その日の深夜、戦艦棲姫が目を覚ました。大怪我は当然まだ1ミリも治っておらず、身体を少し動かしただけでも小さく悲鳴をあげそうになるほどの痛みを与えてきた。
周囲を見たら、つい先日まで見ていた部屋の景色。
「っ……ぐぐ……身体が……大分ガタついてるわね……」
いつもは艤装をベッド代わりにして眠っていたが、今はそんなこともなく施設のベッドの中だ。いつもとは体勢が違うのもあり、なかなか身体が起こすことが出来ない。とにかく骨が軋む。
「ったく……酷い目に遭ったわ……」
痛みに耐えつつも、どうにか身体を起こした途端、胸や腕に強烈な痛み。肋骨や鎖骨は折れており、利き腕にもヒビが入っていそうである。片手はまだ動かせそうだが、激痛でそれ以上動けそうにない。
自己再生能力が高いとはいえ、運び込まれたその日のうちに痛みが無くなるほど甘くはない。少なくとも3日はまともに動けないだろうし、動けるようになっても中間棲姫が言っていた通り1週間近くは痛みを伴うだろう。
「……はぁ……なんとかここに運び込んでくれたから良かったけれど……あのままだったら死んでたわね……。私も運が良い方なのかしらね……」
独りごちる。時間としては、まだまだ夜も深く、この施設ならば誰も起きていることはない時間。自分が施設に滞在しているときでも、この時間はグッスリ眠っていたくらいである。
安静にしていれば痛みなど無いので、身体は起こしてみたものの、何をするでもなく、むしろ何か出来るほど身体が動かないため、そのまままた痛みに耐えながら身体を横にした。
その時、ベッドの横に何かが置かれていることに気付いた。この施設から旅に出る時に春雨に渡された塩むすび。今回も目を覚ました時に腹が減っているかもしれないと準備しておいてくれたようである。
思わず笑みが溢れたが、そのせいでまた身体に痛みが走ってしまい、うかつに表情すら変えられないことにまた苦笑しかける。
「あれだけは……どうにか食べないと、ね」
春雨の思いを受け取るためにも、身体の痛みに耐えながらその塩むすびを頬張る。疲れた身体に染み渡るような味に、ほっと一息吐くことが出来た。
とても落ち着く味で腹が満たされる感覚。さらには夜であり、疲れもまだ取れていないということで、安心した途端にまた急激に眠気に襲われた。
「ごちそうさま……」
次は朝には起きることが出来るだろう。その時には多少は怪我が治っていればいいのだがと願いながら、その眠気に身を委ねる。
そして朝。戦艦棲姫の様子が気になっていた春雨は、起きるや否や、すぐに服を着替えて戦艦棲姫の眠る部屋へと向かう。独りになるのは寂しさの発作のトリガーとなるのだが、そんなことすらも気にせずに。
その後ろ姿を見て、ジェーナスもすぐさま駆け出す。春雨を独りにするわけにも行かないため、側にいることをノータイムで選択している。
「ハルサメ! 流石に独りで行くのはダメよ!」
「えっ、あっ……ご、ごめん」
ジェーナスに言われたことで自分の状況に気付き、その場に立ち止まった。ジェーナスが来てくれたから耐えられたが、そうで無かったらここで発作を起こしていただろう。後先考えずに動いてしまった自分を呪いつつ、すぐに対応してくれたジェーナスに深く感謝した。
それほどに春雨は戦艦棲姫のことを心配していたのだ。ジェーナスもすぐにわかってくれたし、それを追うように薄雲と叢雲もやってくる。
「アンタねぇ、自分の性質忘れてんじゃないわよ」
「まあまあ姉さん、それだけ春雨ちゃんは戦艦さんのことが心配なんですよ」
「だとしても、痛い目見るのは春雨じゃない。どうあっても自重しなさい」
叢雲に説教され、春雨は改めて自分の性質を見直す。一番飛び出しちゃいけない存在なのだから、どんな状況であっても冷静にいなくてはいけないと実感した。
