第二次調査隊が施設に到着。その中には大将から派遣された艦娘、島風と宗谷も含まれていた。そのどちらも施設の深海棲艦に対して好意的な態度を取っており、鎮守府の面々と同様に受け入れられた。
宗谷が乗ってきたクルーザーは、居住区を使うために施設に最も近い岸に運ばれ、そこにミシェルがいることで護衛とする。必要ないかもしれないが、以前の野営の時のように、ミシェルがやる気満々だったため、否定をする必要もない。
クルーザーをミシェルに任せて、調査隊は施設へ。こんな大人数のお客様というのを入れたことがなく、ダイニングにも全員入ることが出来そうにない。そのため、大将からの贈り物を運び込むだけ運び込んだ後、部屋割を決めてもらいそこで待機してもらうことに。
食事に関しては、今日も天気がいいので外で食べてもらい、お風呂も提供しつつ割り当てられた部屋に入ってもらうというカタチが取られた。今から全員で集まって話し合うような必要もない。
「海風と山風は、私の部屋でよかったかな」
「はい、問題ありません。ベッドは1つだけでしたよね」
「うん、海風は前に来てるもんね。1つしかないから、どうしても一緒に寝てもらうことになるけど良かったかな。2人ならまだ余裕があるくらいの大きさだから」
部屋割は最初から決められていたようで、海風と山風は春雨の部屋を使うことになった。その理由は、海風の心の問題が大半を占めている。
「私は大丈夫です。山風もそれでいい?」
「……うん、海風姉だったら……大丈夫」
これが江風や涼風だったら拒否していたかもしれないが、海風相手なら何も問題ない。
むしろ、ここ最近は精神的な疲弊を監視するために、同じ部屋で眠ることも多かった。添い寝でも全く問題ない。それに、それが施設の中でも一番気が許せる春雨のモノだというのなら尚更である。
「入れるようなら私も一緒に寝たいかな。ほら、ね」
「わかっています。出来ることなら私も一緒がいいです。山風は?」
「春雨姉……うん、大丈夫。でも……ベッドに入れる……?」
「そこは大丈夫。
山風には一瞬理解出来なかったが、今の春雨には両脚が無かったことを思い出してすぐに納得する。
でも一応と試してもらったところ、山風が元々小柄だったこともあり、余裕とまではいかないものの3人でベッドに横になることが出来た。
ということで、夜は3人で眠るということになる。春雨の癒しのためであり、海風の癒しのためでもある。山風にも癒しになるかはわからないが、マイナスにはならないので良しとする。
「午前中に掃除しておいたから、好きなように使ってね。とは言っても、使いようがないか。私も殆ど何も置いてないし」
「そういえばそうでしたね……姉さん、自分の部屋使ってないですし」
「だね。服も必要ないし、何か置いておくものもないし、寝るときはみんなとベッドルームだし」
ここでの春雨の生活風景を知っているのは海風のみ。山風は海風経由で話は聞いていたが、実際に本当にそういう生活をしているのだとわかると、複雑な気分になってしまう。
鎮守府にいた頃の春雨は、自分の部屋にもいろいろと小物が置いてあったり、衣装ケースには私服や秋冬用のカーディガンなどが綺麗に仕舞われていた。メイド服を着ていたりもしていたのが記憶に新しい。しかし、今の春雨にはそういったものが全て失われている。そして、それに対して未練も感じていないようである。
鎮守府の春雨の部屋は、今もまだそのまま残されていたりする。もしかしたら、深海棲艦化した状態でも鎮守府に戻って来れるかもしれないと考えてだ。提督のみならず、妹達からもそうしてほしいとお願いして。だから、何か欲しいものがあれば、持ってくることだって可能だった。
「……春雨姉……鎮守府から何か持ってきてほしいものとか……ある?」
おずおずと、山風が尋ねる。海風は精神的に余裕が無かったりしたため、そんなこと思いも付かなかったようだが、この殺風景な私室に彩りがあった方がいいのではと思うのは、そう難しくないことだった。
「うーん、そうだなぁ……」
頭を捻るものの、パッと思いつかない。いや、
春雨の部屋にあるものは、全て
