戦艦棲姫が目を覚ましたことで、施設は安堵の空気に包まれた。特に安心していたのはコマンダン・テスト。身体はまだガタガタでも、本人が意識を取り戻して元気に話をしている姿を見たことで、発作の兆候が完全に消えた。戦艦棲姫からは死の匂いは失われ、時間による解決が確約されているようなものである。
しかし、一度発作を起こしたことで精神的に不安定になっているため、今から少しの間はコマンダン・テストも無理はしない方向で行く。ここでまた何かがあったら、また暴れ出してしまいかねない。
「
「心配かけてごめんなさいね。でも、もう大丈夫よ。今は痛くて身体が動かないけど、そのうち治るわ」
「療養食の方がいいでしょうか」
「ガッツリ食べることは出来ないけど、おにぎりとかは食べることが出来たから、重くなければ何でもいいわ」
そのコマンダン・テストも、春雨達や中間棲姫から少し遅れた時間に部屋に訪れ、その比較的元気そうに話す姿に心底安心したようだった。コマンダン・テストに引っ張られてきたリシュリューも、ホッとしたようである。
流石にここにヒトが多すぎると思ったため、中間棲姫と薄雲叢雲姉妹は先にダイニングの方へと向かった。春雨とジェーナスはまだ残っているものの、廊下に一旦退避して、コマンダン・テストに部屋に入ってもらう。
戦艦棲姫と話をすることで、コマンダン・テストはより落ち着きを取り戻していった。ただ話しているだけでも笑顔を取り戻せるのだから、楽しく生きることが最も必要なのは、コマンダン・テストなのかもしれない。
「リシュリューさん、療養食、私もお手伝いします」
「
春雨も朝イチに戦艦棲姫と話しているため、随分と落ち着いていた。発作の兆候は一切なく、冷静に物事を判断出来るところまで回復している。また独りで飛び出すようなことはもう無い。
「Michelleの朝ご飯も用意しなくちゃ。昨日はヨナと周辺警戒までしてくれたし、奮発してあげようかしら」
「朝からそんなに食べられるかな」
「大丈夫よ。Michelleって、普段もモリモリ食べてるし、なんかその辺の魚もちょくちょく食べてるみたいなのよね。私達の出す分じゃ足りないのかも」
「あー……でも満足行くまであげちゃうと、私達の分が無くなっちゃうか」
ミシェルもすっかり施設の仲間としての認識が強い。昨日もヨナと楽しく泳いできたらしく、ジェーナスが少し羨ましそうにしていた。
逆にヨナは幸せアレルギーが発症しかけて危険ではあったのだが、任務と割り切っていたのでギリギリ耐えている。
「でも……突然
リシュリューがぼやく。そもそもこの施設にやってくるような深海棲艦はいない。ミシェルのようにふらりと流れ着いてくる意思のないイロハ級が殆どで、姫級が来ることなんてこの戦艦棲姫くらいである。
イロハ級は稀に怪我をした状態で流れ着くそうだが、擦り傷程度で命に別状がないもののみ。コマンダン・テストの発作に繋がる程となると、むしろ初めてと言える程である。
「私がここに来てから……なんだか海がおかしくなってるんでしょうか」
「そんなことは無いと思うけれど、何かが起きそうなのは確かよね。未知の
春雨がここに訪れてから、艦娘にこの場所を発見され、和睦協定を結んだ直後に槍持ちの出現。それを解決したかと思いきや、やたらと賢い駆逐イ級が流れ着き、それを調べてみようとしたら未知の深海棲艦が襲撃してきたのだ。
正直ここまで来たら
「……いや、考えすぎね。悪いことが続いて
「は、はぁ……わかりました。リシュリューさんがそう言うなら」
そういうことを気にし続けても、結果がいい方向には進まないだろう。だから春雨も、今のリシュリューのボヤきは一旦忘れることにした。勿論ジェーナスも。
朝食後、その片付けも終わったところ。本来なら作業に入るところなのだが、今日はその前に鎮守府への連絡を優先することとなった。
