空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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戦艦の帰投

 施設ではいつものように午前中の作業が進み、そろそろお昼時となりつつあった。

 春雨は相変わらず農作業。自分の植えた野菜の成長を楽しみにしながら、まるで我が子のように世話をしている。雑草を抜き、水を遣り、丹精込めて育てたそれは、すくすくと芽を伸ばしていた。まだまだ収穫までには時間がかかるものの、見るたびに成長しているため、春雨はとても嬉しそうに農作業を続けていく。

 

「ホント、楽しそうに作業するわね」

 

 その姿を見ながら小さく溜息を吐くのは叢雲である。槍持ちの時には釣りもやっていたものの、なんだかんだで農作業が定番の作業になってきているのは、その不器用さの賜物。これのおかげで松竹姉妹とも随分仲良くなっている。

 だがもう1つ理由があり、飛行場姫に若干の苦手意識が芽生えてしまっているため、漁よりは農作業を選んだというのもあったりする。昨晩の出来事は、少なからず影響はあった。

 

「自分が育てたお野菜だからね。なんだか愛着がすごくて」

「ふぅん……」

 

 食べることに喜びを見出している叢雲としては、少しだけ興味を持ったようだった。

 戦いとは違う喜びを知ることは、メンタルケアには最適である。特に叢雲は怒りが常に燻っているような状態なのだから、楽しいという感情を呼び起こさせることはかなり重要。

 

「叢雲ちゃんも何か植えてみる? 他にも種はあるわよぉ。春雨ちゃんが植えているモノと比べると、成長まで時間はかかるものだけれど、その分愛着が湧くわねぇ」

 

 いつもの農作業姿の中間棲姫に促され、少し迷う叢雲。

 

「やっとけやっとけ。どうせお前もここで永住だろ? だったら自分で作った野菜食うことの楽しさを知っといた方がいいぜ」

「私も竹の意見に賛成。本当に美味しいんだもの。丹精込めて育てた野菜って、倍は美味しいわ」

 

 松竹姉妹からもオススメされて、それもいいかと思い始めて、そして。

 

「そ、そうなの……なら……やっておこうかしらね」

 

 叢雲も流されるようなカタチで、春雨の跡を追うように自分が種蒔きから始める野菜を決めることに。

 

 叢雲はより一層施設の一員として受け入れられていると実感出来る。元々が誰もが受け入れるような施設だったが、あの艦娘達と事実上の和解をしたことで、さらに全員が馴れ馴れしくなってきているようにも思えた。

 そして、叢雲はそれが嫌では無かった。人間や艦娘に同じようなことをされたら、燻っている怒りが燃え上がるだろうが、相手は似たような境遇で同じように深海棲艦化した仲間だ。比較的心は開ける。

 

「それじゃあ……って、ちょっと待って」

「叢雲ちゃん、どうかしたかしらぁ?」

「感知の範囲内に艦娘が入った。多分これ、朝に出て行った海風」

 

 時間的には、ここから離れて数時間。調査を始めてしばらく経っている頃。そのタイミングでこちらに反応が見えたというのは、なかなかに早いお帰りになる。

 

「ちゃんと調査してんのかしら。帰ってくるの早すぎてるでしょ」

「そうねぇ。本当に戻ってきているのなら、確かに少し早いくらいかしらぁ」

「またここに来るために手を抜いてるんじゃないわよね……」

 

 ツンツンしている叢雲からは、嫌味や皮肉しか出てこないのだが、反応を見ていると徐々にその考えが変わっていく。

 

「いや、違う。なんか足取りがおかしい。それに()()()()()()

「ど、どういうこと?」

 

 叢雲が妙に焦り出しているのを見て、それが感染するかのように春雨もドキドキしながら問う。

 出て行ったのは8人の艦娘で、叢雲が感知し続けていた艦娘の数も勿論その数で一致している。しかし、今感知している数は9()()()。明確に1人増えている。

 その増えた1人が、戦艦──金剛と比叡──によって運ばれていると気付くのにはそんなに時間は必要なかった。そして、その運ばれているのが何者であるかも。

 

「戦艦棲姫……戦艦棲姫よ。艦娘の戦艦2人に担がれてる」

 

 それを聞いた瞬間、中間棲姫が即座に動き出す。深海棲艦が艦娘に担がれてこちらにやってくるとなったら、それがどういう意味かなんてすぐに察することが出来た。

 

