未知の海域の調査を進める鎮守府の部隊。進んでいくうちに痕跡の1つ、三日月型の髪飾りを発見し、早速前回より一歩前進している。
これを発見した時点で一度帰投するという流れになった。痕跡はたった1つではあるが、その1つが大事。これを持ったまま作戦行動を取り続けるより、調査を確実に1歩ずつ進めた方がいいだろう。
ただし、今来た航路をそのまま戻るのではなく、遠回りして近海を調査しながらということにしていた。あくまでも、帰りはするが調査は続行というイメージ。
この意見に対して、部隊は満場一致だった。この拾得物の持ち主が既に沈んでいるとして、その犯人が鎮守府の駆逐隊を襲った仇だとしても、それを草の根分けてでも今すぐに見つけてやるなんて言う者はいない。
そうしたいという気持ちはあっても、鎮守府はおろか、施設からも相当遠い場所だ。帰路についている時点でもう昼食時という時間になってしまうだろう。
とはいえ、痕跡を見つけた今の海域はもう少しだけ念入りに調査してからということになった。追加で何かが見つかる可能性も無くはない。
「ねえねえ海風、このままもっと遠くに行かなくて良かったの?」
宗谷がまた電探とソナーを張り巡らせている中、島風が海風の側へ。賛成とはしたものの、何故その判断をしたのかを海風に問う。
今は調査を進めていることで昼食時となってしまっているものの、もう少し先の海を調査しても問題は無かっただろう。その場合、施設でもう一泊という可能性はあったが。
そんな問いに対して、海風は少し考えた後、簡単に自分の考えを島風に話す。
「ここで焦ってはいけないと思って。1つでも痕跡を見つけたのなら、それを確実に鎮守府に持ち帰った方が、次のためになるかなと」
以前までの海風だったら、仲間の制止も振り切って1人でも仇を探し出そうとしていただろう。しかし、ここ最近は随分と落ち着いてきていた。金剛や比叡に相談出来るようになり、春雨との交流の機会も戻ってきている。特に昨晩は一緒に眠ることさえ出来た。おかげで、今の海風は事件の前の落ち着いた雰囲気を取り戻したとさえ思える程になっている。
勿論、こんな状態ではあるが海風の心はボロボロだ。一度ヒビの入った心は、何がきっかけでまた悪化するかわからない。海風に自覚は無いにしても、避けてもらえるのなら避けてもらいたい。
「ふぅん、オッケー。私もそれでいいと思うよ」
「良かった。突然聞かれたので、島風さんは実は反対意見で、同調圧力で押し潰してしまったのかと思ってしまいました」
「ううん、そんなことないよ。私もここで一度帰るってのは賛成。こういう調査って、堅実に行くのが大事だもんね」
速さに拘りがある島風にしては、かなりのんびりした考え方である。そこは少し意外だと思った。
「終わりが遅くなってしまいますけど、島風さん的には……」
「早い方がいいと思うけど、頭突っ込みすぎて酷い目に遭うくらいなら、一度帰って立て直した方がいいよ。勿論、その後は速攻だけどね!」
戦いではスピードに任せた速攻戦術を得意としているようだが、戦いに繋がらないところは堅実に行く性格のようである。印象とは大分違うと海風は心の中で思いつつ、口に出すのは失礼だと呑み込んだ。
しかし、島風はそれに勘付いたか、少し悪い笑みを浮かべる。
「海風、もしかして私のこと猪か何かだと思ってた?」
「い、いえ、そんなこと無いですよ。ただ……正直言うと、何でもかんでも速く速くというヒトなのかなと思っていたのはあります」
「素直でよろしい。でも実際、昔はそんな感じだったよ。みんな遅いし、誰も追い付いてこれなかったんだもん。私より速い艦娘なんていないんだーって、ぶっちゃけ調子に乗ってた」
そんな島風だったため、この世界に生まれ落ちた直後は友達もいなかったらしい。仲間はいても、仲がいい者はいない。そんないわゆる