昨日は戦艦棲姫を助けてもらったために、調査を早急に断念してもらうことになってしまったので、改めてそのことについての謝罪と感謝を伝えたい。さらには、目を覚ました戦艦棲姫からの情報も共有しておきたいというのもある。
これに関しては、なるべく早めに連絡はしておきたかった。今後の調査のことに確実に影響があることだからだ。
いつものようにダイニングの端末を使って、鎮守府に連絡を入れる。その参加者は、施設の主人である姉妹姫の他に、鎮守府を相手にするということで春雨と、それを筆頭にしたいつもの駆逐艦4人組。叢雲も渋々参加させられている。
戦艦棲姫も参加したがっていたものの、まだまともに動けない者が何を言うかとコマンダン・テストに押さえつけられ、それをさらにリシュリューに監視されているような状態。
「戦艦ちゃんが目を覚ましたわぁ。昨日はあの子を助けてくれてありがとう」
『そうか、目を覚ましたのか。安心したよ』
戦艦棲姫が目を覚ましたと連絡を受け、提督もホッとしたようだ。何があったのかを聞くことが出来れば、今取り掛かっている任務がより先へ進めるという打算的な考え方もあるが、それ以上に、協力関係を結んでいる仲間が命を落とさなくて良かったという気持ちの方が強い。
『だが、そちらには回復の設備などは無いのだろう?』
「私達はそのまま安静にしておけば自然に治るから、その辺りは心配しなくてもいいわぁ。戦艦ちゃんには少しの間、また施設に留まってもらうことになるんだけれど、応急処置だけで完治まで持っていけるわぁ」
『なるほど、それなら尚のこと安心だ。その施設は安全であることが保証されているようなものだからね』
施設に匿われているのなら、追撃されるようなこともなく、完治までゆっくり出来るだろう。野戦病院というわけでも無いのだから安心だ。
「それで、戦艦ちゃんから少し話を聞いていてねぇ。あの子を襲った
『助かる。こちらでも調査をしているのだが、わからないことばかりだ。有識者から聞けるのはありがたいよ』
そこで聞けた情報は、提督もある程度知っている情報。片目が輝く重巡洋艦と、その仲間の駆逐艦。2人がかりで相討ちだったとはいえ、戦艦棲姫に重傷を負わせることが出来るほどの手練れであることもこれでわかった。
その重巡洋艦の方が駆逐隊を全員屠った仇であることも確定している。春雨の件、叢雲の件、そして今回の戦艦棲姫の件は、全て同一犯だ。
『ふむ……なるほど。それは確かに強敵だ。戦艦棲姫の実力がどれほどかというのは我々にはわからないが、君が認めている程の仲間なのだから、相当なモノなのだろう。それを追い込むとは……』
「ええ、危険な相手なのは確かねぇ」
そもそも、その重巡洋艦は鎮守府でも屈指の実力を持つ駆逐隊を1人で殲滅してしまう程の力を持っているのだ。いくら艦娘相手とはいえ、多勢に無勢を引っくり返すほどなのだから、そうなってもおかしくはないと思えてしまう。
『その駆逐艦というのも気になるね』
「そうねぇ。戦艦ちゃんは狂犬のようだと言っていたわぁ。なんだか犬っぽいって」
それを聞いて、提督はピンときてしまう。貴婦人の大将から提督のみに伝えられている情報、重巡洋艦の仲間である駆逐艦は、
狂犬といえば、提督もいろいろと手を焼いた自由奔放さが売りである白露型の4番艦、夕立。勿論春雨の姉であり、駆逐隊の中でも特に強い力を持っている、自他共に認めるエースである。春雨は夕立には特訓をしてもらったり一緒に生活したりと、姉妹としての関係は良好も良好だった。
その春雨は、狂犬と聞いても夕立である可能性には繋がっていないようだ。姉が敵に回るなんて考えないようにしているし、その姉は目の前で沈んでいるのを見ているのだから。
『なるほど……』
中間棲姫は、その提督の表情の微妙な変化を見逃さなかった。しかし、触れていいものかどうかもわからなかったのでスルー。
『ありがとう。その件も、上の者に伝えておこう。今回の調査は、相当に危険であることはよくわかった』