それを思い出した途端に崩れる可能性はかなり高い。寂しさが溢れ出してしまう。
だからこそ、春雨の答えはこれだった。
「これといって無いかな」
少なからずショックはあったが、これで持ってきたとして、毎日それが見えるような状態になったら、春雨は施設の中でも非常に不安定な存在となってしまうだろう。
この部屋は殆ど使ってないにしろ、姉との思い出の品がここにあるとなれば、気持ちが何処かそれに傾いてしまい、嫌でも意識してしまう。いつ発作を起こすかわからないような壊れた心なのに、そんな状態では普通に生活なんて出来ない。
「……ん、わかった」
山風はそれを見て感情の機微を察した。そして、改めて春雨の心が壊れていることを理解した。
そのまま夜となり、夕食の風景。せっかくだからと、施設の者達も調査隊に付き合い、大人数での食事。最初の対話の機会ではお茶会のようになったのだが、今回は食事担当の飛行場姫が機転を利かせて、会食──立食パーティーのようなカタチが取られた。
ベッドから下りられない戦艦棲姫は残念ながら参加出来なかったが、なんと島風はそちらにも既に足を延ばしていたようで、きっちりと友達になったらしい。コマンダン・テストが食事を持っていくと言った時にも、しっかりついていって交流をし続けている。
「島風ちゃんの行動力、すごいね……」
「ホントよ。私のところにもズカズカ来たわ」
叢雲も溜息交じりにボヤく。艦娘嫌いと明言しているのもお構いなしに、叢雲とも友達になろうと、物凄い距離の詰め方をしてきたらしい。
「いやぁ、すごかったよ。叢雲の狼狽え」
「島風に無理矢理握手されたりして、怒る間もなく圧倒されてたよなー」
「んぐ、喧しいわよ。あんなのわかってても回避出来ないわ」
江風と涼風がニヤニヤしているのを見て、叢雲が憤慨する。初見の艦娘に対してもこの程度で済んでいたのは、島風の人柄の為せるワザなのかもしれない。
「まぁ、アイツは絶対嘘がつけないタイプなのはわかったわ。裏が無さすぎて逆に怖いくらいよ」
「そうなの?」
「速さがどうのこうの言ってたでしょ。多分アイツ、しっかり考える前に口に出てるわ。その方が速いから」
速さを求め続けている島風は、考えている時間すら遅いと感じているようである。おそらく本人は意識していないが、速さのために熟考すらしない。戦闘中に考えないなんてことは無いようだが、普段の生活はとにかくスピードを求めているようである。
それがその人柄のおかげで大概いい方向に向かっているのだから、島風は何かと
元より友達になりたいという本心のままに動いているのだから、相手が嫌がるような選択も最初から排除されていた。それ故に、即行動即友達。
「じゃあ、叢雲ちゃんももう島風ちゃんの友達なんだね」
「不本意ながらだけど。アイツはぶっちゃけ、江風よりは信用出来るわ」
「何をーっ!? 江風だって叢雲と仲良くしてやンよ!」
こういうことを言い合える仲というのは、もう友達みたいなものだ。叢雲も小さく笑みを浮かべていたのを見逃さない。
「山風の姉貴も叢雲みたいな感じだったぜ。島風に詰め寄られてあわあわしてた」
「あはは、山風らしいね。でも友達にはなれたんでしょ?」
「だねぇ。気が許せる相手だってわかったから、普通に話せるようにはなってたかな」
人見知りの山風ともしっかり友達になっている辺り、島風のそれはホンモノと言える。最強のコミュニケーション能力であるが故に、話がわかる深海棲艦とも即友達。姉妹姫にも臆さず、最も痛い目を見せられているであろう戦艦棲姫とも仲良くなりに行く。
ある意味、本能に忠実なまま動く深海棲艦に近い存在なのかもしれない。
ここで話題になっている山風だったが、立食パーティーのような騒がしい場所は少し苦手なようで、食べ物を持つだけ持って少し離れたところで光景を眺めていた。
「……海風姉は……大丈夫」
一番心配している海風の行動を目で追うと、今は薄雲と話をしていた。その表情は、焦燥感などは一切なく、落ち着いた普段の海風そのものであった。
「おうおうどうした。こんな離れたところで」
「あっちで誰かとお話ししたりしないの?」
そんな山風に絡んできたのは松竹姉妹である。