「作業は中断。迎え入れる準備をしてちょうだい。多分戦艦ちゃんは怪我を負ってるわ。すぐに治療しなくちゃ危ないかもしれない」

 

 いつものおっとりした雰囲気とは違った緊迫感。中間棲姫がこうなるというのなら、ここからは本当に切羽詰まったモノになるのかもしれない。

 

 突如施設は慌ただしくなる。漁に出ている者達も連れ戻され、施設は艦娘と運ばれている戦艦棲姫の受け入れ態勢に移行して行った。

 

 

 

 

 それから十数分後、叢雲が感知した通り、金剛と比叡に担がれた戦艦棲姫が施設に到着。その服はボロボロになり、黒ずんだ深海棲艦特有の血で身体が染まっていた。

 

「Richelieuが運ぶわ。ここにうまく乗せてちょうだい」

「Okay. 比叡、timingを合わせてネ」

「はい、ゆっくりと、確実に!」

 

 そこに置いておくわけにもいかず、さりとてそのまま艦娘達に運ばせ続けるのもよろしくない。そのため、まずはリシュリューの力を使って、施設内にまで運び込む。

 リシュリューの艤装は、その身体の倍以上はある極太の尻尾。全ての力がそこに集約されており、力も戦艦であることも含めて並では無い。ヒト1人乗せても余裕で動けるくらいはあった。

 しかし、施設にそのまま入ることは出来ないため、先に施設側で待っている仲間達に送り届けるまでの間を受け持つ。

 

「妹姫、施設の準備は出来ているわよね」

「ええ、入り口に一番近い部屋を用意しているから、そこに運び込んで。アタシはコマのところに行くから」

「お願い。あの子は今の状況が一番辛いだろうから」

 

 ここは施設の大人組が尽力。戦艦棲姫の血が付こうとお構いなしに、丁寧に迅速に運び入れた。

 その後すぐに飛行場姫は席を外し、コマンダン・テストの側へと向かう。仲間の死に繋がりかねない今の状況が、数少ない発作のトリガーを弾いてしまうタイミングとなる。今でこそ部屋で大人しくしてもらっているようだが、限界が訪れて暴れ出しかねないため、そこには飛行場姫が派遣された。まずは温もりを与えてあやし、最悪な場合でも力業で止めることも出来る。

 

「ベッドが汚れる事は気にしなくていいから、まずは寝かせてあげてちょうだいね。身体を拭くためのお湯とタオルは用意してくれてある?」

「大丈夫よ! 包帯とか傷薬も用意してあるわ!」

 

 施設で待っていた子供達は、酷いことになっている戦艦棲姫を見て絶句。つい先日まで元気にここで暮らし、また会おうと出て行った戦艦棲姫が、まさか血塗れになって帰ってくるだなんて思ってもみなかった。

 事前に指示を出されていたため、治療の準備は既に出来ている。あとは適切な処置をしていくのみ。そこは中間棲姫が中心となって、リシュリューやジェーナスがテキパキと進めていく。

 

「せ、戦艦様……なんでこんなことに……」

「決まってんでしょ。調べてることが気に入らないっていう輩がいるってことじゃないの。野良にここまで出来るヤツなんていないわ」

 

 震えている春雨の隣で、叢雲が拳を握り締めて苛立ちを抑えている。今怒りのままに動いたら、施設の者達以前に戦艦棲姫の治療に迷惑がかかる。本質的にそんなことを考えて動く事はないかもしれないが、叢雲はそういうことを醜態と考えるくらいにプライドが高いため、何とか怒りは湧き上がらずに済んでいた。

 2人の違う理由で震える手を、薄雲が握り締めていた。薄雲だって戦艦棲姫のこの姿を見ていたら震えて泣き出しそうなのだが、3人で崩れるわけにはいかない。3人でなら、総崩れは防ぐことが出来る。

 

「松ちゃんと竹ちゃんは、艦娘さん達のところに行ってくれてるわね。ヨナちゃんは念のためミシェルちゃんと近くを見てくれているのかしら」

「Oui. Richelieuが運んでいる時に、海に向かうのを見たわ。Sous-marin(潜水艦)の目で近場を見てくれてるわ」

「何も無いとは思うけれど、念のためは必要ね。わかったわ」

 