だが、今の島風はそんなことはカケラも考えていない。大将の鎮守府で心を入れ替えるような出来事があったそうだ。
それが、独断先行による敗北。島風自身も重傷を負い、あえて修復材を使われずにゆっくりと治療されるという罰まで与えられたそうだ。
「そりゃあもう反省したよね。自分のせいで負けて、おばあちゃんにもこっ酷く叱られて、傷をすぐに治してもらえなかったから走ることも出来なくて。自分がどれだけバカだったのか、これでもかってほど知ることが出来たんだ」
軽く言ってのけるが、艦娘としてはこれ以上ない
だが、あの大将はそんな島風にも罰を与えつつも手を差し伸べ、結果的にここまで性格が改善されたのだ。
「宗谷姉ちゃんと調査任務に行くようになったのもその頃でさ、傷も治りかけてリハビリも兼ねての任務だったんだけどね、それはもう凄かったの。さっきも見たでしょ? 奇跡の船」
調査したいものを引き寄せてしまう宗谷の不思議な力。意図せずとも欲しいものが手に入るほどの豪運。さらにはその豪運を際立たせるために持っている調査能力。戦わずとも、戦況を操る力と言っても過言ではない。
走ることしか出来なくて、プライドすらもガタガタに崩された中で、戦い以外でも大活躍をする宗谷の姿は、島風にとっては眩しすぎる存在だった。それに比べて自分は何で小さな存在なのだろうと、改めて思い知ったのだと。
「ただ速いだけじゃ、何の意味もないんだって、理解したんだよね。そこから私は変わったの。みんなにごめんなさいして、失った……ううん、元から無かった信頼をどうにか勝ち取っていった。で、今の私があるんだ」
サポートの大切さを思い知ったことで心を入れ替え、自分に足りないモノに気付くことが出来たことで、結果的に鎮守府では誰からも信じてもらえるくらいの、自他共に認める最強クラスの駆逐艦へと成長を遂げたわけだ。
友達を作ることにも躍起になっているのも、当時の自分の愚かさを正しく受け止めているからだ。自分から独りになって粋がっていた過去があるからこそ、仲間の大切さを理解している。
「私にとって宗谷姉ちゃんは恩人みたいなものになるのかな。非戦闘員なのに、多分一番鎮守府に貢献してるんだもん。ただ突っ走ってただけの私とは大違い。すごいなー憧れちゃうなーって思って、こんな感じかな」
自分から挙手したのは、友達を作るためにというのが一番だったのだろうが、二番目くらいに宗谷が選出されていたからというのが含まれそうである。
松竹姉妹が反応しなかったのは、島風から宗谷に向けての感情が純粋な尊敬だからだろう。
「島風さんは……凄いですね。とても視野が広い」
「そうかな。私はいろいろと気付いただけだよ」
言葉では謙遜、態度では誇らしげ。
時には先行して手を引っ張り、時には隣に並び立ち、時には後押しする。仲間と寄り添い続けることに自分の在り方を見出し、その存在そのものが仲間達を鼓舞するようになった島風は、海風にも強い影響を与えそうである。
宗谷の調査がある程度終わり、そこには髪飾り以外が無いことが判明。本当にこれだけが残っていてくれた。痕跡はこれ以上見つからないと判断し、ここからは遠回りしながらの帰投となる。
ここまで痕跡が残っていないとなると、やはりこの髪飾りは罠なのではないかという疑念が浮かぶのだが、そこに飛び込まない限り調査は進まない。若干危険な賭けにもなってしまっているのは仕方ないこと。
だが、ここで不可解なことが起き始める。
「んん……おかしいですね……」
「海風、どうしマシタ?」
「鎮守府に通信が出来ないんです」
髪飾りを手に入れたこと、そして宗谷による調査も完了し、第二次調査隊はここで終了することを鎮守府に報告しようとしたのだが、通信機器がザリザリとした音しか発せずに話すら出来ない状態になっているとのこと。
