午後、予定通りもう一度鎮守府へと連絡をする中間棲姫。今回は他の誰かが近くにいるわけではなく1人。施設の意見が満場一致だったことを伝えるためなので、別段他の者達はいなくても大丈夫であると判断した。
上の人間とも交流しようという姿勢であることを聞き、包み隠さず喜びを見せた提督に、中間棲姫はそんなにかと苦笑した。
『君と初めて対話した時にも言ったが、深海棲艦との和睦はこの戦いを終わらせる最も平和的な手段だ。それを僕だけで終わらせるのは勿体無さすぎる。僕の上の者はその辺りも理解してくれているからね』
「貴方がそう言うのなら信用するわぁ。それで、どうすればその上の者とやらとお話し出来るのかしらぁ?」
『その端末の番号を伝えておくことにするよ。そうすれば、直接話が出来るだろう』
人見知りというわけでは無いし、出来ることなら仲良くなりたいのだが、選択に失敗した場合は今以上の危険が舞い込んでくる可能性がある。人間のことは、一緒に楽しく生きていく尊い者という認識ではあるのだが、施設の平和と天秤にかけるなら、施設の方に大きく傾くのは必然。
この提督に関しては、艦娘達がこの施設に直接来て、直に話をし、海風に一晩過ごしてもらって、何度も対話することで信用を勝ち取っている。話せば話すほど、提督の人柄が理解出来ていき、今では完全に心を許すことが出来ている。
だが、いくらそんな人間が大丈夫と言っても、本心は直に話してみなければわからない。そして、その行為そのものがリスクを伴う。その上の者が、提督に場所を教えられることもなく、自分達の居場所を探し当てたというのなら、そこから対話を始めて通じ合うことが出来るかもしれないのだが。
「それはもう、今日中に来ると考えてもいいのかしらぁ」
『おそらく。あの人も思い立ったらすぐに動いてくるだろう。直に話してもらえれば、大丈夫だとわかってもらえると思うよ。僕が保証する……と言っても、信用に値するかはわからないが』
「いいえ、貴方に関しては全面的に信用しているもの。きっと大丈夫よねぇ」
疑いはしたものの、最も信用出来る人間が推してくるのだから、問題ないだろう。話してみようと考えられる。ここで和睦の輪が拡げられるのなら、それに越したことはない。
提督との通信が終わってからしばらくして、またもやタブレットが鳴り響いた。この時の時間はちょうどおやつ時。戦艦棲姫に甘いものを提供した後、春雨達もそれに舌鼓を打っている時間帯である。
「んぐっ……突然鳴るの驚くから勘弁してほしいわ」
「姉さん……端末は突然鳴るものですよ」
「わかってるわよ。食べてる時はやめてほしいってことよ」
鳴ると考えていなかったそれが大きな音を立てたので、叢雲が咽せかけたところを、薄雲が背中をさする。
「こんな時間にかかってくるの、久しぶりだよね」
「そうよね。ハルサメのところの提督、この時間にかけてくることは無かったものね」
春雨も小さく驚いていたものの、叢雲ほどでは無かった。そして、何の気無しにタブレットに触れる。いつも通り自分の知る提督が画面に映るものだと思って。
しかし、そこに映し出されたのは知らない背景と、
『あら、貴女はその施設にいるという子ね。こんにちは』
「えっ、は、はい、こんにちは……」
不意打ちを受けて気が動転してしまっている春雨。とりあえず挨拶には挨拶を返す。
知らない声を聞き、叢雲がやはり反応する。いつもの提督とその部下である艦娘に対しては、ある程度は心を開くことが出来ているのだが、それ以外に対しては勿論真っ白な状態。根幹にある怒りは仇の
『私は大本営所属の者なのだけれど、そちらの管理者……中間棲姫さんはいるかしら』
「えっ、だ、大本営!?」
流石にその名前を出されると驚かざるを得ない。春雨の知る限りでは、最も立場が上である人間。提督と関係を持つ、直属の上司。だからだろう、春雨には画面越しの貴婦人に見覚えがあった。
頻繁とは言わないが、監査や大規模作戦の前などの時に鎮守府に訪れていたのを思い出した。挨拶くらいはしたことがあるものの、こうやって面と向かって話すようなことはまず無かった。そんなことをしたことがあるのは、事務員である大淀か、妹である五月雨くらいでは無かろうか。
