大本営との和睦協定が結ばれた翌日。施設はまた調査隊の受け入れの準備をしていた。まだ連絡は来ていないものの、そう遠くないタイミングで来そうである。
前回の調査は、その最中に重傷を負った戦艦棲姫を見つけたことで中断され、結局施設から鎮守府へと帰投することになってしまったが、次はそういう心配は無くなっている。ただひたすらに調査をするのみ。
「今回は施設の中で一晩を過ごしてもらってもいいのよねぇ?」
「ええ、アイツらなら別に入れてもいいわ。信用してるってわけじゃないけど、悪い奴らではないことは理解してるから。同じ部屋じゃなければ好きにしてくれて構わないわよ」
叢雲からも完全な許可が得られたことで、調査隊8人のための部屋が必要となった。そのために部屋を掃除中である。空っぽのようなものだから、掃除も手早く終わりそうである。
現在部屋として使われている中でも、夜は空き部屋となる部屋が4つある。ベッドルームで眠っている春雨、薄雲、ジェーナス、そして叢雲の部屋。特にまだ施設の中では新人である春雨と叢雲の部屋には小物などもなく、殆ど片付ける必要もなく他人に明け渡せるということでもあった。
その部屋を使ってもらおうということを話すと、叢雲は少しだけ顔を顰めたものの、その部屋を使っていることなんて殆ど無いことに気付いて、仕方ないから貸してやると相変わらずの態度で許可をしている。
春雨は快諾。おそらく海風が使うだろうから、一度宿泊したときのように一緒に眠るのもいいかと思っていたりした。部屋の数的には相部屋になったりするだろうから、山風辺りが一緒に添い寝するかもしれない。
「ふぅ、私の部屋はこれでおしまい!」
やはりあまり使ってないだけあって、春雨の掃除はすぐに終わった。薄らホコリが積もっているところもあったが、軽く拭き掃除をする程度で綺麗さっぱりである。
「うん、大丈夫だね。ホコリ1つ無いよ」
「ありがとう、薄雲ちゃん。手伝ってくれたおかげですぐに終わっちゃったね」
独りになるわけには行かないので、勿論それを手伝ってくれている人がいるわけだが、今回は薄雲が手伝いをしてくれていた。お互いの寂しさを補完し合えるために、抜群のチームワークも発揮出来る。
不器用な叢雲の部屋は、テキパキときっちりこなすことが出来るジェーナスが監督していた。薄雲と一緒にやったら、薄雲が甘やかすだろうし薄雲に甘えるだろという非情なツッコミもあったため、今頃は文句を言いながらもキビキビと働いていることだろう。
「これなら、海風達は気持ちよく眠れるよね」
「うん、新品みたいな部屋だもん。大丈夫だよ」
しっかりベッドメイキングまでして、自分が使う前の状態に戻した。春雨がこの部屋を使うことは無く、朝は農作業を筆頭とした施設内の仕事に精を出し、お昼は部屋では無く外だったりダイニングだったりで仲間達と過ごし、夜はベッドルームで寂しさを払拭しながら眠りにつく。
寂しさが溢れた時点で、私室を与えられても使うという選択肢が無いようなものだった。誰かの部屋に行くか、誰かに部屋に来てもらうかのどちらか。そして、春雨は後者を選択したようなものである。
「本当に良かったよ。叢雲ちゃんがわかってくれて」
「心のことを考えると仕方がないことだもんね……でも、良し悪しが判断出来るくらいに割り切ってくれたみたいだし、私も嬉しいよ」
春雨も薄雲も、今のような状況になる前より格段に落ち着いている。突然泣き出すことだってあるが、頻度は随分と減った。寂しさという感情に囚われているからこそ、それを払拭してくれる存在が心の中にいるというのが非常に大きいようである。
特に薄雲はその姉と同居出来ているためか、春雨以上に落ち着いている。逆に叢雲に依存し始めている素振りを見せることもあるが、発作は起きていないので今は保留中。共依存の松竹姉妹みたいになってしまう可能性も内包している分、様子見となっている。
