮には安心感がある。
その光景を見ている山風の後ろから、江風が声をかける。ビクッと震えるものの、江風であるとわかった途端に小さく溜息を吐きながら振り向いた。
「……なに」
「海風の姉貴、元気になって良かったね。山風の姉貴、ずっと心配してたろ?」
「……うん」
艦娘に憎しみを持つ叢雲という存在により、施設に立ち寄ることが出来なくなったどころか、春雨との会話すら出来なくなったことで、海風のストレスは徐々に蓄積されていくのがわかっていた。だからこそ、昨晩にそれを発散するように話題を振っていたのだ。
おかげで海風はスッキリした表情になったため、山風は心底安心していた。昨晩もグッスリ眠れたし、寝袋だったとしても身体がしっかり休まったくらいである。
こういうところは身体より気持ちが先行する。山風も例外ではなかった。
「叢雲とも和解出来たみたいなもンだし、姉貴についての心配事はもう無くなったンじゃね?」
「……そんなことない。まだ……まだ怖いことがあるから」
それは勿論、海風自身の深海棲艦化である。今までに何度か、手の甲に黒い泥が付着しているところを見てしまっているのだから、今でも気が気でない。
この調査で姉達の駆逐隊が全滅した理由に近付けるかもしれないが、その真実は海風にとってどういう影響を与えるかわからないのだ。最悪、そこに近付いたことで心が壊れてしまう可能性だってある。
そうなったら、山風の力ではもうどうにもならない。山風だけでなく、ここにいる全員で力を合わせたところで手遅れだ。だからこそ事前に抑え込んでおく。
「山風の姉貴がそう言うンなら、まだまだ海風の姉貴は見守っててやンないとな」
「……勿論。いざとなったら……江風も力を貸して」
「任せとけ。いくらでも貸してやンよ」
ニカッと笑う江風に、少し迷惑そうな顔をしつつも口角は上がっていた。江風のことも嫌っていない。喧しいとは思いながらも、それを是としているのだから、それは一目瞭然である。
だから、こういう場合に頼るような発言が出てくる。信用していなければ、そんな言葉は出てこない。
「ま、山風の姉貴も変に思い詰めンなよー」
「……わかってる。そんなこと」
ケラケラ笑いながら肩をバンバン叩いてくる江風に、小さく嫌悪感を見せつつも、それだけで終わらせる。
思い詰めたら山風自体も泥に呑み込まれるかもしれない。姉妹を失った挙句、山風までやられたら、海風は間違いなく壊れる。それだけは避けたい。
「……調査、ちゃんとやらないとね」
「おうよ。江風は目がいいとかじゃないけど、ちゃんと姉貴達を守ってやるぜ」
「……任せたよ」
何事もなく痕跡が見つかれば嬉しいと思いながら、山風は海風の後を追った。
全く知らない海域をしばらく進んで、おおよそこの辺りかという場所に到着。施設からは大分離れており、対岸に陸があるとしても相当遠くとなっている。艦娘で無ければ、こんなところまでは来ることが出来ないだろう。
何かの残骸とかそういったものは今のところ見当たらず、今まで進んできた海と殆ど同じ光景が拡がっているのみ。今のままでは収穫無しとなるが、そんな終わりは勿論しない。
「ちとちよー、哨戒機お願いしマース」
「了解。千代田はあっち側をお願いね。同時に広い範囲を調査しましょ」
「オッケー千歳お姉。艦載機発艦!」
箱から一斉に哨戒機が飛び立ち、2人がかりで四方八方へとその調査範囲を拡げていく。ここからは基本的には空母の仕事がメイン。まずは哨戒機でざっくり確認する。
その間、他の者が暇なのかと言われればそうではなく、当然目視確認を行なっていく。艦載機から確認出来ないものを、艦娘がわかるかと言われれば何とも言えないのだが、一応の見落としを防ぐため。
特に、海面に漂う小さな物とかは艦載機の高さからだと見えないこともある。そういうものを見落とさないように、艦娘達が目を皿のようにして確認していくのだ。
「私と山風は、海中の確認をします。山風、いい?」
「……うん。あたしは……パッシブソナー」
「私はアクティブソナーだね。それじゃあ、確認します」
それに、駆逐艦は別の手段での調査が可能。今回は海風と山風が装備してきたソナーである。
これは哨戒機からは確認出来ないものであり、海中の異物を探すために使用する。本来は潜水艦の探知に使うものだが、こういう海域調査にも有用であることは、過去に魚群探知機として扱ったこともあるくらいなので証明済み。
駆逐艦は簡易ソナーが艤装に搭載されてはいるが、やはり専用の物を装備しておけば、その分強い力での調査が可能だ。江風と涼風も簡易ソナーで確認していくものの、やはり効果範囲がかなり小さい。
「私達が周りを警戒しておきマスから、安心してお願いしマース」
「はい! この比叡、気合、入れて、周辺警戒します!」
調査中というのはどうしても周辺警戒が疎かになってしまうため、そこを戦艦の2人が賄うこととなる。
前の調査任務とは違う未知の海域であるため、警戒は普段よりも強めにしておくに越したことはない。それもあって戦艦2人を組み込んでいる。
ここに来るまでに野良の深海棲艦を見るようなことは無かったが、それでもここまで来たら何かしら出てくる可能性だってあるのだ。何せ、人間と艦娘の目が行き届いていない場所なのだから。そうで無かったら、あの施設も人の目に晒されていてもおかしくない。
「あ、そうだ。千歳さん、千代田さん。この付近に無人島みたいなところはありますか?」
「無人島?」
「はい。例の戦艦棲姫が、明るい間はそこに潜んでいるかもしれませんよね。どうせなら合流してもいいかなと」