大本営という言葉が出たことにより、薄雲やジェーナスすらも咽せてしまいそうになった。提督だと思っていたところに現れた大物に、おやつなんて言っていられなくなった。
『あらあら、ごめんなさいね。今はちょうどおやつ時だったみたい。次は頃合いを見計らって連絡させてもらうわね』
「い、いえ」
グシグシと口を拭く春雨。提督ならば食べている途中でも普通に話が出来たものの、トップクラスの地位を持つ大将となると話は別だった。いくら艦娘ではなく深海棲艦になってしまったとしても、その辺りの礼儀は心身共に覚えている。
「え、えぇと、姉姫様に御用、なんですね」
『ええ、私もこの施設との和睦を結ぶため、協力者となるために、
彼、とは勿論みんなが良く知る提督である。午前中に話題となった提督の上の者というのが、まさかこんなタイミングで対話を望んでくるとは予想だにしていなかった。
最初は春雨だけだったが、画面の向こうから聞こえてきたのが穏やかな老齢の貴婦人の声だとわかったことで、興味を持ったのかジェーナスがヒョコッと画面内に顔を出す。
『初めまして、貴女はジェーナスね』
「Wow! 私のことがわかるのね!」
『ええ、貴女の姿、本来の艦娘としてのジェーナスから何も変わっていないもの。春雨も勿論わかっていたわ。彼の艦娘だった春雨よね』
この施設にいる元艦娘達は、基本的に本来の艦娘の姿から殆ど変わっていない。色素的なモノがモノクロになっていることがメインで、それ以外は艦娘である。元々ポニーテールだった薄雲が結ばなくなったり、逆に下ろしていた叢雲がポニーテールにしたりと、一部髪型を変えている者はいるものの、結果的にはその程度。
そしてこの大将は、今この世界に誕生した艦娘全ての姿を覚えている。自分の部下として置いている者から、他の鎮守府に住まう者まで、全てを把握済み。そしてそれがどの鎮守府にいるかも全て頭に入っている。そうでなくては大本営直属の大将なんてやっていられない。
「姉姫は私が呼んでくるわ。
それだけ言って、ジェーナスがダイニングを出て行く。
『元気でいい子ね。元のジェーナスそのものだわ。深海棲艦となっても、本質は何も変わらない。貴女達は、艦娘であり深海棲艦である存在なのね』
しみじみと語る貴婦人に、春雨は何処か自分の知る提督の姿を重ねていた。一言一言が、同じ信念を持つ者に見える。それ故に信用出来る相手。
提督がこの施設のことを紹介したくらいなので、当然この人も
『そこには他にも仲間がいるのかしら?』
「えっ、あ、は、はい。ここにはあと、薄雲ちゃんと叢雲ちゃんが」
名前が出た瞬間に、貴婦人の隣に立つ秘書艦、吹雪が大きな反応を見せる。しかし、春雨はそれに気付かず、タブレットを薄雲の方へと向けた。
叢雲は明らかに不機嫌だが、薄雲は少し戸惑いつつもその画面に笑顔を向ける。
『わ、わ、本当に薄雲ちゃんと叢雲ちゃんだ!』
「吹雪姉さん……!?」
そして姉妹対面。変わり果てたと言っても先のように姿形は殆ど変わっていないため、吹雪から見てもそれが
吹雪は特型と言われる駆逐艦姉妹の頂点に立つ者、つまり長女だ。そしてその妹には、薄雲や叢雲が含まれる。
『わぁ、こんなカタチで会えるなんて、世の中よくわからないなぁ』
「あはは……吹雪姉さんも元気そうで何よりです。叢雲姉さん、吹雪姉さんですよ」
「わかってるわよ」
チラリと画面の方を見る叢雲だが、やはりまだ心が開けていないためその程度。
「アンタは信用出来る艦娘なわけ? 私は艦娘が大嫌いだから、いくら姉だろうが知ったことでは無いの」
そして早速難癖。こういう性質なのだから仕方ないと仲間達は苦笑するのみだが、初対面の相手に向かってこの態度はどうなのだろうと内心思っていたりする。相手が温厚で無ければ、和睦なんて言っていられなくなる可能性だってあるのに、叢雲はお構い無しである。
対する吹雪は、一瞬面食らったような表情になるものの、それをすぐに受け入れた。施設に住まう深海棲艦は、何処か心が壊れているという前情報があり、それが元艦娘であっても立場などは考えずに接するべきだというアドバイスも貰っていた。