「このまま鎮守府のみんなと仲良くなって、しっかり共存していきたいね」
「だね。大本営の人達とも、ね。まさか吹雪姉さんがあっち側のヒトとは思わなかったんだけど」
「吹雪ちゃんとも会いたい?」
「勿論。せっかく姉さんがまたいてくれるんだから、吹雪姉さんとも会いたいなって思うよ。調査隊に一緒にいてくれたりしないかな。叢雲姉さんももっと穏やかになると思うんだけど」
それはどうだろうと口には出さないが思いつつも、確かに大将のところの艦娘も施設に訪れてくれないかなとは考えた。
鎮守府の面々は、春雨が面識のある艦娘達だから最初から信用が出来ていた。しかし、大将の艦娘逹は面識が無いものばかり。こういう時にお近付きになれるといい。
とはいえ、知らない相手であるということには変わりなく、最初から全力で信用してもいいものかという問題はある。あの大将の部下なのだから、その辺りの心配は無いだろうが。
「すぐには来ないかもしれないけど、まずは通信で仲良くなってから来てくれたりしてね」
「それはあるかも。吹雪姉さんともそういうカタチから始めていきたいなぁ」
協力者が増えたのなら、その分世界を拡げていきたい。
部屋の掃除が終わってダイニングに戻った春雨と薄雲だったが、ジェーナスと叢雲はまだ終わっていない様子。春雨よりも部屋を使っていないのに時間がかかっているということは、やはり不器用さが表に出てしまっているのだろう。
ジェーナスはそれでも懇切丁寧に教えているのだが、叢雲が変にムキになったりするために、5分で終わるところが10分になったりするわけだ。
「春雨と薄雲が先に終わったみたいね。お疲れ様」
ダイニングで待っていたのは飛行場姫。何やら先程まで端末を使っていたようで、2人が入ってきたときにはドンピシャで終わっていたようだった。
「妹姫様、外に通信していたんですか?」
「ええ。さっき彼から連絡が来たのよ。次の調査隊はどうしようかってね」
噂をしていたら早速である。
残っていた痕跡が時間経過で消えてしまうことを避けるためにも、調査はなるべく早い方がいい。第二次、第三次と続けていくのなら尚更だ。それ故に、思い立ったら即行動。やるべきことは、すぐにやる。
「それで、どうなったんですか?」
「早速今日の午後から来るらしいわよ。掃除しておいてよかったわね」
「わぁ、本当に即断してきましたね」
泊まりであること前提である午後からの施設訪問。施設側も即断して午前中に準備したのは大正解だったようである。
しかし、ここからまた別の話が出てくる。
「ただ、来る人数が少し増えるらしいのよね……あの8人だけじゃなくなるらしいのよ」
「え、そうなんですか?」
「ええ。部屋の心配とかはいらないらしいんだけど、彼も申し訳ないって平謝りしてたわ。なんでも突然決まったみたいでね」
というのも、調査隊に突然の増員が決まったのが今朝方のことらしく、その準備もあるために午後から来ることになったとのこと。鎮守府側も今少しバタバタしているらしい。
その増員は、ずっと増え続けているわけではなく、今回限りの可能性もあるそうなのだが、現状の把握のために
「じゃあ、鎮守府のヒト達ではないってことですか」
「ええ。あの大将のところの艦娘が来るらしいわ。あそこまでお姉と仲良くなったわけだし、それにダイホンエーだっけ? あっちも今回の調査の現状を知っておきたいみたいよ」
大将との和睦が成立したことにより、今回の未知の深海棲艦の調査は大本営公認のものとなっている。ブラック鎮守府所属だった艦娘の証言などから、その存在はかなり危険視されており、それについての調査は最優先事項とされているようだった。
少数精鋭で強大な力を持っているにもかかわらず、神出鬼没で足取りがつかめない。そして目的も不明となったら、あらゆる協力者を集結させて調査に乗り出したいと思うのはわからなくもなかった。
「じゃあ、この施設は大本営公認になったんですか!?」