 周辺警戒も念のためしているようで、この場にいるよりはそちらに行くべきかと伊47が率先して出て行っている。今回は幸せアレルギーなんて感じていられないような状況だ。より的確に動く事は出来ていた。

 それにあわせて、ミシェルも近場を泳いで何も無いことを見てくれているらしい。何かに出遭っても何も出来ないかもしれないが、伊47が一緒ならばいざというときには逃げられる。駆逐艦かもしれないが、その独特な形状のおかげで、潜水艦のように潜水が出来るのだから、逃げるだけなら姫級より得意だろう。

 

「うん、大丈夫よ。戦艦ちゃん、命に別状は無いわ。怪我は酷いけれど、これくらいなら死に至ることは無いわね。ここで休養してもらう必要はあるけれど、同胞(はらから)だもの。何も無くても1週間足らずで復帰出来るわ」

 

 深海棲艦は艦娘とは違って高速修復材という欠損すらも治療出来てしまうアイテムが使えない代わりに、自己再生能力が格段に高い。大怪我を負っても、しばらく安静にしていれば自然治癒で完治していく。

 欠損に関しては流石に無理ではあるものの、そこは艤装による義肢を生成出来るので補完出来た。艤装が破壊されているとしても、義肢と同じように補完出来るため、完治は割と早い。

 今回の戦艦棲姫は、血塗れになるほどの怪我であり、骨折などもあるが、死に至っていないおかげで自然治癒でどうにかなるようである。

 

 それを聞いて、春雨は心底安心した。せっかく出会えた仲間をこんなことで失うなんて、寂しいなどを通り越してしまう。激しすぎる発作で、今度は春雨が危険な状態になってしまうだろう。

 

「まずはこのまま一晩安静にしましょう。そうしたら、目を覚ますくらいには回復するわ。動くことは出来ないでしょうから、ご飯とかは誰かが食べさせてあげなくちゃいけないでしょうけど」

「私がやります! やらせてください!」

 

 春雨が率先して手伝いを買って出る。戦艦棲姫も大切な仲間だ。施設から旅に出たことで発作を起こすくらいには大切に思っている相手なのだから、親身になりたいと思うのは必然だった。

 春雨が手伝うのならと、薄雲やジェーナスも勿論手を挙げる。そして、叢雲も。

 

「私もこのヒトには世話になってるし、恩を仇で返すわけにはいかないわ。それに、目を覚ましたら聞きたいことが沢山あるし」

 

 叢雲は既に勘付いていた。戦艦棲姫を襲った相手は、()()()()なのでは無いかと。

 そして、それは春雨にも関係してくる。姉を全滅させ、自分も瀕死に追いやり、深海棲艦化の原因を作り出した者。片目が光る重巡洋艦が、戦艦棲姫をこうしたのではないか。

 

「わかったわ。でも今は絶対安静にしておく必要があるから、また必要になったら手伝ってちょうだいね。あとは夜、また身体を拭いたりするから、その時もいいかしら」

「はい、是非やらせてください」

 

 中間棲姫もその思いを否定しない。手伝いたいというのなら、しっかりと手伝ってもらう。否定は精神的なストレスに繋がるため、余程のことが無い限りは自由にやらせるのである。

 

「あとはコマちゃんね。今頃妹ちゃんが抑えてくれていると思うけれど」

「あ……そうか。戦艦様が死んでしまうかもしれないっていうのがトリガーに……」

「ええ。後から少し見に行ってあげなくちゃいけないわね」

「それはRichelieuが行きます。長い付き合いだもの、Richelieuが一番適任でしょう」

 

 現在錯乱中であろうコマンダン・テストには、リシュリューが側に行くことに。同じ遠征組ということで、下手をしたら姉妹姫よりも親密であるため、これ以上の適任者はいない。

 

「それじゃあ、今は寝ておいてもらいましょう。私も少しだけ安心したわ」

 

 ベッドの上には安らかな表情で眠る戦艦棲姫。中間棲姫もこれ以上の悪化は無いとわかり、ようやくホッと一息吐いた。

 

 

 

 

 戦艦棲姫は一晩経てば目を覚ますことだろう。それまでは安静に。

 

 ここからが、この事件の本質に繋がる話になるだろう。

 




深海棲艦の自己再生能力に関しては、0時迷子という前例があるので。
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