先んじてこの海域に来て、夜の間に調査をしてくれているという戦艦棲姫にその調査結果が聞ければ、自分達の調査も進めやすいのではないかと海風が提案。
ああいう人間の社会に溶け込もうとする深海棲艦は、明るい間は誰もいないところで息を潜める。その考え方は正しい。実際、戦艦棲姫は最初に拠点を決めて行動している。そこを探し当てることが出来れば、強力な同盟者が手に入るわけだ。
「あ、無人島は見つけたみたい」
海風が話した途端、千代田の艦載機から無人島発見の報告があったらしい。そこそこ遠方ではあるものの、高い場所から確認すれば見えるところにはあったようなので、真っ直ぐ駆け抜ければすぐに到着しそうとのこと。
その周囲には何も無いようなので、今ならそこに向かえるチャンスだ。戦艦棲姫がいないにしても、一度行ってみる価値はあるだろう。何かしらの痕跡がそこにあるかもしれない。
「じゃあ、そこに行ってみましょう。皆さん、いいですか?」
「Okay. Leaderの意思に従うヨー。警戒と調査をしながら、そっち方面に行くネ。ちとちよ、哨戒は向かう方を強めにしてネー」
「了解。移動することを妖精さんに伝えておきますね」
ということで、無人島へと向かうことに。しかし、千代田の艦載機の妖精さんからの報告は、だんだんとおかしな方向に向かっていく。
「……ん? なんか妖精さんがおかしなこと言ってる」
「おかしなこと、ですか?」
「その無人島、なんだか
無人島で火が出ることなんて、そうそう無いことである。自然発火するにしても、そういう特殊な何かが無い限り、そんなことは起きない。
つまり、
「急ぎましょう。わかりやすい痕跡が出てきたと考えればいいわけですから」
「案内する。こっちだよ!」
ここからは艦載機からの報告を聞きながら、千代田を先頭にしてその無人島へと急いだ。本当にまずいことになっている可能性もある。
その無人島は、酷い有様だった。
あったであろう浜辺は、砲撃を受けたかのようにボコボコに穴が空いており、その近辺に群生していた木々も燃えて炭になっていた。まるでここで
「何……これ……」
その光景を見て言葉を失う海風。その戦いは、余程熾烈を極めたのだろう。一区画だけが完全に破壊されている。
「うーん、これは確実に砲撃デスネ。威力は……駆逐艦か巡洋艦くらいデス」
「お姉さま、よくわかりましたね」
「陸上施設型の深海棲艦との戦いでちょっとネ。外れた砲撃が地面を抉った時の跡に近いんだヨ」
やはり、この無人島では戦闘があったということだ。そうで無くては砲撃の跡なんて残らない。
「……誰かいる」
近辺を調査している時、山風が何かに反応した。指を指す方向は、まだ木々が残っている森。表側は焼けているが、奥に行けば行くほど雄々しい木々がそのまま残っている。
その奥から、ガサガサと音がしてきた。その音は、ここに住み着いている動物というわけでもなさそうなくらいに大きな音。動物だとしても、猪、もしくは熊くらいのサイズ。そうで無かった場合は、
「……総員、戦闘準備。念のため」
海風が指示を出すと、ここにいる全員が主砲を構えた。万が一敵だった場合、先制攻撃が出来るようにしておかなければ、逆にやられる可能性もある。
「その声……海風ね。砲を下ろしてちょうだい。別個体じゃないことを祈ってるけど……」
森の奥から声。その声は聞いたことがあるものだった。
「その声……戦艦棲姫!」
海風の名前を知る戦艦棲姫となると、1人しか考えられない。施設で一度だけ出会い、その後この調査を先行して行なっているという、穏健派の戦艦棲姫である。白旗を振っている姿を見ているわけでは無いのだが、状況証拠がそれを物語っているのだから、全員が構えていた主砲を下ろした。
しかし、森の中から出てきた戦艦棲姫は、この島と同じように酷い有様だった。人間や艦娘と違う、色彩が殆ど無い血を流しながら、フラフラと向かってきていたのだ。自慢の艤装も隣にいたのだが、その剛腕は抉られ、バチバチと火花が散っている。しかし、戦艦棲姫の支えとなるために傍から離れようとしない。
戦艦棲姫の意思で艤装を仕舞うことも出来るのだが、艤装が拒否の意思を見せたことで戦艦棲姫もそのままにしている。そんな意思を見せても消せるのに、意思を尊重する辺り、戦艦棲姫の性格が出ている。
「ど、どうしました!?」
「しくじったわ……昨日の夜に
まだ残っている木と艤装を支えにすることで何とか立っていられるようだが、移動するのも辛そう。
「アイツらは……もうこの近くにはいないのかしら」
「哨戒機からは連絡が無いみたい。周辺には私達以外誰もいないわ」
「そう……なら……良かったわ……」
警戒に警戒を重ねていたため、今の今まで意識を保っていたようだが、意思疎通の出来る艦娘達と再会出来たことで安心したか、そこで気を失った。同時に艤装も掻き消え、支えが失われたことによって倒れ伏す。
「ちょっ……い、一度施設に戻りましょう! 戦艦棲姫をこのままにしてはおけません!」
先行して調査をしていた戦艦棲姫が襲われていた。その犯人は、もう誰かはすぐに予想がつくだろう。
支援絵をいただきました。ここに紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/93296500
MMDアイキャッチ風松竹姉妹。深海棲艦化していない時でも、これくらいの距離感だったかもしれません。依存によって深海棲艦化した今は、逆にこれ以上に近い可能性も。