「ハルサメ、みんなで行きましょ。私達もあのヒトのことはとても心配してるの。だから、ね?」
「うん、心配かけてごめんね。ちょっと焦っちゃった」
「気持ちはわかるから大丈夫だよ。姉さんも戦艦さんのこと心配してたから、いてもたってもいられなかったみたいだからね」
余計なこと言うなと叢雲が薄雲を軽くチョップ。食い意地の件といい、叢雲のこととなると口が軽くなるようである。
そのまま戦艦棲姫の眠る部屋に向かったところ、部屋の前で中間棲姫と鉢合わせた。中間棲姫も春雨のように、戦艦棲姫のことを大分心配していたようだ。
命に別状はないことはわかっていたし、完治までの時間も判断出来ていたのだが、それでも怪我で苦しんでいる
「あ、姉姫様。おはようございます」
「はい、おはよう。みんなして戦艦ちゃんのお見舞いかしらぁ?」
「起きた途端にハルサメが部屋を飛び出しちゃって」
などと話しながら、部屋の扉を開く。そこには昨日と変わらずベッドで眠る戦艦棲姫の姿があったのだが、昨日とは明らかに違う点があった。掛け布団が少しはだけていたことと、春雨が用意した塩むすびが平らげられていたことである。
それだけでも戦艦棲姫が回復していることがわかった。痛みと疲れから気を失ったのではなく、自分の意思で目を覚まして自分の意思で眠りについているのだ。意味合いが全く違う。
「んん……もう朝なのね……」
みんなの話し声が聞こえたか、戦艦棲姫も目を覚ます。深夜に起きた時と同じように身体はまだまだ激痛が走るものの、疲れからの眠気は完全に取れていた。
「戦艦様!」
思わず駆け寄りそうになったが、怪我人に抱き付くとか致命的なダメージに繋がりかねないので自重。
「痛た……ああ、春雨、おはよう。おにぎり、美味しかったわ。みんなも元気そうで何よりね」
「一番元気じゃないヤツが強がってんじゃないわよ」
叢雲の憎まれ口に苦笑するが、それでまた身体が軋んで顔を顰める。当たり前だが、もう一眠りしたからと言っても痛みが緩和されているわけではなく、身体を動かすのも一苦労。
とはいえ、死を感じさせないくらいにまでは顔色は良くなり、物が食べられるくらいには回復していると考えるならば、戦艦棲姫は充分に復帰の兆しを見せていることになる。それだけでも春雨は嬉しかった。
「酷い目に遭ったみたいねぇ……」
「ホントよ。首突っ込むんじゃ無かったわ」
そんなことを言いながらも、戦艦棲姫が自分から関わりを持とうとしているくらいに世話焼きなのはわかっている。今の言葉も建前で、どんなことがあろうと調査する気満々。
「昨日のうちにヨナちゃんとミシェルちゃんが近場を見てきてくれたけど、貴女を追って誰かが来てるなんてことは無かったから安心してちょうだいねぇ」
「そう、それは良かったわ。まぁそんなこと出来ないくらいにボコボコにしてやったけど」
昨日のうちに周辺警戒をしていた伊47からの報告では、これと言って変わったモノは無かったようだ。明確な意思を持って何かを探している
戦艦棲姫が言うには、こうはなったが敵もしっかりと叩きのめしており、沈めるところまではいかなくとも泣いて帰るくらいまでは痛め付けたという。
「……戦艦様、誰がこんなことを……」
春雨が聞くと、戦艦棲姫は少しだけ言い淀んだ。本当にこれを話して良いのだろうかと思案しつつも口籠る。
「わかってるわよ。春雨にも、私にも、それは言いづらいんでしょ」
そこに叢雲が口出し。変に隠されるよりは、さっさと教えてほしいという考え。
そこまで言われれば、春雨だって察することが出来る。戦艦棲姫を襲った敵というのは、
「そうよ。私を襲ってきたのは、貴女達が前に言ってた、片目が輝く重巡洋艦。あともう1人は駆逐艦だったわね。叢雲の時と同じ輩と考えてもいいわ」
心臓が高鳴るような感覚を覚え、春雨が自分を抱きしめるように身体の震えを抑える。嫌でもその時のことを思い出してしまい、また発作を起こしてしまいそうになる。それをすぐに薄雲とジェーナスが支えた。