「……あたしは人が多いところが得意じゃないから」
「あー、なるほどな。うちにもヨナがいるから、そういう奴のこともなんとなくわかるぜ」
ニカッと笑う竹だが、山風は目を逸らす。
「山風さん、何か悩みがあるのよね。私達だと不満かもしれないけど、パーッと話してみない?」
「そうそう、俺達はそういうのわかっちまうからさ。山風の悩みを解決出来るかもしれないぜ」
山風を囲むように座る。いきなり絡まれて動揺してしまう山風だが、この2人は真に自分のことを心配してくれているということがわかり、近くにいることくらいならいいかと諦めた。
松竹姉妹がわかってしまうということは、山風にも何かしら
今の海風は心配がいらないくらい冷静になっているが、まだ予断を許さない状態ではある。むしろ、今の事件がちゃんと解決するまではずっと不安がついて回るのだ。それ故に、山風は常に気が張り続けている。
それに加えて、先程の春雨の部屋でのことがどうしても気にかかっていた。深海棲艦化したことで心が壊れていると話では聞いていたが、それがどういうことなのかは見た目や言葉だけではなかなかわからない。しかし、春雨のあの時の割り切り方は、以前なら考えられないこと。
「……海風姉も……春雨姉みたいになっちゃうのかなって思ったら……なんだかすごく不安になったの」
ポツリと溢した後、俯いてしまったが、そのまま先程あったことも濁らせつつ話した。
海風のことが心配で堪らないのは変わらないのだが、万が一あの時見た泥が本格的に溢れてしまって春雨と同じようになってしまった場合、自分も割り切られて見捨てられてしまうのでは無いかと強い不安に襲われている。
海風の泥のところは話さなかったが、今回の調査で万が一のことがあった場合ということにした。
「あー、なるほどな。そりゃ仕方ない。俺らはどっか壊れてるからな。自覚が無くても、元々の仲間とかが見りゃ顕著にわかるってことだ」
「起こる可能性が低いことでも、現実にあるのなら気になるのは仕方ないわよね。うんうん、わかるよ」
そんなことを聞いても、松竹姉妹は山風のことを否定するわけでもなく、むしろ理解してさらに歩み寄る。
「自分の好きな人が変わっちゃうかもっていうのは、不安よね」
「そっ、そんな……そういうことじゃ……」
「でもな、そこは心配しなくてもいいぜ。いや、断定は出来ないんだけどさ」
山風を安心させるように竹が頭を撫でる。不意に触れられてビクンと震えるが、そんなことは気にせずに竹は続ける。
「春雨の場合はさ、その鎮守府にあるものってのが、どうしても寂しさに直結しちまうんだろ。だから無意識に省いたんだろうけど、海風の場合は何が溢れるかわからないだろ」
「もしも、万が一溢れちゃって私達と同じになったとしても、そういう割り切り方をしない感情が溢れるかもしれないしね」
そもそも、溢れさせるようなことが起きなければいいんだという楽天的な言い方をする竹。そう考えられれば苦労はしない。
そこで松の方がアドバイスをくれる。
「山風さん、その不安は、正直今考えるべきことじゃないと思うわ。考えすぎると、むしろ山風さんの方が溢れちゃうかも」
ビクンと震えて自分の手の甲を見る。当たり前だが泥があるわけがない。しかし、不安に不安をかさねすぎると、その不安が溢れ出してしまう可能性が示唆された。
「山風さんが溢れちゃったら、海風さんがきっと悲しむわ。だから、楽観的に行こうとは言わないけど、もう少し前向きに考えてみたらどうかしら」
「そうそう、悪いことばっかり考えてたらハゲるぜ」
いきなり前向きになれと言われても、山風の性格的に無理な話である。だが、次の松の言葉で、少しだけ考え方が変わるきっかけが出来る。
「大好きな海風さんのことを信じてあげて」
不安に思うということは、海風のことを何処か疑ってしまっていることである。松はそれだけ言って、持ってきた食事に口をつけた。
山風の中で、少しだけ前向きな考え方が芽生えた。また以前のように憔悴していたら支えてあげられるように、そうでなければ不安にならないように。
チーム緑髪。松竹姉妹は山風の小さな小さな感情にも気付いたようです。