叢雲がこっ酷くやられていることも把握済み。何せ、例の鎮守府を制圧したのは吹雪であり、尋問の場にもいたのだ。被害者叢雲のことは、下手をしたら叢雲本人よりも知っている。
『そこは叢雲ちゃんに任せる。私の言動で、信用するかしないか決めていいよ。信用出来ないならそれでいい』
どうするのもお前次第だと言われたことにより、叢雲は沈黙。
『でも、私は妹達と仲良くしたいかな。というか、みんなと仲良くしたい。戦う必要なんて無いなら、痛くない方がいいよね?』
「……ふん。口先だけじゃないことを祈ってるわ」
叢雲は改めてそっぽを向いてしまった。協力関係を持つと決めても簡単には割り切れないのが叢雲の性質。しかし、これ以上文句や罵詈雑言を言わなくなっているのは、充分すぎるくらいの成長。深夜に殺意丸出しで襲撃しようとした時のことを考えれば、今の叢雲は大分温厚だ。ツンの要素がかなり強いだけで、殺意も悪意も無い。
元々の叢雲の性質を知っている分、吹雪はこんな態度を取られても
『薄雲ちゃんも、私が信用出来ないようだったら好きに扱ってくれていいからね』
「大丈夫ですよ。今の言動で、吹雪姉さんは信用出来るヒト認定です」
『あはは、それは良かった』
そうこうしている内に、ジェーナスが中間棲姫を連れてダイニングに戻ってくる。今回は新たな人間との対話ということで、飛行場姫もしっかりついてきている。
提督とはこうなるであろうことを話していたが、大将からの連絡がおそらく今日中だろうくらいしかわからず、提督がこの時間を避けているため、完全にノーマークだったと謝罪。
「姉姫様、この人は信用出来る人ですので」
「ええ、提督くんからちゃんと聞いているもの。あの人が信用出来るというのなら、おそらく大丈夫でしょうねぇ。でも、まずは直に話してみなくちゃねぇ」
空いている場所に腰掛けたところで、薄雲の方に向けられていたタブレットを中間棲姫の方に向けた。
その姿を目の当たりにした大将は、まず驚きを見せた。人間の間では中間棲姫は最悪の深海棲艦として名高いため、反応を見せないようにするのは難しい。しかし、前情報で農作業をするくらいに温厚で、戦うつもりが全く無いことをやたらと強調されて説明されているため、驚きはそこで終わらせる。
「初めまして、新しい人間さん」
『ええ、初めまして。貴女に会えて嬉しいわ、中間……いえ、姉姫さんと呼んだ方がいいのよね?』
「そうしてもらえると嬉しいわぁ。本音を言うと、中間棲姫という呼び名は、人間の敵って感じがして嬉しくないのよねぇ。だから、こっちの妹ちゃんも、私達の呼び名、妹姫と呼んであげてちょうだいねぇ」
最初のこの一言で、多少は相手のことがわかった中間棲姫。こちらのことを真っ先に慮ってくれるということは、少なくとも敵意はない。歩み寄ろうとしてきているのもわかる。
対する大将も、中間棲姫の考え方はなんとなく理解出来た。あくまでも施設を守るために、平和を貫こうとしているのは顔を見てわかったようである。大将の知る中間棲姫とは、表情がまるで違うのだ。
『それでは姉姫さん、少し、お話をしましょうか』
「ええ、喜んで。私達のこと、理解してくれると嬉しいわぁ」
いくら深海棲艦の中でもトップクラスの力を持つ姫であろうが、いくら人間の中でもトップクラスの権力を持つ大将であろうが、今この場では立場なんて関係ない。完全なる対等な立場での対話となる。
これにより、人間と深海棲艦の和睦の輪は、さらに拡がるのだろうか。そうなるかどうかは、大将次第とも言えた。
この大将あって、この吹雪あり。艦娘の中でも、特に人格者として成長している吹雪には、叢雲も口で勝てない。
支援絵をいただきました。ここに紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/93406464
MMDアイキャッチ風提督&五月雨。この身長差がイイ。仲良さそうだけど、たまに提督がとんでもないことを言い出して、五月雨が強かに文句を言う構図が繰り広げられていると思うと楽しい。