この海域はかなり遠い場所にある未知の海域。通信障害が起きても仕方ないかと思えるくらいなのだが、それでも通信に使う機器は軍用の超高性能なモノだ。ちょっとやそっとでは通信障害なんて起きない。
それこそ、外部からの干渉が無い限り。
「これ……槍持ちとの戦闘と同じなんじゃ……」
ここで思い出す。叢雲──槍持ちとの邂逅時の電波妨害。理由はわからないが、何かしらの干渉を受けたことで、鎮守府との通信が途絶えてしまった。
今回もそれに近いことが起きている。つまり、
「そうだとしたら、まずいデス。遠回りなんて考えずに施設に直行するべき……いや、そうなると施設に迷惑がかかる可能性もありマスね」
「でも、この場に留まるのは余計に危険です。鎮守府から完全に孤立している状態ですし、援軍は見込めません」
「槍持ちの時みたいに、たまたまヨナが通りかかってくれることも無いでしょうからネ……」
最もよろしくないのは、この場に留まり続けることだ。通信が出来なくなるような電波妨害を仕掛けてくるような相手は、野良の深海棲艦ではあり得ない。槍持ちのような特殊な存在だろう。
だとしたら、途端に勝ち目も薄くなる。そうならないように訓練を続けてきたのだが、堅実に行くのなら戦闘は極力避けるべき。今は戦うことよりも、見つけた痕跡を持ち帰ることが重要だ。
「遠回りはやめます。まずはすぐに施設に戻りましょう。ここから離れることが最優先です。せめて通信が回復するまで、施設に近付くことにします。皆さん、それでいいですね?」
海風の指示に全員が了解。今回は戦闘の準備はしていても、戦闘のための部隊ではない。
「では、すぐに……」
「哨戒機が深海棲艦を発見。数は2。未知の個体と推測……とのことよ」
苦々しい声で千歳が報告する。槍持ちと交戦したときと全く同じ状況に陥った。今回は人数が多いものの、そういう問題ではない。
「今すぐ撤退! 千歳さん、あちらのスピードは!」
「1体は普通だけど、もう1体はかなり速い! 槍持ちのときと殆ど同じよ!」
つまり、撤退しても追いつかれる可能性は高いということになる。しかし、逃げない理由は無かった。そういう敵は、数とか関係ない。未知の個体は未知の戦闘方法を使ってくる。
「海風、私が
島風が全員の前に立ち、迎え撃つ姿勢を取りつつも撤退を優先させる。当然島風だって撤退の意思はあるが、みんなを守るために率先して前に出る。仲間のためにと、愚かな過去を振り払う。
「Hey, 島風。いいところを1人で持っていくのはNoなんだからネ」
「はい! 比叡とお姉さまも、
「比叡の言う通りネ。仲間思いで突っ走るのはダメダメダヨ」
島風の隣に金剛と比叡が立つ。駆逐艦1人で最後尾というのは心許無いかもしれないが、戦艦2人まで加われば鉄壁になれるはずだ。
「おうっ! 金剛姉ちゃん、比叡姉ちゃん、よろしく!」
「Okay. 島風、私達が、仲間達を守るんデスヨ」
その未知の深海棲艦が来るであろう水平線を見据えながら、金剛が叫ぶ。
「皆サーン! 私達が守りますから、撤退してくだサーイ!」
とにかく、今からは撤退戦だ。追い付かれなければ追い付かれないでありがたいが、そうならないのが今回の戦いだろう。
「宗谷さん、少しキツイかもしれませんが、手を」
「はい、低速ですみません。よろしくお願いします」
唯一の低速艦である宗谷は、海風と山風がその手を取って曳航することで強引に高速化。本来出せる速力以上の速力が出てしまうため、宗谷にはかなりの負担がかかってしまうのだが、戦闘に巻き込まれるよりはマシであるため、耐えてもらうしかない。
しかし、その敵は予想以上に速かった。
「見ーっけ!」
水平線の彼方にいるはずなのに、それはぐんぐんと近付いてくる。
どう見ても深海棲艦で、どう見ても駆逐艦。そして、どう見ても。
「白露……!?」
元々鎮守府にいた駆逐隊の隊長、春雨達の姉、白露の外見をしていた。