「なんで戦艦様を……」
「んなもん決まってるでしょ。ミシェルがアイツらと関わりがあるってことじゃない」
ズバズバと切り込んでいく叢雲は、頼もしさもあるが空気を読んでほしくもあった。春雨には、この事実は少し重い。
ミシェルと聞いても戦艦棲姫はピンと来なかったが、ここに居着いたイ級だと話したらすぐに納得した。
「この際だから、私の見解を話しておくわ。あの駆逐艦……ミシェルね、ミシェルは私を襲った輩にやられた元艦娘と見て間違いないと思うわ。そうじゃ無かったら、その出処を探っている私が襲われる謂れがないもの。ただ無差別に襲撃しているにしても、アイツらは
戦艦棲姫が語るのは、襲いかかってきた
侵略者気質で、目につくモノを全て破壊するような衝動に駆られているとしても、不可解な点が多かったという。明確な意思を持って、それが探っている者であると理解しての攻撃だった。しかも、
そんなことが出来る深海棲艦は、姫級でも上位である。相手の実力を測って、本当に攻撃していいかを考えるくらいに知能が高い。それこそ私くらいにと戦艦棲姫が少し冗談を交えてくるが、春雨は笑える状況ではなかった。
「値踏みした結果、私ならやれると判断したのかしらね。結果はまぁ、返り討ちにしてやったわ。特に駆逐艦の方は抑えが利かないみたいでね。重巡洋艦の方が止めろと言ってるのに突っ込んできたから、あれはただの戦闘狂……狂犬と言ってもいいかも。犬みたいだったし」
返り討ちと言いつつも自分も重傷を負ってしまっているので、相討ちと言う方が正しいか。結局倒し切れなかったのだから、どちらかといえば負けに近い。
「とはいえ、じゃあなんでミシェルのことを探っている私を襲う必要があったのか……それはちょっとわからないわ。探られたくない秘密があるのかもしれないけど」
「もしくは……勘違いなんてこともあるかもしれないわねぇ。全然無関係なのに自分達が探られていると思い込んで、戦艦ちゃんを襲ってしまったなんてことも」
「それだといい迷惑すぎるわ」
どうであれ、春雨と叢雲の仇がまだフラフラと何処かの海域に出没しているのは確かである。しかも、仲間を襲ったことは明確。
春雨のみならず、叢雲も発作を起こしそうになっていた。怒りが湧き上がり、拳を握りしめ、歯を食いしばりながら震えている。それにすぐに気付けた薄雲が、春雨をジェーナスに任せて叢雲の方についた。
「これは、例の鎮守府の子達にも伝えておく必要があるわよね。調査をしてもらっていたら、またアレに襲われる可能性があるんだもの。私がこうされたくらいだし、艦娘で敵うかどうかはわからないわよ」
「そうねぇ……その辺りは知っておいてもらった方がいいわねぇ。遭遇した時のことをあちらに考えてもらいたいところだし」
おそらく、調査をしないということはしないだろう。あちらも春雨を含めた駆逐隊の仇討ちを考えているのだから、そこに繋がる何かであることが確定した以上、動かない理由がない。
しかし、危険なのは間違いない。戦艦棲姫がここまで追い込まれているのだ。艦娘で太刀打ち出来るかは、本当にわからない。
「今日また連絡するつもりだったのよねぇ。その時には戦艦ちゃんの話も伝えておくわぁ」
「ええ、そうしておいて。なんなら私もその場に出るけど」
「無茶しちゃダメよぉ」
ベッドから自力で降りることが出来なそうなのだから、参加しろとは言わない。タブレットをこの部屋まで持ってくることは出来るが、そこまでして参加させるのもどうかと思う。
そんな話が出ていても、春雨は気が気じゃ無かった。姉を奪い、自分をこの姿にした仇が、ついに表舞台に出てきてしまったのだから。
複雑な感情が渦巻いていた。
仇達に出逢う時も、近いかもしれません。最も危険なのは海風。