「ええ、それに、だんだんと規模が大きくなっている気がするわぁ。私達と貴方達では、そろそろ収まらなくなってきているのかもしれないわねぇ」
そこで出てくるのが、以前に話に出た大将のこと。あちらもこの施設とはお近付きになりたいと話していたので、これを機に2つ目の仲間を追加するのもいいかもしれないと中間棲姫は考えた。
実際、自分達の存在を知る者が増えれば増えるほど、この施設が発見され、謂れのない理由で襲撃されてしまうリスクも高くなる。とはいえ、今回の事件はそろそろ手が付けられない。鎮守府の仇とか施設の危機とかだけでは言ってられなくなる。ならば、より高い地位を持つ者が仲間になることは、ハイリターンを狙えるかもしれない。
より心に従うのならば、最も信用出来る人間であるこの提督が頼っているような相手なのだから、まだ信用に値する存在ではないかという判断。あくまでも中間棲姫の独断ではあるのだが、おそらく施設の者達はそれをおおよそ容認してくれるだろう。
「私の考えとしては、以前に貴方が言っていた上の者という人間と、話をするのもいいと思っているわぁ。協力者は増えるに越したことは無いのよねぇ」
しかし、中間棲姫のこの言葉に反応するのはやはり叢雲である。ただでさえ人間と艦娘への怒りが燻り続けているのに、信用出来る提督以外の人間が出てくるのは許容範囲を超える。
だが、叢雲はあえて何も言わなかった。人間への怒りよりも、仇への怒りの方がより強い。出来ることなら自分の手で決着をつけたいところだが、そうするにしても協力者は必要だ。
『なら』
「ええ、少しこちらでも相談するけれど、貴方の上の者という人間さんとも、お話をしてみようと思うわぁ。いろいろと条件は付けるとは思うけれど、それでもいいかしらぁ」
『ありがたい。あの人も喜んでくれるだろう。その件も伝えておく』
それについてはまた午後からということにして、今回の通信はこれで終わり。小さく息を吐いた後、この場にいる仲間達の方を向く。
「勝手なことを言ってごめんなさいねぇ。でも、私は協力者を増やした方がいいと判断したのよぉ。意見を聞かせてもらっていいかしらぁ」
「アタシはお姉が決めたことなら賛成よ。それに、アタシとしてもそれはアリだと思う。割とハイリスクな気がしないでもないけど、リターンも大きいわよね」
「ええ。私もそれを思ってねぇ」
春雨達も、その意見には賛成していた。元艦娘であるために人間への信用は深海棲艦よりも上。特に春雨は、今まで一緒に戦ってきた提督が信用している相手を信用出来ないわけが無かった。
そして叢雲。先程はダンマリを決め込んでいたが、短時間で考えを纏めていた。怒りの炎で思考が乱れるものの、最終的な終着点は決まっている。
「私は人間は大嫌いだけど、自分を殺した
相変わらず少しツンデレな気質を見せているものの、少なくともあの提督のことは信用してきているようで、その人間が信用している相手だというのなら、まだマシだと考えられるくらいの余裕は出来ていた。
「じゃあ、お昼までに他の子にも話して、良さそうなら提督くんに話しましょう。私達の一番の目的はこの施設の平和。そのためにも、協力者を増やしましょう。これ以上は増えないとは思うけれどねぇ」
最終的に、施設の意見は満場一致となった。なんとミシェルすら許可を出した。
協力者を増やして、平和を脅かす未知の
施設の平和のために、中間棲姫は追加の協力者を得ることを選択。ここからさらに事件の真相へ進んでいくことになるでしょう。
支援絵をいただきました。ここに紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/93392668
MMDアイキャッチ風海風。姉妹を失い、絶望の中心が壊れていく海風。今は少し安定しているけれど、まだ怖いところ。綱渡りはまだ終わらない。