施設が大本営所属の大将と対話をしている時、鎮守府では少し緊張した面持ちで電話を見つめている提督がいた。先程の大将に施設側から許可が出たことを伝えたわけだが、おそらく今頃自分から連絡をしていることだろう。その結果が心配で仕方なかった。
実際、大将ならば施設の深海棲艦と仲良くなれるとは思うし、実際に考え方も同じだ。戦いを拒み、なるべく平和的に事を済ませたいという気持ちが大きい。
「提督、大丈夫だとわかっているのに心配するのって矛盾してません?」
「そうだとは僕も思うんだが、万が一のことを思うとね……」
呆れた顔で五月雨が提督に言うが、それでも不安そうな表情は変わらない。大将本人から大丈夫だったという連絡がない限り、この緊張は払拭出来ないだろう。
などとやっていたら、電話が鳴り響いた。わかっていても、心臓が飛び出るかのように驚き、ビクンと震える。そしておそるおそる受話器を取った。
「もしもし……ああ、どうでしたか」
『本当に彼女と話せて良かったわぁ。確実に共存出来る相手であることがすぐにわかったの。私と彼女は、種族は違えど同じ道を歩けるわね』
相手は案の定大将。提督が塩梅を聞いた途端に、マシンガンのように言葉が溢れ出してきていた。やれ中間棲姫とは気が合うだの、これからも末永くお付き合い出来そうだの、負の感情は一切なく、喜びがこれでもかというほど叩き付けられた。
提督は受話器越しでもタジタジだったが、紹介出来て良かったと心の底からホッとした。諍いが起こるようなことは無かったと思うが、お互いに信じ合えないようなこともあるかもしれない。それが無かっただけでも御の字。
さらにそこから、施設側の端末も鳴り響いた。流石に電話をしながらそちらを受けるのは不可能であるため、そちらは五月雨に任せることにした。
「はーい、もしもしー」
『あら、提督くんは忙しいのかしら』
施設の端末なのだから、出るのは勿論中間棲姫。おそらく、今の大将との対話の結果を伝えるために連絡を入れてきたのだろう。
電話に向かって苦笑している提督をタブレットのカメラに映してあげると、あちら側の中間棲姫もニコニコしていた。それを見た提督は、今は出られないと申し訳なさそうに手を立てて、謝罪のポーズを取る。中間棲姫もそれに対して、大丈夫だと言うように手を振った。
このタイミングで提督に連絡を取っており、五月雨のこの態度からして、提督の電話の相手がたった今対話した大将であることをすぐに勘付くことが出来たようで、笑みがより深くなる。
『あちらも同じことを考えていたみたいねぇ。ホント、気が合うヒトみたいだわぁ』
「タイミングも全く同じでしたよ」
『ふふ、そんなところまでとはねぇ』
中間棲姫の声も楽しそうである。受けている五月雨も少し嬉しくなるような声色。
『見てわかる通り、私と大将さんは和睦協定を結ぶことが出来たわぁ。良き協力者が増えたのは本当に嬉しいのよぉ』
「みたいですね。声色からしてわかります」
『あら、そんなに浮かれてるかしらぁ。でもそれくらいってことねぇ。提督くんと同じくらい、彼女も信用出来る存在だってわかったわぁ』
実際は、今でも好感度が鰻登り中の提督よりは若干劣るのだが、初期の段階と同程度と考えることは出来る。それならば、ほぼ信用しているようなもの。
五月雨としても、ここでおかしなことが起きていなかったのは安心である。上司の不手際は部下にも回ってくるため、施設に向かうことが難しくなる可能性だってあったのだ。春雨が住まうあの場所に行けなくなるのは、出来ることなら避けたい。自分のためにも、海風のためにも。
「これで協力者は増えましたから、また何か調査が必要なことがあったら何でも言ってくださいね」
『ええ、本当にありがとうねぇ。それに、叢雲ちゃんもある程度は心を開いてくれているから、またこちらに来てくれても問題ないわぁ。今度は外じゃなくて、施設の中に入ってくれても問題ないと思うから、みんなにそう伝えておいてもらえるかしらぁ』
