空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

96 / 506
奇跡の船

 施設を出て、まずは前回に軽くだが見て回った海域に辿り着いた調査隊。相変わらず何も変わらない海であり、一度見ただけでここには痕跡が無いとわかるくらいである。

 波のせいでそこにあったものが流されているかもしれないし、別のところにあった痕跡がここまで流されてきている可能性だってあるのだが、まずここには何もないが答え。

 

「前回も無かったんですから、今回も無いですよね……」

「そこは仕方ないデース。でも、私達に見えていないモノがあるかもしれまセーン。宗谷にお願いしてみましょう」

 

 海風と金剛が先頭に立ち、調査隊を引っ張っていくのだが、一旦ここでストップ。初めてこの海域に来た島風と宗谷にも、何かないか見てもらう。

 島風は調査というより護衛のためにここに来ているのだが、宗谷は誰よりも調査能力に長けているので、明らかに何もないところからでも、何かを読み取るかもしれない。

 

「少々お待ちください」

 

 海域の中心に立ち、目を瞑った宗谷。現状で装備している電探とソナーをフル稼働し、雲の上から海の中までを総浚いにするように調査を始めた。

 勿論目視確認も必要なのだが、目に見えないようなモノまでも網羅していくのがこの宗谷の索敵である。本来海に無いモノ、空に無いモノを発見したら、それを痕跡として徹底的に調査する。

 

「千歳さんと千代田さんは、哨戒機を出していますか?」

「ええ、私も千代田も周辺警戒のために常に出してるわ」

「だから、おおよそのモノは見えてると思ってる」

 

 艦載機の反応をいくつも確認したからだろう。それなりに遠くのモノまで確認出来ているため、気が付いたものに対して全て口を出していくようなもの。

 

「海上には何もありません。海中には……魚の類の骨……ですかね。私達(艦娘)由来のモノも、深海棲艦由来のモノも、見つかりませんでした」

 

 一通り確認したようで、目を開けて次の場所へ向かうことを進言する。目視確認だけではこうは行かない。

 勿論、海風を筆頭とした駆逐艦達は、対空電探なり水上電探なりソナーなりは装備してきているし、金剛と比叡も戦艦が装備出来る大型の電探を装備している。

 しかし、宗谷の索敵範囲はそれを優に超えているようだった。それに索敵速度がやたらと速い。ざっと見ているくらいの時間で、千歳と千代田まで加えた8人分の目視確認より手早く全てを確認していた。

 

「魚の死骸があるってことかい?」

「そう、ですね。でも、こういうモノなら、何処を探しても大概出てくるものです。そんなに反応することではないかと……」

 

 涼風が不意に質問するが、宗谷は即答。海のど真ん中に魚の死骸なんて、割と普通にあるとのこと。

 

 海中も弱肉強食の世界であり、小型の魚を餌にする大型の魚だって普通に存在する。そしてそれすらも餌にする存在だって。

 とはいえ、食物連鎖で息絶えたのなら骨すら残らない。寿命を迎えたのか、それとも()()()()()()によってその命を終えたのか。

 

「ここいらって他にも魚がいンのか。施設の連中に教えたら、ここまで漁に来たりしてなー」

「いやいや、ここまで結構遠いから無理だろうね。春雨姉達ならまだしも、一番漁をやってるっていう妹姫が海上移動出来ないらしいし」

「あー、確かになー。ここまで来ンのも、結構大変かもな」

 

 江風と涼風がそんなことを話しているが、宗谷はこの魚の骨の死因について考えていた。

 こういった魚は魚群を成して生活しているのが普通である。こんなところに単独で存在しているというのは稀。そういうところからも、骨は何処かから流れてきたと考えるのが妥当である。

 

「ここに向かってくる海流から考えると、より離れた場所に何かあるかもしれません。次はそちらに向かっていいでしょうか」

「問題ありません。この辺りは海図も曖昧なので、何か気付いたことがあるのならそれを優先します。皆さんもそれでいいですか?」

 