「一部らしいけどね。あの大将、実は相当力持ってるんじゃないかしら。反対意見を捻じ伏せることが出来るくらいにさ」
実際はそんな力業を使っているわけではなく、流石にまだ穏健派の深海棲艦がいるという事実を公にするには早すぎると判断し、秘密裏に行なわれていることだ。
とはいえ、この施設のことを認めてくれる者が少しずつ増え、平和に向けて一歩ずつでも進めているのは確かだ。施設側としても嬉しいことである。
「まずは2人。大将の秘書艦の吹雪は来れないらしいけど、信頼が置ける部下が一時派遣されるって言ってたわ。あのお婆ちゃん、足が悪いから補助が必要なのよね。吹雪はそれに必要だから離れられないってさ」
少しだけ薄雲が残念そうな表情を見せるが、大将のことが最優先になるのは仕方ないこと。全てを施設に合わせることなんて出来ない。あちらにはあちらのやり方というものがある。
「でも部屋の心配は要らないってどういうことなんでしょう」
「突発的だから野営でも構わないってことらしいけど……ちょっとその辺りはよくわからないわ。実際に来てもらって、無理があるようなら部屋を増やすのがいいわね」
飛行場姫にもよくわかっていないらしい。それほどまでに、今回派遣される艦娘というのが少し特異なモノのようである。
「とにかく、午後から来客が確定したわ。新しい子も来るから、その辺りは覚悟するように」
「覚悟……まぁ、はい。仲良くなれればいいなって思います」
施設に敵意を持っているような艦娘が来ることは無いだろうが、どんな艦娘が来るかは気になるところ。すぐに友達になれるか、付き合いやすいかなどは、来てみないとわからない。
あと問題はやはり叢雲になってしまう。ただでさえ艦娘相手には悪態をつくのに、それによっておかしなことにならないかは心配だ。あちらはそういうこともわかっていて派遣される艦娘を決定していると思うが、どうなるかはその時次第。
「ムラクモの部屋も終わったわ! ちょっと時間かかっちゃったわね」
話している内に、ジェーナスと叢雲もダイニングへ。掃除がようやく終わったようだが、叢雲はいつもとは違う疲れた顔をしていた。
「ムラクモの不器用、筋金入りね。ちょっと面白いことが起きたのよ」
「ジェーナス、余計なこと言わないで」
掃除中にいろいろあったようだが、叢雲の名誉のためにも黙っていろとのこと。ジェーナスも苦笑しながら振るだけ振って何も言わず。気になるところだが、叢雲が拒否しているのだから触れないことにした。
「何の話をしてたの?」
「午後から調査隊が来るんだって」
叢雲が複雑な表情をしたものの、受け入れたのだから拒絶もない。面識のある者が来るのだから、落ち着きはまだある。
しかし、飛行場姫からの言葉で、その表情はさらに歪む。
「大将のところからも2人来るらしいわ」
信用出来るかどうかがわからない艦娘に対しては、まず嫌悪感を隠さない。ようやく一部の艦娘に心を開いたのに、すぐさま新しい艦娘、しかも信頼の置けそうな提督の部下ではなく、大将の部下。
とはいえ、あの吹雪の同僚であることはわかっているので、怒りの炎が燃え上がることは今のところ無かった。実際に顔を合わせたらどうなるかわからないが。
「わぁ、それは楽しみね! お茶会の準備をした方がいいかしら!」
「そこまで出来るかはわからないけど、もてなす準備はしておいて損は無いかもしれないわ。お茶菓子くらいなら私も手伝おうかしらね」
「妹姫の手伝いがあれば百人力ね! 早速おもてなしの用意をするわよ!」
そのお茶菓子には、叢雲を宥めるためという理由もあったりする。甘いものに弱い叢雲は、それで多少は落ち着くことが出来るだろう。
第二次調査隊はさらに人数を増やし、だんだんと大きな問題となってくる。これによって未知の深海棲艦の謎に、少しでも近付けることが出来ればいいのだが。
掃除をしているうちにピタゴラ的な連鎖が起きて逆に散らかるというのが叢雲の不器用さである。