「わかりました。また提督からそちらに連絡が行くかもしれませんが、伝えておきますね」
などと話していると、中間棲姫が画面外に手招き。すると、ひょこっと春雨が現れる。
『五月雨、久しぶり』
「わぁ、春雨! 元気そうだね」
『うん、こっちは平和だからね。今のところは何も無いよ』
姉妹の対面はお互いのテンションを上げる。精神的に強くなっている春雨も、たまには妹達の顔を見なければ変なタイミングで気が沈んでしまうかもしれない。機会があれば、こうやって話をさせる。
こんなことが出来るのは、施設の中でも春雨だけだ。縁があるというのは、それだけでもメンタルケアになる。
『調査隊、待ってるね。そのときはまた、私が腕によりをかけてご飯を作るからね』
「あはは、それは楽しみだね。私は調査隊じゃないけど、海風とかがきっと喜ぶよ」
『この前の調査隊の時も喜んでもらえたから、今度はそれ以上に施設のことを楽しんでもらいたいな』
ニコニコしながら世間話をしているだけで、心が穏やかになるというもの。それを見ている中間棲姫も、まるで母親の如く慈悲深い笑みで春雨のことを見守っている。
こういう光景を見ていると、鎮守府と和睦協定を結んで本当に良かったと思えた。実際に関係性を持つ春雨だけでなく、この施設に住む元艦娘達に良い影響を与えているのは一目瞭然だ。
『それじゃあ、あまり長話もアレだから、私はこれで。五月雨、またお話ししようね』
「うん、そっちも元気で。私もまた会いに行くよ」
『楽しみにしてる』
こう春雨と五月雨が話している間も、提督は電話越しの大将に喜びを伝えられ続けている。もう少しの間、あの電話は終わりそうにないとわかり、中間棲姫も出直すと伝えて通信を切った。
それくらいまで中間棲姫と大将の相性は良かったと見える。ここまで行動がシンクロするとは思いもしなかった。
「提督、私、みんなに今のこと伝えてきますね」
小さく提督にそれを伝えると、OKと手でサインを送られたため、五月雨は調査隊へ今後のことを伝えに行く。さすがに重要な業務のことではドジらない。
調査隊は現在、次の任務に向けて訓練を繰り返している。ただ調査と言っても、戦艦棲姫がああなったことを考えると、激しい戦闘になる可能性だって充分にあった。そこを乗り切るためにも、今まで以上の力を得ておく必要があるだろう。
相手が2人であることは中間棲姫経由で伝えられているため、それも加味して連携訓練を主体としていた。特に、つい最近改二改装が実施された山風は、新たに得た力を十全に振るえるようにするため、また、海風をその戦いで守るため、必死に鍛えている。
連携訓練ということで、相手は金剛比叡ペアという本当に太刀打ち出来るのかと思えるものなのだが、今までの深海棲艦の力を見る限りでは。これが妥当というのだから笑えない。
「エンジンかかるの遅ぇのに、かかると途端に動き良くなるンだよなぁ山風の姉貴は」
山風とタッグを組んでいた江風がボヤくが、実際、山風はそういうタイプで、相手の動きを見てから動くいわゆる『後の先』を得意としていた。常に表情を窺ったり、状況を見てから動くことが、戦闘にも活かされているようである。
結果、誰よりも遅くエンジンがかかった後、誰よりも早く相手を撃つということがザラ。見ているからこそ、的確に弱点を突ける。
「いいことデスネー。山風は、そういう戦い方が得意というだけデース。江風は江風で、一番槍が得意でショウ?」
「まぁね。まず突撃して相手を崩すのが性に合ってンだ」
「無謀でもないデスから、江風はそれでいいと思いマース」
対する江風は、山風とは逆。まず自分が動く。そこで敵に行動をさせ、そこからさらに動く。動きっぱなしである。山風からしたら、わちゃわちゃしているようにしか見えないらしい。
実際、この2人の組み合わせが一番相性が良かったりする。山風的には海風と組みたいようだが。
「さ、今日はこの辺りで終わりにしましょう! 江風も山風も、気合、入ってていいですねー!」