 この辺りは基本的に未知の海域である。施設の存在が今の今まで誰も知らなかったくらいなのだから、近海は尚のことわからない。

 そうなると、やはり索敵能力がトップである宗谷の意見を全て取り入れた方が確実である。今の海風にはそれくらい考えられる余裕はあるし、全員の意見を聞くくらいの冷静さも取り戻している。

 

 海風の質問に、全員が首を縦に振る。ここは出来る範囲を確実にこなしていく方がいいだろう。結局のところは、海図の塗り絵を着実に進めていくのみ。

 

 

 

 

 さらに施設から離れた、完全に未知の海域で調査は続く。宗谷の調査のスピードのおかげで、止まっては少し見て、次の場所へというのが度々繰り返されており、想定していた時間よりもかなり前倒しで事が進んでいた。

 現在は、海流的に先程発見した魚の骨の出処と言えそうな場所。そこで宗谷がまたもや索敵を開始するのだが、そんなことをする前から1つおかしなことには気付いていた。

 

 魚群がない。ここは()()()()()()()()()()()()である。最初からこうなのか、後々こうなったかはまだ不明。

 

「おかしいですね……ならあの骨はどうしてあんなところに」

 

 小型の魚を捕食する大型の魚がいないとなると、本来いたはずの魚達が、何らかの理由で全滅したということになるだろう。それこそ、()()()()()()()の戦闘に巻き込まれたことによって、生態系が狂わされたとも考えられる。

 海上の砲撃ならば殆ど害などないだろうが、魚雷や爆雷を喰らっては魚群なんてひとたまりもない。まともに喰らえば骨すら残らず、掠めても肉は抉られるだろう。

 

「魚の骨がここにもありました。でも……損傷が激しいように見えます。ここで戦闘があったと考えられます」

 

 たまたま海流のおかげで海底まで沈んでいなかった骨をここでも見つける。それもやはり寿命により息絶えて白骨化した結果ではなく、何かしらの人為的な損傷が与えられたとしか考えられない。

 

「潜水艦のヒトを連れてきた方が良かったかもしれないですね。海中にそこまで痕跡があるというのなら」

「そう……ですね。私のソナーでは、そういうものがあるということしかわかりませんから」

 

 直に見ているわけではないので、ハッキリとそれがどういう状態なのかは言い切れない。ただ、本来のカタチとは逸脱しているモノであることだけ。

 

 だからだろう、こういう海域では絶対に存在しないようなモノも、僅かな手掛かりから発見出来る。

 

「あっ……骨以外にも見つけました。金属質……()()()()()()()()?」

 

 海上での目視確認をしていたらまずわからないであろう場所。ソナーを使っても反応が僅かであるために普通のソナーでは反応が読み取れなかったかもしれないモノ。それを宗谷が発見した。

 

「でも海中ですね……手が届かない場所ですし……」

「うーん、次回は潜水艦のヒトを連れてくるとしても、今すぐに手に入れないと流されて何処かに行ってしまいますよね」

 

 しかし、それは海中にあるもの。海上艦である調査隊には手が届かない場所だ。潜ったら間違いなく艤装がおしゃかになるし、泳げるように訓練はしているものの、誰もやろうとは思わない。

 

「大丈夫大丈夫、宗谷姉ちゃんが見つけたんだから、絶対手元に来るよ」

 

 それなのに、島風は暢気にそんなことを言った。宗谷との付き合いが長いのは当然、同じ鎮守府で一緒に過ごしているからである。そのため、今回と似た状況が前にもあったのか、必ずうまく行くと断言した。

 

 と、その瞬間、突然風が強くなった。

 

「おっとと……山風、大丈夫?」

「へ、平気……」

 

 風に煽られて少しだけふらついた山風を心配する海風。風もそうだが、それによって発生した波がそこそこ高くなり、身体どころか足下も不安定に。

 ここに来るまで凪いでいたというわけではないし、調査中に突風が吹くことだって度々あったが、今回はまるで()()()()()()()()()()()()()()()でそれが起きた。

 

 風により波が立ち、その波により海中が掻き混ぜられ、結果、宗谷がソナーによって発見したという金属質なそれが海上に打ち上がってきた。

 