「……まぁ……ね。あの戦艦棲姫を見たら……頑張るって気持ちになった」
本来の力を知らないにしても、戦艦棲姫があそこまでの重傷を負っているのがわかっているのだ。山風としては、勝つためにも、
それは、その脅威から海風を守るためにも必要だ。ただでさえ精神的にガタが来ているのだから、現場では本来の力を発揮することが難しいかもしれない。
一方、海風と涼風も、相手がどうしてくるかはわからないため、千歳と千代田から訓練を受けている。重巡洋艦と駆逐艦とは聞いているが、それが空襲をしてこないとは限らない。
深海棲艦は、艦種詐欺が横行しているような種族だ。味方のことを考えずに先制して魚雷を放ってくるようなモノや、水上機運用型なのに正規空母の艦載機を飛ばしてくるようなモノもいる。重巡洋艦が実は航空巡洋艦で、水上機ではなく艦上攻撃機を使ってくる可能性だって普通にある。
「千歳さん、千代田さん、ありがとうございました。今日は本気で艦載機使ってきましたよね」
「勿論。鍛え上げるためにやってるんだし、こっちも素早い駆逐艦相手への練度を上げたかったもの」
千歳が話しているのは、
つまり、この訓練もお互いのため。特に涼風は、そういった回避能力が段違いだったようで、千歳と千代田の攻撃をひょいひょい避けながら肉薄していくくらいだ。やりたいことが出来る、都合のいいものになった。
「あたい集中砲火受けたんだけど」
「そりゃそうでしょ。近付けさせないためにはボコボコにしないとダメなんだから」
涼風がボヤき、千代田が反論。それくらいに涼風の突撃は精度が高いようである。それに、そのおかげで海風の攻撃が狙いやすくなるのだ。頼れる末妹である。
「でも、連携は今までよりも出来るようになってますね。どんな敵が来てもある程度は対応出来るようになったんじゃないでしょうか」
「そうだといいんだけれど。未知の深海棲艦よ。
それこそ、駆逐艦が艦載機を飛ばしてくるくらいに考えるのがいい。例外を全てやってくるのが深海棲艦なのだと思うのがちょうどいいのだ。
訓練終了後、2組がピッタリのタイミングで工廠に戻ると、それを見計らったかのように五月雨が待ち構えていた。中間棲姫からの連絡がそれくらいの時間だったということで、その辺りのタイミングもバッチリ。
「中間棲姫から連絡があって、次に調査隊が来るときは野営じゃなく施設でいいって話してました。次はいつになるかはわからないですけど、施設の深海棲艦とは仲良くお願いしますね」
次の調査隊の日程はまだ決まっていない。実際のところ、殆どの日程は施設任せなところもある。
あくまでも施設が主体であり、この日でやりたいというタイミングがあったとしても、その時に施設が難しいと言われれば、その日は見送るしかない。逆に、少し忙しいとなっても、施設側がこの日でお願いしたいと言われれば、優先順位はそちらが上になる。
とはいえ、施設側から日程を指示してくるようなことはないため、基本的には鎮守府側からの交渉。そして、あちらが否定することも基本的には無い。そのため、やりたい時にやれるというのが答え。
「次こそは何か見つけたいデスネー」
「はい! 前回は戦艦棲姫を救うことでいっぱいいっぱいでしたが、今度は最初から最後まで調査です!」
「Yes. 海風、隊長としてよろしくお願いするネ」
「任せてください。今は自分でも落ち着けていると思うので」
自分で言うくらいなのだから、海風は大分ガタつきが無くなってきたと思える。しかし、山風から見ればまだまだだ。一度ヒビの入った心は、完全に癒えることは無いのだから。
次の調査隊の日程はまだ決まっていないが、またもや泊まりがけの長期遠征となるだろう。次こそは、何かしらの痕跡を見つけたいものだ。
未知の深海棲艦がどんなスペックであれ対応出来るように、調査隊は成長していっています。これならば、どんな攻撃を受けても一方的ということにはならないでしょう。