「Hey, 宗谷。今言ってたのはこれデース?」

「あ、はい、それですそれです。風のおかげで海流が微妙に変化してくれたみたいですね。運が良かったです」

 

 宗谷はそう言うものの、運が良かっただけでは済まないレベルの出来事である。そして、島風は今の光景を見て、だから言ったじゃんと言わんばかりにドヤ顔を決めていた。

 

 宗谷が『奇跡の船』と呼ばれているのは、まさにコレ。周囲が唖然としてしまうほどの豪運である。

 こうあってほしいと考えたことが運良く拾える。今回のような小さなことから、命に関わるレベルの大きなものまで様々。意図的に引き起こすことは出来ないが、この豪運のおかげで、宗谷はどんな状況に陥っても無傷で、且つ確実な成果を齎してくれる。

 これもあって、大将は宗谷を派遣したのだ。調査の目も非常に心強いが、それ以上に結果を残しているこの豪運が今回は必要だと感じ取っていた。

 

「お姉さま、何を拾いましたか?」

「コレは……髪飾り、デスかね?」

 

 金剛が持っていたのは、髪につけるタイプの三日月のカタチをしたアクセサリー。戦いに巻き込まれたか、傷がついているものの、その形状には問題がなく、それが何かわかるくらいにカタチが残っている。

 

「いろいろ洗い流されちゃってマスネ。それに傷だらけデース。誰が身につけていたものかはわかりまセーン」

「でも、こういうのつけてる子って、かなり少ないですよね。月のカタチだから……」

「睦月型、ですか」

 

 金剛と比叡が話している中、割って入るような宗谷の発言。宗谷はそのアクセサリーに心当たりがあるようである。それが、睦月型の駆逐艦が身につけているモノ。

 

 駆逐艦の中では比較的非力ではあるのだが、燃費が非常に良いため、長期遠征などに向いているという睦月型駆逐艦は、全員が共通してその名の通り『月』のアクセサリーを何処かしらに身につけていた。長女睦月と次女如月は当初そのアクセサリーを身につけていなかったらしく、改二改装で妹達の進言によって身につけることになったとのこと。

 そのアクセサリーで、今回発見したのは髪飾り。ここまで来たら、これの持ち主が何者であるかは、殆ど絞れたようなものである。

 

「痕跡としては充分ですね。誰かがここで戦いに巻き込まれて、沈んでしまった。そう考えるのが妥当です。妥当ですが……」

 

 しかし、今度は別の謎が出てくる。何故こんなわかりやすい痕跡が残っていたかだ。

 

 春雨を含む駆逐隊がやられた時は、一切の痕跡が残っていなかった。どれだけ探しても、何も見つからないくらいに海域が綺麗にされており、それ故に海風は黒い泥が溢れそうなくらいに憔悴したのだ。

 しかし今回は、明確にここに艦娘がいたという証が見つかっている。駆逐隊と何が違うかと言われると、練度とか型とかくらいしか思いつかない。

 

 何故姉達はあそこまで徹底的に痕跡を消されていたか。それを考え始めたことで、海風はまた悶々としていく。悩み始めたらドツボにハマりそうな難題だ。

 それを察した山風が、海風の裾を引っ張って一旦考えるのをやめさせる。考えてもすぐにわからないことを考えているだけで気が滅入ってくるだろう。今は任務の真っ最中だ。ここで立ち止まっていてはいけない。

 

「……とにかく、今は考えていても埒が明きません。これは痕跡として持ち帰りましょう」

 

 三日月型の髪飾りは、早速見つかった重要な証拠品として、確実に持ち帰ることに。念のためと宗谷に預けて、調査をさらに続けていくことにする。

 

 

 

 

 第二次調査隊の任務は、いきなりの好転を見せた。この拾得物が何処に繋がるかはまだわからないが、解析すれば何かしらの進展に繋がるだろう。既に充分すぎる成果を見せたと言っても過言ではない。

 出来ることならさらに先へ。実行犯に繋がるような痕跡を見つけたいところである。

 




見つかった痕跡、三日月型の髪飾り。これを身につけている艦娘は、今のところ3人です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。